本当にやりたいことは今の仕事じゃないのかもしれない……。働き始めて数年が経ち、そううっすら感じている人も多いのではないでしょうか。
20年以上前からオーガニックコットンを使用するなど、環境面にも配慮したものづくりで知られるタオルブランド「IKEUCHI ORGANIC」で働く牟田口武志さんは、6年半ほど前にAmazonから転職。大手企業から中小企業へ、しかも異業種転職という思い切った決断の背景には、やりたいことの解像度を上げたうえでキャリアにつなげていくための試行錯誤がありました。
新卒で入社した企業ではうまくいかず、1年ほどで退社したという牟田口さん。複数回の転職を繰り返すなかで、どのようにしてやりたいことの「本質」に気づけたのでしょうか。
憧れで就職した映画業界でキャリアに躓く
――牟田口さんは複数回の異業種転職を経験されたということですが、現在のIKEUCHI ORGANICではどのような仕事を担当されているんですか。
牟田口武志さん(以下、牟田口):肩書きは営業部の部長ですが、仕事内容は幅広いですね。営業としてはタオルやおしぼりを使ってくださるホテルやレストランのほか、キャンペーンなどのノベルティとして採用してくださる企業とのやりとりの窓口を担っています。また、広報やマーケティングに関しては私が専門で担当していますし、店舗や通販事業のマネジメントも行っています。一言で言えば「IKEUCHI ORGANICの魅力を広めて販売することにつながる業務」を垣根なくやっている感じでしょうか。
――かなり幅広い領域を担当されているんですね。ただ、もともとはまったく異なる業界でお仕事をされていたと伺いました。
牟田口:新卒で入社したのは小さな映画製作会社でした。大学時代からずっと映画館でアルバイトをしていたこともあり、もともとは映画やエンターテイメントに携わる仕事をしたいという気持ちが強かったんです。就職浪人をしてなんとか拾ってもらいアシスタントプロデューサーとして働き始めたんですが、結果的に1年で退職をしました。
――思い描いていた仕事とのギャップを感じられたのでしょうか?
牟田口:詳細は控えますが、当時の会社の経営状態が不安定だった事が一番の要因です。あとは自己分析が甘かったこともあります。今思えば、映画業界に対する憧れが先行していました。次の会社は契約社員でしたが、半年で退職してしまい、これはまずいなあと。その後、少しまとまった時間を作り、自分が何をしたいかだけでなく、「現時点で何ができて」、「どこに適性があるのか」、あるいは「どんな環境であればパフォーマンスを発揮しやすいか」を改めて分析し直したんです。
その結果、やはりエンターテイメントに携わりたいという思いには根強いものがあると気づきました。ただ、自分自身が作品の一つひとつを好きかどうかより、映画を見終わった後の幸せそうな人の顔を見るのが好きだったなあと気づいたんです。一人ひとりが人生を変えるような作品に出会うきっかけ作りをするのが、自分の適性にも合っていると感じて。
それで、映画や音楽や本などたくさんのコンテンツを扱う、TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)に転職することに決めました。最初の2年間はTSUTAYA店舗でのバイヤー業務。残りの6年はTSUTAYAオンラインに関わり、マーチャンダイザーとして商品の仕入れや売り方を決め、その後サイト全体の販売促進やデータ分析などのマーケティング業務を行いました。結果的にはCCCに8年在籍し、その後はAmazonで3年半ほど働くことになりました。
「自分の人生を自分で決められる」環境で働くということ
――CCCに転職されてからは、一つの会社で腰を据えて働くいわば「キャリアの安定期」に入ったようにも見えますが、そこからAmazonを経て、2015年にタオル業界へ移ったのはなぜでしょうか?
牟田口:Amazonでは、サイトマーチャンダイザーとして書籍を担当していました。数字と格闘しながら、お客さまが本を探しやすい売り場づくりをするために自分でページをつくったり、本の売り上げを伸ばすためにプロモーション活動を行ったり。Amazonは誰もが知る会社ですし、当時から通販のなかではダントツの売り上げを誇っていたのでやりがいはありました。
ただ、いかにお客さまにスムーズに商品を届けるか、という利便性に特化している部分があるので、お客さまの喜ぶ顔が見えづらくて、もう少し顔の見える関係の中で広げていく活動をしたいと思うようになりました。
そんな時、日本の「いい会社」を応援する鎌倉投信という投資信託会社を知りました。普通に投資をしようと説明会に参加したら、たまたまIKEUCHI ORGANICを知ることになったんです。いち早くオーガニックコットンを採用し、環境面に配慮したモノづくりをする素晴らしい理念を持った企業だと感じ、「この会社なら自分がお客さまや作り手、ひいては社会に貢献する実感を持ちながら働ける」と思ったので、検討を重ねたうえで転職を決めました。
――確かに、IKEUCHI ORGANICのタオルには根強いファンが多そうで、お客さんと会社の距離の近さがうかがえます。実際に入社してみてからはいかがでしたか。
牟田口:これまで以上に「強い納得感」を持ちながら働くことができています。それはやはり、自分自身が心から良いと思うプロダクトを扱えているからだと思います。実際、入社前にも店舗に足を運び、「これまで使ってきたタオルとは明らかに違う」と、プロダクトの素晴らしさを感じていましたから。
入社後は「イケウチのヒト」という社員紹介ページを作りました。社員さんや職人さんに話を聞く機会が増えれば増えるほど、彼らへの尊敬と共に、プロダクトへの愛着も強くなりました。以前、原材料となる綿花を栽培するインドに足を運んだこともありますが、農薬を使わず丁寧に育て、一つひとつ手摘みするなど、本当に妥協なく作っていることが伝わってきたんです。一枚のタオルに込められたさまざまな人の思いを知れば知るほど、これを世の中に広めていくべきだという使命感のようなものを強くしました。
――自分が心から勧められる商品に携わり、なおかつ自分の貢献度が見えやすい環境に身を置くと、仕事に対する納得感が大きくなるのかもしれませんね。
牟田口:本当にそう思います。今はプロダクトの工程から流通の過程まで、見ようと思えばすべて顔の見える関係性のなかに身を置いています。そうした環境だと、自分自身が意思を持って働きかければ、組織を動かすこともできる。自分の人生を自分で決められるというと大げさかもしれませんが、そんな感覚で働けている実感があります。
苦手な仕事と向き合ったからこそ「やりたいこと」につながった
――そういえば、牟田口さんは過去のインタビューやnoteで「もともと対外的なコミュニケーションがあまり得意ではない」と明かされていましたよね。IKEUCHI ORGANIC入社後は、先程ご紹介いただいたオウンドメディアの運営やイベント登壇など「対外的なコミュニケーション」を積極的に行なっている印象ですが、スキル面の変化もあったのでしょうか。
牟田口:スキルというよりは行動の変化ですね。もともとは人前で話すときに声が震えるぐらいに苦手意識があったんですけど、自分自身が自社製品のファンの一人として話すことでお客さまにブランドを知っていただいて喜んでもらうのはうれしいですから、苦手とか言ってられません。自信を持って人に勧められるプロダクトを扱えていることが行動の変化をも促している部分は大きいように思いますね。
――現在の営業というお仕事は、プロダクトの素晴らしさを世の中に広めていくうえでは重要なポジションですよね。
牟田口:そうですね。今でこそ営業としてタオルを売ることにやりがいを感じていますが、実は2社目に在籍していたときに一度「自分には営業の適性はない」と決めつけ、道を狭めてしまったんです。
ただ、CCC時代から今へ至るまでは、対面で物を売るわけではありませんが、お客さまの課題に向き合うためにコミュニケーションをとり、提案を行うという広義の意味での「営業」と逃げずに向き合うことを心掛けています。仮に前々職や前職で「苦手だから」と逃げていたら、きっと今のような気持ちで働けていなかったのかなとは思いますね。
――なるほど。働くなかで出会った課題は、たとえ一時的に逃げられたとしても、その後形を変えて現れるのかもしれませんね。
牟田口:IKEUCHI ORGANIC以外にも、日本には昔から真面目にものづくりをしている中小企業がたくさんあります。一方で、PRや流通の面に課題を抱え、プロダクトをうまく広められていない企業も多い。
そうした企業のつくる「本当に良いもの」を世に広めていくことが、私の使命なのではないかと。今の会社に入って、自分のできる事と、本当にやりたいことがリンクしてきた実感がありますね。
市場に自らを合わせるのではなく、自ら市場を創り出す
――IKEUCHI ORGANICへの転職を機にやりたいことの輪郭がはっきりした、という経緯は分かりました。ただ、CCCやAmazonなど、いわゆる大企業から中小企業へ転職することに戸惑いはありませんでしたか。
牟田口:転職に際しては、以前までのキャリア観から変化があったように感じます。それまでは「いかに自分の価値を上げてキャリアアップするか」という視点が強く、知名度や規模で企業を選んでいたように思います。
ただ、IKEUCHI ORGANICと出会って、自分自身のキャリアがどうこうではなく、「この会社で働くことでお客さま、ひいては社会にいかに貢献ができるか」という視点に変わったんです。
自分ではこれを「他者視点」と捉えているのですが、この他者視点で考えた時、本当に良いものを世の中に広めていく、というやりたいことに自分のキャリアがうまくはまった気がしました。
――以前、noteでは「自分のやりたい道を突き進めば進むほど、キャリアの汎用性はなくなってしまいます」と書かれていました。多くの人はキャリアの汎用性を担保するため、やりたいことを磨くよりも自分自身の市場価値を上げることに注力しがちです。
牟田口:そうですよね。特に、大企業やスタートアップで働きたい人にとって、その視点はすごく重要だと思います。市場価値を上げるとはすなわち世の中の動向に自分を合わせることで、僕も以前はその志向が強かった。
ただ、逆の発想で、自分自身がむしろマーケットをつくっていくみたいな感覚も重要なのかもしれないと思うようになったんです。
今は、自分の好きなことや得意なことを深く深く突き詰めていけば、誰かが見つけてくれるかもしれないし、自分自身はこんな価値が提供できると逆に提案すれば良いんじゃないかと。だから、一見するとやりたいこと優先でキャリアの汎用性を失うように感じられる選択も、「お客さま、ひいては社会にいかに貢献ができるか」という他者視点で捉え直せば、一気にキャリアが開ける可能性もある。そう信じて、目の前の仕事に向き合っています。
取材・文:榎並紀行(やじろべえ)