デザイナー・前田高志の発想術|仕事は基本「つまらない」。だからこそ、ゲーム感覚と偶発性が大事

前田高志さんトップ画像


業界のトップを走るビジネスパーソンに仕事のこだわりやルールについて聞く連載「トップランナーの流儀」。

今回ご登場いただくのは、デザイナーの前田高志さんです。前田さんは、任天堂のグラフィックデザイナーとして約15年、広告販促用のグラフィックデザインに携わってきました。

独立後は、デザイン会社「NASU」の代表として、ポケモンセンターで販売されるグッズのアートデザインから、クリエイターのためのオンラインコミュニティ「前田デザイン室」 の設立、雑誌『マエボン』の創刊、グッドデザイン賞を受賞した粗ドットダウンロードサイト『DOTOWN(ドッタウン)』の立ち上げなど、デザイナーの枠にとらわれないユニークなプロジェクトを数多く手掛けてきました。

そんな前田さんは、ブログなどを通じて惜しみなくデザインのノウハウを発信し、SNSでもたびたび話題になります。ただ、自身について聞くと「デザイナーとしては本流ではない」と感じていると言います。

企画とアイデアが自分の武器だと語る前田さんに、斬新なクリエイティブを次々と生み出すための仕事上のルールやこだわりについて伺いました。

前田高志さんプロフィール画像
前田高志。株式会社NASU代表取締役。前田デザイン室室長。1977年兵庫県生まれ。大阪芸術大学デザイン学科卒業後、任天堂株式会社へ入社。約15年、広告販促用のグラフィックデザインに携わったのち、父の病気をきっかけに独立を決意。著書に『勝てるデザイン』(幻冬舎)、『鬼フィードバック デザインのチカラは“ダメ出し”で育つ』(エムディエヌコーポレーション)がある。

📖サマリ📖
☞ 子どもの頃から「妄想」が好きだった
☞ 「偶然の掛け合わせ」をクリエイティブに昇華させる
☞ 仕事はつまらないものだから「ゲーム感覚」を取り入れる

「妄想」がアイデアの源泉

──前田さんは、学生時代から「デザイナーになりたい」という夢をお持ちだったんでしょうか。

前田高志さん(以下、前田):いえいえ。学生時代は弓道に打ち込んでいたので、一時はスポーツ推薦で大学に進学することも考えたんですが……。

少し話が逸れてしまうのですが、僕、坂本龍馬の物語が大好きなんです。『竜馬がゆく』(司馬遼太郎)とか。物語に出てくる龍馬ってたいてい、人としてはだらしないけれど剣の腕は素晴らしいキャラクターとして描かれていて、格好いいんですよね(笑)。そんなふうに何か一つ極めたものを持っていれば将来の武器になる気がして。自分の場合は、絵であれば頑張れそうだと思ったので、美大を目指すことにしました。

──絵を描くこと自体は、ずっとお好きだったんですか?

前田:じつは、小さい頃からいちばん好きだったのは漫画です。自分でもずっとこっそり描いていました。でも、漫画が好きとか漫画家に憧れているというのは、本当に仲のいい友達にしか言えませんでしたね。好きすぎるがゆえに、否定されて傷つくのが嫌だったし、自分が考えるアイデアにもいまいち自信が持てなくて。

一方で、人から依頼されて手掛けるデザインには、そうした感覚がなかったんです。僕も大好きな漫画家さんの一人、鳥山明さんはもともとグラフィックデザイナーでしたし、自分もデザインの道に進んでみようと。

新卒で任天堂に就職してからは、本格的にデザインを極めたいと思って必死でしたね。本屋さんのデザイン書コーナーに置かれている本を片っ端から読んだり、デザイン関連のセミナーなどにもどんどん参加したりしていました。

任天堂の会社案内の写真
前田さんが任天堂在籍時代に手掛けた会社案内

任天堂の会社案内の写真

──何かを極めたい、という熱がそこでデザインに向いたんですね。前田さんは、「デザイナーとしての自分の武器は企画とアイデア」だと過去のインタビューで語られていますが、そのふたつを武器にするためにはどんなことをしましたか?

前田:正直に言うと、そこに関しては特に何もやってないんですよね……。さっきお話ししたとおり、もともとは自分のアイデアにも自信があまりなかったんですが、振り返ってみると学生時代から発想を褒められることが多かったなと。

子どもの頃から妄想するのが好きだったんです。例えば小学校の授業中、筆箱のケースの光が天井に反射しているのをボーっと眺めながら、その光が「カーレース」をしてる妄想をしたり、もしも教室の中の重力が縦ではなくて横にかかったら、自分はどうやってここから逃げるだろうかと考えたり(笑)。

誰しもそういった妄想をしたことはあると思うんですが、僕はそれをいまだに無意識にやっているのかもしれないです。妄想が好きだから、仕事でも言われたことをそのままやるんじゃなく、「もしも〜だったら」の精神でちょっとずらしてみたい、と思うんですよ。

──そういった感覚って、デザイナーというより、どちらかと言えばクリエイティブディレクター*1の方が持っているケースが多いように感じます。

前田:そうですよね。グラフィックデザインはもちろん好きです。ただ、僕はよく「美より興」と言ってるんです。美しさや芸術性を高めるよりも、デザインを通じておもしろさを人に伝えることの方に関心がある。だからいまおっしゃったとおり、自分はある意味、デザインをやるクリエイティブディレクターなんだろうなと思います。

意味は「後付け」でいい。偶然から驚くようなデザインを生む発想法

──クリエイティブ制作において、アイデアをどのように深めていくのか具体的にお聞きしたいです。前田さんは普段デザインをされる際に、プレゼン資料をつくるようなイメージで思考整理のためのメモを作成しているとお聞きしたのですが、そのメモはどういったものですか。

前田:Illustrator*2で1枚にまとめた、デザインに取りかかる前の自分向けの資料という感じですね。この仕事っていったい何のためにやってるんだろうとか、どうなることがゴールなんだろう、といった基本的なことから、どういう切り口で進めていくのか、というコンセプトなどを短いキーワードとして言語化していくイメージです。

前田さんのメモ写真
制作を始める前に用意するというメモ

例えば2022年の8月に前田デザイン室のロゴをリニューアルしたのですが、そのときアイデアの出発地点になったのはワイヤレスイヤホンの「AirPods」でした

──あのAirPodsですか? ロゴの出発点になるなんて想像もしませんでした。そこから具体的にどうやって制作を進めていかれたのでしょうか。

前田:もともと僕はAirPodsのケースが気になっていたんです。角丸でプラスチックな感じが子どもの遊ぶおもちゃのようで好きだった。最初はそんなところから始まり、意味は後付けです。

当時は前田デザイン室として4年目だったので、これからはコミュニティを磨いていく、つまりポリッシュのフェーズに入るから角は丸い。しかも、このロゴはモンスターの顔にもなるようになっていて、クリエイターは心の内にある変態性を解き放ちモンスターになれ、というメッセージにもつながる。

前田デザイン室のロゴ写真
前田デザイン室のロゴの変遷(右端の「ver.3」が「ポリッシュ」のフェーズ。下部にはロゴをモチーフにしたモンスターたちが並ぶ)

おそらくリニューアルで「どんなロゴがいいだろう」という問いから考えはじめてもなかなか今のデザインにはたどり着けないと思うんです。だから、逆にAirPodsなど、何か気になる対象をロゴデザインに使えるだろうかと置き換えて、無理やり成立させてみようとする

そういうふうに、一見関係のないもの、遠いものを組み合わせることができないか、というところから考えることも多いです。

──そういったアイデアの源泉は、日々ストックされているんですか?

前田:もちろん覚えておけたらいいのですが、あまりストックが増えると忘れてしまうので、結局はそのとき自分の頭に浮かんだものしか取り出せないと思うんですよね。ストックの中から使えるアイデアを探すというより、もっと偶発的でもいい気がしているんです。

すこし前に対談した、クリエイターの本をたくさんつくられている松永光弘さんという編集家の方も、「トップクリエイターは運命的な出会いを大事にする」とおっしゃっていました。当然、他人のアイデアをまるまるパクるのはルール違反ですが、何か目の前のものを自分のデザインに置き換えることができないか、と考えてみることはあまり制限しなくていいと思います。

例えば、デザインする予定の会社や商品のロゴを常に視界の中に配置するイメージで、「こういう和室(取材場所)の要素をロゴに取り込んだら成立しないかな」と考えてみる、とか。頭の中からどうにか搾り出さないと、と考えすぎると、びっくりするようなアイデアは生まれにくいんじゃないかと思います。

──ただ、ユニークさが先行しすぎると、本来の目的から知らない間に離れてしまっている……ということも起こらないでしょうか。

前田:そうならないためにも、先ほどのメモに「クリエイティブの物差し」を記載しておき、アイデアと照らし合わせるようにしています。物差しの基準になるのは、その企業や商品が何を大切にしているかという点です。実際に、前田デザイン室のロゴデザインもベースは変わっていませんよね。

偶発的にいいデザイン、おもしろいデザインができたときに、「そのブランドである必然性がない方向」に行ってしまうことってよくあるんですよ。つまり、クライアントが盛り上がって「これおもしろいね」と言い出し、そのデザインが採用されてしまう……という。それを阻止するためにも、「ブランドの魅力を伝えるにあたって守るべき基準」はきちんと話します。

その上で、偶発的に生まれたアイデアを大事にする。知り合いがたまたまイメージに合う絵を描いていたら、じゃあその人に頼もうとか、そんなふうに偶然を大切にし、あとから意味づけをしていった方が「興」のあるデザインは生まれると思います。

レディオブック株式会社の名刺写真
前田さんが手掛けたレディオブック株式会社の名刺

仕事をルーティン化させないためのゲーム感覚

──前田さんが仕事に取り組む際、自分の中で決めているルールやルーティンはほかにもありますか?

前田:ルールというよりも工夫なんですが、僕はけっこう怠け者で、ご褒美がないとやる気が出ないタイプなんです。だから任天堂時代は、自分でオリジナルデザインのハンコを3パターンくらいつくって、何かひとつタスクを終えるたびにハンコを押していく、なんてこともしてました。経験値が上がったなと感じる仕事ができたら、「EXP」と書いてあるハンコをペタッと押したり。わりとすぐに飽きちゃうんですが(笑)、飽き性だからこそ、ゲーム感覚で仕事を進めるように昔から意識しています。

──仕事に楽しく取り組み続けるための工夫、ということですね。

前田:そうですね。どうして毎回楽しもうとしているかというと、基本的には仕事ってつまらないと思ってるからなんです。デザイナーの仕事って、クライアントも商品のコンセプトも毎回違うけれど、受け身で依頼を受け続けていると、だんだん作業自体がルーティンのようになってつらくなってくるものだと思うんです。

だからこそ、楽しまないと、という意識は新人の頃から強かったですね。店頭で販促に使えるような商品カタログを勝手につくってみたり、細かい作業が続くときは、自分のことをデザインの巨匠だと思い込んで、きょうはニューヨークADC賞*3を受賞できるようなものをつくるぞ、と決めてみたり。そういったことは昔からよくやっていました。

基本はただの自己満足なんですが、ときどき勝手につくったものが営業さんの目に止まって、それを販促に使ってもらえることもありました。企画を通すうえでも、実物を先に勝手につくって周囲に見せて、反応が良ければ、評価自体がひとり歩きしていくので細かく説明する必要もなくなりますよね。

前田高志さん記事中画像

──受け身でいると仕事がつらくなってくる、というのはおっしゃるとおりだと思います。ゲーム性という点で言うと、前田さんは不定期で自分自身に「この期間はこれをする」という“キャンペーン”を課すことがあるそうですね。

前田:僕はやっぱり根が臆病で慎重なので、何か理由を付けた方が新しいことに取り組みやすいんですよね。例えば、独立したばかりの頃は、オンラインサロンに入ったり、ビジネス書や自己啓発本を読むと公言することにためらいがあったんです。どこか恥ずかしいというか、ビジネス書より小説を読めみたいな風潮があった気がして。だから当時は「躊躇しないキャンペーン」と銘打って、「いま躊躇しないキャンペーン中だから、ちょっとでも気になったことはやってみようと思ってるんだ」と自分にも周りにも言い訳をしながらいろいろチャレンジしていました

その頃はデザインに関するセミナーを主催することにも抵抗があったのですが、「躊躇しないキャンペーン」のせいにして、半強制的にはじめましたね(笑)。結果的にチャレンジしてよかったことばかりだったので、自分がほんのちょっと背伸びできるルールをつくるというのはいいんじゃないかなと思います。

「亜流」だからこそ立てた舞台もある

──いまのお話にもありましたが、デザイナーとして独立された2016年頃は、自分に何ができるのか不安に感じることもあったとお聞きしています。その状況を打破できたのは、やはり「躊躇しないキャンペーン」の影響が大きかったですか?

前田:そうですね。当時いちばん衝撃を受けたのが、自分よりもずっと年下のクリエイターや起業家たちが、自分の持っているノウハウをWeb上で惜しみなく発信していることでした。

独立した直後は食べていけるか本当に不安だったのですが、その人たちがノウハウやスキルはもちろん、自分のダメな部分もさらけ出しながら発信を続け、着実にファンを増やしているのを見て、これからは僕もそうしていくべきだなと思ったんです。不思議なことに、ノウハウって出せば出すほど周りからは「底なし」に見えてくるものなんですよね。

だから僕も、デザインに関するブログを書いたり、デザインのセミナーを通じて読者の人たちに会ったり、自分のオンラインサロンでクリエイターたちと交流することを徐々にためらわなくなっていきました。そうやって距離が近づいてはじめて仕事を依頼してくれる人もいますし。自分の人となりや仕事に向き合う姿勢を他人に知ってもらうのは、お互いへの理解を深める意味でも大事なんだなと実感しましたね。

前田デザイン室の活動風景の写真
前田デザイン室の活動風景

──デザインや自分自身に関する情報を発信することは、おっしゃるとおりとても大事だと思います。ただ、クリエイターの中にはそれをよしとせず、あくまでアウトプットの質で語るべきだと考えるタイプの人もいるように思うのですが。

前田:僕も昔はそうだったと思います。親しい人には自己開示をするほうなんですが、一歩外に出たら大人しくて、会社員時代は上司の陰に隠れて黙々と仕事をしているタイプでした。でも、もうそんなことはしていられないと思ったのかもしれないですね。

僕が任天堂を退職したきっかけは父親の病気だったのですが、あと20年くらいしたら自分もそう健康ではいられないだろうなと考えると、人の目を気にせずになんでも発信していったほうがいいなと思うようになって。そんなふうにしていたら意外と大丈夫ということに気づいて、だんだん慣れていったんでしょうね。

──なるほど。たしかに発信って、慣れてしまえば意外と平気かもしれないですね。

前田:それにいまって、デザインがアカデミックで高尚なものになりすぎているように思うんです。川でいえば、綺麗な水の上流にみんなが寄っていっている状態です。でも、デザインを本当にマス化(身近なものに)しようと思ったら、もっと下流に降りていかないといけないのにな、と思います。

現状、デザイン書ってベテランデザイナーのための本か、本当に初心者のための本のどちらかしかないんですよ。自分は、普通に企業などで働くデザイナーが思い悩んだときに使えるような「中間のこと」を伝えたいという気持ちは大きいですね。僕自身もかつて、巨匠のデザイナーたちが書いたデザイン書を読むたびに、「もっと簡単に言ってよ」と思っていたので……。いま読んでも全然分からない本もありますし(笑)。

前田高志さん記事中画像

──そういったことまで赤裸々に発信する前田さんの姿勢は、やはりデザイナーとしては珍しいと感じます。

前田:デザイナーとしては亜流ですよね。ゲーム会社を辞めてフリーランスになり、オンラインサロンを開き……となんだかいろいろやっていますが、戦略的にそうしているというよりも、いろいろやっていたら結果的にこうなったというのが正しいと思います。

ただ、数年前、印象的なことがありました。僕がずっと憧れていて、かつては転職も希望していたデザイン会社の代表で水野学さんという方がいるのですが、その方と同じ場所で開催された別のイベントに登壇する機会があったんです。その時に、そっか、これでよかったんだと。自分がもし水野さんを追いかけて同じ道を歩んでいたら、同じ場所で開催されるイベントのステージには立てなかったはずだから。

もちろん、まだまだ追いつけたとは思っていないです。それでも、僕はそっちに行かなくてもよかったんだな、とようやく思えたできごとでしたね。

取材・文:生湯葉シホ
撮影:小野奈那子

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*1:企画から制作までクリエイティブ全般を指揮し、デザイナーを含めたスタッフの統括を行う責任者。

*2:ラストやロゴ制作などに用いる画像編集ツール。

*3:歴史ある広告デザインの国際賞。