
「このままではAIに仕事を奪われてしまうのではないか」
そんな焦りや不安を抱えるビジネスパーソンも多いはずです。
机上の業務を瞬く間に効率化していくAIに対して、人間はどのようなバリューを発揮できるのか。その答えは、私たちが日々面倒だと感じている「物事を前に進める推進力」にこそ隠されているのかもしれません。
今回は、そうした「物事を前に進める推進力」を、著書でビジネススキルの基盤として定義し、その重要性を説く勅使川原晃司さんにインタビューを実施。
一見すると無駄で泥臭い「名もなき仕事」がどのようにキャリアを前進させていくのか、さまざまなエピソードをもとにお伺いしました。

「OS」はビジネスパーソンの基礎体力である
──勅使川原さんは著書『マーケターキャリアパス』で、マーケターに求められるスキルを「オペレーションシステム(OS、物事を進める力、全ての基盤となるスキル)」と「アプリケーション(App、物事を加速させる力、各分野の専門スキル)」という形で、パソコンの機能になぞらえて分類されています。なぜこのような形で分類されたのでしょう?
勅使川原晃司さん(以下、勅使川原):マーケターがキャリアを成長させる上で「OS」が重要であることを伝えたかったからです。もちろん、仕事の質を上げるためには専門スキルも重要ですが、それらはあくまで物事進める基盤のスキルがあってこそ価値を発揮するものだと考えています。
OS……物事を進めるための基盤となる力。「考える力」「実行する力」「人を動かす力」に分類される。
App……特定の目的や機能を果たすための専門的なスキル。マーケティングの領域であれば、クリエイティブの設計やデータ分析などが該当する。

そもそもマーケティングとはどういう仕事なのか、パッと聞いて想像できますか?
──確かに、業種や職種によって意味するところが異なりそうですね。
勅使川原:それほどマーケティングがカバーする業務範囲は広いわけです。「ビジネスそのものに限りなく近い仕事」とさえ言えます。だからこそ、マーケターがやるべきことは山ほどあり、レイヤーや会社が変われば求められる役割も全く変わってきます。
例えば、今データ分析に携わっている人も、上のレイヤーに行けば、分析業務を別のメンバーに任せてブランドをどうするか考えなければならないかもしれない。また、転職先で「うちの会社ではそんなふうにデータ分析をしていない」と言われたら、一つの専門スキルに依存していた場合、途端に行き詰まってしまいます。
──やることやアジェンダ(課題)が変わるのが日常茶飯事だからこそ、しっかりした土台が必要になる、という。
勅使川原:そうですね。そして、程度は違えど、OSを鍛えないと仕事が進まないのはマーケター以外の職種も同じだと思います。
スポーツにたとえると、筋力や体力がOSで、各競技で必要となる専門技術がAppです。しっかりした筋力と体力があれば、投げ方が多少下手でもボールを遠くまで投げられるという感覚は理解できる人も多いのではないでしょうか。
もし「150キロの球を投げなければならない」となった時は、専門家、ここではピッチャーに協力を仰げばいいわけですから。しかし、専門家に正しくオーダーし、彼らの能力を最大限に引き出すには、自分自身にOSの強さが求められます。
そう考えると、OSとはすなわち、ビジネスパーソンとしての基礎体力と言えるかもしれません。

勅使川原さんが定義した、OSのスキルマップ 出典:『マーケターキャリアパス 10年後も活躍し続けるための成長戦略』(翔泳社)
この章のまとめ
- 仕事のスキルは「OS」と「App」の2つに分類される
- OSを鍛えれば、やることやアジェンダ(課題)の変化に対応できる
- OSはビジネスパーソンの基礎体力
外資系コンサルティングファームに学ぶ「OS」の正体
──データ分析などの専門スキルと違い、「OS」つまり物事を進めるスキルは言語化が難しい印象です。より細分化・具体化するなら、どんな表現になりそうでしょうか?
勅使川原:全てを語るととても1つの記事にはおさまらないので、今回は以前私が働いていた外資系コンサルティングファームを例にお話ししましょう。そこでは、OSに該当するものは「デリバリー力」と表現されていました。そのデリバリー力とは、以下3つのスキルで構成されていたように思います。
蓋然性(がいぜんせい※)を語る力……「これを絶対にやるべき」とロジックで相手を説得する力。一般的な正論やROI(投資対効果)のメリットだけでなく、誰が反対しそうか、費用感はどうなるか、やることで現場の業務がどう変わるかまで、全方位からロジックを固める。反論は来る前につぶす「先読みのロジック」こそ、コンサルタントの真骨頂。
※……ある物事が起こりそうなことを合理的に説明できる、確実性の度合いウェットなコミュニケーション力……ロジックだけでは動かない人間を動かすために、公式の場の外で信頼関係を築く力。会議室では言えない本音を引き出したり、根回しで事前に地ならしをしたり、相手の警戒心をほぐしてから本題に入ったり。こうした動きは多かれ少なかれどの職種・業種もやることだが、コンサルタントが際立っているのはその徹底ぶり。必要とあれば飲み会だって何度もセッティングする。「誰と・どんな場で・何を話すか」を場当たり的にではなく、意図を持って設計する。
やり切る力……プロジェクト推進に関することなら「何でもやる」力。ロジックも信頼関係も整っているのに、プロジェクトが進まないことはある。その時「自分の役割ではない」「自分にはできない」と逃げ腰になるのではなく、ボトルネックを自ら特定して自ら取り除く。反対意見を唱える人や経営層とも直接交渉する、専門家を外から連れてくる、個別に関係者へ“ヒアリング行脚”をするなど。

──つまり、ロジックとコミュニケーションが物事を進める原動力になっていると。
勅使川原:はい。「ロジハラ」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、コンサルタントは仕事のあらゆる局面でロジカルシンキングを求められます。これはロジックにプロジェクトのあらゆる関係者を納得させる力があるからです。
ただ、ロジックだけで人はなかなか動かない。そこで必要になるのがウェットなコミュニケーションです。
──なるほど、人と人の対話もまた、物事を進める上では大事というわけですね。コンサルタントと言えば、精緻なビジネス資料を作ることで知られます。ネットではしばしば「パワポを作る仕事」とも揶揄されますが、それも物事を動かす意図があるのでしょうか。
勅使川原:その通りです。大前提、PowerPoint(パワポ)の資料は、提案内容を可視化しディスカッションしやすくするためのツールですが、「人を動かすツール」でもあります。なぜなら、資料の質や量、提出スピードでクライアントに評価されれば、それだけで信頼貯金がたまるので。さらにパワポは、自分がその場にいなくても第三者がそれを使うことで人を動かせる、という間接効果もあります。つまり、パワポは時空を超えるのです。

この章のまとめ
- コンサルタントにとってのOSは「デリバリー力」
- ロジックと信頼関係と本人のやり切りがそろえば、物事が進む
- パワポの資料は「人を動かすツール」でもある
専門スキルに「逃げては」いけない
──物事を動かすには、やはり地道な仕事が必要なのだなという学びがあります。しかし、勅使川原さんはそうした仕事の価値にどのようなきっかけで気づかれたのでしょうか?
勅使川原:複数のきっかけがあります。まずはコンサルティングファームへ転職したての頃、先輩や上司に「鼻を折られた」こと。
それに代理店時代のやり方で説得してもクライアントが動かない、という経験も大きかったですね。専門知識をもとに正しいことを言っても「ありがとう、参考になります」で終わってしまう。でも別のコンサルタントが説得すると「やらないとダメですよね」と反応がまるで違う。
そもそもそのコンサルティングファームでは、あるマーケティング系のプロジェクトをマーケティング系職種未経験のメンバーが牽引していたのです。これには衝撃を受けましたね。

──目立った専門スキルがなくても人やプロジェクトは動くという。
勅使川原:そうですね。あまりにも鮮やかに推進するので「こんな天才がいるのか」と思ってよく調べてみると、プロジェクトを動かしていたのは、やはりその方の「やり切り力」でした。
──それほど重要なOSですが、専門スキルに比べると、その重要性が周知されていない印象もあります。
勅使川原:あえて厳しい言い方をすれば、「専門スキルを身に付ければ安全だ」と判断し、OSの重要性を見落としてしまう人も多いように感じます。専門スキルは「これさえ学べば年収が上がる、活躍できる、代替されにくい人材になれる」というイメージも強いので。
かつてコンサルティングファームを辞めていった同僚も「自分の得意領域はそこ(OS)じゃない」「転職して自分の得意領域を極めたい」と言っていました。しかし、どんな職場・業種でもOSは大切ですし、OSを鍛えていなければ、せっかく身に付けた専門性も発揮できる機会が限られてしまい、転職先でまた苦労することになるかもしれません。
──耳が痛いですね……。若い頃だと素直に鍛えられたけど、ある程度経験を積んで年齢を重ねた結果、自分の仕事の進め方が固まってしまって素直に鍛えられない、という人も少なくなさそうです。
勅使川原:ある程度キャリアを重ねたら、できないことを素直に認めると、評価や給与が下がってしまうのではないかという恐怖が生まれるからですよね。これは個人の問題というより、構造的な問題だと思います。ただ、仕事を続けていく限り、OSを鍛えることを避けては通れません。
逆に、OSを鍛えていれば、何歳になっても新たな職種・業種に挑戦できる印象です。実際私も今、未経験の人材業界でビジネスを手がけていますから。
専門スキルに振り切り、あえて狭い市場で戦うのもそれはそれで戦略です。ただ、結果的に将来の自分が生きづらくなってしまう可能性もあります。そうならないよう、OSを鍛え、戦える市場を広げておくのが私は得策だと感じています。

この章のまとめ
- 目立った専門スキルがなくても人やプロジェクトは動く
- OSを鍛えれば、何歳になっても新たな職種・業種に挑戦できる
- OSを鍛えれば、自分の活躍できるフィールドが広がる
「打席」に入り続ければ、視座が上がる
──では、具体的にOSをどう学び、鍛えていくのかを掘り下げたいのですが、これもなかなか言語化が難しそうですよね。専門スキルを学ぶ方法は、教材や書籍などたくさんあるのですが。
勅使川原:こればかりは「仕事のなかで経験を重ねていくしかない」んですよね。逆にやっていれば、自分なりの成功パターンやOSを構成する要素も見えてくる。
もちろん、OSを鍛える過程は地味でストレスフルです。社内調整、言語化、部下のモチベーション管理などは、正解がなく、プロセスも目に見えにくい。広告の運用手法はある程度勉強すれば勝ち筋も見えてきますが、この辺りのスキルは何十時間考えても答えは出ません。体で覚えるしかないわけです。
──「体で覚える」をより具体化するとすれば、どうなるでしょうか?
勅使川原:とにかく「打席に入り続ける」ことでしょうね。 「自分はまだ実力がないから」と遠慮するのではなく、新たな仕事をどんどん動かし、周囲からどんどんフィードバックをもらうことです。
例えば、自分が作った企画書を、直属の上司だけでなく、他部署の上司や同僚にも見せて厳しいフィードバックをもらう。もちろん、忙しい方にアドバイスをいただくわけなので、時間や手間は配慮すべきだと思いますが。
──できないことを指摘されたり、ダメ出しされたりするのは誰しも精神的にツラいものですが、やはりそこを乗り越えなければならないと。
勅使川原:はい。まずはこれまでの人生を振り返り、「あまり人に突っ込んでほしくないところ」や「逃げてきたと自覚しているところ」を認識する。その上で、コンフォートゾーン(快適な領域)に留まって成長につながる挑戦を避けるのではなく、あえて自分を鍛えられる環境に身を置く。そうしなければOSは強くなっていきません。
先ほどお話しした通り、私もコンサルティングファームに入った当初は散々ダメ出しを受けました。最初は「覚えてろよ」と思っていましたし、反発心もあったのですが、「ここは彼らの流儀があるはずだ。まずは一回自分を崩して、イチから学んでみよう」と決め、腰を据えて取り組みました。結果として、そこで身につけた技術は素晴らしいものでした。
──なぜ勅使川原さんは素直に「イチから学ぼう」と思えたのでしょうか?
勅使川原:今振り返ると、「同世代との生存競争」を意識していたからなのかもしれません。自分がサボっている間に同世代はどんどん成長していく。一度OSから逃げると、戦える場所がどんどん狭くなってしまう。そんな焦りや危機感を持っていました。
あとは、自分の専門スキルに強いこだわりや思い入れがなく、一つのことを突き詰める勇気がなかったからでしょうか。私は何事もある程度学んで実践できるようになった段階で、コンフォートゾーンを築き、そこでのんびりと仕事をしてしまう性質がありました。だから、その傾向が感じられたらすぐ転職するようにしていたんですよね。ここが上の生存競争にもつながってきます。
──同世代との生存競争に対する焦りや危機感が、OSへ意識を向かわせたと。OSを鍛えることで、勅使川原さんご自身のキャリアはどう成長したと感じますか?
勅使川原:いくつかのタイミングで「視座の上がる瞬間」があったと感じます。プレイヤーから、マネージャー、そして役員へと、上のレイヤーの人たちが「何を考え、どう世界を見ているのか」という価値観がインストールされ、仕事の解像度が劇的に変わりました。
そしてそこで、「次にこれがやりたいのかも」という今までとは違う「WILL」も見えてきて。その時は仕事がめちゃくちゃ楽しくなるんですよ。
「つらい、つらい、つらい、めっちゃ楽しい」
「つらい、つらい、つらい、めっちゃ楽しい」
みたいなサイクルですね。

この章のまとめ
- OSを鍛えるには「打席に入り続けること」「フィードバックをもらい続けること」が大切
- 同世代との生存競争に勝つために、OSを鍛え続けることが大切
- OSを意識しながら仕事をすると「視座」が上がる
AI時代こそ「OS」を鍛える価値はある
──AIが急速に普及するこれからの時代においては、やはりOSの価値も変わってくるのではないでしょうか?
勅使川原:そうですね。AIの進化で「55点〜60点くらいの答え」を誰でも一瞬で出せる時代になりました。これまでは調査に数か月、企画に1か月かけて、年に数回の意思決定をしていたようなプロジェクトも、今は2週間単位で高速にPDCAサイクルを回せるようになってきています。
だからこそ、AIが出した答えをチューニングして組織に実装するスキル、それをやり切れる人の価値が飛躍的に高まっています。
──AIがプランニングをするからこそ「やり切る力」が問われると。
勅使川原:はい。単純にPDCAサイクルが早く回れば回るほど、人を説得し、納得させ、動かすタイミングは増えてくるはずなので。
その意味で、今後は会社や組織の「隙間産業」を担える人がより高く評価されるのではないかと感じています。
──ここでいう「隙間産業」とは?
勅使川原:AIを使いこなせる人とそうでない人をつなぐ役割です。AIを活用してどんどん生産性を上げている人とAIを使いこなせず生産性が下がっている人の間に入り、双方の伝えたいことを“翻訳”しながら、組織としての生産性を最大化させる。AIが使えない人を見放すのではなく「教えますよ」と寄り添える。そんな人は重宝されるでしょうね。

平均点がすぐに出せる時代だからこそ、理屈だけでは動かない人間を動かし、物事を完遂させる「高密度なやりきり力」を持つ人こそ、今後のビジネスシーンを牽引していくのだと確信しています。
この章のまとめ
- 今後求められるのは、AIが出した答えをチューニングして組織に実装するスキル
- AIを使いこなせる人とそうでない人をつなぐ人材が重宝される
- 人を説得し、納得させ、動かすのは、結局人でなければできない
取材・編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職


