『名探偵コナン』はなぜ令和になっても人気なんですか? 初代プロデューサーの諏訪道彦さんに聞いてみた

諏訪道彦さんトップ画像


長きにわたって愛される商品やコンテンツには、どんな魅力、どんな仕掛けがあるんだろうーー。商品企画や開発、マーケティングに携わる人なら、常に考えていることかもしれません。

今回、その疑問に答えてくださったのは、『名探偵コナン』(以下、コナン)のアニメ化を推進し、長年プロデューサーとして作品づくりに関わってこられた諏訪道彦さん。連載開始からおよそ30年、テレビアニメの放送開始・劇場版の公開開始からはおよそ28年という「長寿コンテンツ」の同作ですが、今なお興行収入やファンの数を増やし、進化を続けています。

コナンが令和においてもヒットしている裏側には、一体どのような戦略があったのでしょうか。コナンのヒットを支えてきた諏訪さんの視点は、コンテンツ作りに携わる人以外にとっても大いに参考になりそうです。

諏訪道彦さんプロフィールカット
諏訪道彦(すわ・みちひこ)さん。大阪大学卒業後、讀賣テレビ放送株式会社に入社。深夜バラエティ『11PM』のディレクターを務めた後、1986年放映の『ロボタン』でアニメプロデューサーとなる。代表作は『シティーハンター』(1987~88)、『YAWARA!』(1989~92)、『魔法騎士レイアース』(1994~95)、『名探偵コナン』(1996~)、『ガンバリスト! 駿』(1996~97)、『金田一少年の事件簿』(1997~2000)、『犬夜叉』(2000~04、2009~10)、『ブラック・ジャック』(2003、2004〜06)、『エンジェル・ハート』(2005~06)、『結界師』(2006~08)、『ヤッターマン』(2008~09)、『輪廻のラグランジェ』(2012)、『まじっく快斗1412』(2014~15)、『電波教師』(2015)など。2012年には『名探偵コナン』シリーズで藤本賞・特別賞を受賞。

大人も楽しめる「アニメでありながらドラマのような作品」というポジション

──『名探偵コナン』(以下、コナン)のアニメ化に携わっていた諏訪さんですが、現在はどのような形でコナンに関わっていらっしゃるのでしょうか?

諏訪道彦さん(以下、諏訪):実は2023年の9月に、40年勤めた讀賣テレビを退社して表面上はコナンとの関わりはなくなっているんです。もちろん今後も可能な範囲で関わっていけたら、という思いはあるのですが(笑)。

──そうだったのですね! では本日はコナンの初代プロデューサーという立場から、可能な範囲でお話しいただければと思います。まず、コナンとの出会いや、アニメ化が決まるまでの経緯を教えていただけますか?

諏訪:コナンは放送開始当時、月曜午後7時半の枠で放送されていました(編注:2023年現在は土曜午後6時の枠で放送)。コナンの開始前には『魔法騎士レイアース』が放送されていた枠です。1994年頃のことですね。僕は同作を担当していましたが、関連グッズの売り上げは好調な一方、視聴率の面ではやや苦戦していました。

『週刊少年サンデー』でコナンの連載がスタートしたのはそんなときでした。まず原作を読んで、アニメ向きの作品世界にとても惹かれました。というのも、高校生が薬を飲まされて体が縮んでしまう、なんて現実ではありえないことが起こるのに、ミステリーとしてのストーリー展開は非常にリアルだし、子どもだましではない。17歳の高校生が小学生の体になってできなくなることがある一方で、子どもだからこそできることもあって……。

そういった「表面上は『大ウソ』をついているのに、中身はあくまでリアル」という立て付けがアニメらしくていいな、と感じたんです。

──コナンをアニメ化するうえで、マーケティング的に意識したポイントはありましたか?

諏訪:マーケティングというより、テレビ局の人間ですので、まずは「視聴率」を取ることを考えました。レイアースが視聴率で苦戦したのは、おそらく視聴者層がコナンよりも狭かったからです。そこで、より広いファン層を獲得するために、マーケティングの世界でいう「C層(4~12歳)」「ティーンエイジ(13~19歳)」だけでなく、その親にあたる「F2(35~49歳の女性)」にも目線を向け、お茶の間で親子一緒にコナンを見てもらえるよう意識しました

──過去の経験を踏まえて、軌道修正したわけですね。

諏訪:そうですね。親世代も取り込めるよう、『太陽にほえろ!』などの脚本を担当されていた古内一成(こうち・かずなり)さんをはじめ、ドラマの世界で活躍されている方にコナンのアニメ脚本をお願いしたり、音楽も同じく『太陽にほえろ!』の大野克夫さんに依頼したり、アニメでありながらドラマのような作品にしようと考えました。『太陽にほえろ!』とコナンのメインテーマってよく聴くと少し似ているところがある(笑)。でも、あれが大野さんらしさというか、それでいてコナンのテーマはやはりコナンの世界観にピッタリ合っているんですよね。

あと、次回予告も、一般的なアニメにありがちな「キャラクターが次回の内容を解説する」というスタイルではなく、次回のハイライト的なシーンをつなげて見せるというドラマっぽいテイストにしました。

──あまり意識していませんでしたが、たしかにそうでしたね。

諏訪:ギリギリのスケジュールなのに、予告の作画を急いでもらったり、調整が大変だったんです。だから、僕が書ける部分は自分で書いて、というように当時は手弁当でやっていましたよ。

諏訪道彦さん記事内カット

──制作側の奮闘ぶりが目に浮かぶようです。

諏訪:でも、そうして「大人も楽しめる作品」を目指した結果、「これまでアニメを見なかった層」にも届いた。初期の段階で作ったその設計が、コナンが以後長く続くコンテンツとして皆さんに愛される土壌になったのだと思います。

劇場版の爆発的ヒットを生んだ「続きが気になる」仕掛け

──今やコナンの代名詞ともなっている劇場版についても聞かせてください。興行収入の自己記録を更新し続け、2023年公開の『黒鉄の魚影(サブマリン)』では毎年公開されるアニメ映画としては異例の100億円を突破しましたが、その理由はなんだと思いますか?

諏訪:劇場版とテレビアニメが「両輪」のようにうまく回っているからかな、と思います。次回作があるかどうか分からないまま作った1作目の『時計じかけの摩天楼』を除いて、劇場版はラストに次回作の予告を入れていました。特にここ数年は次回作でキーとなるキャラクターのセリフを入れたりして、1年かけて楽しみに待ってもらえるような仕掛けをちりばめています。そういえば、ネットでは「次回作のサブタイトル予想」なんていうのもあるらしいですね(笑)。

テレビアニメでも劇場版の告知をしたり、次回予告後のおまけコーナーである「Next Conan's HINT(ネクストコナンズヒント)」でさりげなく劇場版の話題に触れたりと、劇場版とテレビアニメの双方で1年かけて「お祭り」のように盛り上げていきました。

──「次が気になる」状態を演出し続けるという感じでしょうか。

諏訪:そうですね。「次が気になる」状態を作る、というのはテレビアニメでも意識していた部分です。「NEXT Conan’s HINT」は月曜に放送していた頃、週初めにコナンを見て翌日学校で友達と一緒に「来週はどんな内容だろう?」と推理を楽しんでもらいたいから設けたものですし、オープニングテーマのイントロに乗せて今日のストーリーの概要を画面とともに説明しラストに「たった一つの真実見抜く、見た目は子供、頭脳は大人。その名は名探偵コナン!」で締める……というコナンの前口上も、冒頭で面白いシーンを集めて見せるバラエティー番組の手法を参考に作ったものです。

CMに入る前後で扉が閉じたり開いたりするシーンを挟むのも、コナンの世界と現実世界の切り替えというか、視聴者に「見る準備」をしてもらう役割がありました。

──すごい! 何気なく見ていましたが、見続けたくなる工夫が凝らされていたんですね。

諏訪:僕が担当した他作品でも『コボちゃん』では「コボなぞ」、『犬夜叉』では「犬夜叉のツボ」、『ブラック・ジャック』ではNGシーンといったおまけコーナーを次回予告後に設けました。ライバルは「サザエさんのじゃんけん」でしたからね(笑)。

あと、仕掛けというより内容の面で言うと、「社会的にトレンディーなもの、新しいものを取り入れる」という姿勢は重視していました。例えば、2002年公開の『ベイカー街(ストリート)の亡霊』では仮想空間やVRといった、当時非常に先進的だった技術にフォーカスしています。

ファンとの信頼関係を強くする「暗黙のルール」

──ファン層の広がりについてはいかがでしょうか。直近では、2018年公開の劇場版『ゼロの執行人』をきっかけに、同作のキーキャラクター・安室透の女性人気が爆発的に増えた「安室の女」現象が個人的には印象に残っていますが、そもそもコナンにおいて、女性人気は始めから意識されていたのでしょうか?

諏訪:おそらく意識していなかったのではないか、と思います。僕自身「安室の女」現象を「マジで?」と思いながら眺めていましたから(笑)。

そもそも僕は『ゼロの執行人』で安室一人をキーキャラクターに据えるのは少し心配だったんです。もちろん、公開までに「トリプルフェイス」というキーワードで、安室が持つさまざまな顔(属性)にフォーカスしたり、前日譚をアニメで流したりといった「下地作り」はしてきました。それに、前々作『純黒の悪夢(ナイトメア)』では安室に加えて、黒ずくめの組織や赤井(秀一)といった重要なキャラクターが登場したことで大ヒットといってよい興行収入を記録できました。が、が、当時は安室さんというキャラクターひとりでそのレベルに持っていけるだろうか……と。

でも、蓋を開けてみると、興行収入も100億円目前まで到達し、杞憂に終わりましたね(笑)。安室や赤井を目立たせて女性ファンを獲得しよう!という思いが最初に我々になかったからこそ、改めて青山剛昌先生の作品世界構築力というか、女性が魅力を感じるキャラクターやストーリー作りの才能を、ただただスゴいな、と思いました。

──制作側の思いを軽く飛び越えていったというか。

諏訪:ファンの方が一緒に安室を育ててくださったと感じる部分も多いですね。

諏訪道彦さん記事内カット

──その意味では、アニメ放映開始から25年以上が経って、ファンの年齢層も広がっています。他の長く続くコンテンツでは、古参のファンと新規のファンの間で温度差があったりもしそうですが、ファンとのコミュニケーションで工夫されてきたことはありますか?

諏訪:コナンという作品にはルールがありまして、もちろん文章になっているようなものではなく暗黙の了解ですが、「コナンは泣かない」とか「犯人を死なせない」(編注:例外として「ピアノソナタ『月光』殺人事件」では唯一コナンが犯人を推理で追い詰めて死なせてしまう)とか。スポーツをみんなが同じ場所で同じように楽しめるのは、ルールがきちんと決まっていて、それを選手も観客も共有できているからですよね。それと同じで、コナンの世界においても「こういうことは起きない」「この人物はこういう行動原理」というルールがあり、その範囲でストーリーが展開されるから、ファンは安心して楽しめるわけです。

小学生の頃にコナンを見ていて、大人になって見ない期間ができて、子どもと一緒にまた見るようになっても、昔と変わらないコナンがある。ルールも変わっていない。これは新しいコンテンツにはなかなかできないことで、コナンが長く続いてきたからこそ積み重ねられたものだと思います。

──「古参」「新規」の対立構造に陥ってしまうコンテンツも少なくありませんが……。

諏訪:そういう意味では、コナンのファンってすごく行儀がいいというか。よい意味で真面目だし、コナンという作品をとても大切にしてくださっていると感じます。

──ファンとの信頼関係も、長く続くコンテンツだからこそ強固になっているのかもしれませんね。

諏訪:そうですね。時折、自分の好きなキャラクターがつらい思いをする作品への不満の声を耳にすることはありますが、コナンにはたくさんのキャラクターがいますし、それぞれ好きなキャラが違っていていいんです。青山先生が「コナンは殺人ラブコメ」と言うくらい、キャラクター同士の恋愛模様にもスポットが当たるし、皆さんもきっとお気に入りのキャラクターやカップルがいるでしょう。

でも、そのみんなが「コナン」をとても大切に思ってくれていることがありがたいし、だからこそ、コナンがここまで続いてきたのだと思います。

コナン記事グラフィック

取材・文:藤堂真衣
撮影:関口佳代

今日の学びをX(旧Twitter)にメモ(読了メモ)

このエントリーをはてなブックマークに追加

ヒットコンテンツを支える人たち


「変わらない」を貫いた先に。少年ジャンプ+がマンガ業界のゲームチェンジャーになるまで

▶記事を読む


漫画『トリリオンゲーム』に学ぶ、新規事業担当に必要な“資質”|稲垣理一郎×けんすう 対談(前編)

▶記事を読む