
ビジネスシーンにおいて「振り返り」は、改善や成長のために欠かせないプロセスです。
しかし、うまくいったことだけでなく、失敗や自分のダメなところも掘り下げていく必要があるため、苦手意識を持っている方も少なくないでしょう。
そもそも振り返ることにはどのような意味が、そしてどのようなメリットがあるのでしょうか。ブロガーの骨しゃぶりさんに、ご自身の経験をもとに綴っていただきました。

著者:骨しゃぶり
ブロガー。書評ブログ『本しゃぶり』を運営。『週刊プレイボーイ』で連載中。
一年の終わりに、あえて立ち止まる
気が付いたらもう年末年始である。
2025年をざっくり振り返ったとき、俺にとって一番大きな話題は、今年「入力革命」があったことだ。音声入力と生成AIの組み合わせによって、仕事のやり方が抜本的に変わった。細かい表現よりも構成に集中できるようになり、全体像を作ってから少しずつブラッシュアップしていく手段が、格段に簡単になった。来年は、執筆以外の領域でもこの知見をどう生かせるかを探っていきたい。
こうやって毎年、何かしら振り返る。年末になると、頼まれもしないのに記事を書く。記事のネタになるかなというのが一番の理由なのだが、たまには、あえてここでメタ的に考えてみたい。そもそも振り返る必要はあるのか。振り返るとは何のためか。
俺にとって振り返りとは、「儀式」なのだ。
時間や日常というのは、本来ずっと連続している。昨日があって今日があって明日がある。ちょっとずつ変化はあるけれども、どんどん続いている。その連続する日常に、人為的に区切りを入れる行為。それこそが振り返りという儀式である。
1年を締めくくる。一回立ち止まって「このままでいいのか」と問う。そうやって過去とこれからを切り離し、引きずらずに次の行動へ進む。それが俺にとっての振り返りなのだ。
では、なぜわざわざそんな「区切り」が必要なのだろうか。
なぜ「区切り」が必要なのか
そうしないと、人間の振る舞いには慣性が働くからだ。何もしないと、そのままズルズルと今まで通りに同じことを続けてしまう。流れを変えるためには、その慣性で動いているところを無理やり止める必要があるのだ。
分かりやすい事例として、バーニングマンというイベントでの儀式を紹介しよう。バーニングマンはアメリカ・ネバダ州の荒野で開催されるイベントだ。その最後には参加者が木製の寺院を建てて、離婚や死別といった内面の苦痛に関するメッセージや思い出の品々を奉納し、最後にそれを丸ごと燃やす。なんでわざわざそんな儀式をするのか。メッセージを燃やすなんて、一人でいつでもできることではないか。
しかしそこが重要なのだ。人は制御できない状況に対して、構造化された儀式的な行為を通じて制御感を得る。紙にメッセージを書く、思い出の品を持ってくる、寺院に捧げる、燃やす。この決まった手順を踏むことで、心の中で過去を「終わらせる」という機序が作り出される。
そして何千もの参加者と共有することで、個人の苦闘は集団的な物語の一部となる。「思いを形に」し、「他人と共有する」ことによって内面の世界が変革され、気持ちがリセットされる。それが儀式の力なのである。
俺にとっての儀式:書いて公開すること
とはいえ、バーニングマンみたいに派手な儀式は日常ではできない。じゃあどうするか。燃やすんじゃない、ネットの海に公開するのだ。記事として文章に落とし込んで、ブログで読者と共有する。そうすることで「1つ終わった」というケリがつく。
では、具体的に何を振り返るのか。俺の場合、日常的に記録しているデータを時々眺めることで、振り返るべきテーマが見えてくる。連続している変化を線として捉えると、「このままでいいのか」という問いが自然と浮かび上がるのだ。
ダイエットを始めた時(2022年)
ダイエットもそうした線で見る振り返りの一例だ。俺がダイエットを始めたきっかけは、体重と体脂肪率のデータを線で見たことである。約4年分の推移を確認すると、じわじわと着実に増加していた。肥満と診断されたわけでもなければ、特定の体重を超えたわけでもない。しかし、この傾向が続けば、いずれ肥満に到達するのは目に見えていた。予防は対処に勝る。肥満になってから一気に減量するより、今のうちに傾向を変える方が簡単だ。

運動量は必要な分はしていたから、問題は食事である。健康管理アプリ「あすけん」で食事内容を可視化し、栄養バランスを保ちつつ摂取カロリーを適度に減らすことにした。目標体重は決めない。「最初の1カ月で何kg減らす」といった計画もしない。傾向が悪い。だから流れを変える。つまり、習慣を変えるのだ。
この振り返りをブログ記事として書いて公開したところ、読者からも反応があった*1。「加齢による代謝の衰えは恐ろしい」「自分も同じ状況だ」といったコメントを通じて、俺個人の取り組みが集団的な物語の一部となった。バーニングマンの寺院と同様、公開して共有することで儀式が完成する。だからこそ、これまでの慣性で続けていた生活習慣と決別し、新しい習慣を始めることができたのだ。
半年後の振り返り
ダイエットを始めて半年ほど経った頃、またデータを見て振り返った。うまくいっているのか。どう判断すればいいのか。
その時も線で見ることが重要だった。体重は1日2日で1kg増減する。だから毎日「ああ増えた」「やった減った」と一喜一憂しても意味がない。大事なのは、週単位、月単位での傾向だ。一時的にめっちゃ減ったりもしたが、これはやり方が悪いと判断して体重維持に切り替えた。半年で安定してきた。維持すべき習慣だと認識できた。この時もまた記事を書いて公開し、集団的な物語を継続させた。
3年経った今も続いている
そして2025年末の現在はどうか。それほど増えても減ってもいない。2度の海外出張では跳ね上がっているが、それ以外の期間は安定している。

実はダイエットに関しては、毎日振り返りの儀式を行っている。1日が終わるたびに、あすけんの点数や食べたもののカロリーをスクショしてX(旧Twitter)で共有しているのだ。年1回や半年に1回の大きな振り返りだけでなく、日々の小さな振り返りの積み重ねによって、一度始めた物語を今も継続している。長期的に見れば安定しているのは、この継続的な振り返りがあったからかもしれない。
線で見る技法
振り返りというと、多くの人は計画や目標値に対してどうだったかという見方をするだろう。目標(点)を明確に決めて、そこに向けて1年頑張って、達成度を測る。一般的な「振り返りをしっかりする人」のイメージはそういうものだ。
しかし俺はそういうタイプではない。
今説明したダイエットのように、俺は傾向(線)で物事を考えて、そこから流れや習慣を変えていく。線で見るというのは、「自分の流れ」を理解する技法なのだ。結果を点で判断せず傾向で捉えることで、次に何をすべきかが自然と見えてくる。
傾向を変えることを目的に、今の傾向がいいか悪いか、変える必要があるかどうかという形で振り返る。あらかじめ計画値や目標値を定める必要がない。とりあえずやってみる。とりあえずやってみて、どうだったか。先のことを考えるのが苦手なタイプの人でも、データを取って傾向を見る(線にする)ことで、振り返りの価値を高めることができる。
そして、この考え方を持っておけば、データとして取れる身の回りのあらゆることが振り返りの対象となる。俺の場合、ダイエット以外にも睡眠、運動、読書など、さまざまな生活習慣をデータとして記録している。それらを線で見ることで、放置されている悪い流れを早期に発見し、問題が大きくなる前に対処できるのだ。データさえあれば、いつでも振り返って区切りを入れることができる。
実はこの「線で見る」という発想は、製造業で使われる統計的工程管理(SPC)に由来している。工場では製品データを時系列でプロットし、個々の数値ではなく傾向から異常を検知する。俺は以前から、こうした品質管理の考え方を日常生活に流用してきた*2。今回のダイエットも同じで、体重を時系列で監視し、悪い傾向が見えたら習慣を変える。まさにSPC的な視点なのだ。
この視点は仕事やキャリアにも応用できる。残業時間や成果物の数、売上といった指標も、単月の数字より数カ月の推移から流れを読む方が本質的な課題が見えてくる。目標の達成・未達という点ではなく、傾向として良い方向に向かっているか。その問いが、次の行動を明らかにしてくれるのだ。
あなたも振り返りを書いてみませんか
儀式として区切りを設け、線として時間を読む。この二重の視点によって、人は自分の歩みを意味ある物語として再構築できる。今後AIがレポートを自動生成する時代が来ても、そこに物語を作って意味を与えるのは人間の役割だ。俺にとっては記事として書いて公開することで、一つの区切りがつく。だからあなたにも、振り返りを書いて公開することをお勧めしたい。
とはいえ、普段あまり書いていない人にとって、文章にまとめるのは難しく感じるだろう。「これでいいのか」「これじゃダメなんじゃないか」と自分を検閲してしまう。書くと同時に推敲・編集してしまうことで、書き進めることが一向にできない。それが書けない原因なのだ。
そこで導入で触れた音声入力×AIの出番である。おすすめの方法はこうだ。
- 月ごとに棚卸しする:AIに音声入力で「今年こんなことあったな」と思いつくままに話す。1月から順番に、何もなかった月は飛ばしていい。言い間違えても気にせず、とにかく思いつく限り話す。
- AIにまとめさせる:一通り話したら「この1年どうだったかまとめて」とAIに頼む。整理された内容を見ると、自分が何をしたかが見えてくる。場合によっては一つのストーリー性、物語が生まれてくるのだ。
- 気になる箇所を声で追加する:AIの整理を見て「これってこういう意味だと思うんだよね」「今年は全体的にこうだったな」と、気づいたことを音声で追加する。「じゃあ来年どうしたらいいだろう」と聞いてもいい。
- 仕上げる:「これ文章にまとめて」と言えば、大体まとまる。「なんか違うな」と思ったら指示して修正させる。最後は自分の手で直してもいい。ポイントは、AIに話していることで自分が何を伝えたいかが見えてくるということだ*3。
いきなり文章を書こうとするのではなく、AIと対話しながら振り返る。そうすると一つ今年の区切りがついて、来年に向けてどうしたいかが分かると思う。
ここまで読んで気づいた人もいるかもしれないが、この手法は仕事ではすでに一般的になりつつある。会議の音声を自動で文字起こしし、AIに要点を整理させる。あれと同じだ。俺は普通の会議だけでなく、上司との1on1でも使っている。話した内容をもとに、AIと今後の方針を検討できるからだ。一人で仕事を終えた後に、うまくいった点や失敗を音声でメモしてAIに渡すこともある。つまり、上で紹介した方法は仕事でやっていることを、日常に持ち込んだものだ。
年末という区切りに、過去を整理し未来を妄想する。それが、現代の人間に残されたもっとも創造的な儀式なのである。あなたもぜひ、振り返りを書いて公開してみてほしい。
参考文献『RITUAL(リチュアル)』
今回の記事を書くにあたり、認知人類学者ディミトリス・クシガラタスの『RITUAL(リチュアル)』を参考にした。人間のあらゆる文化に普遍的に存在する「儀式」の謎に科学的に迫る一冊だ。一見すると無意味で非合理的、時には苦痛さえ伴う儀式が、なぜ古今東西で実践され続けるのか。著者は、儀式が不安を和らげ秩序感をもたらす心理的機能や、社会的な絆を強め集団を維持するメカニズムを、豊富な事例と科学的知見から解き明かしている。
俺自身、儀式に対しては「行為そのものに意味がない」「無駄だ」と、その非合理性に反発を覚えてきた。しかし本書が示すのは、まさにその「無駄なこと」や「コストを支払うこと」にこそ、不安を解消し集団の結束を高めるという合理的な効果があるということだ。合理的であろうとするあまり儀式を敬遠しがちな人ほど、この逆説的な真理に気づかされるだろう。俺も本書を読んで、日々の振り返りを儀式として捉え直し、「書いて公開する」という行為に区切りをつける力があると再認識した。この記事の内容を深める意味で一読をお勧めする。
仕事でできるようになったこと、上司や同僚、お客さんに褒めてもらった瞬間など、ちょっとした前進を思い返すことが、自身の強みやスキルを理解し、来年の働き方を考えるヒントにつながります。
まずは3行、どんなに小さな気付きでも構いません。2025年の締めくくりに、気軽な気持ちでこの一年を振り返ってみませんか。
その一歩こそ、より自分に合った仕事や働き方に近づくきっかけとなるかもしれません。
#2025年仕事の思い出

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この記事は、「MEETS CAREER」と「はてなブログ」による特別お題キャンペーン開催を記念し、骨しゃぶりさんに寄稿いただいたものです。
年末年始は2025年を振り返るのにぴったりのタイミング。忙しい日々を過ごすなかでふと気付いた自分の成長、新しい人や職場との出会い、そして心の中でガッツポーズをするほどうれしかった瞬間。そして、思わず感じたモヤモヤや忘れられない失敗談……。
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