大量の業務に追われ、気づけば目の前の仕事をこなすだけの日々……。より質の高い仕事を求めたり、斬新なアイデアを生み出したい気持ちはあっても、なかなか時間と心の余裕を持てない人も多いはず。
そんな人におすすめなのが、物事を一つの上の視点から考える「メタ思考」のフレームワーク。『具体や抽象』などの著書で「メタ思考」の有用性を提唱してきた、ビジネスコンサルタントの細谷功さんは「一つ上の視点から考えることで『気づき』を得られ、知的な成長のための第一歩を踏み出すことができたり、思い込みや思考の癖から脱することによって発想が広がります」と言います。
高難度の仕事をこなしてキャリアアップを実現させたいビジネスパーソンにとっても非常に重要なメタ思考の基本的な考え方と、日々の仕事にメタ思考を取り入れる方法論について、細谷さんに伺いました。
細谷功(ほそや・いさお)さん。ビジネスコンサルタント、著述家。1964年、神奈川県生まれ。東京大学工学部を卒業後、東芝を経てビジネスコンサルティングの世界へ。ビジネスコンサルティングのみならず、問題解決や思考に関する講演やセミナーを国内外の企業や各種団体、大学などに対して実施する。 著書に『地頭力を鍛える』(東洋経済新報社)、『具体と抽象』(dZERO)など。
メタ思考で「自分本位の思い込みや思考の癖」から脱け出そう
──細谷さんはメタ思考について、「さまざまな物事を一つ上の視点から考えること」だと著書で述べられています。このことについて、詳しく教えていただけますでしょうか?
細谷功さん(以下、細谷):まずはこちらの図を見てください。メタ思考については、この図一つでほとんど説明することができます。
地上にいるのは「実態」としての自分で、その上空に浮かんでいるのは「幽体離脱して自分自身を俯瞰で見ている状態」です。
まず、「実態」とは地に足がついた「現場視点」。何かしらの行動を起こす時に、計画や考えを具体化させてくれる現場視点はとても重要です。一方、行動に直結する視点だからこそ視野が狭くなりがちで、自己中心的なバイアス(偏見や先入観)をかけて物事を見たり考えたりしてしまうという弱点もあります。例えば、「貸した金(恩)」はいつまでも覚えているのに、「借りた金(恩)」はすぐ忘れてしまう。あるいは、「自分“だけが”損をしている」「あの人“だけが”得をしている」などと思ってしまうのも、自分中心にしか物事を考えられていないからでしょう。
──たしかに、誰しも多かれ少なかれ、無意識のうちに自分に都合よく考えてしまっているところはあるように思います。
細谷:一方で、上からの「俯瞰視点」を持つ最大の利点は、自分の特殊性を排除し、客観的に物事を捉えられること。これは「クライアントや上司が何を求めているか?」を常に考えなければいけないビジネス上のコミュニケーションには欠かせません。また、一つ上の視点から考えることで、これまでにない新たな「気づき」が得られ、知的な成長のための第一歩を踏み出せたり、思い込みや思考の癖から脱して発想を広げられたりします。
「Why型思考」で、仕事の「上位目的」を常に意識する
──メタ思考を持つことの意味は分かりましたが、実践するのは簡単ではないような……。日々の仕事にうまくメタ思考を取り入れるための、良い方法はありますか?
細谷:メタ思考の実践方法として大きく2つ紹介しましょう。まず、メタのレベルに上がるための方法論として、「なぜ?」を用いる「Why型思考」が挙げられます。例えば、あなたが上司から「交際費を部門別にまとめておいて」と指示されたとします。その際、多くの人は上司に言われるがまま作業に取りかかるのではないでしょうか。それに対し、Why型思考は「なぜそれをまとめる必要があるのか?」という、「上位目的」を考えます。
つまり、メタの視点で俯瞰して「交際費をまとめる目的は何なのか?」を考えるということです。仕事を頼む側の上司も目的を端折って「交際費をまとめる」という手段のみを伝えてくるケースが少なくありません。そうした場合でも、言われた通りにただデータを集めるのではなく、まずは一度「上にあがって」上位目的を考えてみることが重要です。
──すぐに作業に取り掛かったほうが仕事自体は早く終わります。そこであえて、上位目的を考える意味は何でしょうか?
細谷:最も大きな利点は、より良い解決策やアウトプットを出せることです。交際費の話でいえば、一番の目的として「経費の削減」が考えられます。また、部門別にまとめるということは、現状は部門ごとに交際費の金額にばらつきがあり、各部門の削減目標を決める検討材料としてそのデータを活用したいのではないか。そんな仮説も立てられるでしょう。もしそれが上位目的であるなら、ただ現状のデータをまとめるのではなく、「部門別にばらつく原因」を分析してみたり、原因に対する打ち手(仮説)を考えてみたりと、相手のニーズを先読みして一歩進んだ仕事ができるようになるでしょう。
また、上位目的を考えると、視野が広がって「手段を増やすこと」につながります。上司から指示された手段ありきだと、他にもっと良い手段があったとしても、そもそもそうした発想にすら至れません。与えられた選択肢をそのまま選ぶのと、10個の選択肢のなかから最も良いものを選ぶのとでは、後者のほうが良い結果を得られる可能性が高くなるのは言うまでもありません。
──とはいえ、締切まで間がなく上位目的をじっくり考える余裕がないこともあると思います。そういう場合は、上司に直接「何のためにやるのか?」を聞いてしまうのもアリでしょうか?
細谷:「なぜ?」という問いかけは相手を不快にさせることもあるため、質問の仕方に注意する必要がありますが、もちろん上司に聞いたほうが無難に仕事を進められるでしょう。ただ、問題はその上司自身が上位目的を考えていない場合です。例えば、上司に「このデータは何に使うのですか?」と聞いて「(さらに上の)部長に見せるためだよ」という答えが返ってきたとしましょう。それって上司自身が部長から依頼された仕事の上位目的を考えず、機械的に下へ作業を振っているだけですよね。そういう上司にやる意味を聞いても本当の上位目的にはたどり着けず、かえって仕事が小さくまとまってしまうでしょう。
そのため、どんな仕事であっても、できれば自分なりに仮説を立てて取り掛かることが望ましいと思います。3つくらいの仮説を立てるだけなら大して時間はかかりませんし、それによって依頼者の期待値を大きく上回れる可能性が高まるなら、やる意味はあるはずです。
「アナロジー思考」で“一を聞いて十を知る人”になる
──メタ思考の、もう一つの実践のための考え方は何でしょうか?
細谷:「アナロジー思考」です。アナロジーの直訳は「類推」、つまり、類似のものから推論することです。その際にポイントとなるのが「抽象化」。抽象化とは、複数の具体的な事象のなかに共通点を見つけて一般化すること。「具体」から「抽象」の世界へ行くと、一見まるで異なるように見えるものをつなげて、そこに何らかの法則を見出したり、新しい発想を生み出したりすることが可能になります。
──「具体」と「抽象」の違いについて、もう少し詳しく教えてください。
細谷:分かりやすく「ヒト」で考えてみましょう。世界には約80億の人間が存在します。それぞれを「具体的」に見ると、人によって微妙に顔や声、性格などが異なりますよね。一人ひとりを80億通りのオンリーワンの存在として扱うことが、物事を具体的に捉えるということです。
一方で、それらを共通の特徴でまとめて一般化するのが「抽象化」です。例えば、「男性」「女性」「学生」「子ども」「大人」「既婚者」「未婚者」など、さまざまな共通する特徴を抽出して、ひとまとめに扱う。さらに抽象度のレベルを上げると「人間」や「生き物」という言葉でまとめることができますよね。
──それぞれ異なる物や事象でも、抽象化することによって共通点が浮かび上がり、その共通点をもとにしたアナロジー(類推)が可能になると。ただ、それをやることでどんなメリットがあるのでしょうか?
細谷:アナロジー思考の最大のメリットは、一つの経験や学びを、他の場面にも適用できること。個別の経験を共通の特徴でグルーピングして抽象化すると、「一を聞いて十を知る」ようになります。
例えば、新しい会社に入って、「A」「B」という2つのプロジェクトを経験したのち、「C」というプロジェクトにアサインされたとします。アナロジー思考ができない人は、AとBの経験をそれぞれ別ものとして捉えるため、部署やプロジェクトが変わるたびにイチから必要なスキルを習得し、仕事の進め方などを学び直そうとします。しかし、AとBの経験を抽象化しメタの視点で捉えると、2つの経験にはたくさんの共通項があり、多くのスキルや知見が新しい仕事にも応用できると気づく。Cのプロジェクトにアサインされた段階で、すでに50点くらいは取れる状態で臨むことができるわけです。
──つまり、新しい経験を積むたびに、そこで得た具体的な学びや課題などを抽象化して共通点を見出す。そして、新しいプロジェクトで別の課題に直面した際には、過去の経験から類推して再び具体化する。そうやって具体と抽象を行き来することで、経験を最大限に活用できるわけですね。
細谷:そうですね。一見かなり遠くにあるように思える業界や会社でも、抽象的に物事を捉えるとほとんどの部分が「同じ」であることに気づくはずです。
ちなみに、こうしたアナロジー思考は、新しいアイデアを発想することにもつながります。例えば、新商品のアイデアを考える際に同業他社のヒット商品を参考にする場合がありますが、見た目や機能をそのまま「具体的に」真似るのは単なるパクリです。しかし、その商品が持つコンセプトや仕組み、構造など目に見えない部分にまでいったん抽象化したうえで、再び具体化を試みる。これはパクリではなく「抽象度の高い真似」であると言えます。回転寿司はビールの製造に使われていたベルトコンベアからヒントを得て誕生したと言われていますが、これも抽象レベルでの真似から全く新しい価値をつくった好例でしょう。
あと、印象に残ったエピソードを仕事上の教訓として応用できないか、と考えることもできます。例えば、飲食店で何か不快な思いをしたとして、店員さんから「次回使える500円割引のチケットを差し上げます」と会計時に言われた瞬間、コロッとお店に対する印象が良くなった、というエピソードがあったとしましょう。実は人間関係でもそういうことってないかな、とか。クレームや喧嘩から始まった関係だけど結果的に仲良くなった、みたいな「雨降って地固まる」展開は結構あるわけです。
もう一つ、「満席なのでお店の外で待ってください」と言われると、まだお店に入る前であれば(いつでもやめるという選択肢が取れるので)1時間でも平気で待てるのに、お店のイスに1回座った状態で1時間待たされたらものすごく不快になる、といったエピソードから、「どの状態(ここでは待つか待たないかを選択する権利の有無)で待ってもらうかで相手の印象は変わる」という教訓を引き出すとか。仕事でも、「スケジュールがパンパンなので近々の対応は難しいですがそれでも大丈夫ですか?」と聞かれて1週間待たされるのと、「今すぐ対応できます」で1週間待たされるのとでは、印象が全然違ってきます。
──怒りを客観視できる、という点では、個人的にアンガーマネジメントにも役立つのではないかと思いました。
細谷:そうですね。「単に怒るのではなく学ぶ、着想する」という視点で生活を送れるように思います。例えば、つまらない会議とかあるじゃないですか。その時にひたすら「なぜこの会議がつまらないのか」を列挙してその解決策も考えていく。そうすると、業務効率化のアイデアも見つかるかもしれません。それに、「この会議に自分が出てる目的」をだんだん意識し始めて、「この会議に自分が出なくてもいい理由」をロジカルに説明できることで、出席しない方策を考えることもできるようになれるわけです。
──全ての経験を自分の血肉にできそうですね。細谷さんは著書のなかで、アナロジー思考とはいわば「遠くからアイデアを借りてくる」ための手法であり、より遠い世界のものをいかに抽象レベルで結びつけられるかが、想像的な発想力の根本であると述べられています。ここでいう「遠さ」とは何でしょうか?
細谷:先ほど例に挙げた「同業他社の商品」だと非常に距離が近いため、そこから斬新なアイデアを生み出そうにも限界はあります。本当に誰も気づかないようなアイデアを生み出したいなら全く別の業界、あるいはビジネスの外側にまで視野を広げてみる必要があるでしょう。子どもの遊びだったり、道端に咲いている草花だったり、あるいは歴史上の出来事だったりと、思考を飛ばす先が遠ければ遠いほど、斬新な発想に至りやすくなります。
──遠いもの同士の共通点を探るというのは「謎かけ」のプロセスに近いものを感じますね。
細谷:たしかに。ダジャレに着地するか、概念に着地するか、という違いはありますが、共通点を探る思考のプロセスは全く一緒です。
とはいえ、遠ければいいというものでもありません。例えば、「表参道で行うブライダルフェア」と「アルゼンチンのアリの行進」はたしかに「遠さ」だけからいえばかなり遠い距離ですが、そこにユニークな共通点を見出すことは困難です。せいぜい「どちらも地球上での事象」というくらいで、それでは何のヒントにもなりません。なるべく遠くへ思考を飛ばしつつも、そこからいかに面白い共通点を見出せるか。それがアナロジー思考のポイントですね。
メタ思考の根源は、外側の世界を見たいという「好奇心」
──改めて、早い段階でメタ思考やそれに派生する「Why型思考」や「アナロジー思考」を身につけることの意義を教えてください。
細谷:単純に、メタ思考を習得すると視野が広がり、何をするにもオプションが増えるということですよね。逆に、ずっと地上にいる人は一つのやり方だけに固執してしまうというか、それしか見えていない。その間にも前者はどんどんオプションを増やしていくわけですから、1年後、3年後には大きな差が生まれています。若い頃からWhy型思考が身についている人は30歳になった時点で多くの手段を持っていますし、アナロジー思考ができる人は斬新なアイデアを、枯れることなくどんどん発想していく。それは、どんな仕事であっても大きな武器になるはずです。
あとは、仕事で欠かせない「振り返り」の精度を上げられることも大きなメリットです。振り返りって、例えば「今回は納期に間に合いませんでしたので、次回は早めに着手します」といった具体の話に終始するものではないんですよ。一度抽象化して、「当時なぜ早めに着手しなかったのか」というところまで振り返りながら、汎用性がある話に持っていかなければならない。
具体の話だけで振り返っていると、「じゃあ次回は早めに着手できるの?」と聞かれたとき、相手を納得させられる答えが出せません。なぜなら、少なくとも今回は「早めに着手しなくてもいい」と思っていたわけなので。すでに結果を知っている人と結果を知らなかった人は「別人」です。結果から遡及して振り返っては、実のある教訓を導き出せないんです。
メタ的に「上から眺める」ということはある意味、重力に逆らうことでもあります。重力に逆らう原動力になるのは、「自分が今いる場所の、外側の世界にはもっと面白いものがあるんじゃないか」という好奇心や探究心ではないでしょうか。若い人には特に、メタ思考を習得し、自らの思い込みや思考の癖から脱して広い世界を見てほしいと思います。
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tenshoku.mynavi.jp取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
写真:小野奈那子
編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職