自分だけの「価値観を計る定規」を持って。サイバーエージェント社員からマンガ家に転身した矢島光さんの「仕事のやりがい」

サイバーエージェントの就業経験がある漫画家の矢島光さん

「仕事のやりがいとは?」社会人であればきっと誰もが、特にまだ模索の時期である新卒数年目の頃はこのような悩みにぶつかることが多いかもしれません。

今回は漫画家の矢島光さんにインタビューを実施。矢島さんは大学時代に漫画家としてデビューし、大学卒業後は広告代理店のサイバーエージェントに入社しました。現在はサイバーエージェントを退職し、専業漫画家になっています。

漫画家と会社員の二足のわらじを履いていたものの、専業の漫画家となる選択をした矢島さん。漫画家としての活動に情熱を注ぐ矢島さんの仕事のやりがいを伺いました。

PROFILE

矢島光"

矢島光
サイバーエージェントでの就業経験を持つ漫画家。代表作はIT企業での恋愛模様を描く『彼女のいる彼氏』(新潮社)、アパレル会社での服飾作りを描く『光のメゾン』(講談社)など。 Twitter:@hikarujoe

もっといい漫画家になりたいのに、反響が思うように得られないことも

ーー矢島さんは大学卒業後に、サイバーエージェントでの業務と漫画家としての活動を並行して行っていたと伺っています。その経緯について教えていただけますでしょうか。

大学在学中に漫画の賞をいただいていて、そのまま漫画家になる道もあったのですが、安定のために企業に就職しました。ただ小さいころからの夢である漫画家も捨てきれない。そこで漫画家としての活動と、会社勤めを並行して行っていたんです。


会社員と漫画家をしていた時の矢島さん
会社員と漫画家をしていた時の矢島さん
仕事終わりや出勤前に漫画を描いていたので、睡眠時間を削ることもたびたびでした。漫画を描くために有給を取ったりもしていましたね。あの時は本当に大変でした。

ーー日々働いていると、ふと「このままでいいのだろうか」と不安になり、日々向き合っている仕事のやりがいやモチベーションの維持が難しくなった経験を持つ人は多そうに思います。矢島さんは仕事の何にやりがいを感じますか?

現在は漫画一本で食べることができています。会社員と漫画家を並行していた時から考えると、「夢が叶った」という状況ではありますよね。そして、夢が叶った後に仕事を続けるモチベーションは「よりよい漫画家になる」になってくると思うんです。

そういう思いを抱えているなかで辛いのは、読者からの反応が良くない時ですね。私もいくつかの漫画を描いてきましたが、なかには思うような反響が得られないものもありました。それを気にしていると、だんだん「矢島、売れてないな」みたいな自分の内なる声が聞こえてくる(笑)。

編集者が教えてくれた「自分が納得する形」

ーーその時どのようにしてその状況を打破しましたか? 当時のアクションを教えてください。

担当の編集さんからの一言がきっかけで作品作りに対する見方が変わりました。読者からの反応が思うように得られなくて、長く連載を続けられないことが決まった時、「矢島さんがしっかり納得する形で終わらせて、矢島さんのなかで『こういう作品が作れた』という存在意義を残していこう」と言ってもらえたんです。この言葉にとても救われました。

作品の連載が続くうえで、読者からの反応はとても重要ですし、常に念頭に置いておくべきものではあります。しかし、それをすべてだと思い、判断の基準としてしまうのは危険だと気づきました。

他人からの評価とは別に、自分だけの「価値観を計る定規」を作ることって誰にとっても大切ではないでしょうか。

なぜなら、自分だけの定規を磨く楽しさを味わうことこそが、幸福なモチベーションの持ち方だと思うからです。お金や名誉といった、外側からの承認を目指す、定量的な比較のなかにモチベーションを見出すと、人は終わりのないデスゲームにハマりがちです。「そこに幸せはなさそう」というのは想像に難くないのではないでしょうか。

自分だけの価値観の定規は、磨けば磨くほど人生は豊かになると考えています。例えば、自分の経験にその定規をあててみると、ある時点ではうまくいかなかったことも「自分の未来のための材料」として多様な解釈ができるようになるはずです。

「この作品は大きい売り上げにはつながらなかったけど、次は面白い展開ができそう」と考えられたり、「あの時期に挑戦をしていたことは、次作で新しい試みをする土壌になった」といったように。

自分だけの定規を作るようになった矢島光さん

無理をしない時が結果的に遠くに行ける

ーーそのアクションによりご自身にどのような変化があったでしょうか。

思い返せば、私は「睡眠時間を削る」や「体が悲鳴を上げている」といったことで自分ががんばっていることを確認していたと思います。それはできるだけしないようになりました。

というのも、「睡眠時間をきちんととっていると作業に深く集中できたり、粘り強く思考できるっぽいぞ」といまさらながら気がついたんです。これらは、量をこなす時にはそれほど必要とされないのですが、質を求められる時にはなくてはならないものだと思うんです。

サイバーエージェント時代の自分にいま会えるとしたら、「計画的に仕事をしてもっと睡眠時間をとったほうがいい」と言いたいです(笑)。例えば、量より質が求められるプロットを作る時はもっと良く寝ておいて、一定量を素早く描く必要のある作画の時はちょっとがんばろう、みたいなマネジメントをしてあげたいですね。

仕事って「長距離走」と「短距離走」の側面があると思います。その二つがうまく入り合い、それぞれ自分のなかで成立している状態を作れれば、長期的な意味での無理をする必要が少なくなりますよね。結果的に遠くに行けるんじゃないかなと。

迷ったら、信頼できる人と対話をしてみる

ーー同じように仕事へのやりがいやモチベーション維持に悩む社会人に向けて、最後にメッセージをお願いします。

新型コロナウイルスの影響で、みなさん外出や人に会う機会が減っていますよね。寂しいことではありますが、自分自身と向き合う時間が増えることでもあると思うんです。

自分が好きだった作品を読み返してみたり、これからの計画を見直してみたり、自分がどんなことを考えてきたのかを振り返ったりする時間が、格段にとりやすくなった人がそれなりにいるのではないでしょうか。

その時に考えたことを少しずつ、信頼できる友達や仲間にリモートやメッセージや手紙などで伝えてみてください。

実際に友達に会うと、その場での声の大きさによって存在感を調整したり、うまいこといったりするような、刹那的・享楽的な会話の作法を重要視することってありますよね。

でも、コミュニケーションの手段を変えれば、対面よりもゆっくりとした時間軸のなかに身を置けるかもしれません。そこでは、じっくりとトピックを深掘りするようなやりとりができる可能性がいくらかは増える気がします。それができれば、以前の私のように重荷を一人で抱えている状態にはならなくて済むのかなと。

ちょっと悩みをメッセージをしてみたら、真摯な回答をくれる友達がきっと何人かいるはず。そうしたところから少しずつ始まる会話のなかに、自身の定規の磨きどころ、つまりモチベーション維持のヒントが、たくさん隠れていると思います。

プロフィール写真撮影:早川大貴

仕事のやりがい、に悩んだら