「指示されてからすぐ取りかかったのに、期限ギリギリになってしまった」
「仕事量が多すぎて、どこから取りかかればいいか分からない」
こんなエピソードに心当たりはありませんか?
限られた時間の中で、時には突発的な出来事に対応しながらも、多種多様かつ大量の業務を進めていかなければならないビジネスの現場。そんな状況下で、どうすれば効率的かつ的確に業務を推進できるのでしょうか。
「大事なのは、“短くやる”ことです」。そう話すのは、戦略コンサルタント/データサイエンティストとして、さまざまなプロジェクトに携わる山本大平さんです。「短くやる」ということは、すなわち「あらかじめ最短ルートを探したうえで作業に取りかかる」ということなのだそう。
山本さんのお話は、日々膨大な量の仕事に立ち向かう私たちに、勇気と気づきを与えてくれそうです。
※この記事の一部は「ながら聞き」でもご紹介しています。
山本大平(やまもと・だいへい)さん。F6 Design株式会社 代表取締役。2004年、トヨタ自動車に入社。長らく新型車の開発業務に携わる。トヨタグループのデータ解析の大会で優勝経験を持つほか、副社長表彰、常務役員表彰を受賞。在籍時には推計約300億円の原価改善を達成。その後TBSへ転職。日曜劇場、SASUKE、レコード大賞など、主に看板番組のプロモーション及びマーケティング戦略に従事。さらにアクセンチュアにて経営コンサルタントとしての経験を積み、2018年に経営コンサルティング会社F6 Design社を創業。2021年に刊行された初著書『トヨタの会議は30分』(すばる舎)は10万部を突破。その他著書多数。
計画よりも大事なことがある。「PDCA」ではなく「C・PDCA」で進めよう
──そもそも仕事を「短くやる」とはどういうことなのでしょうか? 「早くやる」こととは違うのでしょうか。
山本大平さん(以下、山本):仕事に早く取りかかったからといって、早く終わるとは限らないと思いませんか? 例えば、あらかじめ考えておいた方が良かった課題に途中で気づいたり、その方法が適切ではないことが分かったり。そうなると、「悩む局面」が増えて、想像したよりも多くの時間を要してしまいます。
こんな非効率をなくすためにも、充分な準備・計画をしてから、仕事に取りかかる。すると目的までの「最短ルート」が導き出され、早く、効率的に、的確な成果を出せる。つまり「短くやる」ことができるのです。
──山本さんは書籍でも「計画を立てる前に最低限の状況や情報をチェックする」ことを推奨されていますが、具体的にはどういうことなのでしょうか?
山本:効率良く成果を出すためには「PDCA(※)のサイクルを早く回す」ことが大切とされていますが、私は「C・PDCA」とするのがベターだと考えています。つまり、計画を立てる(Plan)前にまず、最終的なゴール(方向性)とそこへ至る手段(戦術)のパターンについて、さまざまな角度から現状を把握する(Check)必要がある。実は皆さん、日常生活の中ではごく普通にやっていることなんですよ。
※PDCA…Plan(計画)→Do(実行)→Check(測定・評価)→Action(改善)のサイクルを回すことによって業務効率や品質管理を改善するための手法。
──……と言いますと?
山本:例えば、旅行先が初めて訪れる場所だとします。目的地にたどり着くためにまず、電車の乗り換えや経路、発着時間などを調べますよね。そのとき「このルートは本当に適切なのか」「もっと効率的にたどり着ける手段はないか」などと考えませんか? 日常生活では自然とできているこうしたチェックが、仕事となるとなぜか疎かになってしまいがちなのです。
──達成すべき目的に対して知識や情報、経験値などが足りない場合は、計画を立てる前に現状を把握してから充分検討することが、目的達成の「最短ルート」を見つける大事なカギとなりそうですね。
山本:そうですね。計画を立てようにも、目的の理解や手段の検討が不十分だったり、不安な要素や不明点を解消できていなかったりすると、早く取りかかったとしても結局は途中で立ち止まらざるを得なかったり、やり直しや余計な工程が増えたりして、結果的に多くの時間を要してしまうでしょう。
「旅行で目的地にたどり着く」くらいのミッションであれば少し時間をロスするだけで済みますが、例えば「エベレスト登頂」を目指す時に準備が疎かになっていたら、登頂できないどころか途中で命を落としてしまう可能性すらあります。そう考えると、計画を立てる前の現状把握がどれだけ重要か分かるのではないでしょうか。
安直に上司の言いなりになるべからず。仕事の“幹”を「Why」で突き詰めよう
──計画を立てる前のチェックの大切さはよく理解できましたが、具体的にどんなことをチェックすべきでしょうか?
山本:最も重要なのは、その仕事の「幹(主軸)」を確認することです。要は、本質的な意味を確認するということ。なぜ、その仕事をやる必要があるのか。売上を伸ばしたいからなのか、コストを削減したいからなのか。与えられるタスクには必ず理由や意味があるはずですから、まずはそこを見極めましょう。自分で考えても分からなければ、あなたが信頼できる上司か誰かに確認してください。
始めにタスクの「幹」を理解することで、進むべき方向性や最短で目的を達成するためのルートが見えてきます。途中で道に迷ったときにも「幹」に立ち戻れば、重点的に取り組むべきこと、タスクの優先順位が明確になると思います。
──ただ、長期のプロジェクトはさておき、日々の細かい業務でその都度「この仕事の幹はなんだろう」と考えていたら、かえって時間がかかってしまうような気もするのですが……。
山本:本当にそうでしょうか? 例えば、あなたが上司から「今週中に新商品のアイデアを検討する会議をやりたいから、メンバーを集めてくれ」と指示されたとします。
その時に上司に対して何の確認もせず、いきなり部署の全員にメールを送って「新商品会議をしますので参加してください」と呼びかけても、おそらく良い結果にはならないでしょう。最悪の場合はメンバーが集まらず、会議の開催が延び延びになってしまうかもしれません。
──その場合、「幹」はどのように考えればいいのでしょうか。
山本:限られた期間内で最適なメンバーを集めるには、その会議の「5W1H(いつ/どこで/誰が/何を/なぜ/どのように)」といった現状を把握し、整理したうえで準備を進める必要があります。なかでも、最初にチェックするべきなのが「Why(なぜ)」。つまり、会議の「幹」です。
「なぜ、新商品のアイデアが必要なのか?」「誰に向けた、どんな商品が求められているのか?」。そうしたWhyが明確になれば、どのメンバーを呼ぶべきかが分かりますし、人選が決まればその人たちのスケジュールを確認して日時を確定し、場所を押さえて……といった具合に、どんどん準備が進んでいきます。
「Why=幹」を押さえることで適切な計画が立てられ、結果的に仕事が短くなる。これは、どんな業務にも当てはまると思います。
──上司にタスクの意味や理由を尋ねても「いいから黙ってやれ」「余計なことを考えるヒマがあったら動け」などと言われてしまうこともあると思います。そんなときは、どうすればいいですか?
山本:その場合は余計なことを言わず、上司の指示通りにやった方がいいと思います(笑)。ただ、そうした仕事のやり方に染まってしまうと、上司に言われた通りにしかできない人間になってしまう可能性がある。それは避けた方がいいですね。
──とはいえ、上司は選べませんし……。
山本:上司が丁寧に教えてくれなくても、自分なりに仕事の幹を探っていくことはできますよね? おすすめのやり方は、会社の経営理念や事業の成り立ちみたいなところまで遡って、仕事の意味を考えてみること。
経営理念やパーパスなどは今の時代ならホームページでもチェックできますし、ある程度の規模の会社であれば経営層のインタビュー記事なども公開されているでしょう。そこで「この会社がどんな目的のためにビジネスをしているのか?」を想像し、経営者の視点で仕事の幹を見極めると、その業務の本質から大きく外れてしまうことはないと思います。
──そうやって「幹」を見極める力が身につけば、ゴールまでの最短ルートを常に自分の頭で考えて探ることができそうです。
山本:実は僕自身も新人の頃は自分の頭で考えられず、上司に言われるまま動くことに何の疑問も持たない人間でした。ただ、そうやって言いつけ通りに仕事をこなしていたら、上司から「お前は社長が『指示通りやれ』と言われたらその通りやるのか?」と強烈なダメ出しを受けてしまって……。
それからは、「何のためにそれをやるのか」と考えるクセがつき、指示されたこと以上の仕事をしようと思うようになりました。仕事が早くなっただけでなく、少しずつですが指示の本質が分かり、期待値を超える成果を出せるようになっていきました。
正攻法でダメなら……鳥の目で「抜け道」を探そう
──計画前の評価・検討や「Why=幹」を突き詰めることの大切さを踏まえ、いよいよ具体的な「最短ルート」の探し方を掘り下げていきたいのですが、山本さんは著書の中で「人が気づいていない“サードドア”を意識することが必要」と書かれていますね。仕事における「サードドア」とは、どういったものを指しますか?
山本:多くの人が利用する一般的な正面玄関(正攻法)が「ファーストドア」。人脈や独自ルートなど限られた人だけが利用できる扉が「セカンドドア」だとすると、「サードドア」とは、人が気づいていない「抜け道」です。正攻法の正面突破が通用しない時には、この「サードドア」を見つけることで、効率よく成果を出せる可能性があります。
──どうすれば、そのサードドアを見つけられるのでしょうか?
山本:繰り返しになりますが、まずは仕事の意味や目的といった根本を突き詰めていくこと。つまり徹底した現状把握とズレない幹の設定が必要です。そのうえで目的(ゴール)が明確になれば、そこから逆算して最適なルートを見つけやすくなります。
まずは目の前の情報や状況を「鳥の目」で見て、仕事の進め方を正しく把握する。すると、正攻法だと思っていたルートが実は遠回りで、別のやり方、つまり抜け道を通ったほうが早いことに気づけると思います。
──慣れていないと、抜け道だと信じて進んでみたら遠回りだった……なんてこともあるように思います。
山本:サードドアを見つけるには、豊富な知識と情報と教養が必要です。
ひとつ問題を出しましょう。
上の図のように、A地点、B地点、C地点、D地点から同時にボールを転がしたとします。最も早くゴール地点へ到達するのはどのボールでしょうか?
──ゴール地点に最も近い、D地点のボールでしょうか?
山本:多くの人はそう答えます。でも、実はこれ「すべて同着」が正解なんです。理由が気になる方は「サイクロイド曲線」と検索してみてください。何が言いたいかというと、数学や物理の知識を持たない人がこの図を見て、いきなり正解を選ぶのは難しいですよね。
これは単なる一例に過ぎませんが、さまざまなジャンルの知識や教養を持つことで情報を精査する能力が上がり、結果的に最短ルートや抜け道を探しやすくなると思います。
──とはいえ、知識や教養を深めるには長い時間と経験が必要です。蓄積がない状態でも正しい情報を見極める方法はありますか?
山本:僕がおすすめしたいのは、書籍やインターネットで調べるだけでなく、可能な限り「現地・現物」にあたること。つまり、実際に現地へ足を運び、自分の目で現物を見たり、触れてみたりすることです。
例えば、スーパーで売られている「茹でられた蟹」しか見たことがない子供は、すべての蟹が「赤い生き物」だと思っているかもしれません。実際、子供の絵で「赤く塗った蟹」をよく見かけます。でも、海という現地で現物の蟹を見れば、そうではないと分かります。海まで行くのは大変でも、せめて魚市場や水族館まで足を運べば、正しい情報をインプットできますよね?
仕事でもまったく一緒です。ChatGPTの使い方ひとつにしても、YouTubeで誰かの解説動画を観ただけでは、実際に使いこなすのは難しいと思います。やはり、実際に現物を触ることで情報を得て、自分なりに試行錯誤してみる必要があります。
そうして「現状把握」ができ、リアルな経験を得ることで、自分なりのサードドアが見つかることがあります。誰かのプロンプト(指示)をコピペしていた段階から、自分だけのプロンプトが見つかる段階に移行するはずです。
実体験に基づく情報は正確なだけでなく、説得力を持ちます。もしご自身の知識や教養が不足していると感じたら、「現地・現物」を意識して情報を集めてみてはいかがでしょうか。
キャリアの「最短ルート」を見つけるには? 自分の感覚に「ポジティブな疑い」を持とう
──仕事を短くやる以前に、根本的に「苦手な仕事」もあると思います。苦手ゆえに気が乗らない仕事に対しては、どのような姿勢で臨めばいいでしょうか?
山本:気乗りしなくても、一回だけでも「本気で」やってみるのがいいと思います。苦手だと思い込んでいるだけで、必死で取り組んでみたら意外と気乗りすることもありませんか?
もちろんあまりにも不得意で「効率が悪い」と感じるのであれば、自分よりも得意な人を推薦したり、周囲の手を借りたりして進めていく必要はあると思いますが「無理」と「無茶」を自分なりに分けて考えるといいと思います。しばらくやってみてもできなくて、その理由を説明できるなら「無理」。なんとか頑張って期限までに達成できそうなら「無茶」と判断してみましょう。
今100メートルを14秒で走っている人が「1年後に100メートルを8秒台で走れ」と言われたら無理かもしれませんが、13秒くらいの話ならなんとかなるかもしれませんよね。とりあえず一旦、現状把握のつもりで走ってみると、あなたにとって「13秒」が無茶話か無理話か判別できるように思います。なので「とりあえずやってみる」に尽きるのかなと。
僕は今、データサイエンティストとしても仕事をしていますが、そのきっかけは会社員時代に上司から受けた「無茶振り」でした。ある日、突然「グループ内でデータサイエンスの大会があるから、お前が出ろ」と言われたんです。当時の僕にはデータサイエンスの知識も経験も今ほどなかったし、「土日に勉強するのはイヤだな」と思っていました。
でも、「とりあえずやってみよう」と思って手を付け出したら、知らぬ間にハマっていました。段々と面白くなってきて、大会でも優勝することができた。そして、今はそのデータサイエンスのスキルが戦略コンサルとしての一つの武器になっています。
──チャレンジしたことで、自分の可能性が開いたんですね。
山本:はい。あのとき断っていたら、自分の可能性を捨てることになっていました。ですから、若い人は特に、自分の感覚に対して「ポジティブな疑い」を持ったほうがいいと思います。
この仕事は苦手だと思って避けてきたけど、もしかしたら食わず嫌いしているだけなんじゃないか。そんな疑いがきっかけとなって、思いがけない自分のスキルや指向に気づき、ある意味キャリアの「最短ルート」を見つけられるかもしれませんから。
取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
写真:小野奈那子
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