
その間に立って消耗し「この調整の仕事、なんの意味があるんだろうか。自分のキャリアにつながるんだろうか」と不安を覚える人も少なくないでしょう。
そんな悩みに「すれ違ってもいい、いやむしろすれ違っているほうがいい」と語るのが、今回ご登場いただく水谷享平さんです。
新卒で入社したGoogleでは、エンジニアでも営業でもない「真ん中」のポジションを務め、その後もスタートアップで人事、経営企画、資金調達を経験するなど、まさに「何でも屋」のキャリアを築いてきました。
仲介役は損な役回りではなく「おいしいポジション」である──。そう言い切れる理由を、水谷さんにたっぷり伺いました。

エンジニアでも営業でもない。「ふわっとした立ち位置」から始まったキャリア
──まずは、水谷さんのこれまでのキャリアから教えてください。
水谷享平さん(以下、水谷):新卒でGoogleに入社し、いわゆる「技術営業(編注:技術的な専門知識や経験を活かして、営業活動を行うポジション)」として配属されました。
クライアントに「売り上げを伸ばすにはこういう機能を設けたらいいですよ」と提案する一方、社内ではデータ分析やバグの検証をする。クライアントからはエンジニアだと思われるし、社内では技術に詳しい営業だと思われる。そういうふわっとした立ち位置でした。
正直、入社当初は自分が何の仕事をやっているのか、全然分かっていなかったんです。エンジニアや営業の同期と違って、自分の役割は何なんだろうと。でも、働いているうちに、「部署間のすれ違いの落とし所を見つける役割」なんだと徐々に分かってきました。
──その後はスタートアップに移られたんですよね。
水谷:はい。当時社員が10人もいなかったスタートアップに転職しました。最初はプロダクトマネージャー(編注:商品の企画・開発、マーケティング、販売や改善などをマネジメントするポジション)でしたが、途中から執行役員として人事部門の管掌、資金調達、上場準備、経営企画も任されるようになりました。人数も少なかったので、もうなんでもやっていましたね。
その後は外資の半導体系スタートアップに移り、日本オフィスの立ち上げを1年ほど経験しました。オフィスの引っ越しも担当したので、ここでも「何でも屋」です(笑)。
ただ、いろいろやってきたからこそ、部署ごとに違う考え方や正義について思いを馳せられるようになりましたね。例えば、コーポレート部門の業務効率化を目的としてAIを導入するという場面でも、コーポレートの人たちの「気持ち」が分かるので、相談もスムーズに進められる。簿記の資格は持っていないけれど、業務の流れも一通り分かる。それをあらゆる部署に対してできるのは、我ながら強みだと思います。
すれ違うからこそ「良い結果」につながる
──著書『話が長いエンジニア、答えを急ぐ営業 すれ違いを武器に変える「仲介思考」の育て方』には、異なる立場の人同士は「すれ違ってもいい」ではなく「すれ違っているほうがいい」と書かれています。この考え方も、多岐にわたるポジションを経験されてきたからこそ生まれたものなのでしょうか?
水谷:そうかもしれません。Googleでは営業ともエンジニアとも仕事をしましたが、第三者の視点で見ると、どちらかが間違っているケースは少なく、どっちも正しいことを言っている。でも衝突してしまう。それをどうにかするのが僕の仕事だったので、はなから「すれ違っているのが当たり前」という認識だったんです。
もちろん、すれ違っていない方がスムーズに進むケースもあります。ただ、サービスの強みや付加価値は「すれ違いがあったからこそ生まれた」というケースが多々ありました。だからこそ、「部門が違えばすれ違うのは当たり前」「このすれ違いが生じていることはきっと良い飛躍の前兆だ」とあまりネガティブに受け止めずにいられました。
ところがSNSなどを見ると「どちらが悪い」「すれ違い自体が悪だ」という投稿が目につく。そこで、「『すれ違い』という状況自体に悩んでいる人も一定数いるのだな」と実感したんですよね。
──これまでのキャリアで実際に「すれ違ったからこそ良かった」という経験はありますか?
水谷:こんなエピソードがあります。
営業がクライアントの希望を伝え、エンジニアは「それに対応する余裕がない」と言う。その間に立って、根気強くクライアント側の状況を伝えると、エンジニアも「そういう需要があったのか」と理解して、プロダクトの新機能につながった。
ビジネスサイドから「早くこの機能を実装してくれ」というオーダーがあっても、エンジニアは「セキュリティ対策が先だ」と譲らなかった。間に入って優先順位を整理し、セキュリティ対策を先んじて実施できるよう合意形成を図った。そのおかげで、深刻なセキュリティインシデントが起きたとき、致命傷にならずに済んだ。
エンジニアと営業それぞれの文脈や戦略を理解し合意形成を図るための人材・リソースがあったからこその事例だとは思います。
ただ少なくとも、短期的にはお互い妥協しても、それが長期的には良い結果につながるということは、ここから分かるのではないかと思います。
不毛な対立を避けるために必要なのは、「人 VS 人」ではなく「人 VS 課題」の構図
──「損して得取る」の考え方に近いですね。とはいえ、水谷さんのような“第三者”を間に立てる余裕がない組織も多いと思います。当事者同士で建設的に話すには、何が必要だと思いますか?
水谷:「当事者 VS 当事者」になっている構図を、「当事者・当事者 VS 課題」の構図に変えることです。当事者同士で「いや〜困っちゃいますよね」「一緒に戦いましょうよ」みたいな空気感をうまく醸成する。いわば、本当の敵(向き合うべき課題)を見つけ出すわけです。
そのためには、お互いが「今ぶつかっているポイントはここですよね」と言語化してあげることが大事です。生成AIに相談してみてもいいかもしれませんよ。利害関係のないフラットな立場で助言してくれるので。

──それを当事者同士ができればベストですよね。ただ、ぶつかっている状況でフラットにコミュニケーションするのはなかなか難しいかもしれません。どこがどうぶつかっているのかを確認するために、有効なコミュニケーション方法はありますか?
水谷:お互いがその考えや意見に至った経緯を聞きたいわけですが、「なんでこうした(思う)んですか?」と聞くと、詰めている感じが出てしまう。だから「〜という認識で合ってますか?」と、相手が現状をどう認識しているかを聞くと角が立たないと思います。
加えて有効なのは、「〜から着手したいと思っています」というふうに仕事の優先順位を(その理由とともに)伝えることです。同じチーム・会社のメンバーでも「何を優先すべきか」が把握できていないことは珍しくありません。優先順位がズレると、お互いが認識するゴールにもズレが生じる可能性が高まりますからね。
「〜という認識で合っていますか?」
お互いがその考えや意見に至った背景を聞く。
「〜から着手したいと思っています」
優先順位に対する認識をそろえることで、ゴールもそろえる。
すれ違いの多くは、「見ている情報」「目指しているゴール」「評価の基準(何を良しとするか)」の認識のどれかがズレていることで起きます。実際、ぶつかっている当事者に認識を聞いてみると、驚くくらい違うことが多い。見えている景色が全然違うじゃん、と。
例えば、トラブル対応の場面を思い浮かべてみてください。関係者の間で「なんだか相手が怒っているらしい」というイメージは共有できているけれど、ふさわしいコミュニケーション像や対応の優先度、影響範囲の認識がすり合っていないまま、不毛な対立が生まれたりすることってありませんか?
──誰も本当のことを確認しないまま、イメージだけで物事が進んでしまう、と。
水谷:そう、お互い、怒っている相手ではなく、頭の中にある「イマジナリー怒っている人」を前提に話しているから、認識が合うはずがないんですよね(笑)。
もちろん、立場によって目標や正義は異なりますから、お互いに見えている景色が違うこと自体は問題ありません。ただ、この状態だとなかなか建設的な話し合いをしづらい。
──強引にでも前提の話に引き戻さなければならないと思うのですが、相手の気分を損ねず引き戻すコツってあるのでしょうか?
水谷:精神論ではあるのですが、やっぱり謙虚に向き合うことだと思います。教えを乞う姿勢というか。「相手の認識がズレているんじゃないか」ではなく、「自分の認識がズレているかも」と考えて、それを口にも出す。「自分が勘違いしちゃっているかもしれないのですが」と。
実際、自分の前提が正しいと思い込んでしまうケースって少なくないので。
こうした認識統一のプロセスは、言葉のニュアンスを伝えづらいテキストコミュニケーションでは、一層重要になります。
なぜこんなまどろっこしいことをしなければならないのか、と考える人も少なくないと思います。ただ、ここを抜かして後々トラブルに発展することを考えると、結局このやり方が遠回りに見えて、一番の近道なんですよね。
「察してコミュニケーション」の問題点
──少し視点を変えて、自分の意見を持つことと、相手と合意することは、一見矛盾するようにも思えます。「意見を持つこと」と「意見に固執すること」の分かれ目は、どこになるのでしょうか?
水谷:自分の意見をどれだけ解像度高く捉え、抽象化できているかだと思います。
自分のやりたいことと相手のやりたいことがすれ違ったとき、「自分が本当にやりたいのはこれなんだろうか」と立ち止まる。場合によっては「目的を達成するには、このやり方に固執する必要はない」と判断する。
それができれば、「すれ違っているのは具体であって、実は根本はすれ違っていない」と気付き、議論もまとまるかもしれません。
例えば、「ラーメンを食べたい」「パスタを食べたい」で意見が対立したとき、「食べたいものは違うけれど、『一緒にゆっくり過ごしたい』という目的自体は同じかも」となれるかどうか。
余談ですが、この視点って生成AIに何かを指示するときにも大事なんです。
──なぜでしょうか?
水谷:例えば、生成AIに「近隣のラーメン屋さんを教えて」と指示すれば、「こういうラーメン屋さんや中華料理屋さんがあります」という答えしか返ってこないからです。パスタの選択肢は出てこない。これは、大げさに言うと機会損失にもなり得ます。
AIの回答精度を上げるには「コンテクスト(その判断に至る背景や置かれている状況)」を与えるのが大事と、よく言われますが、これってAIに限らず人間も同じなんですよ。
面白いのは、何も事前情報を持たないAIが相手だと「じゃあ説明してやるか」と思えるのに、人間が相手だと「察してくれるんじゃない?」という気持ちになることです。「あなたは付き合いも長いし、私がどういうお店が好きかも知ってるでしょ?」みたいな。
仕事でもありますよね。「この業界の人なら当然知ってますよね」と勝手に推測してしまうこと。
不幸な対立を生まないためにも、先入観を排除し、まずは前提をすり合わせる姿勢、言語化するクセを身に付けておいたほうがいいと思います。
「何の仕事をしているか分からない人」が輝く時代がくるかもしれない
──冒頭にも少しお話が出ましたが、こうしたコミュニケーションスキルを身に付けることは、キャリアにどうポジティブな影響が出ると思いますか?
水谷:Googleにいた頃、僕はエンジニアとしてすごいわけでも、営業としてすごいわけでもありませんでした。でも、エンジニアからは「技術の話ができる営業」、営業からは「頼りになるエンジニア」と思われて、どちらからもチヤホヤされました(笑)。社内には自分よりもはるかにスキルや経験を上回る人たちがたくさんいるのに、です。その分、責任も感じたのですが。
思えば僕は「離れた領域を両方知っていることの付加価値はすごく高い」という考えのもと、専門領域を越境し、「掛け算」する感覚でキャリアを積み重ねてきました。「人事×エンジニアリング」「営業×人事」のように。
この掛け算は種類が増えれば増えるほど「複利」のようにキャリアに良い影響をもたらします。キャリアの「ひとりネットワーク効果(編注:製品やサービスの価値がユーザーの数に比例して上がっていくという概念)」とでも言えばいいのでしょうか。
自分が価値を発揮できる場所がだんだん増えていくんです。「技術と人事と営業の話が一通り分かります」と言うと、分かりやすいポジションはないけれど、「この人にしかできない」仕事が出てくる。
──一つの専門を極める生き方とは、対照的ですね。
水谷:一つの専門性を極めることも大切です。ただ、その専門領域で必要な技術がAIに代替される可能性は年々高まっています。
だから、自分の中に「スキルポートフォリオ」を組んでおくといいのかもしれませんね。「自分を含めた5人の中で一番採用に詳しい」程度でいいんです。その「5人の中で一番知っている」という領域を10個くらい持っていると、リスクヘッジにもなると思うんです。
──その考え方は面白いですね。でも水谷さんは「専門性がない」と悩んだ時期はなかったのでしょうか?
水谷:30代の中頃には悩みましたね。周囲に「特定の専門職種で一筋」という人も増えるなか、「自分はいろいろやってきたけど、どれも極めてないぞ」と。
実際、転職活動もすごく苦労しました。職務経歴書がぐちゃっとしていて分かりづらいから、「全部やってるけど、何ができるの?」と思われてしまう。エージェントの方にも「このご経歴では難しいですね」と言われたり。
でも、自分なりに開き直っていろいろなポジションを経験するなかで、ある専門領域に特化していなくとも「多方面のニーズや文脈を理解し、対応できる人材」が必要とされる場面は確かにあると感じる機会が増えて。何よりそのポジション自体が自分の性に合っているし、面白いなと思っていました。
だから今では、そういう“間に立てる人”の価値はこれから確実に高まっていくと感じています。 「何の仕事してるの?」って言われる人のほうが、逆に良いみたいな時代になってくれないかな、と思っていますよ(笑)。

取材・編集:はてな編集部
撮影:是枝右恭
制作:マイナビ転職
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