たくさんの失敗を経て、“街歩き”を仕事にできた。街歩きエッセイスト・チヒロさんの「仕事のやりがい」

「かもめと街」を運営する、街歩きエッセイストのチヒロさん

「かもめと街」を運営する、街歩きエッセイストのチヒロさん



好きなことを仕事にしてやりがいを感じたいと思っている人は少なくないでしょう。だた「好きなことを仕事にしよう」と言われても、具体的な方法が分からずに動き出せないという人も多いのではないでしょうか。転職をする、資格をとるなどいろいろな道がありますが、今の仕事からいきなり方向転換を試みるのはハードルが高いものです。

現在“街歩きエッセイスト”として活動するチヒロさんは、アパレルや事務などさまざまな職を経験しながら「やりがいを感じられる仕事」を探してきました。無理をしない範囲でやりたいことを形にしてきた過程には、好きを仕事にするためのヒントが詰まっています。

趣味の街歩きが仕事になるまでの道のり、そして今の仕事のやりがいを伺いました。

PROFILE

チヒロ。浅草育ちの街歩きエッセイスト、知られざる街の魅力をエッセイで届けるウェブマガジン「かもめと街」の運営者。"

チヒロ
浅草育ちの街歩きエッセイスト。散歩好きの女性に向けて、知られざる街の魅力をエッセイで届けるウェブマガジン「かもめと街」を運営。年間500軒の店めぐりでガイドブックに載らないような場所を渡り歩く。自治体や公共交通の広報誌をはじめ、さまざまな媒体でエッセイやコラムを執筆。都電沿線情報誌「さくらたび。」で連載中。
Twitter:@kamometomachi Instagram:@kamometomachi

アパレル販売員からスタートしたキャリア

――チヒロさんは「街歩きエッセイスト」という肩書きで活動されていますが、主にどんなことをしているのでしょうか。

2017年から、ウェブマガジン「かもめと街」をひとりで運営しています。東京下町のお店を中心に、エッセイ形式で“新しい街歩き”を提案するサイトです。年間500軒ほどのスポットを訪れて、その中で気に入った場所を紹介しています。

「かもめと街」を通じて、街歩きやお店に関する執筆や登壇のお仕事もいただくようになりました。自治体の広報誌でエッセイを書いたり、他のウェブメディアでお店を紹介する連載を持ったり。ゆくゆくは東京のガイドブックを作りたいなと思っているところです。

「かもめと街」トップページ

「かもめと街」では東京下町の飲食店を中心に、雑貨店やイベントなどを紹介している

――チヒロさんはもともとメディア関係のお仕事をしていたのでしょうか。

いえいえ、まったくそんなことはないんです。サイト作りは全部独学で……。

もともと大学卒業後のキャリアはアパレル販売員のアルバイトからスタートしました。当時、憧れの販売員さんがいたんです。初めて接客を受けた時、服を選んでもらう時間はもちろん、選んでもらった服を着て過ごす時間もすごく幸せな気分になれました。楽しく暮らす人を増やせるお仕事って素敵だなと思い、その方の紹介で販売員の仕事に就くことになりました。

――「楽しく暮らせる人を増やしたい」というのが、チヒロさんにとっての仕事のやりがいだったんですね。実際に働いてみてどうでしたか?

もちろんやりがいを感じる瞬間もたくさんあったのですが……しばらく働いて店長になると、「向いてないかも」と思うことが増えてきて。自分の時間を蔑ろにして働かざるを得なくなり、生活がままならなくなってしまったんです。その時にふと「なんのために仕事してるんだろう?」と考えてしまって。お給料も安かったですし……。

なので、まずは生活を立て直したくて、結婚を機にアパレルの仕事を離れることにしました。一旦仕事にやりがいを求めるのをやめ、生活を優先しようと思ったんです。それで「休みがきちんととれてそれなりのお給料がもらえる」という理由から、ある企業の事務職に転職しました。

――「やりがいを求めるのをやめる」というのは大きな方向転換だったと思います。そこに葛藤はなかったのでしょうか。

私が入った会社は、まさにテレビドラマで見るようなOLの世界。みんな無言でパソコンに向かって挨拶の時も目を合わせないとか、社長が職場を訪れて空気がピリッとするとか、そういう雰囲気が新鮮で「ドラマみたい!」とそれなりに楽しんでいましたね。ただ、働きながら「自分の本当にやりたい仕事ってなんだろう」とはずっと考えていました。

「好きなものを勧める」ことがやりたかった

――「本当にやりがいを感じられること」は、どのように探していったのでしょうか。

いろいろ手を出して、たくさん失敗もしてきました。雑誌が好きだったので、思い立ってデザインの勉強をしてみたり。「手に職をつけなきゃ」と焦って経理の勉強をしたり。

ただ、勉強が直接の原因かは分からないですが、ストレスが重なって関節リウマチという病気を発症してしまい……。その経験を経て「無理をすると体を壊すんだな」と身をもって実感しました。なので「自分に正直に、無理をしないでできることってなんだろう」と考えるようになりました。

そんな時、「好きなことをブログで発信すること」を仕事にしている人のことを本で知って。それを見て、私もやってみようかなと思ったんです。

――「やってみたい」と思ったのはどうしてですか?

もともと自分が好きなものを人に勧めるのがすごく好きなんですよね。アパレルの仕事もそうでしたが、自分が勧めたもので誰かが少しだけ幸せになれることに喜びを感じます。

私は浅草育ちで、下町の雰囲気や古くからあるお店がずっと好きだったんです。なのでその魅力を私なりの視点で届けてみようと、街歩きをテーマに少しずつ記事を書いてみることにしました。

――無理をせず自分に正直にできて、かつやりがいを感じられそうなことだったんですね。

とはいえサイト作りや執筆に関して何のスキルもない状態だったので、最初は続けられる自信もありませんでした。一度無料ブログを使って街歩きの記事を書き始め、「これなら続けられるかもしれない」と確信を得てから有料ドメインを借り、本で勉強しながらサイトを作り始めました。

浅草の老舗喫茶店のコーヒー

個人経営の喫茶店や小さな雑貨店など、好きなお店の紹介記事から書き始めた

――転職するのではなく、お金を稼ぐための仕事をしながらできる範囲で少しずつ「やりがいを感じられること」を始めていく方法もあるんですね。

やっぱり一度体調を崩しているので、無理をしたくない気持ちが強かったんです。なのでやりたいことに向かっていきなり方向転換するのではなく、事務の仕事は継続しながら、細く長く続けられるようにできる範囲で広げてきたつもりです。

――接客の仕事と比べ、読者と実際に接する機会の少ないウェブマガジンは、反応や手応えを感じづらい側面もあると思います。その中でどのようにやりがいを見出していったのでしょうか。

記事を読んだ方がSNSでシェアしてくれたり、「実際に行ってきました」「今度行く時の参考になりました」とDM(ダイレクトメッセージ)で感想を送ってくれたりすることがあり、それが非常に励みになりました。それから、インタビューしたお店のオーナーさんがすごく喜んでくださった時もうれしいですね。基本的に「私が書きたい/読みたい」と思う記事だけを書いているのですが、それが他の方にとっても楽しめるものになったと実感できるとやりがいを感じます。

――続けた結果、ブログが少しずつ仕事になり始めたんですよね。“街歩き”に関連する最初のお仕事は台湾旅行のレポートと伺いました。

はい、自動翻訳機を使った台湾旅行のレポートを書くお仕事でした。最初は「仕事=真面目にきちんとやらなければならない」という意識が強すぎてガチガチになってしまったんですが、ブロガーの先輩から「まずは楽しむこと、楽しむのが仕事です」と言われてハッと視界が開けて。目の前のことを楽しむと、それが後々良い記事につながるんだなとだんだん分かるようになりました。これは今でも大切にしている考え方です。

小冊子「かもめと街歩きZINE」

ウェブマガジンだけでなく、ZINE(小冊子)も制作

読者にとっての“未来の希望”を生み出したい

――チヒロさんのやり方は実践的で参考になる一方、そもそも自分が何にやりがいを感じるのか分からないという声もよく聞きます。今の仕事や職場に違和感があるけれどどのように軌道修正したら分からない、という方はどうすればいいのでしょうか。

私は仕事の中で何が好きか、何が嫌かを書き出していました。経験して言語化しないと気づかないこともたくさんあるので、今している仕事を振り返る時間は大事かもしれないです。

あと、私自身が若い時にもっとやっておけばよかったなと感じるのは、「こういう人になれたら幸せかもしれない」というのを掘り下げておくこと。たとえば「雑誌のデザイナーってかっこいいな。雑誌好きだし目指してみようかな」と漠然と考えるのではなく、憧れのデザイナーのどんな考え方が好きなのか、どんなところを尊敬しているのかを一つひとつ分解して考えてみる。そうすると、「デザイナーを目指す」が最適解ではないと気づくかもしれません。

何をしている時が楽しいのか、どんな人のどんなところを素敵だと思うのかを突き詰めて考えていく。今の職場でも普段の暮らしの中でも、じっくり観察すれば「いいな」「素敵だな」と感じられるものが見つかるはずです。それが見えてきたら、好きなことにかける時間を少しずつ増やしていくといいのかなと思います。

――今、街歩きエッセイストとして、お仕事のどんなところにやりがいを感じていますか?

私は「これが食べられる」「これが安い」といった情報より、お店をやっている人の人柄や佇まいに惹かれるんです。だから、お店が生まれた経緯や愛されている理由が伝わるといいなと思って記事を書いています。

「かもめと街」を立ち上げた当初、「これを仕事にしたい」という思惑ももちろんありました。でもお金にならなかったとしても、記事を読んで「ここに行ってみたい」と思ってもらえたらいいのかなと思って。

「週末あそこに行くぞ」「あれを買いに行くぞ」と思うことって、大げさな言い方をすれば「未来の希望」ですよね。自分が好きなものを勧め、それによって誰かの暮らしが少しだけ楽しくなったり、未来への小さな希望を持てたりする。そうなるとうれしいですし、やりがいを感じます。

(MEETS CAREER編集部)

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