演出家/藤田俊太郎 | もがいていたら見えてきた、挑戦したい仕事

第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる

演出家/藤田俊太郎

今、演劇界で引く手あまたの演出家・藤田俊太郎さん。演劇への熱量は師匠である故・蜷川幸雄さん譲り。
今回は「故郷を大事にしたいという思いもあって」と言いながら、同じ秋田県出身で、現在デザイナーとして活躍する森川拓野さんのブランド「TAAKK」のファッションを身にまとい、この取材の場に登場。
藤田さんは半生を振り返り、もがき悩んでつかんだという演出家の仕事について、その思いを語ってくれた。

Profile

ふじた・しゅんたろう/1980年秋田県生まれ。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業。代表作にミュージカル「ジャージー・ボーイズ」、「天保十二年のシェイクスピア」など。PARCO劇場(東京・渋谷)にて2023年4月9日(日)から上演予定の舞台「ラビット・ホール」で演出を担う。

ストレートプレイからミュージカルまで多彩な作品を手掛け、近年、その手腕が高く評価されている演出家の藤田さん。今回は2023年4月9日(日)から上演予定の「PARCO劇場開場50周年記念シリーズ『ラビット・ホール』」を演出する。幼い息子を亡くした夫婦の葛藤と再生を描いた名作で、主演は宮澤エマさんだ。

「今も世界中で上演を続けているこの傑作戯曲が、07年にピュリツァー賞(戯曲部門)を受賞した時から挑戦したいと思っていました。人生の愛(いと)おしさはさりげない日常にこそあると、繊細なセリフから伝わってきます。悲劇でありながら喜劇のような笑いもあり、多くの人の心に響く作品だと思っています」

藤田さんの出身は秋田県。高校時代、人との関わりに悩んで学校を中退した。ただ、「何か表現したい」という気持ちは強く、詩や写真に没頭。「写真で表現して生きていく」と決めて本格的に学ぶため、大検(現・高等学校卒業程度認定試験)を経て東京藝術大学へ。講義で演出家の蜷川幸雄さんを知り、作品をいくつか見た中で、終演後、席から立てなくなるほど感動したのが藤原竜也さん主演の「ハムレット」だった。これだ! と思い、迷わずニナガワ・スタジオの俳優募集に応募。「奇跡的に合格し、翌年には日生劇場で初舞台も経験しました」

演出家/藤田俊太郎

しかし、藤田さんは気づく。自分には才能がない、努力しても俳優にはなれないと。決断は早いほうがいい。「蜷川さんに『俳優をやめて写真の世界へ戻ろうと思う』と伝えると『そうだな』って。その時、蜷川さんが『君の写真は引きすぎるし、俳優としては自我が強すぎる。でも演出家には両方、すなわち俯瞰(ふかん)で見る目と自我が必要なんだよね』と話してくれたんです。それを聞き、自分が生きる場所はここかもしれないとその場で演出助手を志願しました」

それが05年、24歳の時。以降10年間、蜷川さんのそばで働いた。「よく怒鳴られ、大変なことも多かった。でも、蜷川さんがさまざまな人たちと作品を作り上げていく様子を目の当たりにできたことは掛け替えのない経験でした。思い出されるのは楽しかったことばかりです」

藤田さんが初めて演出を手掛けたのは11年に行った自主公演だ。「作・演出だけでなく会場探しからキャスト、スタッフの交渉まですべて自分で。と言いつつも本当にたくさんの人たちに助けられました。40席ほどの会場で9公演、約360人のお客さんに見ていただいたことが素直に誇らしかったです」。人と関わるのが苦手だったのに演劇では平気な自分がいる。演劇の果てしない魅力に触れ、演出家として挑戦していくことを心に誓った。

失敗しても、今は好機ではなかったと前向きに

演出家/藤田俊太郎

「私が演出したいと思うきっかけはさまざまです。戯曲のたった一行のセリフに引かれることもあれば、ミュージカルならわずか一小節に運命を感じることもある。もちろん、声を掛けてくださるプロデューサーやスタッフとのご縁でお受けする作品も多くあります」

そう語るのは、演劇界で今最も熱い演出家の一人、藤田さんだ。これまでにミュージカル「ジャージー・ボーイズ」「NINE」、音楽劇「天保十二年のシェイクスピア」、朗読劇「ラヴ・レターズ」など多様な作品を手掛けてきた。19年にはミュージカル「VIOLET」のロンドン公演で海外初演出も経験。そして今年(23年)は、間もなく開幕予定の舞台「ラビット・ホール」をはじめ続々と取り組む作品が控えている。

大きな飛躍につながったのは、14年に上演されたミュージカル「ザ・ビューティフル・ゲーム」だという。「33歳の時で、これがメジャーデビュー作となります。ほぼ自主公演でしか実績がなかった私に、あるプロデューサーが声を掛けてくださった。これが最後のチャンスと思って臨んだら、お客さんがとても熱く迎えてくださり、その後の仕事をいただけるようになりました。この作品との出会いがなかったら今の自分はないと思っています」

演出家としてはどの作品でも、稽古場で想像力を駆使し、自分なりに芯を一本通しつつも、キャストやスタッフと対話して意見を採り入れることを心掛けている。「当たり前のことですが、俳優の皆さんは主体的にその場にいるわけですから、言葉に責任を持って役に対して自由にアプローチできるよう、その環境を用意する。それも私の大切な役割だと捉えています」

演出家という仕事の魅力は、言葉や想像力という名のもとでさまざまな人たちが出会い、それぞれの価値観を共有できることだと語る。そして「同じ公演でも、日によって違う喜びを感じられるのもいいですね」と。

藤田さんは想像する。例えば今回の舞台「ラビット・ホール」のあるシーンが、観劇した人の人生の一コマとしてずっと残るかもしれないし、キャストのあるセリフが一人の人の心に染みわたるかもしれない。「それが演出家としての喜びです。新たな作品をまた生み出したいと思う原動力になっています」

まだまだ失敗することもあるそうだが、その度に演出家の師匠である故・蜷川幸雄さんの「人生にチャンスは3回ある」という言葉を思い出す。「失敗したら、今は好機ではなかったんだと前向きに考えます。今日をちゃんと生きていれば、また違うチャンスに巡り会える。師匠がそう教えてくれました」

ヒーローへの3つの質問

演出家/藤田俊太郎

Q 現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?

10代の頃、ものづくりをしたいという漠然とした将来像はありましたが、何をしたらいいのかは分からなかった。まずは身近だった写真を撮ること・文章を書くことから始めました。いいカメラを買いたくて地元秋田にあったヴィレッジヴァンガード(本や雑貨の店)でアルバイトをしてお金をためました。そのバイトの日々がとても充実していて、きっと今もそこで店員をしていたと思います。

Q 人生に影響を与えた本は何ですか?

夏目漱石の『こころ』です。引きこもっていた10代後半に読みました。自分が他者とどうつながりたいのかを考え、人生の大切なことを教わりました。

Q あなたの「勝負●●」は何ですか?

TAAKK(ターク)というファッションブランドの洋服です。勝負する場面では必ずこのブランドの服を着ます。TAAKKのデザイナーは10代の頃からの友人、同郷の森川拓野君です。故郷の仲間の頑張りに、勇気と元気をもらっています。そして何より、シーズンのコレクションごとに成長し続けるセンスが最高だと思います。

Information

舞台「ラビット・ホール」を演出!

「PARCO劇場開場50周年記念シリーズ『ラビット・ホール』」が2023年4月9日(日)~25日(火)に東京・渋谷のPARCO劇場で上演予定。4歳の一人息子を亡くした若い夫婦ベッカとハウイー。傷ついた心が再生に至るまでの道筋を、家族間の日常的な会話を通して繊細に描いた傑作として知られる舞台作品だ。10年にはニコール・キッドマン製作・主演で映画化され、多くの映画賞にも輝いている。この珠玉の物語を今回は藤田俊太郎さんが演出し、宮澤エマさんをはじめとする屈指の俳優陣が演じる。「ラビット・ホール、つまりウサギの巣穴というタイトルも寓話(ぐうわ)性があって魅惑的なんです。その一方で、話の内容はどこにでもあるような日常の喪失を描いているというアンバランスな感じにも引かれました。翻訳劇ですが、とにかく言葉、セリフが素晴らしいので、ぜひ素敵な日本語を感じとっていただければと思います。なお、同じ上演期間中に、時間を変えて同じ劇場で私が演出する朗読劇『ラヴ・レターズ』も上演していますので、日にちが合えばこちらもぜひ!」

作:デヴィッド・リンゼイ=アベアー
翻訳:小田島創志
演出:藤田俊太郎
出演:宮澤エマ、成河、土井ケイト、阿部顕嵐・山﨑光(ダブルキャスト)、シルビア・グラブ
※秋田、福岡、大阪公演も予定。
公式サイト:https://stage.parco.jp/program/rabbithole/

転載元:https://tenshoku.mynavi.jp/knowhow/heroes_file/264/