やりたいことを貫くには? ちゃんと変なことをやり続ける デイリーポータルZ・林雄司さんに聞いてみた

林雄司さんトップ写真

<プロフィール>
林雄司 デイリーポータルZ編集長。東急メディア・コミュニケーションズ株式会社勤務。1971年東京生まれ。1996年から個人でサイト制作を始め、2002年にデイリーポータルZを開設。編著書に『死ぬかと思った』シリーズ(アスペクト)、著書に『会社でビリのサラリーマンが1年でエリートになれるかもしれない話』(扶桑社)などがある。

自分の中に面白いと思うものや、やりたいことはあるものの、組織の中で思うように動き出せない。あるいは新しいことを始めようとしても、失敗することを想像しては、気持ちが落ち込んできてしまう。そんな人は林さんの考え方がヒントになるかもしれません。

林雄司さんは、30代前半のころに人気メディア「デイリーポータルZ」を立ち上げ、現在も編集長を務めています。過去には「このままではマズイよ」と会社から通達を受けたことや、事業譲渡で運営会社が変わったことも。それでも、傍から見る限り、林さんはいつも飄々と楽しそうにやりたい仕事を続けられているように映ります。

林さんはなぜ、会社員でありながら自由にやりたいことができるのか。会社を辞めようとしていた20代の頃から、知られざる会社員としてのコミュニケーション術に至るまで、林さんらしい言葉で語っていただきました。

会社員ほど甘えられる環境はない

――林さんは30代前半でDPZを立ち上げました。それ以前は、会社の仕事がつまらなくて転職を考えたこともあるそうですね。

林雄司さん(以下、林):当時はニフティという会社で旅行サイトをつくっていたんですけど、それがつまらなくて。「このお店が“オススメ”」とカタカタで書くような、魂のこもっていないテキストを平気で書いていました。当然、そんなの誰にも読まれないんですよね。

逆に、個人でやっていた『東京トイレマップ』や『Webやぎの目』なんかの個人サイトはうまくいってたんですよ。酔っ払いの写真を載せたりとかして。ただ、会社のサイトでそういうのはまずいよなと自主規制していたところがありました。

――それで、会社を辞めようとした。

:そうですね。正直、個人でライターの仕事を請けて、本を出版したりもしていたので、仮に転職がうまくいかなかったとしても食べていけるという気持ちはありました。だから、もういっそのことクビになりたいなと思っていて、その前に会社の仕事でもちゃんと変なことをやろうと始めたのがデイリーです。それが結果的にうまくいっちゃった。

Webサイト「夏休みの自由研究」スクリーンショット
デイリーポータルZの原型になったサイト「夏休みの自由研究

――会社は、林さんが変なことをやるのは許してくれたんですね。

:立ち上げるときに、当時の上司から「ダメだったらどうするんだ?」と聞かれたんですけど、クビになりたいもんだから、「(責任をとって)辞めます!」と返したら、なぜか気に入られちゃったんです。「ほかのやつはうまくいかないと言い訳をするんだけど、君にはちゃんと責任をとる気概があるな!」と褒められちゃって。内心、違うんだよなあ、めちゃくちゃ辞めたいだけなんだけど……と思ってましたね。

――でも、DPZはすぐに人気サイトになり、結果的にクビにならなかった。

:はい。やってみて思ったのは、実は個人サイトも企業のサイトも、見るほうとしてはそんなに関係ないんじゃないかということですね。自分で勝手に線引きしているところがあったんですけど、やっているほうが本気で面白いと思っているかどうかってバレますからね。そもそも、酔っぱらいの写真は別に個人サイトでもダメなわけですし。

それに、会社員って守られているから仕事を失敗したくらいでクビにならないんですよね。交通費とかを架空請求したらクビになるけど、そうじゃないから。

――なるほど確かに(笑)。DPZを作ってからは、会社を辞めたいとは思わなくなりましたか?

:思わなくなったし、あそこでクビにならなくてよかったなと。なんだかんだ言って、会社員って甘えられるじゃないですか。仮にデイリーが独立して僕が経営者になっちゃったら、なかなか好き勝手やってられないと思います。記事の本数を絞って、ウケるネタしか載せないだろうし、ライターさんへの原稿料だって減らすかも。やりたくないけど。

それをせず、比較的に自由にメディアを運営できるのは会社員ならではだし、すごく恵まれていると思います。こんなに甘えられる環境でうまくいかないとしたら、それは自分のせいだよなって。そこはつい真面目に考えてしまうところがありますね。

しっかり粘ったあとの「できませんでした」には迫力がある

――林さんは常に自然体というか、肩の力が抜けているように見えます。ご著書でも、仕事に取り組むうえで「力まない」ことを心がけていると綴られていました。

:頑張れば頑張ったぶんだけ結果が出るわけではないですからね。でも、最初から適当にやっちゃうとやっぱり失敗するので、そこは使い分けだと思います。すごくちゃんとやったあとの適当さを大事にするというか。例えば、企画を出す時もしっかり2時間考えたあと、残り5分の雑談で適当に喋ったやつが意外とよかったりしますよね。「それでいいよ、もう」って最後に出した企画がヒットしたりする。

――真面目さを経ての適当さ、という感じでしょうか。

:そうですね。時間をかけることって大事なんじゃないかなって、意外と思ってます。効率は悪いですけどね。編集部のメンバーに企画を出してもらう時も、最初から1個しか考えないんじゃなくて、20個考えたあとの21個目を見たいなと思ってしまいます。なんか、すごいパワハラみたいなこと言ってますね。

林雄司さんインタビューカット1

――でも確かに、最初は無難に成立しそうな手堅い企画を考えがちです。雑だけど尖ったアイデアって、1個目ではなかなか出てきませんよね。

:企画だけじゃなくて記事の撮影をする時も、「できれば2時間は粘ってください」とライターさんにお願いしたりしますね。無駄な写真もいっぱい撮って、余計なことをいろいろしてみてくださいって。仮に失敗したとしても、しっかり粘ったあとの「やっぱりできませんでした」には迫力があるんです。

クオリティって、ある程度はかけた時間に比例すると思っています。でも、それも2時間までかな。企画にしろ撮影にしろ、2時間とか一定の時間を超えるとあまり関係なくなる気はします。

――なるほど。企画時点で延々と考えていると、内容がカッチリ固まりすぎて、小さくまとまってしまうということもありそうですしね。

:そう、それだとおもしろくないですよね。だから記事でもイベントでも、むしろ企画の段階では何が起こるかわからない、不確定な部分は残しておいたほうがいい気がします。例えば変わった工作をして、それを自分で使うだけの記事だと事前にオチの予想までついちゃうじゃないですか。そうじゃなくて、街に出て知らない人に体験してもらうとか、自分じゃコントロールできない部分があると盛り上がるんですよね。

そういう意味では、ライターさんに企画会議の時になるべくネタをワードにまとめたりしないようお願いしていました。紙に書いちゃうと、ちゃんとし過ぎちゃうじゃないですか。そうじゃなくて、頭の中にあるぼんやりしたアイデアを雑談みたいに喋って、その場のノリから生まれたもののほうが野蛮で良い企画になることが多いように感じます。

ほどほどにお金を稼ぐことで会社から自由になる

――冒頭で「会社員は甘えられる」ともありましたが、一方で営利企業である以上は利益を生むことを求められます。林さんは以前、デイリーはずっと赤字と発言されていましたが、それでいてデイリーはブレませんよね。

:ここ数年はわりと調子よかったんですけど、コロナで赤字になっちゃいました。それ以前も、赤字の期間のほうが長いです。ただ、ニフティを離れた時点でデイリーポータルZのイメージは確立されていたので、運営元が変わっても“手を出してはいけない聖域”みたいに思われているのかな。たまに「このままだと潰す」みたいな話もされますが。

でも、そもそも僕は儲けなくていいとは思ってないんですよ。会社にも「僕も儲けたいです。そのための手段もあります!」とアピールし続けています。でまかせを言ってるわけじゃなくて、自分でも心底そう思ってるんですよね。これがうまくいったら、すごく儲かっちゃうな〜って。本心だから、しっかり上司の目を見て堂々と説明できる。

――上司を欺こうなんて微塵も思っていない。むしろ、マネタイズの面でも期待に応えよう、と。

:はい。そこはやっぱりデイリーへの期待感は持ってもらわないとダメかなって。儲からなくていいと思っている会社なんて、あるわけないですからね。それに、デイリーのようなサイトが本当に儲かったら絶対に面白いと思っているので、マネタイズのアイデアは常に持っています。

新しく予算をとりたい時のプレゼンなんかでも、自信満々で楽しそうに喋るようにしてますね。みなさん、僕の企画が聞けてラッキーですね、くらいの気持ちで臨みます。それまで何度失敗していても堂々と同じテンションでいられるのは、自分の長所かもしれません。

――ただ、デイリーの場合は単純にマネタイズだけではかれない価値もあるのでは? それこそ、会社のブランディングにも貢献しているように感じます。

:最初は会社にも「お金じゃなくて文化を作ってます」という感じで価値を強調していたんですけど、自分で言いながら無理があるなって思ってたんですよね。お金以外の価値で説明するの、難しいなって。だから、最近はほどほどにお金を稼ぐことが逆に自由になる方法なのかなと考えを改めました。稼いでないと、会社の言うことを聞かなきゃいけなくなっちゃうので。

とはいえ、デイリーって評判だけはいいので、そこは価値として誇っていいんじゃないかと思います。例えば、本来なら高額なギャラが必要な人が厚意のみで出演してくれたりと、評判がいいから得している部分もある。そこは、しっかり会社に強調したりしますね。

会社に期待されていることを理解しておく

――デイリーを続けるうえで、社内での評判も重要ですよね。何か意識されていることは?

デイリーに期待されていることを理解して、いつでも返せるようにはしてるかな。例えば、ニフティ時代、社長室の近くに編集部のデスクがあったんですけど、そこを社長が通る度に「なにか面白いネタあるか?」って聞いてくるんですよ。その時にすかさず答えられるよう、社長にウケそうなネタを用意しておくように心がけてましたね。「いっぱいありますよ〜」「最近こんなことあったんですよ〜」って。

いやらしく感じる人もいるかもしれないけど、少なくともそこで「いや、ないっす」ってのはアウトだと思います。もし、編集部のメンバーがそう返していたら注意しますね。だって、デイリーに期待されていることって、それだけじゃないですか。面白いことを考えて人を喜ばせるのが仕事なのに、そこを放棄されたら社長もガッカリですよ

デイリーポータルZ編集部の写真
楽しげなデイリーポータルZ編集部の様子

――ゆるいようで、そこはしっかり会社員なんですね。では、社長ではなく他部署の人に対する接し方で気をつけている点はありますか? DPZのような部署って、ともすれば「遊んでいるだけ」みたいに捉えられかねないと思うので、他部署に気を遣う部分もあるのでは?

:そうですね。確かにそこで傍若無人にふるまっていたら、「あいつらはなんだ!」って思われちゃいますよね。だから、他部署から何か頼まれたら断らないようにしています。他部署のサービスをデイリーで告知してほしいと言われたらすぐに協力しますし、むしろこっちから「何でも言ってくださいね〜」とアピールしてます。古賀さんという人当たりのいい編集部員を社内営業として立てて、動いてもらってますね。

ほかにも、例えば「社内で新しいビジネスを起こすんだけど、何かアイデアない?」って言われたら、張り切って10個くらい考えるようにしてます。デイリーはすごく儲かる部署じゃないから、社内的にはそれだけが存在意義かなと思うので

――デイリーの編集部は、社外のライターさん相手にもすごく丁寧にコミュニケーションを取っている印象があります。

:それに関しては、まあデイリーの場合は楽しくやってもらうぐらいしかないですからね。原稿料も高くないのに、原稿の催促で文句を言われたりとか、気持ちよく仕事ができないと思われたら魔法が解けちゃうじゃないですか。あれ、俺なんでこんなことやってるんだ、ってなりますよね。

楽観的な生き物は社内のみんなに好かれる

――お話を聞いていると、メディア運営だけでなく社内での立ち居振る舞いなども含めて仕事を楽しんでいるのだなと感じます。ただ、会社員として働いていると、どうしても苦手なことも出てくると思うのですが、林さんは嫌なことをうまく回避している印象もあります。特に苦手なことは何ですか?

:経費の精算は苦手ですね。面倒くさいから。交通費の精算、ここ2年で2回くらいしかしてないと思います。

――でも、経理から言われますよね?

:言われます。「なんで精算しないんですか?」って。でも、「すみません。今度からやります」って言って、けっきょくやらない(笑)。大事なのは、その場でヘンに歯向かわないことですね。「こっちも忙しいんですよ!」とかは絶対に言わないようにしてます。

本当にすみません!って心から謝るけど、言うことを聞かない。それは確信犯的にやってますかね。昔、『水曜どうでしょう』の藤村忠寿さんが会社でそうしてるって聞いて、すごくいいなと思ったんです。以来、マネしてます。ようはその場しのぎなんですけど、そのうち向こうも諦めてくれるので。

林雄司さんインタビューカット2

――「あいつはしょうがない人だから、ほっとこう」みたいな感じでしょうか。でも、ちょっと困った人だけど憎めないキャラっていますよね。どうすれば、その境地に至れるのでしょうか。

:自分がそうかはさておきですけど、常に楽しそうにしていることじゃないですかね。「あいつは、いつも呑気に楽しそうにしてていいな」って皮肉を言われるかもしれないけど、そういう楽観的な生き物はみんな好きなんじゃないかと思います

だから、デイリーは気楽でいいよね、なんて皮肉を言われても「いや、こう見えて辛いんですよ」みたいなことは絶対に言わないようにしようって。それは編集部のメンバーにも言っていました。「はい! すごく楽しいです!」って返そうよ、と。DPZのサイトと同じく、がちゃがちゃと変なものがたくさんあるけど楽しい編集部っていうイメージを持ってもらえるように。

――とはいえ、経費は精算したほうがいいと思いますが……。

:絶対に精算したほうがいいですね。遠地取材の交通費も精算しないので、めちゃくちゃ損していると思います。

アイディアを育てるためには外に出す

――4月1日からは「東急メディア・コミュニケーションズ」に運営が変わりましたね。新しい会社でも、今と変わらず自由にやれそうですか?

:そうだと思います。それに、もともとデイリーって街とか電車のことを嬉々として書いてきたメディアだから、むしろ東急との相性はいいんじゃないですかね。会社自体もそれほどカリカリしているように見えないから、これまで通りやれたらいいなと思っています。

――楽しみにしています。いま、やりたいことをやれずにモヤモヤしている若い会社員にとって、林さんの働き方は羨ましく感じられると思います。何かを劇的に変えることは難しくても、せめて何かにチャレンジしたいと考える20代に向けて、一歩を踏み出すためのアドバイスをいただけますか。

:アドバイスか、そうですね……。迷った時は○×表とかで決めるといいかもしれないですね。僕も20代で転職を考えた時にやりました。仕事の内容とか給料とか、今の会社と転職先を○×で比較してみたんです。そしたら転職先の×が多かったので会社に残ることにしたんですよね。「俺は本当はどうしたいんだろう……」とか考え出すとエモくなって冷静に判断できないから、いったん現実的なところも見たほうがいいと思います。

――いい話なんですけど、それだと一歩を踏み出さないためのアドバイスになっちゃいますね……。

:そうですね。すみません。でも、どうしようかなって思っているうちは踏み出さなくていいんじゃないですかね。どうしてもやりたいことだったら、もう始めているでしょうし。

そういうのって、たぶん後から気づくものなんじゃないかな。「あ、そういえば踏み出してたな」って。僕もホームページが面白そうだなと思った時には、カメラを買ってサーバーを契約してましたから。頭で考える前に体が動くっていうのが、正解な気がしますね

――では、そうした衝動や、ぼんやりした欲求を具体化し、行動につなげやすくするためのコツみたいなものはありますか?

:あ、それで言うと、ずっと頭で企画を考えていても整理されないので、とにかくアイディアを外に出してみることかな。人がいるときはとにかく話しかける。申し訳ないんですけど、その人がどう返事をするかはあまり関係なくて、何かをひねり出すために勝手に喋っているだけ。だから相手は犬でもいいのかもしれません。

取材・文:榎並紀行(やじろべえ)

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