『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の制作進行・成田和優が語る、プロジェクトマネジメントの極意。メタ的に見て、細かく考え続ける

成田和優さんトップ


想定外の出来事やスケジュールと戦わなければならないことが多いプロジェクトマネジメントの仕事。その醍醐味や面白さとは何なのでしょうか?

ここにアニメファンのみならずIT・コンサル業界までもざわつかせている一冊があります。その名も『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン -実績・省察・評価・総括-』(以下、『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』。2023年)。2021年に劇場公開され、ジャンルとしての「ロボットアニメ」作品では異例の興行収入100億円を超えた『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(以下、『シン・エヴァ』)の制作過程を、『シン・エヴァ』を制作した株式会社カラーによる完全自主制作・出版によって、映像技術の側面ではなく、あくまでプロジェクト遂行の視点で克明に記したドキュメントです。その赤裸々さと記録風の文体のギャップが大いに話題を集めています。

執筆を担当したカラーの成田和優さんは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)からカラーの制作進行へ転職した、という異色の経歴を持ち、『シン・エヴァ』では制作進行の一人として、進捗管理を中心に、プロジェクトマネジメントに関するさまざまな領域で活躍しました。

そんな成田さんに改めて『シン・エヴァ』の制作を振り返っていただきつつ、今回はプロジェクトマネジメントの極意をたっぷりと伺います。

複数素材の制作進捗を同時並行で把握するための心掛けやクリエーターたちとの細やかなコミュニケーション。インタビューで語られた成田さんの仕事術は、アニメの世界以外でも役立てられるエッセンスにあふれていました。

成田和優さんプロフィールカット
成田和優(なりた・かずまさ)さん。1984年生まれ。2008年にJAXAに入社し、約9年半勤務した後、2017年にカラーに制作進行として入社。有限会社ゼクシズに出向し、『あさがおと加瀬さん。』に制作進行として携わった後、カラーに復帰。『シン・エヴァ』の制作進行を担当。

33秒のカットを「1年間」かけて作る世界

──そもそもアニメの制作進行とはどのようなお仕事なのでしょうか?

成田和優さん(以下、成田):日本の商業アニメーションの制作工程は、複雑な分業体制が敷かれています。そうした体制において、各セクションの進捗管理、情報管理、セクション間の仲介や連絡を担うのが「制作」と呼ばれるセクションです。その「制作」セクションで、制作統括プロデューサー、アニメーションプロデューサーの下で働くのが、「制作進行」です。

『シン・エヴァ』のような長編アニメは、まず大きく「パート」に分割できます。そこから更に、「パート」から「シーン」、「シーン」から「カット」と呼ばれる単位にまで、映像の単位が分割できるんです。制作進行とは、ある「パート」を受け持って、そのパート全体の進捗管理はもちろん、個々のカット単位で、そのカットを構成するために必要な素材のすべてを把握し、制作の進捗を管理し、上がってきた素材の受け渡しを管理する役職ですね。

──より具体的には、どのような作業をするものなのでしょう?

成田:今、僕の前にあるのが、制作現場で「カット袋」と呼ばれる封筒ですが、基本的にはこれ一袋のなかに、一つのカットを構成するために必要な素材が、すべて集約されています。単純化すれば、制作進行の仕事とは、すべてのカット袋を管理し、すべてのカット袋の中身をアップデートし続けることです。

ただ、なかには例外的なカットもあって、それがこの段ボール箱ですね。この1箱で1カット分の素材です(笑)。

シン・エヴァンゲリオン記事内カット
1カット分の素材が、紙の状態で段ボールに詰め込まれている

──すごい。ちなみにこれは『シン・エヴァ』のどのシーンですか?

成田:上映開始から30分28秒あたりの、アスカがシンジにレーション(野戦食)を無理やり食べさせるシーンですね。

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──普通のアニメではありえないカメラワークで、公開直後から話題になったシーンですか。

成田:この「アニメっぽくなさ」は庵野(秀明、総監督)さんがこだわった部分です。背景とキャラクターの簡易なCGモデルを組み、俳優さんにキャラクターの芝居をしてもらったモーション・キャプチャー(光学式センサーなどを通じて人やモノのリアルな動きをデジタルデータに起こす技術)をバーチャルカメラで撮影し、その素材を元にして上から作画を被せています。

「要するにロト・スコープ(実際に撮影した映像を上からなぞる形でアニメ化する手法)でしょ?」と言う人がたまにいらっしゃるんですが、全然違うんですよね。バーチャルカメラで撮影した素材は、アタリ(参考)として使用することはできても、キャラクターデザインに即した絵をその角度に合わせて描くのには、高い技術が必要です。

それに、髪の毛のなびきのように、モーション・キャプチャーで動かすことができない部分もあります。そうしたものを自然に見えるように動かすには、アニメーターさんの高い技術が必要なんです。

実際、アスカの髪の毛の動きを作画でどのように表現するかは、鶴巻(和哉。『シン・エヴァ』では監督、絵コンテや原画などを担当)さんも含めて、関わったスタッフの間でかなり議論を重ねました。このカットにはほかにも難しいところが多くあり、作画だけではなく多くのセクション間で調整や連携が必要でした。監督、副監督、作画監督、作画アニメーター、3DCGアニメーター、動画、仕上げ、美術、撮影等、とても多くのスタッフが関わっています。尺自体は約33秒ですが、フィージビリティ(実現可能性)を探るための各種のテストを含めて制作期間は1年以上に及んでいる、相当な手間と時間をかけたカットですね。

──成田さんは制作進行として、その一連の作業にどのような形で関わられたのでしょうか?

成田和優さん記事内カット

成田:関係するセクションの間に立って、必要な作業の発注と進捗管理をしながら、各セクションから随時出てくる質問や要調整事項を整理して、監督や副監督に判断をしてもらう、関係するセクションのメンバーを集めてすり合わせを行う、といったことです。

ほかにも、最終的な素材はデジタルデータでやりとりされるのですが、その制作過程では、バーチャルカメラで撮影した素材から原画の参考にするものを何百枚もプリントアウトして、参考資料としてアニメーターさんにお渡しする工程があるんですね。そうした紙の素材の扱いが、とにかく大変でしたね……。絵の仕上がりに関わるので「線が0.2ミリずれてもダメ」みたいな繊細さが必要なんですよ。

──気が抜けませんね、それは。そうした袋、時には箱単位で動くカットを、いくつ担当されていたんですか?

自分が担当していたのはAvantTitle2とAパートとの2パート(下記図参照)で、カット数は全部で595ですね。

『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』引用部
『シン・エヴァ』の構成。全2,321カット、103シーン、7パートで構成され、制作進行は成田さんを含めて4名の分業体制を敷いていた。『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』より
『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』引用部
脚本の作成から納品に至るまでの全工程。制作進行が各工程で「交通整理」を行う。『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』より

──それはものすごいマルチタスクですよね。仕事をこなすためにどのようなことを工夫されていたのでしょうか?

成田:『シン・エヴァ」では、各カットを作るために必要な全作業の内訳を記した「カット表」と呼ばれるWBS(Work Breakdown Structure、作業分解図)をGoogleスプレッドシートで作成し、作業日や各作業の進捗などを書き込んだりしました。

『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』引用部
WBSの一例。各作業の内容と作業担当者、大まかなスケジュールが記入されている。『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』より

ただ、この表をアップデートし続けるには、すべてのカットにおいて必要な作業と進捗を完璧に把握しておかなければなりません。なので制作期間内はこのカット表のことを四六時中つねに意識し、考え続けていましたね。そのせいでしょっちゅう夢に出てきました(笑)。制作進行をやっていると、制作期間内は全カットの現在の進捗状況、このカットは今誰がどんな作業をやっていて、それをいつまでに上げてもらって、次に誰に渡さなければならないか、というのが自然とすべて頭に入っています。僕は記憶力がよい方ではないのですが、そんな僕ですらすべて頭に入っていました。

──意識し考え続ける、とはシンプルですが、作業量も多く、求められるレベル感も高いように思います。自分のキャパシティーを超えそうになることもあったのでは?

成田:そうですね。例えば、あるカットの作業が「撮影」というセクションまで完了すると、そのカットがひとまず出来上がったということで、その出来を主要スタッフみなでチェックし、よりクオリティを上げるためや、ミスを修正するためにリテイク(やり直しのこと)を指示して対応していく、という作業フェーズに入ります。リテイクの内容に応じて、いったんは「作業完了」したさまざまなセクションに戻って修正作業が行われるのですが、リテイクフェーズに入っているカットと、そうでないカットが入り混じり、いくつもの作業が同時並行となり「表が二重になる」みたいなことが起きるわけです。500カットあったら、100カットはまだリテイク前、400カットはリテイクフェーズでそのうち200カットはリテイク1周目、100カットは2周目、80カットは3周目、20カットは4周目、というように。一つ一つの作業はシンプルで「もらったものを次(のセクション)に渡す」だけなのですが、それが複数同時並行になるとキツくなる。

イージーモードのテトリスで、2画面、3画面の同時プレイなら問題なくても、10画面を同時にプレイすると「だんだん詰んでいく」というあの感覚に近いかもしれません。

──効率化はできないものなのでしょうか?

成田:役に立たない答えかもしれませんが、その点はなかなかうまい解決方法がなくて。というのもアニメ制作の長い歴史をかけて効率化は既にされているんです。効率化を進めた結果、制作進行というポジションにおいては、すべてのカットに関する情報や進捗が漏れなくタイムリーに担当者の頭のなかに入っていて、カットについての問い合わせがあったらノータイムで即答できること、状況を調査する時間を省いて即座に手を打てることが、作品制作という文脈では他の方法よりも効率的だったんですね。

なので、こればっかりは本当に「意識する」しかないんです(笑)。ただ、特別な能力や資質を必要とする、ということではなく、意識することで人間誰もが持っている潜在的な管理能力や記憶能力が引き出される、という感覚です。実際、こういったことは商業アニメの制作進行であれば新卒1年目から誰もがやっていることです。もちろん最初から上手くできるわけではありませんが、1つ2つ作品(プロジェクト)を経験したあとは皆、身につけていると思いますね。

補佐のようなポジションの方もいるのですが、記録や議事録を超えたニュアンスレベルの経緯やコンテクスト(文脈)までを把握しているのはAvantTitle2とAパートでは僕しかいないので、効率と正確性の観点でも僕一人でなるべく多くのことを管理した方がいいんです。結果、資料のスキャンといったコンテクストを知らなくともできる作業(それも膨大な作業量なのですが)しか依頼できないんです。思い返すと、リテイクが始まったあの頃が一番大変でしたね。

成田和優さん記事内カット

──モチベーションをどのようにして保っていたのかが気になります。

成田:例えば、将棋の終盤で、このまま行くと絶対勝つんだけど一手ミスると頓死(自分の王将が狙われていることに気づかずうっかり詰まされること。形勢のいい方が逆転される状況によく使われる)するという状況、つまりAIの局面評価値(その局面における形勢のこと)的に勝率99%だけど一つのミスで勝率1%になるみたいな状況を多かれ少なかれ制作進行は経験するんですね。昨今はほとんどないと思いますが、アニメ制作会社に新卒入社した20歳そこそこのスタッフでも、経験が何もないにもかかわらず、突然そういう局面に立たされることもあります。「ここで自分が間違えたら落ちる(完成しない)のではないか」「もっと高クオリティなカットにできたのに、あの一手のミスでそうできなかった」って。実際には一人の制作進行の行動や判断一つでそこまでの事態になるのは稀ですが、そうなってしまう可能性や、重大なことに繋がりかねない危険な「におい」みたいなものには制作中に頻繁に遭遇します。だから、モチベーションではなく責任感、というか自分には責任がある、自分の判断によって作品の出来に影響を与えてしまう、という「思い込み」に絶えず駆動される、という感じですね。

言いたいことを言うため「制作進行役」を演じる

──制作進行にとっては欠かせない、各作業担当者とのコミュニケーション方法をお伺いしたいです。

成田:「この人は夜型(朝型)なのでいつ連絡した方がいい」「この人は電話ではない方が好まれるからショートメッセージで連絡する」「この人は簡潔な情報連絡を好む」みたいな各人のタイプを記憶していました。だから、先ほど紹介したカット表を作って管理することと、そのカットを作ってくれる人の特性について考えることは僕の中で「イコール」でした。

各人のタイプやキャラクターをなるべく把握して、どうすれば伝わるだろう、どうすれば納得してもらえるだろうと考えることまでが仕事で、そうでなければカットのクオリティにも進捗にも繋がっていかないんです。

──それでもなかには、どうしても気後れするような場面や相手もあったのでは。スケジュールやフローを管理する以上、総監督や監督といった方々に対しても、「ここは譲れません」と言うべき局面もあるわけで。そこはどう乗り切られたんですか?

成田:その点で言うなら、「制作進行」というポジションを演じる感覚でした。僕にとってはもともとヒーローやスターみたいな方々ですから、素の自分で接するとしたら、今でもろくにクチも聞けません(笑)。でも、向こうの立場からしてみたら、仕事でそんなおどおどしたやつとコミュニケーションを取りたいとは思わないじゃないですか。だからそこは一線を引いて、自分ではなく、「制作進行」という役割の人として接する。だから話した後、デスクに戻ると足が震えていた、みたいなことは、特に最初の頃はよくありました。でも、だからこそ、自分の作業をつねに「メタ的に見る」ことは心掛けていたように思います。

つまり、自分の役割や一つ一つの作業の意味について、全体のフローを俯瞰しながら考える。

成田和優さん記事内カット

──自分の仕事をメタ的に見るから、「臆しているけど言うべきことは言える」と。

成田:はい。「メタ的に見る」という点で参考にしているのが庵野さんや鶴巻さんの視点移動です。

アニメ作品の監督を務めるということは、ミクロの視点とマクロの視点、顕微鏡の世界と人工衛星の世界をすごいスピードで常に行き来しながら、物事を考えることなんですね。まるでGoogleマップのように、あるエリアをものすごく拡大して見た次の瞬間、Googleアースでそのエリアを見るといった感覚。目の前にあるカットのクオリティをどう高めるかを考えていた直後に、作品全体でそのカットがどういう意味を持っていて、そこにどれくらいのリソースを割けるのかを考えている。更にそれらを作家として行いながら、同時にプロジェクトマネージャーとしても行う。

そんな感じで、目の前の作業に集中しながらも、つねに自分の作業がプロジェクト全体のどこに位置づけられるのかを考えるようにすると、必要な局面で制作進行役としてやるべきことに徹することもできたんですよね。

──そのほか、心掛けていたことはありますか?

成田:自分の立場ではすぐに理解できないような指示をされても、突飛なアイデアが出てきても、結局のところ「監督陣を信用する」ということですね。

庵野さんや鶴巻さんは10代のアマチュアの頃からアニメ制作に、つまりプロジェクトに携わってきて、膨大な数のプロジェクトを遂行し続けてきた人たちです。アニメというジャンルの印象からどうしても作家としての印象が強く、あまりプロジェクトという印象を持たれないかもしれませんが。しかし実際はアニメ制作は紛れもなくプロジェクトで、彼らはこなしてきたプロジェクトの場数が常人に比べて段違いに多く、持っている手練手管がとにかく豊富なんです。だからこそ、プロジェクトの「終わらせ方」をよく知っている。

それに、「事故」を回避する方法、つまり事前のリスク計算による事故の回避方法から、事故がまさに起きつつある局面での緊急避難方法までよく知っている。車が崖の方向に進む前にブレーキをかけてくれるし、まさに崖の方向に突っ走っていてしかもブレーキが壊れているなら車を横転させることでブレーキをかける、みたいな。

だから、今回の『シン・エヴァ』であれば絵コンテより前にバーチャルカメラなどを使ってプリヴィジュアライゼーション(仮の素材を使って作る映像のこと)を作るような誰もやったことのない工程を組み込んでも、スタッフはドキドキしたり慌てたりしながらも同時に安心もしているんです。

──一流のクリエイターは、実はスケジュール管理やリスク管理においても達人である、と。

成田:もちろん、それに甘えたり盲信したりすると危険なので、制作進行として「ノー」を言うべき瞬間もあって、そこにはせめぎ合いがあります。

実際、庵野さんの指示は基本的に具体的で明瞭ですが、時には抽象度の高いものもあります。それは、自分の思考の外にあるものを求める、いわゆる「外部の保持」という庵野さんの方針があったからで、要はスタッフがいい成果物を作れば作るほど、その成果物から新たに刺激や着想を受けて庵野さんの要求はより高度で難しいものになっていく、という状況です。そこはスケジュールを管理する立場からアラートを出すこともあります。先ほどお伝えした「終わらせ方」を知っている人に対する信頼関係が下地にあってのことですが。

あと大事なのは、何事も「面白がる」ことでしょうか。制作進行の仕事って分かりやすく「楽しい」みたいな瞬間は極めて少ないんですよ。でも、「面白い」と思える瞬間は極めて多くある。つまり、難しい指示を受け取っても、ダメージを食らっている自分と面白がっている自分を両方を持つことで、つらさがしのげる。「どうしよう」「今からこれをやって間に合うだろうか」と焦るんだけど、一方で「こんな対処方法もあるのか」「こういうヒリヒリする状況を体験したいからアニメの世界に来たんだよな」みたいな気持ちもずっとあって、その2つを行き来できたからこそやり遂げられた感覚はあります。

──なるほど。自分の立場を俯瞰する、というここでもメタ視点の話になりましたね。

宇宙開発とアニメ制作の「共通点」

──そもそも全く畑違いのキャリアを歩まれていた成田さんが、アニメの世界に飛び込まれたのはなぜだったのでしょうか?

成田:僕はもともとアニメは「魔法」のように作られていると感じていたんです。選ばれた個人や集団が、何か不思議な方法で作っていると。

でも、宇宙開発の世界で10年ほど働くなか、プロジェクトマネジメントにも携わるようになって、その意識が徐々に変わっていった。

転機になったのは、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(2012年)と『シン・ゴジラ』(2016年)の鑑賞体験です。映画としての面白さはもちろんですが、その情報量に驚きました。「一体何をどうしたらこんなものすごい情報量の映像群を一つの作品として統制することができるんだろう」「ひょっとしたら何か独自のプロジェクトマネジメントがなされているんじゃないだろうか」と。つまり「庵野秀明」という監督の作家面だけでなく、庵野さんがどんな方法で、どの程度プロジェクトマネジメントに関わっているのかに初めて興味を持ったんです。

そうこうしているうちに「『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の次回作に関わる人材募集」というカラーの求人募集があって、さまざまな役職の募集があるなか「制作進行」だけは経験者優遇ながら「未経験でも可」と……「制作進行」が一体どんな仕事なのかは分からないけれど、「未経験でも可」なのであれば自分でも関われる何かがあるかもしれないし、あの情報量を統制しているものの正体を目にすることができるかもしれない、という思いに至ったんです。

──実際、カラーで仕事をしてみてどんな感想を抱きましたか?

成田:アニメはたしかに「魔法」で作られているが、「魔法だけ」では作られていない、洗練されたシステムとマネジメントがある、ということです。『シン・エヴァ』に関わる前、出向先のスタジオで制作進行を担当して極めてオーソドックスなアニメの作り方を学んだのですが、工程が非常にシステマチックで洗練されていました。言葉を変えるなら、システムや技術が成熟した世界ならではのかなり「枯れた」作り方をしていた。

──成田さんがJAXAでやってきたようなプロジェクトの回し方と、かけ離れたものではなかったと。

成田:たしかに、共通点もありました。例えば、その工程。僕が以前いたJAXAの衛星開発プロジェクトで用いられていたのは「Vカーブ」(開発の工程とテストの工程をその粒度に合わせて対にするモデル)という考え方です。つまり、概念設計に始まり、基本設計、詳細設計とより細やかなフェーズをへてコンポーネント(部品、構成要素のこと)の製造を始める。製造されたコンポーネントを組み合わせてサブシステムを作り、サブシステムを組み合わせて大きなシステムに仕上げていく……という。

Vカーブの概念図
Vカーブの概念図

これは、まず脚本を作り、絵コンテを作り、それをもとにレイアウト(画面を形作る要素の構成)を作り、レイアウトに必要な要素を細かく分割して素材を作り、その素材を撮影で統合してカットを作り、カットを繋いでシーンを作り、シーンを繋いで一本の映像に仕上げる、というアニメ制作の基本工程に近いですよね。

──たしかに、よく似ていますね。

成田:こういったことは宇宙開発ならではとか、アニメ制作ならではというものではなく、おそらく効率的にものを作ろうと考えた時にたどり着く、自然な発想なのだと思います。そういう抽象的なところでは共通点はあったわけですが、一方で安直に結びつけてはいけないとも感じました。宇宙開発とアニメ制作で大きく違うのは、関わる人の性質です。それと成果物の評価基準が定量的か、定性的かの違い。「人」と「評価基準」が違うと、プロジェクトのありようは全然違います。別の言い方をすると、アニメ制作には「魔法」としか思えないところがやはりあって、「魔法」は宇宙開発という「工学」とは大きく異なる。

だから、前職と似ているところはあるものの前職の発想を安易に当てはめてはいけない、と自戒しながら、全くの新人のつもりでアニメ制作の世界に飛び込みました。実際に採用もキャリア採用ではなく、未経験の新人扱いで採用をしてもらっています。

──安易に異業種のノウハウをアニメ業界に適用できると考えてはいけない、と。

成田:そうですね。前職の知見とノウハウを活かして成果を出すキャリアアップ転職であれば事情は違うと思いますが、僕の場合はそうではなく、作品制作の歯車になることを目指していましたから。

それにやはり、カラーという会社は庵野さんをはじめ、僕のような凡人には到底追いつけない非凡な才能が周りにうじゃうじゃいます。普通に考えて僕なんかの経験や知識よりも、彼ら彼女らが知恵を絞り、トライアルアンドエラーを繰り返して生み出してきたやり方が優れている可能性の方が圧倒的に高い。

でも、そんな環境を走り続けるなかで、外部からやってきた凡人だからこそ非凡な人たちが無自覚な「非凡」と「平凡」のズレが見えてくる。それも記録しておきたいと考えて今回本を書いたところはありますし、「非凡」と「平凡」のズレを発見する、という面白みを今後も味わい続けていきたいですね。

成田和優さん記事内カット

取材・文:前田久、MEETS CAREER編集部
撮影:関口佳代

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