
仕事をする中で、そう感じる瞬間が誰にでもあるのではないでしょうか。
同じ職場に、同じ職種に、明らかに自分とはレベルの違う人を見つける。そのたびに、自分より優秀に見える人と比較して、自分の可能性を小さく見積もってしまう。
『左ききのエレン』は、広告業界を主な舞台として、絵の天才・エレンと、その才能に憧れながら働くクリエイター・朝倉光一の葛藤を描いた作品です。「天才になれなかった全ての人へ」というキャッチコピーのもと、才能との向き合い方を問い続けています。
作者のかっぴーさんもまた「天才ではない自分」を受け入れ、折り合いをつけながらキャリアを積み重ねてきたと言います。
今回はそんなかっぴーさんに「才能との向き合い方」というテーマでインタビューしました。
前編では、会社員時代の話を伺います。語られたのは、手持ちのカードを冷静に分析して自分が輝ける場所を探すキャリア戦略の話であり、同時に「会社員時代のメンタリティは、あまりよくなかった」という率直な自己批評でした。

「チェックポイント」や「ロールモデル」が欲しかった
──『左ききのエレン』は非凡さ・平凡さを対比させながら進む物語で、著書でもご自身のことを「天才ではない」と書かれています。才能を主題とした作品づくりを続けてきたかっぴーさんが「自分は天才じゃないな」と感じたタイミングはいつだったのでしょう?
僕はエレンのような圧倒的な天才と出会ったわけではないのですが、自分より絵の上手い人は周囲にいくらでもいたので、学生の頃からうっすら気づいていました。

なりたい職業として「漫画家」と書いたことはありましたし、映画監督や脚本家を目標にしていた時期もあります。でも、そういう人たちにどうやったらなれるのかが分からなかったんです。かといって特に行動を起こすわけでもなく、自分は「そっち側」じゃないと勝手に思っていた。
──そんなかっぴーさんが今漫画家になっているのが興味深いですよね。ただ以前は、漫画家の道は選ばないほうがいい、と思っていたと。
はい。漫画家や映画監督の仕事って明確なキャリアパスがない「ひたすら暗闇を行く」ようなイメージがあって。単純にその世界へ一歩踏み出すのが怖かったんだと思います。
自分としては、たどり着くまでのチェックポイント(物事を進めていく上で節目となる点)やロールモデルがもう少し欲しかった。
その点、(会社員時代の職業である)広告代理店のデザイナーやアートディレクターに関しては、自分なりにチェックポイントも目指すべき人物像も見えていたんです。例えば、美大に入ってしかるべき成績を取って、代理店に入って、そこで広告の賞を取る、のような。もちろんこちらはこちらで険しい道のりですが、チェックポイントがある程度分かっているので、目標に近づいている実感もあるのではないかと。
自分よりすごい人と出会うたびに「下方修正」を繰り返してきた
──とはいえ、そんな広告のデザイナーやアートディレクターの世界にも、自分より実力のある人はたくさんいるわけじゃないですか。
そうですね。だから、若い頃は自分の進むべき方向やポジションをどんどん「下方修正」してきたイメージなんです。
美大にいた頃も、広告代理店で働いていた頃も、周りを見渡して「自分はデザイン力だと中の下だな」「逆にアイデア力では勝てるかな?」なんて思いながら、軌道修正していく。
──いけると思ったら、もっとすごい人がいる、と。でも、自分の実力を受け入れて下方修正できるのも、ある種の才能というか、凄さだと個人的には思うのですが。
でも、それを繰り返す中で、自分の手持ちのカードがどんどん減っていくような感覚にも陥って。結局あれも使えなかったし、これも使えなかったって。
リーダーシップはあるように思えて、大学時代にフリーマガジンを立ち上げて「代表」的な振る舞いをしたこともあるのですが、代理店に入ったら「そういうのに一番向いてない」と気づかされたこともあります(笑)。
──優れた先輩や同僚がいると、比較して「自分は向いていないかも」と思ってしまうこともありますよね。
ただ振り返ると、そのせいでこじらせていたというか、「必要以上に下だと思っていた」節もあります。今、広告業界の人たちと話すと、当時分からなかった話が分かったり、当時聞いてもらえなかったことを聞いてもらえたりして。広告業界でのキャリアは(業界を離れた)10年ほど前に途切れているにもかかわらず、です。
その時、「俺はこれぐらいの人間だ」って自分で限界を決めつけていたのかもしれないと感じたんですよね。当時からもっと自由に話したり、考えてがむしゃらに取り組んでいたりしていたら、また違った道を進んでいたのかもしれない。特別に自分の資質が劣っていたのではなく、経験を積めば同じレベルに到達できる可能性が十分あったのかもしれない、と。だから、下方修正グセも、あまり良くないとは思います。
──たしかに、すごい人は周りにいるけれど、それでも自分はできると、自分を信じてやり切ることも、ある種大切なのかもしれませんね。
その「信じてやり切る」というのが、自分にとってハードルが高かったんですよね。目標までの道筋は常にグラデーションで、まだ自分はアクセルを踏む段階にないと。
だからなのか、階段を登って、さぁ飛んでくださいっていう瞬間にも、自分が先陣を切るのが怖かった。バンジージャンプの飛び台でずっとモタモタしてる人みたいな。
代理店時代も、何かあった時、いちいち先輩の顔色を伺ったり、いつまで経っても「後輩ムーブ」をしたり。下っ端根性が、まるで呪いのように染み付いてしまっていました。
──でも、「決められたチェックポイントをたどっていけば、何者かになれる」という感覚は、多くの人が持っているものだと思います。
そうかもしれませんね。美大を出て、代理店に入りさえすれば、何者かになれると思っていたんですけど、全然そんなことはなくて。実際は、どんな環境にいても自分自身で道を模索しなければいけなかった。
うだつの上がらない時期を経て、自分の可能性を広げるために別の環境も見てみたいと思ったので、思い切って転職を決断しました。

「手持ちのカード」を掛け合わせた末に見つけた、輝ける場所
──自分の才能や実力を受け入れられたとしても、じゃあ自分は次に何を頑張ればいいんだろう、というのが分からない人も少なくないと思います。かっぴーさんは転職することを決めた後、どのように次のアクションを考えたのでしょう?
一つのスキルや強みだけでは絶対に負けるから、複数のスキルや強みを掛け合わせようと考えました。それを考え始めたのが、ちょうど転職のタイミングでしたね。
デザイン力だと中の下だけど、とはいえ美大を出た広告クリエイターって実はそんなに多くない。僕がいたのは社員1000人くらいの中規模代理店なんですけど、その中で美大を出ていたのは当時30人くらい。まぁその中で自分の実力は20番目くらいなのですが、数としては意外と少なかったんです。だから、(その経歴は)完全に捨てるには惜しいプチレアカードだと思っていました。
ただ、この一枚だけでは弱い。だから、何かを掛け合わせないといけないとなった時に、それが僕はWebへの知見だったんです。
──なぜWebだったんでしょうか?
僕の見ていた範囲では、大手広告代理店でも、当時Web広告の施策を考える部署は少なく、Webの領域でアートディレクションができるクリエイターが業界全体で少ない時期でした。「Webなんてただのトレンドでしょ」みたいな空気感もうっすらあって。今となっては笑い話ですけどね。
だったら、自分はそっちに飛び込もうと。だって家に帰ったらYouTubeやTwitter(現・X)をずっと見ているし。そしてどうせならWebのことを突き詰めたいと考えて、代理店ではなく、あえてWebをビジネスの主戦場とする会社を選びました。当時のWeb企業は、代理店出身者のスキルや経験値を欲していましたから。
代理店であれば自分は突出した存在ではないけど、違う世界ならもっと輝けるはずだと。実際に移ってみて、「自分の持っているカードの価値が違う」という感覚も得られました。
この転職を通じて僕は、同じカードでも場所によって輝くか、輝かないかが違ってくるんだな、と実感しました。
──たしかに、日常の習慣や趣味が仕事に結びつくケースもありますよね。ただ、自分がどんなカードを持っているか、把握できていない人もたくさんいるように思います。
だから、キャリアのアドバイスを求められると「できること、できないことの棚卸しをしよう」と常々伝えているんです。
ちなみに、この考え方は副業という文脈でも重要になると思っていて。僕の場合は本業に使う前提で「デッキ(対戦時に使うカードの集まり)」を考えていたんですけど、手持ちのカードを知っていたら、副業で月5万円を稼げるくらいのちっちゃなデッキが組めるかもしれないよと。カードを掛け合わせながら、自分という会社組織をチームビルディングしていく感覚ですよね。
──先ほどの転職エピソードにも感じましたが、かっぴーさんはかなり俯瞰的に(独特の視点で)ご自身のことを分析されていますよね。そもそも、そこまで冷静に自分を分析できる人も少ない気がします。
そうですね。今振り返れば不安の裏返しなのかもしれませんが、昔から「自分で自分の攻略本をつくる」くらいの勢いで分析していました。例えば就職活動の時は、企業パンフレットは中の情報ではなく編集方針を見ていました。構成を読んで「人事がどういう人材を欲しくてこの本をつくったのか」を読み解く。そうすると、エントリーシートに何を書けばいいかが見えてくるんです。
ゲームも、クリアまでの道筋がある程度見えていて、主人公のレベルを上げればクリアに近づくようなロールプレイング系は得意。逆に、プレイスタイルの自由度が高いオープンワールド系が苦手で。
今は、その苦手なはずだったオープンワールドのような漫画の世界で仕事をしているので、なんとも不思議ですが(笑)。
手持ちのカードを把握して、それらを掛け合わせ、勝てる場所へ移る。かっぴーさんが会社員時代に実践したキャリア戦略は、実に堅実なものであったように思えます。
しかし、かっぴーさんを漫画家の世界へと誘ったのは、その戦略の外側からやってきた思わぬ転機でした。
「漫画家という職業はおそらく、考えて、考えて、分析した末になる仕事ではないですよね」。そう水を向けると、かっぴーさんはこう答えました。
「本当に。だから、背中を押されて落ちたっていう」
後編では、戦略の外側で始まった漫画家としてのキャリアと、そこで手にした確固たる自信について掘り下げます。
自分のスキルや経験値と真正面から向き合うことで初めて、キャリアはひらけていきます。
今の仕事で自分の強みは生かせているのか、どんなスキルを磨けば良いのか……迷ったときは、まず“自分を知る”ことから始めてみませんか。
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取材・編集:はてな編集部
撮影:是枝右恭
制作:マイナビ転職
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