【CASE05】エンジニア(ソフトウェア系) × 小型衛星用推進機の開発

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「宇宙の仕事」と聞くと、一部の専門家たちだけを対象とした”特別な仕事”と思ってしまいがちですが、実態はその真逆。特別な経験や知識がなくとも携われる仕事がたくさんある業界なのです。

そんな宇宙産業のさまざまな仕事を紹介する『宇宙の仕事辞典』の第5回。小型衛星用推進機の開発にかかわるソフトウェアエンジニアの仕事について、Pale BlueのNeil Tennysonさんにお話を伺いました。

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Pale Blue/Neil Tennysonさん


【イントロダクション】Pale Blueのビジネスとは?

近年、通信や観測、各種の実験などのさまざまな目的で、さかんに人工衛星が打ち上げられています。その多くは高度500km~2000kmの低軌道に投入される超小型~小型サイズのもので、計画段階のものも含めると数万機にも上ると言われています。ただ、そうした小型人工衛星のうち、姿勢制御などを行うための推進機(スラスター)を搭載しているものはごくわずかだということはご存じでしょうか。

搭載スペースや重量などの物理的な制約や、開発コストの削減など、推進器が搭載されない理由はいくつかありますが、人工衛星は推進機がなければ姿勢制御や軌道変更ができません。つまり、投入時の軌道から少しずつずれながら周回するしかなくなるため、役割を終えた後には“スペース・デブリ(宇宙ゴミ)”と化してしまう可能性が高まります。

推進機があれば、デブリ化させることなく大気圏で燃やしてしまうこともできますし、今後増えていくと言われている“ライドシェアミッション(複数の人工衛星を1台のロケットで打ち上げる仕組み)”においても、細かな軌道修正が行えるため、安定した軌道投入が期待できます。

それゆえ、小型人工衛星への推進機搭載は、今後の宇宙活用における重要テーマといっても過言ではなく、そんな状況にブレイクスルーを起こす存在として注目を集めているのが、2020年に設立されたPale Blue。「水」を推進剤として用いた小型人工衛星用の推進機の開発に取り組んでいる、東京大学発のスタートアップ企業です。

これまでにも小型人工衛星用の推進機はありましたが、推進剤となる物質が希少なものだったり、毒性の強いものだったりして、安全性・コスト・持続可能性という面で多くの問題を抱えていました。一方、Pale Blueの開発している推進機は、無害で入手も容易な「水」を推進剤とすることで、安全性と優れたコストパフォーマンス、高い持続可能性の全てをクリア。宇宙開発の進展に欠かせない技術を持つ企業として、今後さらにクローズアップされていくでしょう。

どんな仕事なのか教えてください

当社が開発している小型人工衛星用の推進機はいくつかの種類がありますが、いずれもユニットは機構部分と制御回路から構成されており、私の仕事は、その制御回路に搭載する組み込みソフトウェアの開発です。

ソフトウェアの設計・開発チームは、複数の開発プロジェクトを同時並行で走らせているため、チーム内でプロジェクトに参加するメンバーを調整しながら、企画・設計・実装・テストまでを一貫して行っています。

プログラミングにはC言語を使っています。温度センサーや圧力センサーなど、複数のセンサー類から得られるリアルタイムデータに基づいて、推進器の動作を細かく制御しなくてはならないことに加え、制御回路に組み込めるコンパクトなプログラムにする必要があるためです。

なお、プロジェクトを進めていく上で、ハードウェアや推進システムの設計・開発を担当している別チームとの連携は欠かせませんが、デスクがすぐ隣なのでコミュニケーションはスムーズ。仕事しやすい環境だと感じています。

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この仕事のやりがい・面白さは

何と言っても、自分が作ったプログラムが宇宙で使われ、役に立つというのが一番のやりがいです。しかも、人工衛星が役目を終えるまで数年から十数年にもわたって使われることになります。一般的なソフトウェアのライフサイクルと比べるとかなり長く、自分が開発したプログラムがそれだけ長期間使われ続けるというのは大きな魅力です。私は入社してからまだ日が浅いので、自分の書いたコードを宇宙に送り出せてはいませんが、今からその瞬間を想像してワクワクしています。

さらに、少人数の組織で、一人ひとりの担当範囲が広いという点もやりがいにつながっています。部分的な作業でなく、全体を俯瞰的に見ながら開発に取り組めるわけですから。

また、一般的なソフトウェア開発と異なり、「理論と実践の融合」を確認できるのも面白いところです。テスト工程ではハードウェアにプログラムを組み込み、実際の宇宙空間に近い環境でテストを行うことになります。真空チャンバーや恒温槽などの専門的な機材を使って複数のテストにかけ、その結果を踏まえてプログラムを修正、そしてまたテストして――この試行錯誤を繰り返すプロセスこそ、モノづくりの醍醐味だと感じています。

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この仕事の難しさ・大変な部分は

人工衛星を宇宙に送り出してしまうと、搭載したプログラムは修正できません。開発フェーズで万全を期すことが求められます。アウトプットの精度を上げようと思えば、ソフトウェア開発以外の分野も勉強しておかなければなりません。

私の場合、今のところ設計と実装に専念しているため、一般的なソフトウェア開発の知見だけで対処できていますが、今後キャリアを重ねていけば、要件定義そのものを手掛ける機会が増えてきます。そのためには、人工衛星の動作を理解すると同時に、物理法則なども頭に入れておく必要があるでしょう。少なくとも専門用語は押さえておかないと、推進システムを担当しているエンジニアに質問することさえ難しくなります。また、人工衛星に関する知識がまったくないと、お客様との打ち合わせにも支障をきたすので、基礎的なことは勉強しておく必要があります。

ただ、こうした知識は周囲のメンバーから教わることができますし、徐々にキャッチアップしていけば大丈夫です。私も現在進行形で勉強しているところですので、宇宙や物理を専門的に勉強したことがないからと言って、過度に恐れることはありません。

この仕事で求められる資質や、活かせる経験・スキル

組み込みソフトウェア開発に関する知見は無いと困りますが、その分野は何でも構わないと思います。当社の先輩たちも、自動車関連の制御系ソフトウェアを開発していた人、さまざまな機械メーカーを渡り歩いてソフトウェアを開発してきた人など、多彩な経歴の持ち主が揃っています。

私自身もそうでしたが、パーツ屋さんで8ビットマイコンや16ビットマイコンを買ってきて、ワンボードマイコンを作り、自分でプログラミングを書いて楽しんでいるような人には向いている仕事ではないでしょうか。

ちなみに、社内には「宇宙に興味のある人」が多いのですが、そうでない人もいます。「宇宙には特別な興味はないが、面白そうな開発ができそう」という視点でこの仕事を志したっていいと思います。もちろん、宇宙に興味を持っている人なら、より一層楽しめる仕事であることは言うまでもありません。

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【これから宇宙ビジネスにジョインする方へ】

●私が宇宙を仕事にした理由
私は米国カリフォルニア州の出身。2010年に留学生として来日し、そのまま日本で就職しました。旅行代理店の情報システム部門を経て、外資系の大手EC企業に転職。データセンターのサポート担当として、マシンルームの管理やサーバの修理などの業務に携わっていました。ある時、業務に使うためにマイコンを使った専用機器を自作することになり、それをキッカケに組み込みプログラミングの面白さを知りました。

その会社の環境には何の不満もなかったのですが、自分が30歳となり人生の節目を迎えたことで、「この先は本当にやりたい仕事をやろう」と考えるようになりました。そこで出した答えが、幼少期に映画を見て憧れるようになった「宇宙」と、自分がやりがいを感じている「組み込みプログラミング」を掛け合わせた仕事を探そう、というものでした。そうしてたどり着いたのが、Pale Blueというわけです。

●読者へのメッセージ
私も最初は「宇宙に関わる仕事は特別な知識やスキルが必要になるから、専門外の自分には難しいだろう」と考えていました。でも、Pale Blueと出会い、そうではないことを知りました。もしあなたが「宇宙への憧れ」を心のどこかにしまい込んでいるなら、それを掘り起こしてみませんか。チャンスはいたるところに転がっているので、宇宙の仕事を諦めることはありません。多くのワクワクや感動に出会える仕事だと思いますので、皆さんもぜひチャレンジしてみてください。