コスメのクチコミアプリ「LIPS」がユーザーを“熱狂”させられる理由|AppBrew・深澤雄太

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新しいビジネスに先陣を切って飛び込んできた開拓者に、ビジネスを生み出す原動力となった課題意識やそれを乗り越えるためのアクションを伺う「ファーストペンギンの思考」。

今回登場いただくのは、株式会社AppBrew代表取締役の深澤雄太さん。2017年1月に同社がリリースしたアプリ「LIPS」は、先行者も多いクチコミサービスの市場で多くのユーザーの心を掴み、現在までに累計900万ダウンロードを達成しています。

今ではクチコミサービスの枠を越え、国内最大級の美容プラットフォームに成長しつつあるLIPSですが、ここに至るまでの道のりは決して順風満帆ではありませんでした。大学卒業後の起業当初は失敗の連続。いくつものプロダクトを作り、短期間でクローズすることを繰り返していたそうです。

そうした経験を糧とし、“課題ファースト”の精神で徹底的にユーザーと向き合い、結果的にユーザーが熱狂するプロダクトを生み出したAppBrew。深澤さん自身がファーストペンギンとしてこれまでにトライしてきたこと、更には失敗から得た気づき、考え方やアプローチの変化などを伺いました。

深澤雄太さんプロフィール画像
深澤雄太:1994年生まれ。中学時代に独学でプログラミングを習得。東京大学在学中の2016年にAppBrewを設立。コスメのクチコミアプリ『LIPS』を17年にリリース。アジアの各分野で活躍中の30歳未満の人材を選出する「Forbes 30 Under 30 Asia」に選出。

綺麗なソースコードを書いただけではユーザーの課題は解決しない

──深澤さんは中学生でプログラミングを覚え、大学生の頃にはすでにフリーのエンジニアとしてスタートアップのサービス開発に関わっていたそうですね。

深澤雄太さん(以下、深澤):高校時代からマイコン(コンピューターを形作る電子部品)を開発してソフトウェアをつくったりしていましたが、世に出るサービスの開発に携わったのは大学生の時が初めてでした。当時、立ち上がったばかりのスタートアップで、フルタイムで働いていましたね。途中からは大学も休学して。休学したまま起業してしまったのですが……(笑)。

その会社で得た最も大きな経験は技術的なことよりも、スタートアップのリアルな成長過程を見られたこと。サービスがグロースしていく過程だったり、ステークホルダーをどうやって巻き込んでいくかだったり、さまざまなリアリティを間近で感じました。例えば、ユーザー1人を獲得するのに想像を超える額の広告費が出ていくこと、何度もインタビューを重ねながらユーザーニーズを掘り下げること。そういう、実際に働かないと得られない知識や経験が、ビジネスの視点を養う原点だったように思います。

──深澤さんはかねがね、「プロダクト開発において、技術だけですべての課題を解決することはできない。技術を課題解決のための“手段”として使いこなす戦略思考こそが重要だ」とおっしゃっています。こうした視点は、大学時代にスタートアップで働いた経験によって養われたんですね。

深澤:はい。ただ、そうはいってもAppBrewを立ち上げたばかりの頃はまだ、どちらかというと戦略よりも技術を重視していたと思います。本当の意味で戦略思考の重要性を知るきっかけになったのは、起業後、立て続けに“失敗”を重ねたこと。サービスをつくっては、うまくユーザーを広げられずにクローズするということが4度続いたんです。

深澤雄太さん記事内写真
会社を立ち上げた頃の一枚。さまざまなサービスを作りながら、ビジネスの方向性を模索していた(AppBrew提供)

当時はアプリのブートスラッピング(作動のための開発)ができるツールとか、エンジニアファーストのクラウドソーシングサービスとか、機械学習を活用したコールセンターの自動返信ツールとか、主にto Bのビジネスを志向していました。to C向けにもチャットbotとかを作ってはいましたが。

──パッと聞くと、どれもニーズがありそうなサービスですが、失敗の原因は何だったのでしょうか?

深澤:B向けのサービスについては、当時は学生のメンバーが多かったこともあり肌感がまだ薄く、また技術的な不足があったこともあり、PoC(Proof Of Concept、新規事業のコンセプトや新商品を市場に投入して効果検証すること)ができなかった、C向けは「単純に自分たちの作りたいものが欲しいもの、欲しがられるものではなかった」という感じでしょうか。

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大前提の話、今振り返れば、やはり“テッキー”なテーマに固執していたのかもしれません。

──……と言うと?

深澤:もちろん、サービスを社会に実装して何らかの課題を解決したいとは思っていましたが、それよりも「技術的に難しいことをやったほうがクールだよね」というような考えが先立っていたかもしれません。

結果、うまく噛み合わずに失敗を繰り返すうち、改めて“課題ファースト”というか、まずは課題から始めないとうまくいかないことを思い知りました。技術的にクールなことをやっただけではユーザーの課題は解決しないんだ、と。

ただ、それを頭では分かっていても、やはり「エゴ」を捨てることは難しいものです。だから、まずは実際に何かをつくってみて何度か失敗してみるといいのかもしれないですね。

事業の撤退・継続を決める「3つの基準」

──起業から立て続けに4つのサービスをクローズする一方で、2017年1月にリリースしたLIPSは着実に成長を遂げ、今では日本最大級のコスメ・美容アプリとなっています。そもそも「撤退」と「継続」を分ける判断基準は何なのでしょうか?

深澤:3つありまして、1つ目は「ユーザーニーズ」。2つ目は「ソリューション」。3つ目は「マーケットの状況」です。

それぞれ具体的に何を見ているのかというと、まずユーザーニーズについては、そのサービスがいわゆる「バーニングニーズ(強いニーズ)を解決するもの」になっているかどうか。もし思うようにニーズを捉えられていないように感じるなら、「早い馬車じゃなくて自動車が欲しかった」みたいにリーチする角度が悪いのかもしれないし、そもそもユーザーにとってペインな(悩みに感じる)ポイントじゃないのかもしれません。

次に、ソリューションについて。これは「ユーザーニーズを正しく解決するもの」を提供できているか。競合と差別化するポイントとして重要なので、技術的な部分も含め、その課題を最もうまく解決できるソリューションになっているかどうかをシビアに見ます。

最後にマーケットの状況ですが、これはシンプルに「その市場に参入するタイミング」が適切かどうか。市場が成熟しすぎていない、といった我々のようなスタートアップでも戦える状況なのかを見極める必要があります。

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もちろん、これらのことはリリース前にも検証していて、ある程度はうまくいく目算があって世に出すわけですが、実際にサービスを出してユーザーの反応を見ないと分からない部分もあります。その結果、さまざまな理由によって3つの要素のいずれか、あるいはすべてが崩れてしまうこともある。その場合は、速やかに撤退したほうがいいと考えています。

ちなみに、リリースから2日後に閉じたサービスも今までにはあります。

──ものすごい見切りの早さですね。メンバーから「もう少し続けてみませんか?」と反論されることはないですか?

深澤:「諦めなければワンチャンあるかも」みたいな感じで続けるのは悪手だと思っていて。

もちろん、メンバーには「サービス自体が悪いわけではない」と伝えたうえで、撤退の理由をなるべく丁寧に説明します。ただ、そこで反対意見が出たとしても撤退時期を引き伸ばすことはありません。撤退するにしろ、続けるにしろ、自分の中に何かしらの確信があって判断すべきだと思っているので。

──潔いですね。

深澤:とはいえ、じっくり粘るケースもあります。サービスを大きく成長させていくうえで、どうしても時間がかかるプロセスというのはありますから。例えば、ヘビーユースしてくれるユーザーのためにプロダクトを作り込む時間。プロダクトへの熱狂を生むために、プロダクトの作り込みは非常に重要なプロセスだと考えています。

リリース直後に思ったほどの反響がなかったとしても、どこかのタイミングで急成長する“きざし”がハッキリと見えている場合、少なくともそのフェーズまでは粘るべきでしょうね。

──LIPSでいうと、どんな急成長の“きざし”が見えていたのでしょうか?

深澤:クチコミのプラットフォームという性質上、ある程度のユーザ―が定着すれば、あとは複利のように規模が広がっていくと考えていました。つまり、定期的にクチコミを投稿してくれるユーザーが一定数いたら、そのクチコミを見たユーザーが投稿者になっていく。そんな好循環が生まれるのではないか、と。いわゆるネットワーク効果ですね。

だから、リリース当初は有償のモニターも含め、こちらである程度のユーザーを集めて投稿数を増やす施策も行っていましたが、徐々にそのまま定着してくれたり、自発的に投稿してくれるユーザーが増えていきました。そのうちモニターの投稿者よりもオーガニックユーザーの割合が高くなり、自然にクチコミの輪が広がり始めたところで「これはイケる」と確信できましたね。そのタイミングで、マーケティングに予算を割き、資金調達に動くなど、サービスのさらなる成長を見据えた動きにシフトしました。

──リリース直後は目先の反応の大小よりも、事業として正しい方向を向いているかどうか、たとえ少人数でも狙うべきターゲットに届いているかどうかが大事だと。

深澤:そうですね。特に、マーケットプレイスのような双方向型のサービスであれば、ユーザー同士のネットワークや流動性が生まれるまでに時間がかかります。ただ、ある程度のユーザーが集まってくれば、複利式にユーザーが増えていく。ですから、リリース直後はゆるい角度でスタートしたとしても、それが正しい方向を向いている限りは粘ったほうがいいように思います。

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──ちなみに、先ほど注視する要素の一つとして「マーケットの状況」を挙げられましたが、LIPSがリリースされた2017年の時点で、すでにコスメ系のクチコミサービス市場はレッドオーシャンだったように思います。それでも勝機があるという判断だったのでしょうか?

深澤:マーケットの状況を見極めるとは、必ずしも「先手必勝を狙う」ことではありません。すでに成熟しつつある市場でラストムーバー(最終的に市場を独占する企業)を狙うこともできますし、一般論として、そのサービスの性質とニーズの強さ、提示できるソリューションの洗練度、マーケットの状況を照らし合わせ、十分に勝機が見込めるタイミングなのであれば躊躇なく飛び込むべきです。

ただ、LIPSに関していえば、そもそも市場が成熟しているとか、僕らが後発だという感覚はありませんでした。確かに、当時はすでにコスメの紹介サイトやクチコミサービスは存在していましたが、メインのコンテンツはあくまでランキングでした。主にSNSで人ベースの情報収集をする若い人の「信頼できる発信源からコスメの情報を得たい」というニーズを満たすことはできていなかったと思います。アプリの作り込み具合やページレイアウト、導線など技術的な側面でも改善すべき点を抱えているように感じました。

女性向けの匿名掲示板をたまに覗くとそうしたニーズを拾えましたし、AppBrewの共同創業者でLIPSの発案者でもある松井友里自身も、「SNS感覚で使えるクチコミアプリが欲しい」というニーズを強く感じていたので、十分に勝ち筋があると踏んだんです。

課題は”エゴ”ではなく「強いニーズ」から生まれる

──AppBrewは「ユーザーが熱狂するプロダクトを再現性を持って創造する」というミッションを掲げています。熱狂を生むプロダクトをつくり続けることは簡単ではないと思いますが、少しでも精度を上げるためには何が必要でしょうか?

深澤:おっしゃる通り、熱狂は狙って生まれるものではありません。ただ、そうしたプロダクトをつくりたいと思うなら、少なくともこれだけはやらなければいけないこと、絶対におさえておくべきポイントは確実にあると考えています。

何も特別なことではありません。定量的なデータを見たり、ユーザーの生の声を聞いて定性的なインサイトを集めたり、それにフィットする施策を打って振り返りながら改善したり、という当然やるべきことを“徹底”するんです。これを私たちは「再現性」と表現しています。

──つまり、「ユーザーと徹底的に向き合うこと」が最も重要であると。

深澤:そうですね。あとは、どんなマーケットを狙うにせよ、そこで熱狂を生むためには、事業のスケーラビリティよりユーザーの心をしっかり掴めているかどうかを意識することが大事です。

まずはニッチでもいいから深いニーズを集める。そして、少人数でもいいから、サービスのヘビーユーザー、深く愛してくれるユーザーを見つけ、その人たちにこれからも使い続けてもらえるよう丁寧にプロダクトを作り込む。すると、サービスやプロダクトに対するユーザーの愛はより深まりますし、深い状態のままユーザーの輪が広がっていくと思います。

LIPSロゴデザインの変遷
LIPSのロゴデザインの移り変わり。2022年10月、「特定のジェンダーや年齢層に縛られず、幅広いユーザーに使っていただけるように」との思いから、右端のものに一新。こうした細かい改善を今なお繰り返している

──とはいえ、ユーザーニーズは顕在化しているものばかりではなく、そう簡単に掴めないように思います。深澤さんが普段からユーザーニーズを把握するために、心がけている習慣はありますか?

深澤:自分のペインに対して仮説を立てたり、極端なソリューションを考えてみたりしています。例えば、僕は睡眠の質が良くないのですが、夜中にベッドが動いて寝返りを自動的に打たせてくれたら睡眠の質も向上するのでは、と時折考えます。そうした悩みを他人に共有すれば、思わぬ共通点が見つかったり、技術的なソリューションが見つかったりするのかもしれません。

──創造性を養えそうですね。最後に改めて伺います。深澤さんは最初に、事業は自分のエゴではなく課題ファーストで考えたほうがうまくいくとおっしゃいましたが、この世のサービスの多くは発案者の「社会をこう変えたい」という、ある種のエゴからスタートしているように思います。単なるエゴで終わってしまうサービスと、多くの人の課題解決につながるサービスにはどのような違いがあるのでしょうか?

深澤:明確に分けるのは難しいですが、「こうあるべき」「こうなればいいのに」みたいな考え方が起点になっているとエゴが全面に出てしまい、誰にも求められず、技術的にも噛み合わないサービスになってしまうように思います。

僕自身、大学に入学してすぐに仲間たちと「東大無料塾」という、高校生に無料で授業を行う教育プラットフォームを立ち上げました。日本の公教育のあり方に以前から疑問を抱いていたので、「学校で学べないことに校外で触れられる機会を増やすべき」という前提のもと、プログラミングなどさまざまなカリキュラムを組んで。しかし、いざふたを開けると、そこに来る生徒たちは「大学に入るための勉強」をしたいということが分かった。

生徒が見ている景色と、公教育側が見ている景色は違う。僕らのやっていたことは、理想先行型でどちらのニーズも満たさないものだったんですね。「塾」は結果的に半年で閉鎖することになりました。

──強いニーズから立ち上がってくるものこそ、解決すべき課題になりうると。

深澤:だから、「自分(第三者)なら絶対使う」というニーズから課題を掘り下げることが大切なんですよね。

……ただ、たとえ事前に「ターゲットのニーズはこうで、こんな課題がある。このプロダクトならそれを解決できる」といったロジックが出来上がっていたとしても、実際に世に出してみたら「……なんか違う」なんてことは山ほどありますが。

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──確かに、それは自分で失敗してみないと気づけないことですね。

深澤:それこそファーストペンギンじゃないですけど、まずは飛び込んでみることが大事だと思います。ファーストペンギンだからこそ痛い目にも遭うだろうし、そもそも飛び込んだところが水じゃない場合もある。でも、それこそ「エゴ」と「課題」の違いみたいなことは、そんな経験からしか得られない感覚のような気がしますね。

(MEETS CAREER編集部)

取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
撮影:関口佳代

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