
「何か新しいスキルを身につけなければ」――そんな焦りから学びを始めたものの、特にキャリア後半においては、若手と同じような学び方では上手くいかないこともあるようです。
思うような成果につながらなかった……といった結果を避けるためには、一体どうすれば良いのでしょうか。
本連載では、45歳からのキャリア支援を行う都築辰弥さんが、実際の支援現場で見てきた後悔やつまずき、そこからの立て直しをもとに、リスキリングを“どう始め、どう活かすか”を年代別に紐解いていきます。
第2回となる今回は、40〜50代の読者に向け、リスキリングをどう進めるべきかを考えます。
新たなスキルを「足す」のではなく、これまでの経験をどう活かすのか。具体例を交えながらの解説は必見です。

リスキリングという言葉が世間に普及し始めて数年。生成AIの爆発的な進化により、「自分の仕事がAIに奪われるのではないか」という切実な危機感を持つ方が増えました。
大手企業でも人員構成の見直しが行われるケースが増える中で、AI失業がもはや他人事ではない今、リスキリングの重要性は高まるばかりです。
私は現在、45歳からの実践型キャリアスクール「ライフシフトラボ」の代表を務めており、日々、40〜50代のビジネスパーソンのキャリア形成に伴走しています。
現場の生の声を聞く中で痛感するのは、焦りから資格勉強などを始めても、意図した結果をもたらさない方が後を絶たないという現実です。
前回の寄稿記事で紹介した50代Mさんのように、「仕事で成果を出せていない焦りから、目的なき学びに逃げた」結果、何も変わらなかったというケースは非常に多いのです。
なんとなく大事そうだからと、自分から遠い分野に手を出してしまうのは40〜50代が陥る典型的な罠です。キャリア初期であれば試行錯誤も糧になりますが、実務経験による裏付けのないスキルだけでは、ミドルシニアのキャリア形成に結び付きにくいのも現実です。
ではどうすればいいのか。本記事では今一度、40〜50代の方々に向けて正しいリスキリングの始め方をお伝えします。
新しいスキルを学ぶ前に、今持っているスキルに着目せよ
40〜50代のリスキリングにおいて、絶対に外してはいけない大原則があります。それは、「リスキリング=何か新しいスキルをゼロから身につけること」という固定観念を捨てることです。
むしろ私は、「新しいことを学ぶ」という考え方を一度やめてみましょう、とすらお伝えしています。
なぜなら、40〜50代の皆さんには、20代には絶対に真似できない強力なアドバンテージがあるからです。
それは、20年、30年という長いキャリアの中で熟成されてきた、豊富な実務経験や専門知識、すなわちキャリア資産です。
私はよく、ミドルシニア世代のキャリアを、冷蔵庫の中の食材に例えます。
20年、30年と働いてきたということは、冷蔵庫を開けたときに、中にはすでにじゃがいも、にんじん、玉ねぎなど、たくさんの食材(スキル・経験)がぎっしりと詰まっている状態です。「自分には何の強みもない」と謙遜される方が非常に多いのですが、30年近く働いてきて何もない人などほとんどいません。
問題は、食材が入っていないことではなく、その食材を使ってどんな料理(完成物)が作れるかを自分で分かっていないこと。折角積み上げてきた多くの経験や知識を、どんな価値として提供できるのかを整理できていないのは、非常にもったいないです。
例えば、冷蔵庫にじゃがいもと人参と玉ねぎが入っているなら、そこにカレールーだけを買ってくれば、立派なカレーを作れるでしょう。
40〜50代のリスキリングは、まったく関係のない新しい食材を無理やり探しに行くことではありません。自分がすでに持っている食材を把握し、それをどう調理するか(どう活かすか)を考え、仮に足りない食材があれば、それだけをピンポイントで買いに行く(補完する)ことなのです。
今まで培ってきたものを磨き直し、再武装する。これこそが、ミドルシニアならではのリスキリングの真髄です。
AI時代は「経験がものをいう世界」への回帰
ここで、最近の大きなトピックである生成AIについて触れておきましょう。AI失業の不安が叫ばれる中、拙著『人生後半の働き方戦略』(日本経済新聞出版社)でも記述している通り、生成AIは大半のミドルシニアにとって敵ではなく、むしろ今後のキャリアの強力な味方になり得ると考えています。
その理由は大きく2つあります。
1つ目は、デジタルスキルの学習コストが急激に低下したことです。かつてプログラミング習得には1000時間もの過酷な学習が必要でしたが、今はAIが数秒で有効なコードを記述してくれます。これにより、一部の人が持っていた「ITに詳しい」という優位性は薄れ、AI利用は読み書きと同じくらいできて当然の必修スキルになっていきます。
2つ目は、経験によって蓄積された一次情報(自分の経験から得た現場の知見)の価値が高まったことです。情報を収集して分かりやすい資料にまとめるといった作業がメインのデスクワークは、すでに大部分がAIへの置き換えが可能な状況です。つまり、「検索すれば分かる」程度の能力の重要性が低下したのです。
その代わり、人間の腕の見せ所はインターネット上にまだ載っていない一次情報をどれだけ持っているかにシフトします。
一次情報の量は、経験量に概ね比例します。みんなが生成AIを使いこなせる時代にあって、AIには出せない独自のノウハウや現場叩き上げのアイデアを提案できること。それこそが、ミドルシニアが本来持っている、食材がいっぱい詰まった冷蔵庫の強みであり、これからの時代に相対的に有利になる大きな理由なのです。
今あるスキルをどう生かすか?「じぶんコンテンツ」と「他流試合」
では、自分の冷蔵庫の中身(=一次情報)をどう生かせばよいのでしょうか。最初のステップは、自分の経験を棚卸しし、他社でも通用するノウハウ=「じぶんコンテンツ*1」に変換することです。そして次のステップが、それが社外で通用するかを試す他流試合(複業やプロボノ*2などの社外で腕試しをする機会)に出ることです。ここで、ミドルシニアならではのリスキリングの事例を2人ご紹介します。
1人目は、代理店営業一筋でキャリアを歩んできたAさんです。
「”ザ・昭和” の泥臭い営業スタイルしか知らないことに引け目を感じている」と語っていた彼でしたが、今ではそのノウハウを体系化し、令和創業のITスタートアップのコンサルタントとして複業で大活躍しています。
オンライン商談が当たり前の若手経営者にとって、実際に会って話す、その前後に生まれる雑談や会食などのコミュニケーションで信頼関係を構築していく古き良き営業術は非常に価値が高く、Aさん自身もその職場で必然性に駆られ、生成AIスキルやITツールを習得しました。
2人目は、薬剤師として働く50代女性のUさんです。
彼女は自身の専門性に生成AIを取り入れました。難易度の高い薬機法に準拠した専門的な記事を、生成AIを使って超高速で執筆するウェブライターとして高く評価され、複業で月収20万円を得ています。
単にAIに書かせただけの一般的な記事は誰がやっても同じになりますが、そこに薬剤師としての豊富な経験(一次情報)を掛け合わせたからこそ、高い報酬水準が実現したのです。
学んでから行動するのではなく、自分の強みを活かす場を先に見つけながら、そこで必要になったルー(ITツールやAIスキル)を後から買い足す。この実践しながら必要なスキルを習得していく「ながらリスキリング」こそが、最も効率よく市場価値を高める方法です。
生成AIという最強のルーを味方につけよう
実は、日本で生成AIを個人利用している人はわずか2割程度にすぎません。*3一方、生成AIを十分に使いこなすために必要な時間は、ほんの15時間程度と言われています。たったそれだけの学習時間で、実務で活用できるレベルに到達することも十分に目指せるのです。IT業界に長く勤める50代の私の知人は、「昨今の生成AIの勃興は、1990年代のIT革命前夜を思い出す。あの時のように傍観するのか、今度は参戦するのかが問われている」と語っていました。今はまさに、かつてのIT革命以上の波が来ているビッグチャンスのタイミングです。
その波に乗るために必要なことは、まったく畑違いの資格や専門性を身につけることではありません。
まずは時間を取ってご自身の冷蔵庫を開けてみてください。どんな食材が眠っていて、どんな「じぶんコンテンツ」が見つかりましたか。そして、そこに生成AIという最新のルーを掛け算すると、どんなフュージョン料理を作れそうでしょうか。
まずは、自分の強みを見つめ直すこと。
これまでのキャリアを整理し、社外でも通用する形に言語化し、必要なスキルを補っていく……。そこから始めることが、これからのキャリアの選択肢を広げる第一歩になるようです。
連載第3回では、リスキリングを通じて市場価値を高めていくための具体的な選択肢のひとつ、「複業(副業)」について取り上げます。
シリーズを通してご覧いただき、「経験を活かすリスキリング」をどのような場で実践すれば良いのか、自分なりの選択肢を見つけていただければ幸いです。
制作:マイナビ転職
*1:じぶんコンテンツとは:自分の経験を他者に再現可能な価値に言語化したもの(詳しくは連載第1回https://meetscareer.tenshoku.mynavi.jp/entry/20260410-tsuzukiをチェック)
*2:プロボノとは:仕事で培った専門的なスキル・経験等をボランティアとして提供し社会課題の解決に成果をもたらすこと
*3:出典:内閣府消費者委員会「第2回人工知能(AI)技術の利用と消費者問題に関する専門調査会」