PROFILE
デザインを学んだからこそできる、自分だけのコンセプトを
――土谷さんは主に映画を題材にしたお菓子を作られていますが、映画は昔からお好きだったんですか?
母が映画好きで、中学生くらいの頃からよく家で一緒に映画を観ていました。ただ、アカデミー賞を獲るようなハリウッドの大作が好きな母と、どちらかといえばB級作品やインディペンデント系の映画に心を動かされる私とで好みの違いが出てきて……。大学生になると、映画館やレンタルDVDで自分の好きな映画をたくさん観るようになりました。
――社会人になっても映画は観続けたのでしょうか。
美大を出て最初に就職したデザイン会社のボスがものすごく映画好きな人で。アート寄りの作品からハリウッド超大作までどんなジャンルでも楽しめる知識と技術を持っていて、映画の動きやシーンをインフォグラフィックスで解釈し表現するようなデザインも得意な方でした。その方と働いたのを機に、映画をより多角的に見れるようになった気がします。
――その時、映画は生活の中でどのような位置付けでしたか? 仕事にも繋がるものだったのか、仕事とは切り離された娯楽や趣味だったのか……。
映画とデザインは私の中では全然離れていなくて、映画から得られるものがあると意識していたので、娯楽や休憩といった意識はあまりなかったですね。「この映画で一番大切にされているシーンはどこだろう」「この余白が伝えたいことはなんだろう」と、映画を観るたびに自分だけの解釈を探していました。そのあたりから映画が仕事と地続きになっているというか、ずっと生活のそばにある感じはしていました。
――もう一つの軸であるお菓子作りはどのように始められたんですか?
もともと子どもの頃からお菓子が大好きで、食べるのはもちろん中学校ではお菓子を作る部活に入るほどだったんです。より深く興味を持ったのは、転職して別のデザイン事務所で働き始めた時のことです。
そのデザイン事務所がもう鬼のように忙しい職場で、徹夜の日々でした。やりがいはあったのですが、とにかく抱えている仕事が多く、会社に行って帰るだけで精一杯な生活だったんです。そんな中での唯一の楽しみが、近所のコンビニでお菓子を買うことでした。気がつけば、お菓子を一つ食べると目の前の仕事が一つ終わらせられる、というリズムになっていて、いつのまにかデスクはお菓子の山。
そしてお菓子への関心が日に日にエスカレートしていったというか……デザイナー的な視点でお菓子のことを考えるようになっていったんですよね。
――「デザイナー的な視点」とは?
「このお菓子はどんなプロセスで企画会議を通ったんだろう」「パッケージが違うデザインだったらもっとかわいいのに」とか。お菓子の世界にはまだまだ余白があるなと感じ、その好奇心が高じてデザイン事務所を辞め、お菓子の専門学校に通うことを決めました。
最初は「お菓子の基礎を学んでみたい」だけだったんですけど、だんだん「お菓子を本格的にやるんだ」という気持ちになってきて。知人から誘ってもらったイベントで自作のお菓子を販売することになり、せっかくなら自分のブランドとして販売しようと「cineca」を立ち上げました。
――映画とお菓子はどのように結びついたのでしょうか。
自分のブランドを立ち上げるにあたって、美術やデザインを学んだからこそできる、私にしかないコンセプトが絶対に必要だと感じていました。製菓学校に通っていた頃は時間に余裕があったので、1日4本くらい映画を観ていたんですけど、この莫大な時間を何かに生かせなかったらもったいないなってふと思ったんです。その思いつきから、映画を元にお菓子を作ろうと考えました。
人生において大切なのは、自分の表現を見つけること
――今は映画とお菓子、好きなことが仕事になっている状態だと思います。いわゆる「ワークライフインテグレーション(仕事とプライベートの融合)」と呼ばれる考え方なのかなと感じますが、土谷さんは「ワークライフバランス」についてどのような考えをお持ちですか?
私の人生において大切なことは、自分の表現を見つけることだと考えています。なのでcinecaを始めた時も「仕事」という感覚はなく、自分がどういう表現をできるか、自分の頭のイメージを一番近く形にできる表現は何かと考えた結果の「お菓子」でした。
今でこそ仕事として「お菓子」に携わってますが、「お菓子を食べること」「映画を観ること」は仕事とはまったく切り離されていなくて。生活の中にいわゆるオン・オフがなく、ずっとオンなんです。意識している唯一の休みはお正月。お正月だけはなるべく仕事のことを考えず、映画や音楽に触れる時も「伝える」を意識した見方をしないようにしています。それ以外の時期は、ワークとライフの切り離しはもう不可能ですね……。
――オン・オフがないからこそ、好きなことに常に没頭できる良さもありそうです。逆に「いつまでもやれてしまう」からこそ、日々のバランスの取り方などで気をつけていることはありますか?
「いつまでもやれてしまう」のは本当にそうで、数年前、無理をしすぎて大病しました。その時初めて自分の働き方を反省して、体調管理もプロの仕事なんだなと考えを改めました。
ただ、それをきっかけに、「私は職人じゃなくてクリエイターなんだな」と初めて気づけたんです。
――「職人じゃなくクリエイター」というのは、具体的にはどういうことですか?
いわゆる職人的な、日々同じものを作り納品するという繰り返しが、自分には苦しいことだとはっきり認識するようになりました。なので、病気を境に作り方や売り方を大幅に変えました。
まず、「お菓子を毎日作って定期的に提供する」やり方をやめました。定期的に卸していたお店とのお取引も一度全部キャンセルし、作家としての姿勢を大切にするように考え方を切り替えたんです。販売場所を個展や展示に限るなど、作家として扱ってもらえる場所や人と関係を作っていくやり方に完全にシフトしていきました。
――働き方を大きく変えたことで、気持ち的な変化はありましたか?
それまで無意識に抱えていた、同じものを繰り返し作る苦しさから少しずつ解放されていきました。また、忙殺される毎日で忘れかけていたお菓子を作ることの楽しさをもう一度取り戻すことができたと感じています。
――社会人数年目の人は、自分のキャパシティが分からずに頑張りすぎてしまうことも多いと思います。そういった人になにかアドバイスはありますか?
具体的なことだと、私は夜11時には絶対に仕事を終わらせて、遅くとも1時には寝るという決まりを作りました。大病をした後から作ったルールですが、できる限り守るようにしています。
ただ、ちょっと伝え方が難しいのですが、私は正直若い時は少しの無理はしてもいいのかなと思っていて。そもそもリスクなしに何かを成し得ることはないと考えています。世界が今日のまま続いていくことはないですし、明日はどうなるか分からない人生なんだから、やりたいことがあるのなら貪欲にどんどんやればいいと思うんです。とはいえ私は体力があるほうなので、もちろん私が過ごしてきた環境や私のやり方がほかの人にとってもいいとは思わないです。人によってキャパシティも異なりますし。
一つ言えるのは、得られるものの大きさよりもつらさが上回るのであれば、その会社なり仕事はやめたほうがいいんじゃないかなということです。心が壊れてしまったら大変なので、やりたくない気持ちが膨らんでいるのなら離れるのがいいのかなと。
一度離れることで楽しむ気持ちを取り戻せるかもしれないですし、他の会社に転職するとか、自分で小さく始めてみるとか、やりたいことを実現するための選択肢はいろいろあると思うんです。
――頑張ると決めた時には、土谷さんにとっての“コンビニのお菓子”のような、ふっと心が休まる存在があると良さそうですよね。
何か一つ、自分にとっての救いになるような、忙しい時に心のオアシスになるような存在があるといいですよね。知り合いの作家さんでも、自分が作る作品以外に夢中になれるものを持っている方もたくさんいます。そういうものを持てると、何かあった時の助けになる時間が持てるかもしれないですね。
(MEETS CAREER編集部)