業界のトップを走るビジネスパーソンに仕事の「こだわり」を聞く新連載「トップランナーの流儀」が始まります。
今回ご登場いただくのは、おもちゃ開発者の高橋晋平さんです。バンダイ在籍時に手掛けた「∞(ムゲン)プチプチ」が、国内外で累計335万個売れる大ヒットを記録。現在もさまざまなおもちゃメーカーと協業しながら、世間をアッと驚かせるようなおもちゃをつくり続けています。
その一方で、新人時代は企画がなかなか採用されなかったり、体調を崩して1年半も休職したり……すべてが順風満帆なわけではありませんでした。
そうした試行錯誤のなかから、一体どんなこだわりが生まれたのでしょうか。高橋さんのこだわりには、アイデアを生み出し、アイデアを形にする「本質」が詰まっていました。
☞「∞プチプチ」を手掛けた高橋晋平さん
☞「∞プチプチ」を製品化するときに経験した「ミラクルな出来事」
☞ 企画において大事なのは「良いアイデアを出そうとしないこと」
「人を笑わせたい」。その思いだけが働くモチベーション
──今回のインタビューは「こだわり」がテーマなのですが、高橋さんはこだわりが強いほうですか?
高橋晋平さん(以下、高橋):しょうもないマイルールはたくさんありますが、特別にカッコいいこだわりはないですね。さまざまなクリエイターの方のこだわりと聞くと「すごい! ここまで突き詰めるんだ!」といった内容を想像する人が多いと思うのですが、僕の場合は「体が弱いから無理をしない」みたいなことばかりなので(笑)。
──そうしたこだわりは、経験則に基づいたものが多いのでしょうか?
高橋:基本は経験則ですね。もちろん本を読んで参考にしているものもありますが。
子どもの頃から内省が好きなんです。親から怒られたことを何歳になっても覚えていて、それがきっかけで生まれたこだわりもあります。
──仕事に関連することでパッと思い浮かぶこだわりはありますか?
高橋:これは働く原動力になっていることなのですが、僕は人を笑わせたい欲求がめちゃくちゃ強いんですね。大学時代に落語研究部に在籍して、人を笑わせることの喜びと感動を味わってしまったからなんですけど。
──“笑い”に目覚めてしまったわけですね。
高橋:大学は工学部出身で、入学当初は「自動車をつくりたい」とか「プログラミングをマスターしたい」とか考えていたんです。でも、お笑いに没頭するうちにそういう気持ちがどんどん薄れてきて。ただ、お笑い芸人になるほど笑いの才能はなかったので、「自分のつくったもので間接的に人を笑わせたい」と思うようになりました。
結果的にバンダイから内定を貰って、おもちゃづくりのイロハをその道のプロたちから学べたことで、今はおもちゃづくりを通じて人を笑わせることを実現しようとしています。だから、僕、合体ロボみたいなカッコいいものはつくれないんですよ(笑)。
──ほかにもこだわりはありますか?
高橋:あとは健康でいることですね。会社員時代に体調を崩して1年半ほど休職していた時期があって。その時はけっこう無茶な働き方をしていたんです。帰りが終電になるのは当たり前で、お酒も毎晩けっこうな量を飲んでいて。
もちろん、当時めちゃくちゃ頑張っていたから今の自分がいるわけですが、それを美談にはしたくないんですよね。こうして喋ったり働いたりできるのも、健康だからじゃないですか。体調が優れないと機嫌も悪くなるし、頭も冴えないし、考える気力も起きない。良い仕事をするためには、何よりも健康が大切だなと。大きなこだわりはこの二つになります。
会議でのウケ狙いばかり考えていた。自分に衝撃を与えた「20Q」
──高橋さんはアイデアを出すことを仕事の軸にされていますよね。先ほどのこだわりはどのように結びつくのでしょうか?
高橋:健康の話は、仕事をする上で土台になっていますね。もう一つの人を笑わせたいという話ですが、そもそもアイデアを出すことが好きになったのが、先ほどもお伝えした通り、大学の落語研究部でネタを考えるようになってからなんです。
──それまではどのような学生時代を過ごされていたんですか?
高橋:僕は高校生まで勉強の成績が良いことくらいしか取り柄のない人間で。人見知りだから友達をつくれないし、不良には絡まれるし、親もめちゃくちゃ厳しいし……とにかく鬱屈した日々を過ごしていました。でも、人を笑わせることに密かな憧れを抱いていて、クラスの人気者がギャーギャー騒いでいるのをうらやましいなと思いながら見ていたんです。
大学に入って高校生の頃の自分を知る人が誰もいなくなったから、“満を持して”お笑いに挑戦したっていう。落語だけでなく漫才やコントもやっていたのですが、見ている人がクスクス笑うだけでも涙が出るほどうれしくて。それと同時に、自分はアイデアを考えられるんだっていう気づきもあったわけです。
──勉強だけが取り柄じゃなかったと。
高橋:ただ、人を笑わせたいという気持ちが強すぎるあまり、新入社員時代は履き違えた行動ばかり取っていました。同席者のウケを取るための企画ばかり会議に出していたので、上司には常に怒られていました。当然ながら商品化もされません。それが1年半くらい続きましたね。でも、それじゃいけないと思わされる出来事があって。
──どんなことがあったんですか?
高橋:入社2年目の秋くらいですかね。バンダイで「20Q」(トゥエンティ・キュー)という、自分の頭で想像したことを20個の質問を通じて当ててくれるおもちゃを海外から輸入し、日本で発売することになったんです。
僕は販売員として店舗に駆り出されたわけですが、商品が目の前でガンガン売れていくのを目の当たりにしたんですよ。それがけっこう衝撃的で。自分で言うのも恥ずかしい話ですが、その頃の僕は、「時代はテレビゲーム。おもちゃは下火だ」と考えていました。
──おもちゃをつくる会社に籍を置いているのに、おもちゃなんて売れるわけないと思っていた、と。
高橋:まさに。でも、考えが一転しました。そして、自分の態度を反省するとともに嫉妬心が芽生えてきたんです。会議室でウケを狙うことばかり考えて、なんてアホなんだ、きちんと売れるものをつくらないとって。
それで生み出したのが「Human Player」(ヒューマンプレイヤー)という性格診断をベースにした液晶ゲームです。企画書を出した時点で、その目の付け所を上司に褒められましたし、実際にヒットもして。おもちゃクリエイターとして、ようやくスタートラインに立てた気がしました。
“量は質”だ。質を担保するには量を出すしかない
──高橋さんがおもちゃクリエイターとしての自覚を持つようになってから、良いアイデアを生み出すために心がけていることはありますか?
高橋:良いアイデアを生み出そうと思わないことでしょうか。真っ向から勝負しようとするとアイデアってまったく浮かばないんですよね。答えを出さないといけないというプレッシャーが足かせになる。
むしろ、テーマに縛られず思い浮かんだことを書き出して、何も出なくなったら気分転換して、リフレッシュしたらまた書き出す。そうやってとにかく数を出していくと、何かしらピンと来るアイデアが出てくるんですよ。
──“量より質”ではなく、“質より量”だと。
高橋:というより、僕は“量は質”と考えていて。質を担保するには量を出す以外に手段はないと思うんですよ。これがアイデアを出す天才だったら話は別ですよ。でも、僕のような大した才能もない人間は、とにかく量を出さないと質にたどり着けない。言い換えれば、量さえ出せれば自分なりの最善解に到達できるわけです。
例えばアイデアを200個出すとしますよね、その中で良いものと悪いもの、実現性の高いものと低いもの、競合がすでに取り組んでいるもの、などのように分類していくと選択肢が絞られていくじゃないですか。ときにはアイデア同士がつながって、別のアイデアになることもありますし。そうすると、少なくとも200個の中でいちばん良いアイデアが出ますよね。
──極端なことを言えば、200個中199個は間違いでもいいということでしょうか?
高橋:間違いというよりは、新たな選択肢を発見していく感じでしょうか。そもそもアイデアって正解を出すのが正しいというわけでもなくて。5人中5人が同じ解にたどり着くより、5人中5人が別の内容であるほうが価値が高いんですよね。自分だからこそ思いつくアイデアであるほうが大事というか。
最初のお客さんは「自分」。そうじゃないと面白いものはつくれない
──高橋さんといえば、「∞(ムゲン)プチプチ」(国内外で累計335万個売れた高橋さんの代表作)です。まず、このおもちゃが生まれたきっかけを詳しく教えてください。
高橋:当時お世話になっているメーカーの担当者さんに「実はこんなアイデア考えているんですよ、できないかなあ」って、雑談で∞プチプチの話をしていたんです。
ある日、その担当者が急に転職すると報告してきて。最後にあいさつしたときに「これ、つくっちゃいました」と∞プチプチのモックを置いていったんです(笑)。プチプチするボタンがあって、ラップのようなカバー、緑の基板はむき出しでした。
その試作品を使って社内でプレゼンしたら「こういうことか、面白いな」と、部長がやろうと決めてくれた。自分の人生にとっては大きいミラクルな出来事でした。ただ、ミラクルではあったけど、自分が口に出していたから起きたことだとも思っていて。それ以来、やりたいことを言っておくのは大事だと思っています。
──「∞プチプチ」は、さまざまな工夫をしてようやく商品化にこぎつけたと著書に書かれていますよね。企画人にとっては、アイデアをかたちにしていくプロセスも大切なことだと思いますが、高橋さんの中で体系化されている考えはあるのでしょうか。
高橋:これは特別なことではないのですが、自分から動いていくのがやっぱり大切ですよね。若手の頃だと上司に怒られたくないとか思ってなかなか行動できない場合も多いかもしれないのですが、何がなんでも実現させたいなら、なりふりかまっている余裕はないんですよ。
「∞プチプチ」のときは、当時の僕からしたらものすごくいろんなことをしていて。売れるか分からない商品に広報宣伝の時間を割いてもらうことってけっこう難しいんですよね。だから会議前の根回しはもちろん、違う部署にいるデザイナーにデザインをお願いしたり、営業に同行したり、商品を紹介してくれるメディアがないか探し回ったり。自分でプレスリリース風の、商品の魅力を伝える資料をつくって、インターネットで見つけたメディアに送っていました。商品企画という職種の枠を超えて動き回ったんです。
それが功を奏してネットニュースで詳細を書いてもらえることになり、しかもSNSでバズって商品のヒットにつながったので、やってみて良かったと思っています。
──ほかにもアイデアをかたちにする上で取り組んでいることはありますか?
高橋:「この商品は1,000円を出してでも買いたいか」を考えています。その時に大切なのは、自分がお金を出す最初のお客さんだと思うこと。
──「自分のことばかりではダメ」と考えているのかと思いきや、そうではないんですね。
高橋:「私はこの商品を買う対象ではないんですけど……」という枕詞を持ったまま商品開発を続けていても、面白いものってつくれないと思うんですよ。まずは自分が最初のお客さんになって、「これ、めちゃくちゃ面白いじゃん」と思うものをつくる。そうすれば、自分と近しい価値観を持った誰かが絶対に面白がってくれるので。
でも、金銭感覚は一人ひとり違うじゃないですか。だから身近な人にも話を聞いてみる。それでなんとなく「1,000人が買うだろう」という目算が立てられれば、商品は高い確率で売れるはずだ、と。
──1,000個売れるではなく、1,000人が喜ぶと考えるとすごいことですよね。
高橋:そうなんですよ。そのためには何をすべきかがクリアになってくるんですよね。パッケージはこうで、キャッチコピーはこうって。その結果、商品を買ってくれたお客さんが喜んでくれたら、これほど光栄なことはないですよね。
「結果を出す」ことをゴールにしない。意味のないマイルールをつくる意味
──冒頭で「マイルール」がたくさんあるとおっしゃっていましたが、具体的にどのようなものがあるのでしょうか?
高橋:例えば、カフェでスイーツを食べたらアイデアを必ず出すとか。普段はコーヒーだけなんですが、ここぞというときにはスイーツも注文して、自分を追い込むようにしています。
カフェのスイーツって500円とか700円とかして、コンビニやスーパーで買うより高いじゃないですか。だから、注文したらただじゃ帰れないぞっていう気持ちになってかなりの確率で良いアイデアを出すことができるんですよ。
──「このお金を使ったからには!」みたいな気持ちになるんでしょうね。
高橋:しかも、大した意味がないってことが重要なんです。達成してもしなくても世界は変わらない。それくらいの目標を立てて取り組むほうが行動できるんでしょうね。結果を出すことをゴールにしてしまうと、結果が出ない時点で嫌になるんですよ。
SNSもフォロワーが増えないと次第にやる気が出なくなるじゃないですか。そういう数値目標より、適当なマイルールを定めて、達成したらいつの間にか数値的目標もクリアしているくらいのほうが楽しいなと。お金や名誉を得るためのルールだと長く続かないんですよね。
──欲を出すといけないんですね。
高橋:今思い出したのですが、何年か前にルービックキューブにハマって、電車の中でずっとやっていた時期があったんですね。その時は、僕と同じようにルービックキューブをやっている人がいたら声をかけようと思っていたんですよ。『ジョジョの奇妙な冒険』で例えるなら、「スタンド使いはスタンド使いにひかれ合う」みたいな(笑)。
──その時は誰かと出会ったんですか?
高橋:なかなか出会わなかったのですが、ついに同じ電車に乗る女子高生がやっているのを目撃して。でも、さすがに声をかけるのは良くないと思ってしませんでしたけど。ただ、この行動も大した意味はないじゃないですか。
──ないですね(笑)。心理的な苦痛がなくて、達成できると少し気分が高揚するくらいがちょうど良い?
高橋:明確な理論で語れることはないのですが、良い偶然が起きそうなことをしていたら仕事になることが多いんです。
独立した当初はお金の心配もあって営業回りもしていたのですが、手応えがまったくなくて。やりたいことを喋ったり、変なことをしていたら、独立3年目くらいから仕事が一気に回り出すようになったという。
──それも“量は質”の考え方ですよね。
高橋:そうかもしれないですね。ルービックキューブもうまくなれば誰かを喜ばせるかもしれないと思って取り組んでいたことですし。良い偶然が起きそうなことをやるのは、無意識で取り組んでいることかもしれません。
──とにかく量をこなすことが大事だと。
高橋:売れない商品って失敗にカウントされるわけではなく、誰にも知られないまま姿を消していくだけなんですよね。つまり、失敗してもマイナスはないっていう。
だから面白そうだと思ったら、とりあえずやってみると良いんじゃないですかね。そして、本気になれることだったら全力で取り組んでみる。そこで1発当てることができれば自信になるし、大きく変わることができると思いますよ。
(MEETS CAREER編集部)
取材・文:村上広大
撮影:関口佳代