思考を"オートモード"にしない。長井短さんが「20代後半の危機」を克服できた理由

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<プロフィール>
長井短。1993年生まれ。東京都出身。「演劇モデル」と称し、雑誌、舞台、バラエティ番組、テレビドラマ、映画など幅広く活躍中。舞台「照くん、カミってる」、テレビドラマ「ねこ物件」(TOKYO MX他)、「ノンレムの窓」(日本テレビ)等に出演。読者と同じ目線で感情を丁寧につづりながらもパンチが効いた文章も人気があり、さまざまな媒体に寄稿。恋愛メディアAMにて「さよならありがともうマジでバイバイ」、幻冬舎プラスにて「キリ番踏んだら私のターン」を連載中。
Twitter:@popbelop


仕事にも慣れてきて、現状に大きな不満はない。でも、ふとした時に将来を案じ「このままでいいんだろうか……」と焦ってしまうーー。こうした、20代後半~30代前半に経験しがちな"幸福度の低迷"は、俗に「クォーターライフクライシス」と呼ばれます。

アメリカやイギリスなどに住む25〜33歳の若者を対象に、LinkedIn Corporationが行った調査によると、実に7割以上がクォーターライフクライシスを経験しているそう*1。そこでは、キャリアへの不安や友人との比較などが主な原因として報告されています。

27歳の時、まさに同様の状況に自分が陥っていると気づいたのが演劇モデルとして活動する長井短さん。それ以来、不安を解消するために、仕事や日常生活でさまざまな工夫をしてきたそうです。現在はクォーターライフクライシスを乗り越えられた感覚があるという長井さんに、乗り越えるためのアクションと、乗り越えた後の気持ちの変化について伺いました。

あの頃はあんなに頑張れてたしあんなに楽しくやってたのに…

──長井さんは昨年、自分が「クォーターライフクライシス」に陥っているかもしれないと気づかれたそうですね。そう感じたのは、どんなことがきっかけだったんですか?

長井短さん(以下、長井):当時私は27歳だったんですが、1年くらい前から、同世代と食事に行ったり遊んだりすると、なんかみんな調子よくなさそうだな……みたいなことが徐々に増えていったんです。漠然とした、「だるいんだよなあ」くらいのうまくいかなさやおもしろくなさを抱えている人が多そうで。何か変えたいけどどうしたらいいか分からないというところで、みんなぼんやり悩んでいる気がしました。

──何か変えたいというのは、例えば仕事や生活環境に関してですか?

長井:周りの話を聞いているとそうでしたね。会社員の友達は転職するかどうかで悩んでいたり、実家暮らしの友達は「別にこのままでもいいんだけど、実家出たら何か変わるのかな」って悩んでいたり。仕事に悩んでいなくても、長く付き合っている恋人との関係をどうするかで悩んでいた人もいました。

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──現状のままでも悪くはないけれど、なんだかつらい……という状況ですよね。

長井:自分ひとりの気分が落ちているのであれば、「ちょっといま調子悪いのかな」で終わりじゃないですか。でも、同世代の友達がこんなにみんな鬱々としてるなら何かあるのかなと思ったので、たしか「27歳 つらい」でググって。それで「クォーターライフクライシス」という言葉を見つけたんだと思います。

──クォーターライフクライシスは、「人生の4分の1が過ぎた頃に訪れる、幸福感が低迷する時期」と説明されることが多いです。長井さんにとっては、この定義がしっくりくる感覚があったのでしょうか?

長井:そうですね。「幸福感の低迷」ってすごく抽象的な表現だけど、私もまさに抽象的なところでつらかったというか。具体的にショッキングなことが起きたわけでもないのに、なぜか明るくいられないことがつらいという感覚だったので、そういう抽象的な気分に名前がつけられていることに救われる感じがしました。

──長井さんがクォーターライフクライシスについて書かれたエッセイの中には、現実が嫌いなわけでも満足していないわけでもないのに、いまの自分は「無意識のうちに引いたレールの上を歩いているだけ」だと気づいた、という表現がありました。

長井:なんていうか……「仕組みは分かった」みたいな感覚ですよね。私は何事も、仕組みを覚えていく時間がいちばん楽しいんじゃないかと思うんです。ゲームで言うと、「あ、このボタン押すとジャンプするんだ」って分かった時って、操作自体は難しくてなかなかできなくても、やっぱり楽しいじゃないですか。でも、どのボタンを押したら何が起きるかが分かってからは、ちょっとマンネリっぽい時間が始まっていく。だから、「ゲーム自体はまだやりたいんだけど、この停滞の中にはいたくない」って感じでしたね。

長井短さんのインタビュー写真2

──仕事やキャリア面においても、「仕組みが分かった」感覚があったんでしょうか?

長井:全然仕組みが分からなかった頃とは、やっぱり多少違いますよね。私はもともと舞台の出身で、初めて映像の仕事をしたのが22歳くらいの時だったんですけど、最初は何も分からないから、「なんで同じセリフを何回も撮るんだろう」って思ってたんです。でも、映像の仕事を続けていったら舞台と違って編集があるから「そりゃ何回も撮るよね」って分かってきたし、ひとつの仕事にかかる時間なんかもだんだん予想できるようになって、よくも悪くもびっくりすることが減ってきた。もちろん仕事は好きは好きなんだけど、台本もらって読んで覚えて、ロケバスに乗ってセリフ言って……みたいなリズムができすぎてしまっていることが、あまり刺激的じゃないように感じられたんですよね。

──長井さんのようなお仕事をされている人ではなくとも、共感する人が多い感覚だと思います。中には、同世代の友人・知人と自分を比べることでクォーターライフクライシスに陥ってしまうケースもあると思うのですが、長井さんはそういった悩み方はしませんでしたか?

長井:やっぱり自分と似た仕事をしてる人って目に入ってきやすいので、そういう人と自分を比べてしまうことはありましたね。なんか楽しそうでいいな……みたいな。もちろん、そりゃSNSでは楽しそうにするよねって思うし、実際楽しいかなんて分からないんですけど、楽しそうにできるのがもう羨ましいっていう。

でも、私はどちらかというと、周りよりも過去の自分と比べてきつくなってた気がします。あの頃はあんなに頑張れてたし、あんなに楽しくやってたのに、いまは違うなと思っちゃって。刺激がないんだったら、まったく予想できないこと……例えばとんでもない炎上を起こすとかしたら体が躍動するんじゃないだろうかって考えたりして、いやそれは周りの人に迷惑かけるから絶対いかん、と自分を抑えてました(笑)。

「安全じゃないこと」をそろそろ一発やっておかないと

──長井さんはクォーターライフクライシスを乗り越えるために、日常の中で「第3の選択肢を取る」ことを意識されるようになったそうですね。「第3の選択肢」というのは、どういうことでしょうか?

長井:思いもよらない選択のことです。頭にぱっと思い浮かびやすい選択肢って、大体もうすでにやったことがあるじゃないですか。安全点検がある程度済んでいるというか。それを手にとってしまうと結局いつもと同じになっちゃうので、どうにか違うところから選択肢を引っ張ってくるようにしようと思ったんです。自分のすることにびっくりしたかった

──仕事やキャリアの選択においても、「第3の選択肢」を意識されたりしましたか?

長井:去年、短編小説を書いたんですが、それは自分にとって「第3の選択肢」でしたし、すごく大きな選択でもあった気がします。小説はずっと好きでいつか書いてみたかったんですけど、そもそも書ききれるか分からないし、なんとか書ききったとしてもすっごくつまんない可能性もあるなと思って、ときどき「書いてみませんか」って言っていただくことがあっても、「私はいいです」って断り続けてたんです。でも、安全じゃないことをそろそろ一発やっておかないと、たぶんこのままぼんやりし続けちゃうなと思って、前に「書いてみませんか」って言ってくれた編集さんに自分から連絡して書き始めました

書いている最中は、どう始めてどう終わらせればいいかもまったく分からないから、とりあえず一度最後まで書ききってから考えよう、と久しぶりに思えたのがうれしかったです。ある程度慣れてることって、仮に途中までやってうまくいかなくても、「あの辺からやり直そう」って引き返せるじゃないですか。そういうことがまったくできない領域にいる、というのが懐かしかったですね。

長井短さんのインタビュー写真3

──先がどうなるか分からない怖さよりも、楽しさのほうが大きかったんですか?

長井:うん、そうですね。同じ仕事をしばらく続けてると、「ミスったな」くらいの失敗はときどきあっても、とんでもない失敗ってなかなかできなくなってくるじゃないですか。だから、「大失敗するかも」って気持ちを本当に久々に味わえて、アドレナリンが出るみたいな感じでしたね。

──その体験をポジティブに捉えられるのは素晴らしいですね。積み上げてきたキャリアや実績があればあるほど、失敗って怖くなりがちだと思うので。

長井:失敗するのはもちろんイヤなんですけど……なんか、昔お世話になってた女性の先輩にめちゃくちゃな人がいたんですよ。下北沢に当時住んでた人なんですけど、「私は下北の男は全員“食べた”!」とか言ってて(笑)、本当にめちゃくちゃだけど、自分と違いすぎて憧れるところもあったんですね。

その先輩が前に、「とにかく体が動くほうに進むのが間違いがないから」って言ってたことがあるんです。たぶんそれって成功するしないとはまったく別の話で、どのくらい心拍数が上がる方向に自分から向かっていけるかだと思うんですよね。そういう生き方って後悔がなさそうで格好いいなと私には思えて、ずっと心に残っていたから、守りに入ってしまわないように、怖いほう、失敗するかもしれないほうを頑張って選ぶようにしよう、という姿勢に最近はなりましたね。

──これまではむしろ、守りに入るではないですけど、「失敗しないように着実に進もう」という意識が強かったんでしょうか?

長井:20代前半の頃は本当にそうでしたね。高校を卒業する時に、学校への進路提出用紙に「進路不明」と書かれたのが私ともうひとりの同級生だけだったんですよ。大学に進学したり就職したりする人たちの中で、自分たちは自分たちなりのやり方で前に進んでるってことを示さないと押し潰されてしまいそうで、進学組が大学を卒業する22歳までに下北沢の本多劇場*2に立つという目標を決めて当時はやっていました。いま振り返ると、「成功」にこだわっていたというか、社会と足並みを揃えたいという意識が強かった。ここ数年で、ようやくそういう意識や失敗への恐怖感がなくなってきました。

「オートモードでできること」だけを増やすのはよくない

──仕事においては「小説を書く」というチャレンジをされたとのことですが、日常生活の中でも「第3の選択肢」を選ぶことって意識されたりしましたか?

長井:本当に小さいことですけど、いろいろしてみましたね。私、子どもの頃からピーマンがいちばん嫌いな食べ物だったんです。でも食べてみようかなとふと思い、工夫して味つけしてみたら徐々に食べられるようになって、いまはピーマン大好きなんですよ。だから、ふざけ半分でもいいから、嫌いだと思ってることとかやりたくないことをやってみると、人って変われるんだなって思いました。

嫌いなものの克服とか、より難しいほうの選択じゃなくてもいいとも思うんです。別に急いでないけど今日はタクシー乗ってみちゃおうかなとか、知らない山菜買ってみようかなとか、お米炊く余裕がある日に「サトウのごはん」を買ってみちゃうとか、そういうことも実は新しい選択のはずだから。

──たとえ些細な変化であっても、「意外と変われた」気持ちそのものが成功体験になるということですよね。

長井:そうそう。10年前にいちばん嫌いだった食べ物がいま食べられるんだとしたら、10年後の私も、いまは想像できない何かをしてる可能性ってまだ全然あるじゃん! って思えたんですよ。

長井短さんのインタビュー写真4

──でも、一つひとつは些細なことだとしても、継続して「第3の選択肢」をとっていこうと心掛けるのって意外と大変な気がします。仕事が忙しかったり疲れていたりすると、手に取りやすい選択肢を選んでしまいがちじゃないですか?

長井:それはたしかに、なりますね。忙しくてどうしたってできない時ももちろんあるので、できるだけなんですけど……忙しいと、考えるのが面倒臭いって思いがちじゃないですか。でも、そうやって考えるのを面倒くさがって、オートモードでできることだけを増やしていくのってあんまりよくないと思うんです。

最近、「これはつまりこうです」って、断定的な口調で話す人が多いじゃないですか。私はそういう話し方が苦手なんですけど、そういう風に何かを言いきれる状態になる準備段階が、オートモードの自分だと思うんですよね。だから、オートモードにならないように気をつけていくしかないですよね。忙しくてもできることとしては……例えば、トイレで便座に斜めに座って用を足したことってあります?

──斜めに……? たぶん、一度もないです。

長井:斜めに座ってみると、問題なく用を足すことはできるんですけど、めちゃくちゃ変な感じするんですよ(笑)。体にどうやって力を入れればいいんだろうとか、いろいろ考えてしまう。それはひとつ、半強制的に思考を巡らせる方法としては便利だなと思ってるんです。たぶんほとんどの人は斜めに座ってみたことはないはずだけど、誰でもすぐに試せるし。

たぶん、そういうことが日常の中でももっとできるはずなんですよね。オートモードにさせないための種はそこら中にあるはずなんだけど、それに時間を割けないことでマンネリが始まるから、いつもと違うやり方をしてみたらいい。それで何がどうなるってことではないんですけど、やらないよりは毎日が楽しくなるし、「新しい自分」にも出会えるはずだから、自分なりにいろいろ試してみてもいいと思うんです。

誰にも怒られずにずっと行っちゃうことのほうがよっぽど怖い

──オートモードにならないための新しい選択肢をとり続けることを繰り返して、いま、クォーターライフクライシスを乗り越えられたという感覚はありますか?

長井:うん、ありますね。いまでも気分が落ち込む時はあるけど、やっぱりこの1年で「一度もやってないことをやろう」っていうマインドになってきたので、それがすごく効いてるんだと思います。

その結果、ここ最近で変わったのは、「気に入ったものを買って大切に使う」ことを選べるようになったこと。私すごくケチで、いままでは仮にすごく気に入った服があっても、同じ値段出したら(安価な服が)10着買えるな……と瞬間的に思って、買わないことが多かったんです。でも、それって自分に優しい考え方じゃなかったかもと思って、最近はできるだけ「気に入った服を買う」っていう選択を続けてみたら、気持ちよかったんですよね。効率第一って考えてた時期もあったんですけど、その頃のことっていま振り返るとあんまり覚えてないし。

長井短さんのインタビュー写真5

──振り返ってみると印象に残っていない時期って、たしかにありますよね。何か指針を決める時に、これからの自分の記憶に残りそうかどうかをひとつのヒントにしてもいいかもしれないですね。

長井:それこそ、20歳くらいの時にした失敗ってすごく記憶に残ってますもんね。20歳の時と同じくらいの失敗や後悔がこの先の人生でも生まれるように生きていきたいなって思います。失敗は怖いけど、失敗せずに、誰にも怒られずにずっと行っちゃうことのほうがよっぽど怖いから。

──たしかに。いまは、過去の自分や周囲と自分を比べて落ち込んでしまうことも減った感覚はありますか?

長井:そうですね。自分に対しては、常に状態が違うことを受け入れようと思えるようになったかもしれない。他人に対しても、その人の羨ましいところを自分で認めてあげることで、悪い比較の闇から抜け出せるようになった気がします。相手のことが羨ましいと感じた時に、素直に「いいなあ」と口に出してしまうのが大事です。素直にそれを言えずにいると、あとから落ち込んだり相手を嫌いになったりしてしまいがちじゃないですか。それならいっそ「いいなあ」って言っちゃったほうが楽だと思うんです。そういう風に考えるようになって、ちょっと前向きになれてきたような気がします。

──最後にお聞きしたいのですが、キャリアのことを考えた時に、演劇モデルという長井さんの肩書きはかなり特殊ですよね。ロールモデルになるような人が見つけづらいのではないかと思いますが、いま、長井さんが仕事をされるうえでモチベーションになっているのはどんなことですか?

長井:私の場合は、俳優とモデルという2種類の仕事があることが、ある種の逃げ場になっているんじゃないかと思います。どちらかがうまくいかなくても、いつでも逃げられると考えることで、落ち込みすぎないでいられている気はします。

でも、ロールモデルがいないのはたしかにその通りで、20代前半の頃はそれで悩んだりもしたんですけど……これはもう、超ポジティブな捉え方ですけど、イケてるからだと思うようにしたんです(笑)。イケてる人ってたぶんみんな、ロールモデルが見つけられないと思うんですよ。だから、「私はイケてしまってるんだよな~、しょうがないな~」って思うと、自分なりに頑張ろうって気持ちになってきますね。あとはイケてる者の責任として同じように悩む人のために道をつくろうと思えるようになったことが、一つのモチベーションなのかもしれないですね。

長井短さんのインタビュー写真6

取材・文:生湯葉シホ
撮影:加藤岳
衣装協力:eeeee / FUNKTIQUE / HAIGHT & ASHBURY / Jeffrey Campbel / ten eye one eight

*1:LinkedIn Corporate Communications “New LinkedIn research shows 75 percent of 25-33 year olds have experienced quarter-life crises"を参照

*2:1982年に開場し、若手舞台俳優の登竜門とされている小劇場。「演劇の街」下北沢の中心的存在とも言われる