
「今年の新卒初任給、高すぎ……?」
昨今のニュースを見てそんな衝撃を受けた若手・中堅社員の方々は少なくないはずです。 マイナビ転職が実施した、2025年に新卒入社した新入社員800名に対するアンケート調査(※)によると、新卒の平均月収は23.4万円(前年比+1.2万円)。初任給アップの傾向が明確になっています。
そんな中、既存社員より新入社員の給与が高くなる「給与の逆転現象」が一部の企業で起こっている、と各種メディアで報じられています。
こうした状況に、モチベーションを削がれ、モヤモヤを募らせている人も多いでしょう。
そもそもなぜ「逆転現象」は起こるのか。私たちはこの状況にどう向き合い、どうやってビジネスシーンで生き残ればいいのか。組織人事のプロフェッショナルである、株式会社人材研究所代表の曽和利光さんに伺いました。
監修者
初任給高騰の“カラクリ”
昨今、新卒初任給の高騰ぶりがニュースでも大きく取り上げられています。その背景について曽和さんは「採用市場の需給バランス」という観点から解説します。
「平成の『失われた30年』でほとんど変わらなかった初任給が、ここに来て急に変わり始めました。ただ、日本の景気が良くなって全世代の会社員の給与が底上げされた結果かというと、それは違います。単純に採用市場の需給バランスが変わったことで起きている現象でしょう」
企業の羽振りが良くなったわけではなく、あくまで採用競争に勝つための戦略的な賃上げだというのです。では、その原資はどこから出ているのでしょうか。
「人件費というのは、基本的に『ゼロサムゲーム(総額が決まっている中で誰かが増えれば誰かが減る仕組み)』です。総額人件費のパイが決まっている中で、採用したい人材が採用できない場合(今回は新卒)、誰かの給与をおさえて採用費を捻出するしかないわけです。
私の肌感覚として、特に割を食っているのはこれから給与が上がるはずだった中堅層でしょう。と言っても『直近ちゃんと昇給している』という人も多いと思いますが、現状の給料をどうこうするのではなく、将来の上昇カーブをなだらかにしているんですね。それなら既存社員とハレーションを起こすことなく採用費を捻出できるので」
また、近年導入を進める企業が増えた「ジョブ型雇用≒職務等級制度」(職務ごとに給与を決める仕組み)も、この傾向に拍車をかけていると曽和さんは指摘します。
「職務等級制度の導入は、会社側からすれば人件費をコントロールしやすい手段でもあります。なぜなら、人の能力が年々上がる前提で給与を上げるのではなく、仕事の役割(ポスト)自体に値札を付けるので。極端な話、同じ仕事をしていれば新入社員でも50代でも給料が変わらないことになりますからね」
「給与の逆転現象」にモヤモヤしてしまう理由
とはいえ、構造的な理由は理解できても、感情的には納得できない人が多いのも人情でしょう。「給与の逆転現象」に対するモヤモヤは、どこから来るのでしょうか。

「報酬に対する納得感は『絶対額』ではなく『相対額(他者との比較)』で決まるという特徴がありますから、初任給の上昇傾向にモヤモヤする既存社員がいるのは分かります。
しかし、ここで冷静になるために必要な視点があります。それは、企業が給与を決めるうえで『社内価値(日々の仕事の貢献度)』と『市場価値(採用市場における希少性)』という2つの異なる物差しがあるということです。既存社員は『社内価値』で、新卒社員は『市場価値』で給与が決まりやすい傾向にあります。
新卒の給与が高いのは、採用市場でニーズの高い存在だからです。新卒社員が既存社員より実力やポテンシャルを評価されているというわけではなく、単に給与を決めるものさしが新卒社員と既存社員で違うだけなのです」
だからこそ、曽和さんは新卒社員も既存社員も「ある種の割り切り」が必要だと説きます。
「新卒の高給は『サインアップボーナス(入場料)』だと割り切ることです。プロ野球のドラフトのように、新人がものすごい契約金をもらって入団しても、年俸自体はそこまで高くないことがありますよね。あの契約金のような『プレミアム価格』が、今の新卒初任給には乗っているのです。
新卒も入社してしまえば既存社員と同じ土俵に立ちます。そこからは既存社員と同じく社内価値で評価されるようになります。社内価値が発揮できなければ評価は下がるし、社内価値を示せば上がっていく。既存社員は新卒の初任給を気にせず着実に成果を積み重ねることが大切ですし、新入社員も変に『優遇されている』と思わず入社後に評価の物差しが変わることを認識する必要があるでしょうね」
給与を上げたければ「上司の仕事を奪う」べき
では、既存社員が給与を上げるために取るべき具体的なアクションは何でしょうか。会社に「新卒初任給が高騰しているから上げてほしい」と交渉するのは得策なのでしょうか。
「それはおすすめできません。その理屈は会社側に通用しません。先ほど言ったように、そもそも給与を決める物差しが違うからです。新卒ではなく、社内で同じグレード(等級)の人と比較することでアピールすべきでしょう。『同じ等級のAさんより、私のほうがこれだけ成果を出していますよね?』というロジックなら説得力があります」
とはいえ、もっと確実に年収を上げる近道は「昇格」することだと曽和さんは言います。
「給与がもっとも上がるタイミングは、定期昇給ではなく『昇格』です。
ただ、勘違いしている人も多いのですが、『役職についたら頑張ります』では一生昇格できません。日本企業の多くは『すでに上のグレードの仕事をしている人』を後追いで昇格させます。まだリーダー職だけど、マネージャーの仕事(育成や予算管理など)を一部担っている、あるいは奪っている。そういう実績があるから、『じゃあ実態に合わせて課長にしよう』となるわけです。上司の仕事を一部担えるくらいの積極性で役割をはみ出していく。これが、昇格への一番の近道です。
もちろん、すべての人がマネージャーを目指す必要はないと思います。近年は『専門職』としてキャリアアップできる企業も多いですからね。そうしたプレーヤーとして給与を上げたいなら、やはり『専門性』を磨くことが近道でしょう。ジョブ型雇用の企業だと、先ほど申し上げた通り『役割』に値札が付くため、希少なスキルを持つ人材には高い給与の役割が得られます。ITエンジニアなら、難易度の高い資格を取得したり、プロジェクトを経験したりすることでそうしたスキルは身に付けられるはずです。給与アップを狙ううえで、昇格だけでなく『専門性を深める』という選択肢もあることも知っておいたほうがいいかもしれません」
「辞める」か「残る」か、迷ったときの判断基準
「そんな面倒なことをするなら、転職して手っ取り早く年収を上げたい」と考える人もいるでしょう。しかし、曽和さんは転職に関しても慎重な見方を示します。
「もちろん転職は年収を上げる有力な選択肢ですが、転職時の年収アップは『サインアップボーナス』である場合も少なくない点に注意すべきです。中途採用は前職の年収を考慮しないと採用しづらいため、一時的に高い年収が提示されるパターンも多いのですが、入社後に実力が伴わなければ数年で頭打ちになるか、下がることさえあります」
特に注意すべきなのは、「社内で昇格直前の人」だと言います。
「会社からの評価に一番納得感が得にくいのは『昇格直前の人』です。なぜならそこが自分の頑張りと評価のズレが一番大きくなるタイミングなので。ここを乗り越えれば昇格してベースの給与が大きく上がるのに、サインアップボーナスにつられて転職してしまうのはもったいないことです。
転職先では、またゼロから信頼を積み上げ、昇格レースをやり直さなければなりません。会社や業界にもよりますが、昇格へ至るまで入社してから数年はかかります。だからこそ、『今の会社で自分がどう期待されているか』を上司に確認し、もし昇格が近いなら今の会社に残ったほうが、結果的に生涯年収アップにつながる場合もあるのです」
一方で、「給与の逆転現象」を目の当たりにし「もう最低限の仕事しかしない」と、いわゆる「静かな退職(編注:会社を辞めるわけではないが、仕事に対して熱心に関与せず、必要最低限の仕事だけを淡々とこなす働き方)」を決め込む人も出てくる可能性はあります。しかし、曽和さんはその選択に強く警鐘を鳴らします。
「それは、人材の流動性が高まっている現代では、キャリアにとって大きなリスクです。
最も恐れるべきは能力開発が止まることです。会社に言われたことだけこなす日々を過ごせば、新しいスキルも経験も身に付きません。定年までしがみつける保証があるならそれもいいのですが、会社が傾いたらどうするのでしょうか? それに、前職で『静かな退職』状態にあった人を好条件で雇う企業は少ないでしょう。将来の転職の選択肢を自ら捨てないためにも、能力開発には努めるべきだと思います」
「お金」を追うか、「やりたいこと」を追うか
曽和さんによると、「給与の逆転現象」は日本企業が市場価値で従業員の給与を決めていく流れを象徴する出来事だといいます。
「離職率や人材の流動性が高く、人々がよく移動していた高度経済成長期のような状況が再来するのではないかと思います。特に、IT業界をはじめとした人材流動性の高い業界ほどこの傾向は強まるでしょうね」
そんな流れを踏まえ、曽和さんは私たちにこう問いかけます。
「これからは、あらゆるビジネスパーソンが『市場価値』を追うか、『やりたいこと』を追うかの選択を迫られます。
市場価値が高い仕事と自分がやりたい仕事は、必ずしも一致しません。市場価値を追って需給バランスの良い業界や職種に身を置くのか、市場価値は二の次でやりたいことを貫いて生きていくのか。
一番危険なのは、中途半端に揺れ動くことです。新卒の初任給に一喜一憂する前に、まずは『自分がどちらの人生を歩みたいのか』を決め、そのために必要なアクションを考える。それが、『給与の逆転現象』に振り回されず、ビジネスシーンでしたたかに生き残るための第一歩となるでしょう」
自分の給与がどのようにして決まっているのか、そして給与を上げるためにどんなロジックが必要なのか、考えるきっかけになったのではないでしょうか。
記事で紹介したノウハウや視点を参考に「自分の現在地」を把握し、働き方を考え直してみる。すると、ビジネスシーンでの「生き残り方」も見えてくるはずです。
給与の逆転現象が起こるロジック、そして自分の給与を上げるためのロジックを理解して、日々の仕事に向き合ってみましょう。マイナビ転職では年収アップが目指せる求人を、数多くご紹介しています。ぜひチェックしてみてください。
【出典】
※マイナビ転職「新入社員の意識調査(2025)」
取材・編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職




