小説家・劇作家/本谷有希子 | やり続けると、やがて認められ自信にもなる

第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる

小説家・劇作家/本谷有希子

「劇団、本谷有希子」を主宰して作・演出を手がけるほか、小説家としても芥川賞や三島由紀夫賞など数々の文学賞を受賞している本谷有希子さん。幼い頃から自意識が高く、特別な人になりたいという欲求も強かったという。
そんな本谷さんが駆け抜けてきた20代、30代、そして40代に突入した今、ずっと中心にあった仕事について、その思いを聞いた。

Profile

もとや・ゆきこ/1979年石川県出身。2000年に「劇団、本谷有希子」を旗揚げ。自著『あなたにオススメの』に収録された小説を元に、自ら作・演出を手がけた舞台「マイ・イベント」が22年6月9日(木)から東京都板橋区のSAiSTUDIOコモネAにて上演予定。

2022年6月9日(木)から東京で、本谷さんは自身の小説を元にした舞台「マイ・イベント」を上演する予定だ。異常なまでに防災意識と「選民思想」の強い夫婦を、俳優の黒田大輔さんと安藤玉恵さんが演じる二人芝居。

「小説として書いている最中からこの物語は舞台にした方がいいかなと思っていました。とは言え、登場人物が10人ほどいてとても2人でやれる内容ではないのですが、不可能を承知の上で、どうすれば舞台という空間に落とし込めるか、二人芝居として成立させられるかというのを考えるのはクリエーティブだなと思い、あえて挑戦してみました」

何者かになりたい――。子どもの頃からそう思っていた。その一心で高校卒業後に上京。特に俳優になりたかったわけではないが、友人たちの影響を受けて演劇学校へ。「でも、入ってすぐに俳優は向いていないと気づきました。ただ、学費を親に払ってもらっていたので通い続けはしましたが」。仕送りは2年間と言われていたので「早く何かを成し遂げなければ」という焦燥感を抱いていた。そんな中で転機となったのが卒業公演で書いた戯曲だ。10分ほどの作品だったが評判が良かった。

小説家・劇作家/本谷有希子

そこから本谷さんの創作活動は始まる。アルバイト先のレストランでは暇な時間を狙ってペーパーナプキンに、家ではワープロを使い、ひたすら文章を書き殴っていた。「決して楽しいからではなく書くことで安心するためです。何者かになりたいと思っているのに何もしないまま寝るのが怖かった。執筆は一人でできるのでちょうど良かったんです」。その際書いた戯曲の一つが後に映画にもなった『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』だ。演劇学校の友人に読んでもらったら面白いと好評で、上演しようということに。その流れで劇団を作ることになる。劇団名はシンプルに「劇団、本谷有希子」とした。「自分の名前で劇団を旗揚げした時点で、ようやく何かがスタートした感覚がありました」

この時21歳。そこからせきを切ったように続々と作品を上演していく。当時は自分の劇団を持つ作・演出家の女性が少なかったこともあり、周囲の反応は冷ややかだった。「公演後のアンケートも酷評ばかり。ただ負けず嫌いというのもあって、いつか見返してやろうと歯を食いしばりました(笑)。抵抗する手段としては作品で示すしかないと思い、気づいたら次々と発表していました」

結果、5年経った頃から否定的だった人たちが次第に寛容になっていったという。「続けていれば周囲は認めてくれるようになるし、それが自信につながると実感しました」

低い評価だとしても別で頑張ればいい

小説家・劇作家/本谷有希子

2000年に「劇団、本谷有希子」を旗揚げし、作・演出を手がけるようになった本谷さんが、小説家としてデビューしたのは02年、23歳の時だ。劇団のホームページのコンテンツが少なかったため、それまで書きためていた「小説らしきもの」を掲載したところ、出版社から声がかかったのがきっかけである。

その後、小説においても才能を発揮し、芥川賞や三島由紀夫賞など数々の文学賞を受賞。「小説に関しては賞をいただけたことが間違いなく自信につながりました」。こうして、演劇と小説の両方に携わることで心地良い精神状態を保つことができている。「演劇は、脚本を書く時は小説と同じ個人作業ですが、演出を行う段階からはチームプレーになります。色々な人が関わるから思い通りにならないことが多い。でもそこが面白い。何よりみんなで何かを成し遂げたという達成感を得られることが魅力です」

一方、小説は己と対峙(たいじ)する時間が長くなるが、それもまた自分には必要だと語る。「ただ小説も、自らコントロールできてしまうとつまらないものになってしまう。だから結末をあらかじめ決めずに小説の『運動性』に任せて書いていく方が、私の場合、がぜん面白いんです」

特に今、時代の大きな変わり目にいると思う。そんな中で感じる違和感を鮮度の高いうちに作品として残したいという。そのために、創作活動で心がけているのはあえて不快さを見せること。「世の中には人の心を打つ感動的な作品がたくさんありますが、私が書きたいものはむしろ逆。極力、感傷的な空気が作品に入らないようにしています。22年6月の公演『マイ・イベント』も、今の時代に漂う不穏な空気感や不快な感情を見せようと意識しました。そういう芝居を観(み)ることで、普段見ないようにしている何かに気づくきっかけにしてもらえればいいなと思って」

20代の頃は「何者かになりたい」と焦っていた。30代もその状態に近かったが、徐々に変化していったと語る。「薄っぺらな人間と思われたくないと意識が働いて、自分の価値が少しでも上がりそうな仕事を選んだこともあったのですが、経験を重ねるうちに、例えばある仕事で私の評価が低かったとしても、別の仕事で頑張ればいいやと思えるようになった。自分の許容範囲が広がり、物事をラフに捉えられるようになった気がします」

また、これからの時代は情報やコンテンツをただ享受するだけの「消費者」ではなく、自ら考え何かを生み出す「生産者」の方に回るのがいいのではないかと思っている。「自分の子どもにもそうなってほしいと願っています」

ヘアメイク:橋本庸子

ヒーローへの3つの質問

小説家・劇作家/本谷有希子

Q 現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?

登山家です。普段、死を全く意識せずに生きているので、死と隣り合わせにある職業には憧れがあります。

Q 人生に影響を与えた本は何ですか?

檀一雄さんの小説『火宅の人』です。30代前半に読んだのですが、人はどういう風に生きてもいいのかもしれないと思わせてくれた本でした。

Q あなたの「勝負●●」は何ですか?

耳栓です。原稿の執筆など集中したい時は無音じゃないと、書けません。

Information

舞台「梅雨の走りの本谷有希子『マイ・イベント』」を上演予定!

本谷有希子さんが3年ぶりの演劇作品を上演! 黒田大輔さんと安藤玉恵さんが出演し、2022年6月9日(木)~28日(火)に東京都板橋区のSAiSTUDIOコモネAにて公演予定だ。本谷さんの著書『あなたにオススメの』(講談社)に収録された小説を元に、本谷さん自身が作・演出。物語は、異常なまでに防災意識と「選民思想」が強い夫婦が住む川沿いのマンションに、巨大台風が接近するところから始まる。過剰に利己的な夫婦だが、どこか笑えないものがあり、人間の裏も表も見せつけられる。原作の小説では複数の人物が登場するが、今回はこれをあえて黒田さんと安藤さんによる二人芝居で上演。「小説からセリフを抜き出し、戯曲にして公演に臨みます。災害という不幸すらもコンテンツとして楽しんでいる、ハタから見れば何とも嫌な夫婦を描いた芝居になると思います。世の中にあまたとある面白くて楽しい作品に嫌気が差している方に、ぜひ観(み)に来てほしいです」と本谷さん。

公式サイト:http://www.motoyayukiko.com/performance/myevent/

転載元:https://tenshoku.mynavi.jp/knowhow/heroes_file/249/

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