良い作品をどう生み出し、どう育てるか。漫画家・香山哲さんが語る「計画の流儀」(前編)

香山哲さんトップ画像

仕事のプロジェクトを進めるうえで意外と見逃されがちなのが、プロジェクトに取りかかる以前の「計画(構想)」のフェーズ。

『ベルリンうわの空』などの作品で知られる漫画家の香山哲さんは『香山哲のプロジェクト発酵記』の中で、新たな漫画連載を計画する際のプロセスを丁寧に解説しながら、「計画」の意義と重要性を説いています。そしてその「計画」の手法は、漫画制作だけでなく普段の仕事や趣味にも活用できるもの。

インタビューの前編では、香山さんが実際に漫画連載を計画するプロセスを紹介しながら、そのなかで注意すべきことをお伝えします。

※前・後編の前編です(後編は12月2日公開予定)

香山哲さんプロフィール画像
香山哲(かやま・てつ)さん。漫画家。1982年、兵庫県生まれ。信州大学生物科学科卒業後、神戸大学大学院医学系研究科修士課程中退。2013年、『香山哲のファウスト1』で第17回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査員推薦作品に入選。2017年、『心のクウェート』でアングレーム国際漫画祭オルタナティブ部門にノミネート。2021年、不可思議移住エッセイマンガ『ベルリンうわの空』が『このマンガがすごい! 2021』(宝島社)オトコ編10位にランクイン、第24回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査員会推薦作品に入選するなど、大きな話題に。著書に『香山哲のプロジェクト発酵記』『レタイトナイト』『スノードーム』など。

計画の終わりは、プロジェクトを100%「自分ごと」として捉えられたとき

──ビジネスパーソンにとってのプロジェクトやサービスの立案作業は、漫画家にとっては連載作品を構想すること、つまり「連載の計画」に該当するかと思います。『香山哲のプロジェクト発酵記』でも綴られていた、香山さんが漫画連載を「計画」するプロセスについて、改めて教えてください。何から始めて、どうなった時点で「計画終了」となるのでしょうか?

香山哲さん(以下、香山):まず、ここでいう「計画」とは、「プロジェクトの着手以前にすること全体」を意味するざっくりとした言葉として捉えてもらえたらと思います。

漫画連載における「計画」とは、複数ある目的に優先順位をつけ、それぞれの目的の達成確率がどうすれば上がるかを考えることです。掲載するメディアや予算、締め切り、媒体からの要望などを、時には交渉しつつ実現可能なものに変えていく。

そして「計画終了」のタイミングは、僕の場合、自分が納得するまで考えて、そのプロジェクトが100%「自分ごと」になったときです。

──各工程について、もう少し詳しく教えてください。最初にするのはプロジェクトの目的と優先順位を考えることだと思いますが、その際に香山さんはよく、自分にインタビューをするそうですね。

香山:はい。プロジェクトの最中に「何のためにやっているのか分からない」状態に陥ってしまったら本末転倒なので、率直な自分の欲求を探るために、僕はよく自分にインタビューします。

ここでは、お金や時間などの現実的な事情を一旦すべて取り払い、「あと何年くらい制作して、どんなものをつくりたいですか?」「日頃どんな人とどんなふうに交流していたいですか?」などざっくばらんな質問で自問自答します。インタビューの内容は文章にまとめたり、ポッドキャストのように喋った内容を録音したりします。

香山哲のプロジェクト発酵記より

自分に対するインタビューのイメージ。『香山哲のプロジェクト発酵記』(イースト・プレス)より

自分の中でプロジェクトの目的が複数出てきたら、各目的の優先順位をメモしておきます。僕の場合はイメージしやすいよう、図にすることが多いですが、点数や「強・中・弱」といった段階で表現してもいいかもしれません。何より、あとから自分が振り返りやすい形にまとめておくことが大切だと思います。

あとは、好きなカフェに行ったり散歩したりしながらなど、できるだけ自分にとってのノイズを排除し、わがままになれる状態で問いかけるのがポイントです。

香山哲のプロジェクト発酵記より

目的を優先順位づけする際のイメージ。『香山哲のプロジェクト発酵記』(イースト・プレス)より

「小さなアイデア」を潔く捨てる大切さ

──目的と優先順位が決まったら、どんなコンセプトでいくか、何をやるかといったプロジェクトの具体的なアイデアを出す段階に入るかと思います。漫画においてはストーリーや世界観、登場人物などが具体的なアイデアにあたると思いますが、香山さんは最初は「自分にストッパーをかけず、雑に」アイデアを出すようにしているそうですね。

香山:描きやすさなどは気にせず、とにかくたくさん出すことを意識しています。ポイントは、熟考せず、瞬発力に任せること。熟考するとアイデアに愛着が湧いてしまい、なかなか手放せなくなってしまうからです。自分の中で揺るがせたくないテーマや世界観は大切にすべきですが、もっと小さなアイデアには過剰にこだわるべきではないと思います。なんなら、AIの力を借りてもいいかもしれません。

僕は紙のメモを部屋の至るところに置き、思いついたアイデアをいつでも書き留められるようにしています。お風呂に入りながら考えてみたりホワイトボードに書いてみたりと、環境や媒体をいろいろ変えてみると、出てくるアイデアも変わることがあります。

香山哲のプロジェクト発酵記より

アイデア出しのイメージ。『香山哲のプロジェクト発酵記』(イースト・プレス)より

──その後、ざっくりと出したアイデアを整理することを「エッジを整える」と表現されています。エッジを整えるとは、具体的にどういうことでしょうか?

香山:ひとつ前の段階で出したアイデアを、プロジェクトの目的と優先順位に従って、「届けたい相手にうまく特徴が伝わるかどうか」という観点から整理することです。

仕事の場合だと、プレゼン資料や企画書にアイデアを落とし込むフローになるのかもしれませんが、漫画の場合、特色やジャンル、タイトルなどを一度整理し、企画の輪郭をはっきりさせるイメージです。僕はGoogleスプレッドシートを使って、ストーリーの大筋、登場人物、世界観、マーケティング面の話などを複数のタブにまとめています。

香山哲さんのアイデアシート

香山哲さんのアイデアシート

アイデアを整理したスプレッドシート(香山さん提供)

特徴を整理する際は、世代や属性の違う特定の人物を3人ほど思い浮かべて、「この3人が気に入る共通のストーリーは?」「この漫画を買わないとしたらどんな理由だろう?」と考えることが多いです。「Aさんならこの漫画を買う代わりにスポーツジムにお金をかけるだろうな」などと想像してみて、必要であればターゲットを変えることもあります。

香山哲のプロジェクト発酵記より

「届けたい相手にうまく伝わるかどうか」を考えるため、アイデアをポスター化してみるのも有効。『香山哲のプロジェクト発酵記』(イースト・プレス)より

計画とは「散らかし」と「片づけ」の繰り返し

──ここまで、「プロジェクトが生まれる(拡散)」「目的や優先順位を考える(収束)」「アイデアを発想する(拡散)」「エッジを整える(収束)」……と、拡散と収束のプロセスが繰り返されています。計画においてはこの拡散と収束を「繰り返すこと」が重要なのでしょうか?

香山:そう思います。計画のプロセスに片づけ(収束)が入ると、散らかし(拡散)の方向性も定まってくるので、アイデアにバリエーションだけでなく分厚さも生まれるからです。

併せて大事なのは、変更に慣れておくことです。さっきも「アイデアに愛着を持ちすぎない」と話しましたが、狭い考えに陥ると、顧客(読者)とのコミュニケーションを邪魔してしまいます。風通しよく、いらないなら捨てる、いるなら足すという作業を遠慮なく繰り返すのが重要かなと思います。

──香山さんは計画の終盤で「信頼できる外部の人」にプロジェクトについての印象を聞くことをおすすめされていますが、ここでは具体的にどんな人に、どのようなことを聞くのでしょうか?

香山:「込み入った相談ができる友人」に、計画の中の不安な部分やサポートしてもらいたい部分を重点的に聞くようにしています。

例えば、僕の最新作は『スノードーム』という本なのですが、この本は挿絵がとても多い小説のような形になっています。けれど普通の小説とはだいぶスタイルが違うし、ストーリーも分かりにくくて、起承転結があまりない。だからまず「本当にこの本を出す意味があるのか」を信頼できる友人に相談して、「この作品に長い年月をかけすぎるのはもったいないけど、実験の範囲に収まる年数であればいいのでは」といった率直な意見をもらったりしました。

意見を聞く際は、お礼をした(できれば何かしらの報酬を渡した)うえで「◯◯文字程度で意見を書いてほしい」「1時間で意見を出してほしい」など文字数や時間を指定すると、忌憚のない意見をもらえることが多い印象です。人は「仕事を依頼された」と認識すると、フラットに意見が言えるのかもしれませんね

プロジェクトの成否を占う基準は「人生の1パーツとして、あってもいいかどうか」

──一連のプロセスで、注意しておかないと想定外のトラブルを招く可能性が生まれてしまうポイントはありますか?

香山:実利面では、やっぱり約束事や契約内容が一番だと思います。トラブルを極力起こさないためにも、不明点があればすぐに聞けるような信頼関係をプロジェクトの協働者と築いておくことが大切ですよね。どんな相手であれ、プロジェクトが終わったあとも長期的な付き合いになるかもしれないという点を最初から考えておいたほうがいいと思います。

作業面においては、いかに環境を整えられるかが大切だと思います。自分の部屋や机周り、あるいは仕事場の周辺などにストレスや不便さが少ない環境が望ましいのかなと。ゆっくり冷静に考えられるような側面と、リラックスして夢を広げられるような側面の両方がある環境だとなお良いですね。

──一度立てた計画を振り返るタイミングは設けていますか?

香山:自分の気持ちや社会状況が変わる場合もあるので、定期的に振り返りのタイミングは設けています。漫画1話分の執筆が終わったタイミングや単行本が出たタイミングなど、プロジェクトのリズムと同期させる形で振り返ると、次の計画も立てやすいのではないかと思います。

──そもそも漫画制作における「プロジェクトの成功」を、香山さんはどう定義されているのでしょうか?

香山:僕は、「人生の中の1パーツとしてあってもいい」と振り返って感じられたら、そのプロジェクトは成功だと思っています。

例えば受験勉強のように、結果に関わらず、振り返って「あの時間があったからいまがある」と思えるような経験ってありますよね。仕事のプロジェクトの場合、協働者と気が合わなかったとか、散々なトラブルに遭ったといったマイナス面があっても、「かける時間を減らすことができた」というプラス面があるかもしれない。成功かどうかの評価軸は1つだけではないし、すぐに結果が出るプロジェクトばかりではないので、あとから振り返ったときに総合点として後悔が少なければ「成功」と言えるのではないかと思います。

──記事の前編では、漫画をつくっていく際の「計画」について、その進め方や視点を深くお伺いしました。後編ではいよいよ、それらがビジネスパーソンの日々の仕事にどう生かせるのかを深掘りしたいと思います!


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取材・文:生湯葉シホ
編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職


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