住む場所が自分の幅を広げる。都心派だった内沼晋太郎さんが長野移住を経て思うキャリアのつくり方 #地方で働く

内沼晋太郎さん。1980年生まれ。NUMABOOKS代表、ブック・コーディネーター。新刊書店「本屋B&B」共同経営者、株式会社バリューブックス社外取締役、「八戸ブックセンター」ディレクター、「日記屋 月日」店主として、本にかかわるさまざまな仕事に従事。また、下北沢のまちづくり会社である株式会社散歩社の取締役もつとめる。著書に『これからの本屋読本』(NHK出版)などがある。現在、東京・下北沢と長野・上田の二拠点生活。

<プロフィール>
内沼晋太郎。1980年生まれ。NUMABOOKS代表、ブック・コーディネーター。新刊書店「本屋B&B」共同経営者、株式会社バリューブックス社外取締役、「八戸ブックセンター」ディレクター、「日記屋 月日」店主として、本にかかわるさまざまな仕事に従事。また、下北沢のまちづくり会社である株式会社散歩社の取締役もつとめる。著書に『これからの本屋読本』(NHK出版)などがある。現在、東京・下北沢と長野・上田の二拠点生活。


昨今、地方移住や二拠点生活への関心は高まっており、リモートワークの普及は、その流れに拍車をかけています。ただ一方で、「キャリアが分断するのではないか」「業界の流れについていけなくなるのでは」といった仕事面の不安から、二の足を踏んでいる人も少なくないと思います。

ブック・コーディネーターの内沼晋太郎さんは、これまで下北沢や西麻布など意識的に“東京の中心”に住んできました。しかし、2019年10月に長野県上田市に移住。現在は東京での仕事もこなしながら、日々の生活を長野で送っています。

なぜ、都心派だった内沼さんは、この決断に踏み切ったのでしょうか。住む場所に対する考え方の変化を軸に、キャリアに対する考えや、手軽にできる自分を変える方法としての引っ越し論、地方の人たちとつながる方法など伺いました。

移住後、「晴天」がメンタルに与える影響を実感

――まず最初に、長野への移住のきっかけを教えてください。

内沼:引っ越しの3〜4年前から、上田に本社がある「バリューブックス」の社外取締役をしていて、月に1〜2回ほど東京から通っていたんです。ほかの取締役からは「いっそ、こっちに引っ越してきたらどうですか?」と冗談半分で言われたりもしていたのですが、最初はあまり現実的ではないかなと思っていました。

ただ、だんだんバリューブックスの仕事にもっとコミットしたいという気持ちが大きくなりました。それに、家の近くの保育園に子どもを預けられなかったり、家族で出かける場所が限られていたり、東京での子育てに限界を感じた時期が重なった結果、本気で引っ越しを考えるようになりました。

本屋「バリューブックスラボ」の写真
バリューブックスが運営している本屋「バリューブックスラボ」

――移住にあたり、何かネックはありましたか?

内沼:上田に移る前に、下北沢から少し離れた狛江(※北多摩エリアの一つ。狛江は神奈川県との境に位置する)に1年ほど住んでいたのですが、その間に仕事面の問題がほとんど起きなかったので、特にネックに感じることはなかったです。共同経営している下北沢のB&Bは、何年も前から僕が毎日お店に顔を出さなくても成り立つようになっていたし、当時からZOOMなどのツールはありましたから、取引先やスタッフに協力してもらえれば打ち合わせもオンラインで済む

今は週2~3日は東京、あとは特に出張などがなければ、残りは長野というような形で生活しています。東京には車で3時間ほどかけて通っていて、最初は大変な部分もあったんですが、最近はPodcastやラジオを聞きながら心を休めるリフレッシュの時間になっています。オンライン会議が一般化したことにより、会議と会議の間の隙間時間みたいなものが失われたと思うのですが、僕の場合は移動がうまい具合に休憩になっていると思います。

――確かに今は次から次へと会議を入れることができるようになってしまいましたからね。移住にあたっては、上田の環境自体も気に入ったわけですよね。

内沼:もちろん。自然も近いし、気候もいい。上田って、晴天率がすごく高いんですよ。引っ越す前から知っていましたけど、実際に住み始めてから「いつも晴れている」ことが、どれだけ日々の生活やメンタルにいい影響を与えるかということを実感しました。今はもう、天気がいいところにしか住みたくないです。

加えて、上田は利便性も高いし、さまざまな文化にも触れやすい環境なんです。新幹線に乗れば、東京駅まで1時間半くらいでアクセスできるし、家族と車で出かける場所も軽井沢や松本、善光寺近辺などは1時間圏内ですし、少し足を伸ばせば諏訪、蓼科、小布施など豊富です。それに、上田は駅から徒歩圏内にいい商店街もある。地方の新幹線の駅って何もなくて閑散としているところも多いんですけど、上田はもともと城下町なので、駅前からずっと商店が続いているんです。

上田駅前の海野町商店街の風景写真
上田駅前の海野町商店街の様子。手前に写る「犀の角」は劇場/ゲストハウスを有する文化施設

――お店も文化的なスポットも十分に揃っていると。

内沼:はい。映画館も、TOHOシネマズもあればミニシアターの上田映劇もあるので、そこそこ多くの作品がカバーできます。本屋も洋服屋も、有名なワインバーもカフェもある。面白い個人店もたくさんあります。東京から地方に移住する際、そういった文化的なものに触れづらくなるのが不安という人は多いと思いますが、上田はその中ではかなり恵まれているほうというか、そうした店に触れる機会に飢えるようなことは意外にないと思いますね。

上田映劇の風景写真
100年の歴史を誇る老舗劇場「上田映劇」も駅徒歩圏内に位置する

住む場所を変えると自分の幅が広がる

――先ほど狛江の話が出ましたが、それ以前は東京のどのあたりに住んでいましたか?

内沼:下北沢が長くて、その前も中目黒や西麻布や恵比寿など都心部に住んでいることが多かったです。著書『本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本』にも書いたことですが、繁華街に出やすい場所に住んでいると新しい人や情報との出会いの数が多いんですよね。

振り返ると、20代・30代の頃は1年や2年単位で引っ越しを繰り返していました。街を変えると行く店が変わり、出会う人やコミュニティも変わる。すると、自分自身の幅も広がっていく。そんな感覚がありました。

下北沢B&Bの内観写真
内沼さんが共同経営する書店・下北沢B&Bの店内

――それを狙って、意識的に環境を変えていたのでしょうか?

内沼:意識的にやっていましたね。とくに若いうちは、引っ越しで得られる価値が思いのほか高いと思うんですよ。物件の更新とか待たずに、貯金ができたら動いてみる。それも、タイプが全然違う街に引っ越してみる。同じ都心でも西麻布と下北沢ではまた雰囲気が全然違いますから。そして、新しい街の近所にある、個人がやっているバーや居酒屋に、一人で飲みに行く。

そこで、違う世代の友達ができたり、普段はまったく出会わない人と話せたことは、自分にとってすごくいい経験になりました。

――確かに、一度くらいは西麻布の住人たちの世界を覗いてみたい気がします。

内沼:その時が一番、怪しい人たちと飲んでいましたね(笑)。近所のバーに行くと、芸能人やIT社長みたいな人たちもたくさん見かけました。自分には馴染まない世界でしたけど、体感しておきたかったんです。夜な夜な六本木や西麻布に繰り出しているって噂では聞くけど、実際にはあまり見たことがないじゃないですか。

けっきょく西麻布には1年しか住まなかったけど、イメージでしかなかった“派手な都心の生活”みたいなものを実在するサイズのものとして感じました。感じたうえで、明確に「自分には必要ない」と思えた。その経験がなかったら、心のどこかにある種の憧れみたいな気持ちがほんのり残ってしまっていたかもしれませんが、それがないぶん未練なく都心を離れることができた部分はあると思います。

――なるほど。そういう意味では、同じ都内であれ、後悔しないよう思う存分気になるところに住んでみるのが大切ですね。

内沼:そう思います。そもそもフットワーク軽くいられる時期って、人生においては必ずしも、そうたくさんはないですからね。シンプルですけど、住む場所を変えるのはすごく簡単に自分のものの感じ方の幅を広げる手段だと思うので、もしその土地に留まる積極的な理由がないのであれば、若いうちにたくさん引っ越すことを個人的にはおすすめしています。

地方だからこその”深い出会い”もあり、豊かな仕事につながることも

――東京での出会いについて伺いましたが、一方で地方の場合は、どうしても出会いや仕事の数が少ないようにも思いますが、いかがですか。

内沼:僕の場合は、もともとバリューブックスというつながりがあったから、派生してさまざまな出会いに恵まれましたが、たしかにそういう面はあるかもしれません。ただ、これはまだ東京に住んでいた頃によく感じていたのですが、出会いの数がある意味で限られているからこそ、深い出会いにつながることもあると思うんです。

――どういうことですか?

内沼:僕もたまに地方のイベントに呼んでもらうことがあるんですけど、その時に招いてくださったのが定期的にそうしたイベントを開催されている方だと、けっこう著名な方々と密接なつながりを持たれていたりする。

それって、東京と地方で同じ方を招いてイベントを開催したとしても、東京では「また会えるから」とその場限りの出会いになってしまうものが、地方では「せっかくだから」と終わったあと一緒に飲みに行ったりして、一つひとつが深い出会いになっているということだと思うんです。

長野県上田市の風景写真
自宅の周りには自然いっぱいの光景が広がっている

――東京では出会いの数が多いぶん埋もれてしまうけど、地方ではそうではないと。

内沼:はい。もちろん、職種やポジションにもよると思うので一概には言えませんが、そのように人を招いて一緒になにかやるような仕事をされている場合、地方で迎える側には東京とはまた違う面白さがあると思います。

あとは当然、都心部である程度仕事の実績を積んでいれば、単純にオンライン会議が普及したことで、住む場所はより自由に選べるようになりつつありますよね。いま実際に僕も、一度もリアルでお会いしたことがないまま進んでいるプロジェクトもあったりしますが、みんなそうした関係性に慣れてきているので特に問題は感じていません。

ただ、そのように東京の仕事を遠隔でやるのではなく、あくまでその地方での仕事を生活の中心に考えているのであれば、引っ越しを決める前にあらかじめ何かしらのつながりはつくったうえで実行するのがいいと思います。

――ただ、普通の会社員だと、ゼロからつながりを作るのはハードルが高そうです。

内沼:そもそもどこを選んだらいいかも分からないですよね。けれど、きっかけはいくらでもあると思いますよ。今、あらゆる分野において、活躍している人が地方に住んでいることは珍しくないと思うんですけど、例えば自分がいいなと思う人が現地で登壇するイベントや、やっている活動に参加してみるとか。

東京からいきなり参加したら目立ちますし、そこまで熱意を持った人を無下にすることは少ないと思うので、話を聞いてもらえたり、場合によっては直接仕事につながったりするきっかけになるかもしれません。もちろん、うまくマッチングしないこともあると思いますが、まず「人」を起点に場所を探してみるのはいいと思います。

――なるほど。長野で暮らすようになってから、東京に対しては見方に変化はありましたか?

内沼:ありましたね。そもそも、遠くから東京を見ることも引っ越しの目的の一つでした。昨年から、下北沢の「BONUS TRACK」というエリアの運営に携わっているんですけど、そこは小田急電鉄から20年契約で場所を借りているんです。つまり、僕は最低でも今後20年間は、下北沢に関わり続けることが決定している。だからこそ離れるべきと思いました。ずっと下北沢にいて東京のことを考えていたら、中毒みたいになっちゃう気がしたんですよね。近すぎて魅力が分からなくなるというか。

BONUS TRACKは地域の人に愛される場所であると同時に、東京らしい面白い場所として、日本中、世界中から人が来る場所であることを目指したいと思っています。だったら、遠くに住んでいるけどこの場所を知って、数時間かけて来る人の感覚や気持ちも分かっておきたい。実際に住まいを移してみて、一つひとつは小さいことなんですけど、電車や車というもののあり方の違いだったり、駅ごとに個性が異なることの楽しさだったり、自分の中の東京像が確実に変化しています。

下北沢BONUS TRACKの外観写真
2020年春に誕生した新しい“まち”。飲食店などの他、コワーキングスペースやシェアキッチンなども併設されている

まずは“離れられる限界”まで引っ越してみる

――今後、さらに東京から離れた場所に引っ越す可能性もありますか?

内沼:実は今年、県内でもう少し中心部から離れた御代田町に引っ越す予定なんです。軽井沢と佐久とに挟まれた、人口一万五千人の町です。きっかけは子供の学校の関係なんですけど、東京にも往来しやすい距離で、環境がよく土地も安いから、このあたりでで何かを始めようとしている人たちも多いんです。僕と同じ30代~40代で子供を持つ親世代の、面白い人たちが続々と集まっている。

その後のことは分かりませんが、今のところ当面は御代田にいると思っています。今、ここで出会った人たちと、子どもと大人の居場所づくりを軸として、自然や地域に関わっていくための法人を作ろうとしています。これまで頻繁に引っ越しを繰り返してきたぶん、しばらくは腰を落ち着けて、今度は自分が人を迎える立場になるのもいいのかなと。

長野県御代田町の風景写真
引っ越し予定の御代田町で息子さんと過ごす様子

――内沼さんのように、移住あるいは二拠点居住に関心を抱く人は多いと思います。ただ、実行に移すのは簡単ではありません。一歩踏み出すためのアドバイスがあれば、ぜひお伺いしたいです。

内沼:2つあります。まずは、“自分がここまでは離れられると思える限界”まで、いったん引っ越してみること。先ほど言った通り、僕も長野に来る前、下北沢から東京の狛江市に引っ越しているんです。自分のなかでは大きな決断で、“東京の中心”から離れてしまう寂しさや不安もありました。でも、実際に暮らしてみたら、それほど問題なくやっていけたんですよ。これならもうちょっと離れても大丈夫だなと実感できて、上田にも行けると思えた。

――まずは変化に慣れる。そして、それを少しずつ拡大していく、と。

内沼:そうですね。僕からしたら、狛江の延長に上田が、上田の延長に御代田があっただけ。だから「移住」というほど大げさなものではなくて、あくまで引っ越しという感覚なんです。

もう一つは、とりあえず一カ月くらい“お試し”で暮らしてみること。今はAirbnbなどのサービスも充実しているから、わりと気軽に試してみることができます。数日とか一週間とかでは分からないと思うので、最低一カ月。そこで「意外と仕事も問題なく回せるな」と思うかもしれないし、逆に大変なことにも気付けるはずです。定期的に東京に通うことがどれくらい大変なのかとか、これまで仲良くしていた人とどれくらい距離ができてしまうのかとか、すべて感覚的につかめますからね。

――実感することが大事なんですね。

内沼:はい。考えて分かるようなことではないので。考えすぎて、やってみてもいないのにけっきょく実行に移さないとなると、それは本当にもったいない。

最近、コロナ後の世界について話題になることが多いですが、もちろんオフラインでしか感じられないことはあるものの、いちどオンラインで十分と感じたコミュニケーションが完全にオフラインに逆戻りするといったことは起こらないでしょうし、逆に今はいくらでも「今後の打ち合わせはZOOMで」「リモートワークで」と切り出せる時期でもあるので、少しでも移住に関心があるなら明日から、いや、1秒後からまずできる検討を始めたほうがいいですね。試してみて仮に違うと思ったら、戻ることだってできるわけですから。

もちろんお金もかかるし、そうはいっても一大決心になる。ただ繰り返しになりますが、暮らす環境って本当に大事だと思うんですよ。プラスなことだけじゃなくマイナスも含めて学びがあるし、自分に大きな変化をもたらすことができる。引っ越すだけであらゆる環境が勝手に変わるわけですから。そう考えると、手軽でコストパフォーマンスのいい投資といえるかもしれませんね。

取材・文:榎並紀行(やじろべえ)