周りは先輩ばかりのなかで、チームを任されたら……? 若くして吉本新喜劇の座長になった酒井藍さんが重視する働きやすい「人間関係」

吉本新喜劇の座長である酒井藍さん


社会で働き出すようになると、若くして「チームのリーダー」を引き受けることも決して珍しくありません。中には自分よりもずっと年齢が高いベテランのメンバーをまとめることになるケースもあるでしょう。

今回は、吉本新喜劇の座長を務めているお笑い芸人の酒井藍さんにインタビュー。酒井さんは30歳という若さで座長に就任しました。メンバーには自分よりもずっと芸歴が長いベテラン芸人さんも数多くいます。毎日状況が刻々と変わる舞台の袖で、酒井さんはどのようにチームマネジメントを考えているのかをお伺いしました。

PROFILE

酒井藍"

酒井藍
1986年生まれ。専門学校を卒業後、安定を求めて警察官になる。しかし、子どもの頃からあこがれていた吉本新喜劇で演じることを諦めきれず、『金の卵オーディション3個目』を受け、2007年に入団する。2017年に吉本新喜劇の座長に就任。 Twitter:@sakaiai9

吉本新喜劇の公演を一から作るのが座長の仕事

――吉本新喜劇の座長というのは、どのような仕事なのでしょうか。

吉本新喜劇には私を含めて4人の座長がいます。私の担当は月に2回、それぞれなんばグランド花月とよしもと祇園花月で行う公演です。1回の公演は1週間行います。その公演を一から作っていきます。

作家さんや吉本興業の社員さんと内容を考えて、おこがましくもキャストを決めて、稽古をして……。だいたい1カ月半くらい前から取りかかることが多いですね。公演に出演する座員の数は、なんばグランド花月なら20人程度、よしもと祇園花月なら10人程度になります。もちろん自分自身も演者として出演します。

座長が「率いる」のではなく「お願いする」

――吉本新喜劇にはベテランの芸人さんもたくさん出演されますよね。そうしたなかで人間関係やチーム作りについて悩んだことはありますか。

座長として、公演を作っていくプレッシャーは常にあります。それに現場では完璧ということはなくて、常になにかしらの小さな失敗があるものなんです。スベり続けることだってあります(笑)。


吉本新喜劇に出演する酒井藍さん

そんな環境の中で、私はトップに立って「行こうぜ!」とみんなを率いるタイプではなくて、「私の考えたものを演者さんにお願いする」というタイプです。だから毎朝皆さん一人ひとりの顔を見て「疲れていないか」というところは気にしていますね。

稽古では先輩の演技に対して修正のお願いをすることもあります。例えば、話の流れ上、この場面では怒っていてもらいたい。ところが笑っている方がいる。そういう時は、流れを説明し「怒った演技でお願いできますか」と言います。それで「なるほど」となる場合もあるし、「いや、ここはあえて笑っている」という反応が返ってくる場合もあります。それも私にとっては勉強になります。

先輩たちは自分よりも新喜劇のことをずっとよく分かっています。私が一番何もできないかもしれません。だから、どんなことでも話しやすいような雰囲気を作るのが「お願いする」うえでもまず大事なんじゃないかと思っているんです。

幸いにも、吉本新喜劇の方々はとてもサッパリしていて、入団して以来、激しい言い合いになるようなことは見たことがないですね。それは本当にありがたいです。お笑いの中で、こういった新喜劇の雰囲気はちょっと特殊かもしれません。漫才師さんのようなコンビだったら、もっとやりとりが激しくなる時があると聞きますね。

全員をフラットに見つめ、時にはすべて任せてみる

吉本新喜劇で演技をする酒井藍さん

――酒井さんが座長としてチームをまとめるために、工夫していることはありますか。

座長として、全員をフラットに好きになることが大事なんじゃないかなと思っています。ただ時には演者さんに対して「これは全力を出していないかもな……」と思ってしまうこともあります。

でも、それは見たときにたまたま体調が悪かったのかもしれません。その時だけで判断せずに冷静に過去を振り返ってみて「よかったときの方が多かったもんな」と思い直します。もっとも、3回見て、3回とも全力じゃなかったら悲しくなっちゃいますが(笑)。お互い人間だから難しいですよね。

また、さっきお話したように基本的には「お願いする」のですが、細かく私から演出を伝えるよりも、思い切ってお任せすることも時に必要なんじゃないかと思います。私が座長になる前、小籔さんが座長をしている回に出させてもらったときに、台本で私のボケのセリフが空白になっていた場所があったんですよ。「ここは自分で考えてみて」ってことです。そうなると、絶対にウケたいし、がんばろうって思いますよね。

私もあんなふうにやってみたくて。……さすがに私がセリフを空白で先輩に渡すのは失礼になってしまうので、台本を渡すときに「このボケは好きなように変えていただいてけっこうです」と一言添えたりしています。

座長になったことで視野が広がり、他の座長の気持ちも分かるようになった

――酒井さんは演者としても吉本新喜劇に出演されていますよね。座長を務めることで、演者としての自分にフィードバックされたことはありますか。

これは2パターンありますね。

まず、自分が座長をしていて、かつ演者として出ている場合があります。以前は自分の演技をしっかりすることばかりを考えていましたが、今では芝居全体がウケなくてはいけないと思うようになりました。

だから、自分の演技だけに集中しない。他の演者さんの様子を気にしたり、自分の出番じゃないときには演者さんに一言声をかけておこうかと考えたりしています。視野が広がったというと聞こえがいいかもしれませんが、実際は必死で周りを見渡しています。もう、毎日ビクビクですよ。


小籔座長の元で出演する酒井藍さん(右上)
小籔座長の元で出演する酒井藍さん(右上)

そして、もう一つは他の方が座長をしていて、自分は一人の演者として出していただいている場合です。実はこっちの方が緊張してます。私が失敗してスベったらどうしようと思ってしまうんです。私の失敗でも、担当している座長の責任になってしまいますから。私が座長をしているときは、私の責任ということなので、まだ気が楽な部分はあるのですが……。

座長はお芝居を本当に一生懸命考えているんです。自分も座長をやるようになって、その大変さが身にしみて分かるようになりました。本番の時も自分の出番じゃないときは、ずっと舞台の袖でブツブツ練習しています。間違えないように。それで歩いてきた人に気づかなくて、ぶつかってしまったこともありますね(笑)。

チームで仕事をすると成功をみんなで喜べる

――若くしてチームをまとめることに悩んでいる人もいると思います。そんな社会人に向けて、メッセージをお願いします。

とにかくチームのメンバーとたくさん話をしてみるのがおすすめです。そうするとメンバーのことが分かってきますし、「お願いする」うえでも重要です。そして、次第にその中に自分が心を許せてる人が見えてくると思うんです。そうすれば、自分一人で抱え込まずにすむ。

なかにはどうしても自分が心を許せない、行動に納得がいかない人もいるかもしれません。そんなときでも、自分がプイッとしてしまったら、駄目だと思うんですよね。「この人も家ではつらいことがあるのかもしれない」って思って心の中で一度相手をドツく(笑)。それで一度割り切って、後は大人になって対応してみましょう。

私は吉本新喜劇で座長をやっていて、本当に興奮する瞬間があるんです。幕が開いて、お客さんの前で一発目のボケってものすごく難しいんですね。お芝居の中で一番難しいかもしれない。

とある公演初日で、その一発目のボケを先輩にお願いしていました。私としてはすごくウケていただき「ありがとうございます!」という思いだったんです。ただ、先輩としてはちょっと不完全燃焼そうに見えました。
でも、先輩がちょっとずつ演技を変えていったら、3日目にめちゃくちゃドーンとウケたんです。

そのときは舞台袖でガッツポーズです。本当は「すごーい!!」って大声を出して喜びたいんですが、お芝居中なので、声だけはかみ殺して。それでも、あんまりやると芝居中の演者さんから「目ぇ散る!(気が散る)」って後から言われてしまうこともあるんですが、ウケたときは、どうしてもこうなってしまうんですよ。こんなふうにみんなで喜べるのは、チームワークだからこそ、だと思うんです。

(MEETS CAREER編集部)

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