「変わらない」を貫いた先に。少年ジャンプ+がマンガ業界のゲームチェンジャーになるまで

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「特別何かを変えようとは思っていませんでした」

そうつぶやくのは、集英社のマンガ誌アプリ「少年ジャンプ+(以下、ジャンプ+)」の副編集長、籾山悠太さんです。

今やネット上における話題作の“発信源”ともなっているジャンプ+。ブラウザ版と連動してソーシャルバズを促す仕組みや「初回閲覧無料」の制度など、マンガ業界の常識を塗り替えるような施策を次々と打ち出してきました。

しかし、立ち上げ当初は社内リソースもヒット作もない、小さな媒体だったといいます。さらに、立ち上げ人の籾山さんは編集畑出身で、異動するまではデジタルの知見もほぼなかったそう。

そんな状況で籾山さんが参考にしたのは、技術的なトレンドでも、横文字の並んだ数値目標でもなく、「週刊少年ジャンプ(以下、ジャンプ)」の創刊時から社内に脈々と受け継がれる「ジャンプの思想」でした。

インターネットもSNSもない、約50年前に生まれた「ジャンプの思想」はどのようにしてマンガ業界のゲームチェンジを引き起こしたのでしょうか。

籾山悠太さんプロフィール写真
籾山悠太さん。2005年、集英社入社。週刊少年ジャンプ編集部、デジタル事業部などを経て、少年ジャンプ+創刊に携わる。漫画編集と並行し、「ジャンプBOOKストア!」「ジャンプルーキー!」「MANGA Plus by SHUEISHA」などのデジタルサービス立ち上げに携わる。

編集部からデジタル部署へ。異動先で「独自の動き」を認めてもらうためにやったこと

──籾山さんは新卒でジャンプ編集部に配属され、5年目の2010年にデジタル事業部へ異動されたそうですね。マンガの編集部とデジタル施策を考える部署では仕事が違うように思いますが、最初のうちは働くモチベーションをどう高めていましたか?

籾山悠太さん(以下、籾山):まだまだ編集者として新しくマンガを立ち上げたいと思っていましたし、配属されるまではデジタルに関心もなかったので、最初のうちは「どうしたものかな」という状態でした。

当時のデジタル事業部は基本的にガラケーのサービスを運営している部署だったんですね。

集英社全体を見渡しても、マンガのアプリや電子書籍をまだやっておらず、「会社としてどうするのか」を話し合っていた段階です。

そんななか、僕が異動した2010年にiPadが発売され、スマホも普及し始めた。こうした時代の流れを見て、僕は「ジャンプを取り巻く環境が変わりそうだ」と思い始めました。

──そう思ったのはなぜでしょう。

籾山:ジャンプの力の源泉は、作家さんたちから「『ONE PIECE』が載っている、“あの雑誌”に載りたい!」と思ってもらえることであり、それが才能が集まる理由のひとつです。でも、作家さんを含めて人々がスマホやタブレットでマンガを読み、書くようになり、さらに同じ端末で映像やゲームも楽しめるとなると、ジャンプに執着を持つ人が減ってしまうかもしれない。そういう危惧が芽生えたんですね。

同時に、「今までとは違う側面から、編集者として『新しくマンガを生み出す』仕事ができそうだ」という予感も生まれてきました。

──そうしたやりたいことと、部署としてのミッションの間に、どう折り合いを付けていきましたか?

籾山:僕は異動当初「集英社マンガカプセル(2006年オープン。ガラケーにコミックを配信するサイト)」というガラケーサービスを担当していたのですが、それをやりながらも同時に、ジャンプの名前を冠したスマホアプリを立ち上げたいと、ジャンプ編集部とコミュニケーションを取りながら別働隊的に動いていました。

もちろん、事業部の一番下に入ってきた若造がいきなり「ジャンプの名前を冠したスマホアプリをやりたい」と言い出したので、さすがにすべての人が僕の行動を歓迎してくれたわけではありません。それでも2012年にジャンプコミックスの電子版が買える「ジャンプBOOKストア!」や『BLEACH』『シャーマンキング』『るろうに剣心』など作品ごとのiPadやスマホ向けアプリをローンチでき、幸いにして出だしから好調だったんです。

そうして結果が出始めると、周囲の温度感も変わっていきました。

籾山悠太さん記事内写真

──やりたいことをやれるようにしていくためには、まずは結果を出すのが大事ですよね。

籾山:やってみて、「新しくサービスを立ち上げるのは、マンガの立ち上げに似ている」と気づくこともできました。ユーザーの反応を見て打ち手を考えていくことに、毎週読者アンケートを見て次の展開を考えるのと似た楽しさを感じられたんですね。

「一発逆転はなかった」 ジャンプ+立ち上げ当初の苦労

──その後、籾山さんはジャンプ+やマンガ投稿サービス「ジャンプルーキー!(以下、ルーキー!)」の立ち上げに関わります。このインタビューのテーマは「GAME CHANGE」ですが、「変化」は「目的」ではなく結果だと思います。籾山さんがこれらのサービスで達成しようとした「目的」は何だったのですか?

籾山:ジャンプの思想やジャンプが大ヒット作品を次々生んできた仕組みを今の時代に合わせて、今の技術を使って再現すること。一言で言えば、「ジャンプの代わりとなりえるサービス」を作ることです。

僕は常に「ジャンプはどんな風にマンガを生み出してきたのか」という原点に立ち返って考えています。ジャンプは長野規(ただす)・創刊編集長のころから、新人の作品や新作を優先して掲載する「新人、新作重視」という思想や、読者の反応を重視する「アンケート至上主義」などの雑誌の運用ルールが存在しており、それらは何人も編集長が代替わりした今なおほとんど変わっていません。

「○○先生の漫画が読めるのはジャンプだけ」というお馴染みのフレーズをご存じの方も多いと思いますが、それに倣ってジャンプ+でも「オリジナル作品の最新話が、ここだけで読める」ようにしています。ほかでも読める作品ではなく、オリジナル作品を押していく。それも有名な作家さんを他社から引き抜いて描いてもらうのではなく、まだ実績がない新人作家さんも重視する。

それからアンケート主義ですね。ジャンプ+は一般的なマンガ雑誌とは異なり単行本の売上ではなく「連載一話ごとの閲覧数」をもっとも重視すべき指標とし、読者の反応を見ながら継続可否を決めています。ジャンプは最新話をみんなが同じタイミングで読んで話して盛り上がれるのが価値の一つであり良さですから、ジャンプ+でもそれをどうやったら実現できるのかを考えてきました。

──やりたいことや理念は明確だと感じますが、目先の数字(売り上げや利益)とのバランスをどう取ってきたのでしょう。ジャンプは長期的なスパンで新人を発掘・育成して「大ヒット」を生み出すことにフォーカスする、マンガ業界でもまれな媒体ですから、やはりジャンプ+でもそういう苦労はなかったのですか?

籾山:いえ、ほかの新規事業や新雑誌の動きを見ていると、2、3年赤字が続くとおそらくサービスを畳まなければいけなくなるだろうと予想をしていました。ですからジャンプ+の立ち上げメンバーである僕や細野修平(ジャンプ+編集長。創刊当時は副編集長)は、サービスを始める前の段階から、早期に黒字化する方法を考える必要がありました。でも始めたばかりで作家も編集者も乏しい新媒体から、たったの2、3年で黒字化させるほどのヒットを生み出すことができるか、なかなか厳しいだろう、と。

そこで当座の売り上げを確保するため、ジャンプ+の創刊タイミングで、ジャンプやジャンプコミックスの電子版のサイマル配信(異なる媒体で同一の内容を同時に配信すること)も始めたんです。社内的には非常に大きな決断でしたが、ジャンプ+の中で紙の雑誌やコミックスと同じ発売日に電子版が買えるようにした。これによって売上が確実に見込めるようになり、僕らが本来の目標とする「ジャンプの代わりとなりえるサービス」を作ることに注力できる猶予が作れました。

──理想を追うだけでなく、社内を説得し、納得してもらえる方策も用意したわけですね。逆に、ジャンプ+が本来の理想や目的を達成するためにどんなことをしてきたのかを伺えますか?

籾山:本当に地道な積み重ねしかありませんでした。立ち上げ当初は編集者の数をはじめ、社内リソースも潤沢ではなかったですし、「描きたい」と言ってくれる作家さんもほとんどいない、読者も当然少ないという状況でしたね。

籾山悠太さん記事内写真

社内の協力体制を取り付けるのもなかなか大変でしたね。「無料で読ませるものに宣伝費を投下するのは難しい」「単行本の売り上げを食い合わないよう単行本のラインナップを考えてほしい」という他部署からのオーダーもありました。

そういう状況から変えていくために何をしたかというと、別に大きな一発逆転があったわけではありません。

まずアプリは毎日更新したいですから、ほかのマンガ編集部にも声をかけて、あの手この手でマンガをたくさん作りました。ジャンプ+と同タイミングでローンチした「ジャンプルーキー!」も「投稿サイトをやって編集者が付けば、ジャンプ+で描きたいと思ってくれる作家さんが集まるだろう」と考えて始めたものです。

ジャンプルーキー!のトップページ。「誰でも」マンガを投稿できるのが特徴

そうやって必死に回していくなかでオリジナル連載作品として『カラダ探し』『終末のハーレム』などのヒット作が出始めて読者が増え、ジャンプ+に興味を持ってくれる作家さんや編集者も増えていきました。

同名の小説を原作とした『カラダ探し』はジャンプ+初期のヒット作に。2022年には映画化。(C)ウェルザード・村瀬克俊/集英社

そこからジャンプSQ.(ジャンプスクエア、月刊マンガ雑誌)の編集部にいた編集者の林士平(りん・しへい)がジャンプ+で『ファイアパンチ』などを立ち上げ、作家さんの間にジャンプ+の知名度を広める作品が増えてくると、さらに実績ある編集者が加わり、経験ある作家さんと組んで『SPY×FAMILY』や『怪獣8号』のようなヒット作が生まれていきました。

また「ジャンプ+生え抜きのヒットを出す」というサービス開始当初からの目標が、「ジャンプルーキー!」発の作家さんと新卒でジャンプ+に配属された若手編集者のタッグで作った『タコピーの原罪』によって達成することができました。

衝撃的なストーリー展開で、SNSでも大きな話題を集めた『タコピーの原罪』。(C)タイザン5/集英社

『SPY×FAMILY』や『怪獣8号』『タコピーの原罪』などは作品の楽しまれ方も「毎週毎週みんなが話題にする」という、僕らが「ジャンプ的」だと考える状態になりました。今では毎週0時に最新話が更新されるとすぐにコメント欄にわーっと書き込みが増え、SNSでも話題になり、最新話が更新されるたびに読者が増えていく……そういう好循環が生まれています。

「初回無料」「ブラウザ版強化」 画期的な仕組みを実現できたシンプルな理由

──ジャンプ+といえば今ではしょっちゅうネットでバズっていますが、これはマンガアプリの中でいち早くブラウザ版を充実させることで「SNSにシェアしたら、された側がブラウザ上ですぐ読める」よう仕様を変更したのが功を奏しているように思います。今では多くのマンガ事業者が同様の仕様を採り入れているほど、ゲームチェンジングな施策ですよね。

籾山:これはWeb版のジャンプ+において、ブラウザでマンガを読むためのビューアー「GigaViewer」を導入したおかげです。ジャンプ+の作品は、何よりもまずみんなの話題にしてもらうことが大事です。シェアされて無料で読まれても売上が立つわけではありませんが、みんなの話題に上れば、大きな盛り上がりを作ることはできる。しかし、そういった僕らの狙いや想いは、収益化への意識が強い一般的なIT企業の方にはなかなか理解してもらえなかったんです。でも「GigaViewer」を作る株式会社はてなさんは日本のIT企業の中では非常に独特な立ち位置で、そういった目先の売り上げ重視ではない発想をしてくださるので、話が合った。

──変化を起こすには、志を同じくする外部のパートナーを見つけることも重要だったと。もうひとつジャンプ+の大きな仕様変更としては、連載中のオリジナル連載作品を対象に全話を「初回(初めて読む時は)無料」にしたことです(アプリのみの機能)。こちらは他社が追随する動きはないように思えますが、読者が最新話まで無料で一気読みして追いつき、話題に参加できるようになるという、やはり今のジャンプ+のバズの基盤になっています。

ジャンプ+のバズの基盤をつくった「初回無料」システム

籾山:無料でどのくらい読ませていいかについては、作家さんの間でも編集部の中でもずっと議論がありました。でもジャンプの連載作品のように、みんなが同じタイミングで盛り上がる状態を作るには、読者が最新話に簡単に追いつけるようにしたい。それで悩んでいたら、林が「1回だけ無料ならいいんじゃないですか?」と画期的な落としどころを思いついたんです。「それなら読み返したければコミックスを買うか一話単位で課金して読むことになるから……ギリギリいいか」ということになって、仕様を変更することができました。結果としてそこから『SPY×FAMILY』や『怪獣8号』の最新話が急激にSNS上でトレンド入りしやすくなりました。

──籾山さんが立ち上げたサービスとしては、日中韓以外の全世界を対象としてジャンプおよびジャンプ+などの連載作品を多言語サイマル配信する「MANGA Plus by SHUEISHA」(以下、MANGA Plus)も画期的です。従来はコミックスやアニメが人気になって翻訳版刊行のオファーがあったのが、『SPY×FAMILY』や『怪獣8号』は連載当初から海外で話題となり、翻訳オファーのタイミングも早まった。加えて、近年の北米におけるジャンプ系作品の紙のコミックス単行本市場急拡大の背景のひとつにもなっていると思います。

籾山:もともと一部の作品は関連会社のVIZ Mediaを通じて英語でサイマル配信していましたが、対応言語を増やし、ライセンスアウト(著作権を持つ組織が、他の組織に著作物の使用許諾を出すこと)ではなく編集部が直接手がけたのがMANGA Plusです。たしかに、このサービスで話題になった作品に対し、各国からけっこうな部数で海外出版のオファーが来ることが増えたように感じます。

ただ僕としては、ライブ感覚で毎週連載を追い、たくさんの読者といっしょに連載が育っていくというジャンプの楽しさを、MANGA Plusなら世界中の方に体験してもらえると思ったんですね。その盛り上がりの規模が大きくなるほど、新しくておもしろいヒットを生み出すことにつながるだろう、と。

籾山悠太さん記事内写真

だから僕らがやっていることはすべて、特別何かを変えようとか、技術ありきで考えたものではないんです。そもそものジャンプの思想に基づき、目先の売上を追うよりも新人、新作発で国民的・世界的な作品を生み出したいという方針を完徹しただけで。でも、それをインターネットやスマホを使ってより効果的に実現しようとすると、今まで存在しなかった手段も使えるわけですから、必然的に変化もする。その積み重ねのなかで、今ではジャンプ+からも新しい作品をたくさん生みだせるようになった、ということだと思います。

そういう意味で、一番ゲームチェンジャーなのはもしかすると、創刊編集長の長野さんだったのかもしれませんね。

(MEETS CAREER編集部)

取材・文:飯田一史
撮影:関口佳代

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