【CASE13】エンジニア(ソフトウェア系) × 小型レーダー衛星の開発・運用

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「宇宙の仕事」と聞くと、一部の専門家たちだけを対象とした”特別な仕事”と思ってしまいがちですが、実態はその真逆。特別な経験や知識がなくとも携われる仕事がたくさんある業界なのです。

そんな宇宙産業のさまざまな仕事を紹介する『宇宙の仕事辞典』の第13回。小型レーダー衛星の開発・運用にかかわるITエンジニアの仕事について、QPS研究所の田中 周一さんにお話を伺いました。

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QPS研究所/田中 周一さん


【イントロダクション】QPS研究所のビジネスとは?

宇宙産業は2040年に市場規模が現在の4倍になると予測される成長ビジネスです。当然、世界では激しい開発競争が繰り広げられています。たとえば、キーデバイスになる人工衛星の開発もそのひとつ。特に注目されているのが、SAR(Synthetic Aperture Radar、合成開口レーダー)衛星です。現在、人工衛星による地球観測は光学カメラの使用が主流ですが、その欠点は夜間や天候不良時には撮影できないこと。一方のSAR衛星は電磁波による観測を行うため、24時間天候に左右されることなく地球を観測できる大きな強みを持っています。

しかし、SAR衛星はその稼働に大電力と巨大なアンテナを必要とします。そのため1~2トンクラスの大型衛星にならざるを得ず、コストなどの問題から気軽に運用できる代物ではありませんでした。そんな状況にブレイクスルーを起こしたのが、小型SAR衛星の開発を手掛けるQPS研究所です。

同社は、QPS(Q-shu Pioneers of Space)という社名の通り、九州大学における20年に及ぶ小型衛星開発の技術を伝承、九州に宇宙産業を根付かせるという目的のもと2005年に創業された宇宙ベンチャーです。今日では、従来のSAR衛星の20分の1の質量となる100kg級の小型SAR衛星を、100分の1のコストで開発することに成功。初号機『イザナギ』、2号機『イザナミ』を打ち上げ、2021年には日本最高精細の観測画像の取得も成功させています。

そんな同社は、2025年以降に小型SAR衛星36機によるコンステレーションを構築することを目指しています。これにより、地球上のほぼどこでも平均10分ごとに観測し、その画像データを提供することが可能になるそうです。そしてまた、衛星のさらなる改良にも手がけ、次に打上がる衛星以降は“世界初”となるレベルの高解像度観測になる予定とのこと。

同社創業メンバーが2000年代初頭から協力を呼びかけ、宇宙クラスターとして育成してきた九州の地場企業とともに、世界の頂を目指す同社の挑戦。今後ますます加速していくことになるでしょう。

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どんな仕事なのか教えてください

当社でソフトウェア技術者が活躍するフィールドは、大きく分けて地上システムと人工衛星システムの2つがあります。そのうち、私が担当しているのは地上システムです。

具体的には、高度な衛星運用を自動化するソフトウェアや衛星との通信処理を担う管制ソフトウェア、衛星画像データを効率的に管理するソフトウェア、エンドユーザー向けのWebシステムなどの開発にあたっています。

様々なソフトウェア開発に取り組むなかで、印象に残っているのはWebシステムの開発です。SAR衛星2号機での観測画像取得が成功したことを受け、エンドユーザーへの画像データ提供が事業化。サービスインにあたって、画像データをインターネット経由でダウンロードできるようにするシステムが必要になりました。そこで私を含めた社内エンジニアが設計から開発までを一気通貫で手がけることになり、2022年春にリリースしました。

なお、社内にIT人材はまだ多くないため、現時点では一人何役も掛け持ちをしているような状況です。私の場合は、ITインフラの分野も任されており、36機の衛星コンステレーションが実現した後も安定的に運用できるインフラの設計・構築のほか、社内インフラの運用・管理などの業務にも取り組んでいます。

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この仕事のやりがい・面白さは

当社の企業使命は「宇宙の可能性を広げ、人類の発展に貢献する」こと。ソフトウェアの開発を通じて、この使命に寄与できることが、大きなやりがいのひとつになっています。実際、SAR衛星が取得した画像データを活用することで、農業や漁業、物流などの効率化はもちろんのこと、災害時の迅速な状況把握やインフラ老朽化の検知等も可能になるわけですから。また、高精度の画像データから作成される高頻度高精細の3Dマップは、自動運転の実用化に欠かせないものです。

さらに、新しい技術領域にチャレンジできることも仕事の面白さにつながっています。前職時代は、業務が開発中心だったため、当社に入るまでネットワークやサーバ・インフラの知見はほとんどありませんでした。今はITインフラまでトータルに手掛けているため日々忙しくしていますが、根っからのエンジニアなので、新しい知見を身につけていくのがすごく楽しく、ストレスはまったく感じていません。

この仕事の難しさ・大変な部分は

前例のないシステムの設計・構築に取り組んでいるため、「大海原を海図なしに航海する」ような状況になっていることが、この仕事の難しいところです。たとえば、先にお話ししたWebシステムの開発がそうでした。

システム開発では通常、要件をしっかり固めてから設計・開発を進めていくものですが、このプロジェクトでは要件が確定していない状況で設計をスタートせざるを得なかったのです。このため、設計段階はもちろん開発段階になっても仕様を変更しなければならないことが頻発。システムを稼働できるようになったのが実はリリースの2日前という、自分にとってはまさに綱渡り状態でした。技術スタック的には一般的なシステム開発と共通する部分がほとんどなので、技術面で壁にぶち当たるということはなかったのですが、とにかく「作っては直し」を何度も繰り返し、リリースに漕ぎつけたというかたちです。

もうひとつの難しさは、当社SAR衛星が世界トップレベルの分解能(1ピクセル70cm四方)を持っており、それに由来する技術的な対応が必要になっているという点です。分解能が3m以下になると、衛星リモセン法(衛星リモートセンシング記録の適正な取扱いの確保に関する法律)などの法律による規制対象となるため、情報流出への対策などをソフトウェア側にも施す必要が出てきます。また画像データが大容量になるため、顧客提供への時間をどのように短縮するかという問題点もあります。画像提供サービスを成立させるためには、観測から数時間以内に提供できるようにしなくてはならないので、膨大なデータを効率的に処理できるシステムを作らなければなりません。今後、SAR衛星の機数が増えていけば、パフォーマンスチューニングの重要性がより高まっていくことになるでしょう。

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QPS研究所のSAR衛星により取得された、東京都の画像

この仕事で求められる資質や、活かせる経験・スキル

当社には地上系システムから衛星機器用のソフトまで幅広い開発フィールドがあり、各種アプリケーションや画像処理、組込ソフト、クラウドコンピューティング、機械学習、データベース、セキュリティなど、さまざまな分野のソフトウェア技術者が活躍できる環境があります。

私のバックグラウンドをお話しすると、大学では理学部に在籍し、原子核の研究等に取り組んでいました。就職については、理数系の知見が活かせるITベンダーを選択。ソフトウェア開発を中心にキャリアを積み、PMのポジションも経験しました。金融系のクライアントを相手に24時間365日安定稼働が求められるシステムの開発プロジェクトなどに携わったりもしたので、そこで培った知見は現在でも役立っていると感じています。

マインド面で必要となるのは、失敗を糧にできる強さでしょう。ロケットをはじめとした宇宙開発は失敗の歴史です。当社においても先日、SAR衛星の3号機・4号機が打ち上げロケットのトラブルから失われる事態になりました。これから36機体制の構築に向け、毎年複数機の衛星を打ち上げていくことになりますが、その過程において失敗は付き物です。数多くの失敗やハードルを乗り越え、前に進んでいくタフさが、宇宙業界では求められます。

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【これから宇宙ビジネスにジョインする方へ】

●私が宇宙を仕事にした理由
小さい頃から宇宙への憧れがあったのは確かですが、それが一番の理由ではありません。前職のシステム開発の仕事はとても面白かったのですが、経験を積むにしたがって業務がマネジメント中心になっていったのです。そこで、自社サービスで開発業務をガンガンにやりたいと考え、転職先をリサーチ。縁あって当社と出会うことになりましたが、それまで九州で宇宙の仕事ができるとは思ってもいませんでした。

前職のITベンダーと違って少数精鋭の組織なので、希望どおり開発業務に携わることはもちろん、自分の専門外だったネットワークやセキュリティなどの業務も任されるなどエキサイティングな毎日を送っています。

●読者へのメッセージ
宇宙産業というと、ハードルの高さを感じる方が多いかもしれません。入社前は、私もそうでした。でも、思い切って入ってみると「けっこうやれる」というのが正直な感想です。開発するソフトウェア自体は、一般的なIT企業で行っているIoT系やAI、組込みソフトなどと大差ありません。

違いがあるとすれば、宇宙という特殊な分野で、かつ歴史も浅いことから、先行前例がほとんどないという点でしょうか。でも、未開の領域だけに何ごとも意思決定が早く、メンバー間のコミュニケーションも良好。ポジティブに仕事ができる環境になっているので安心してください。今だったら、自分の意思を反映した開発業務を存分に楽しむことができます。宇宙業界に少しでも興味がある方は、早めにジョインすることをオススメします。