大事なプロジェクトが終わってから何も手につかなくなった。
それまで仕事が楽しかったのに、急にやる気がなくなってしまった。
仕事を頑張る皆さんのなかには、何かのきっかけで突然そうした状態に陥った人も少なくないのではないでしょうか。原因が分からず、自分で自分を責めてしまう、という悩みもしばしば聞きます。
この状態、一体どうすれば乗り越えられるのでしょうか?
そもそもなぜこのような状態になってしまうのでしょうか?
今回、そんな「バーンアウト(燃え尽き症候群)」を研究する久保真人先生に、お話を伺いました。
インタビューで出てきたのは、誰しもが自分の経験に置き換えられそうなエピソードばかり。バーンアウトは決して他人事ではない、ということを学びつつ、仕事への向き合い方を再考できるような内容になりました。
▼この記事の一部はながら聞きでご利用いただけます
https://voicy.jp/channel/4565/1237518
久保真人さん。同志社大学政策学部・総合政策科学研究科教授。京都大学卒業後、同大大学院文学研究科博士(文学)取得。大阪教育大学教育学部助手、同志社大学政策学部助教授などを経て、2006年より現職。専門は組織心理学。著書に『バーンアウトの心理学――燃え尽き症候群とは』(サイエンス社/2004年)など。
※取材はリモートで実施しました
「燃え尽き」は「失恋」に似ている
──そもそもバーンアウトとは、一体どのような状態のことを指すのでしょうか?
久保真人さん(以下、久保):直感的にイメージしやすいのは「失恋」です。「相手に尽くしたのに報われなかったこと」を失恋と定義するなら、「相手」を「仕事」に変えても同じことが言えます。
──失恋……?
久保:バーンアウトは仕事に対する「失恋」、すなわち仕事に一生懸命向き合ったにもかかわらず、その仕事で自分が報われなかったことがきっかけで陥りがちだからです。
そして、失恋が得てして虚無感を伴うように、バーンアウトも「消耗感」を伴います。消耗感を募らせた結果、最終的に、仕事への熱意を失ってしまうのです。
──何がきっかけで「消耗」してしまうのでしょうか?
久保:ストレスの解消が追いつかなくなることが主な理由です。例えば、ものすごく難しいプロジェクトを担当するなか、ストレスが蓄積され過ぎて、次第に解消が追いつかなくなり、周囲の何気ない一言や行動がきっかけで、満タンのバケツから水があふれるように感情を制御できなくなる。これが消耗感につながります。
──そこからバーンアウトに至るまでにどんなプロセスをたどるのでしょう?
久保:ストレスが解消できなくなると、「脱人格化」が起こります。脱人格化とは、仕事の関係者や仕事内容そのものに否定的な態度を取ったり、消極的になったりすることです。うまくいかないことの理由をすべて自分に求めるとツラくなるので、防衛反応として他人に責任を転嫁しようとしてしまうんですね。
そして最終的に、「達成感や効力感(自分ならできるという自信)が低下」します。「自分はこの仕事に適性があって、意味のあることをやっている」という確信が失われ、それまで蓄積された消耗感が一気に仕事への熱意を奪っていきます。
「自由な職場」に潜むバーンアウトの危険
──バーンアウトに至るプロセスがよく分かりました。そもそも、バーンアウトに陥りやすいのは、一体どんなタイプの人なのでしょうか?
久保:まずは、仕事に対して何かしらの理想を持ちやすい人です。なかでも社会人3年目までの若手は、理想と現実のギャップにショック(リアリティショック)を受けて、「こんなはずじゃなかったのに……」と燃え尽きるケースが多いです。
次に、完璧主義で責任感が強く、自分ですべてを背負い込んでしまう人です。彼らはどんな壁に直面してもボロボロになりながら最後までやり遂げるタイプなのですが、その結果、次の仕事に取り組むエネルギーが枯渇してしまう。
あと、先のリアリティショックのパターンとは違うのですが、40代、50代で今まで仕事をやり遂げてきた人たちが、「正しい」と思ってきたやり方、考え方に突然「ノー」を突きつけられた時です。ある意味、強いアイデンティティを支えに生きてきた人もバーンアウトに陥りやすいと言えます。
──身に覚えがある、と感じる人も多そうです。バーンアウトに陥りやすい仕事というのもあるのでしょうか?
久保:不確定要素が多くマニュアルやノウハウが通用しないヒューマン・サービス業や、意外に思われるかもしれませんが、1つのクラスを運営する教員のように一定の裁量をもって自律的に働けるような仕事でもバーンアウトに陥る危険があるんです。
──前者は確かに、と思いつつ、後者は意外ですね。裁量や自律性があればむしろ伸び伸びと働けるイメージなのですが。
久保:もちろん、自律的に仕事ができる職種はバーンアウトに陥りづらい傾向にあります。例えば、高度な知識や技能を必要とし社会的な位置付けが明確な専門職はそうですね。
ただ、同じ専門職でも例えば教員などはケースが異なります。環境にもよりますが、責任の範囲が曖昧だったり、組織から何を期待されているのかが分かりづらかったりと「役割の曖昧さ」に悩まされることも少なくないでしょう。
また、保護者からの期待と子どもからの期待と組織からの期待の間に板挟みとなり、自分はどんなスタンスで仕事をすればいいのかという「役割葛藤」を覚えることもあると思います。
さらに、組織ではなく1人が1クラスを担当するうえ、教員同士で助言しあうことも少ないので、すべての責任を自分で負うことになりますよね。
このように、求められる役割が曖昧だったり、自分で何もかもを背負い込んでしまいやすかったりする環境では、バーンアウトを引き起こす可能性が高まります。
あなたは「仕事熱心」? それとも「仕事依存」?
──そんなバーンアウトを未然に防いだり、バーンアウトを乗り越えたりするためには、どうすれば良いのでしょうか?
久保:まずは上司や同僚など、組織からのサポートを“積極的に求める”ことですね。
コロナ禍をへてフルリモートの仕事が増え、プレゼンや会議後のちょっとした雑談やフィードバックの機会も失われつつあります。そうしたインフォーマルな声かけが減った結果として、仕事の手応えを感じにくくなっている人も多いでしょう。
自分で自分の状態を客観的に判断するのは難しいので、気軽に相談できるような人を職場で見つけて、第三者の視点でアドバイスやフィードバックを受けられる機会を作れるといいですね。それも、自ら求めないとなかなか得られないような時代なので、「積極的にサポートしてほしい」という意思表明をしていくことがポイントです。
看護師であればカンファレンス(ベテランと若手との間で行われる情報共有のミーティング)の場があるように、企業でもメンター制度などが利用できるかと思います。
──自ら組織を頼っていくことが重要なんですね。
久保:そうですね。自分のロールモデルとなるような人を身近で見つけて、その人にメンターをお願いするのも手です。
そして、何より大切なのは仕事にすべてのエネルギーを使わないことです。自分にとって仕事がすべてで、仕事をしていないと安心できないと考えている人は燃え尽きやすい傾向にあります。
──それは理解しつつ、特にキャリアの浅い若手のうちは「努力をセーブすると成長しなくなってしまうかもしれない」と不安になることもあると思うのですが……。
久保:確かにそういう側面もあるでしょう。ただ、いわゆる「ワーカホリック」の難しいところは、客観的に見て明らかに良くない状態であるにもかかわらず、誰も周囲に止めてくれる人がいないところなんです。
環境によっては、逆に評価されることすらある。最近はワーク・エンゲージメント(仕事に誇りややりがいを感じている状態のこと)といった概念も提唱されていますが、仕事熱心と仕事依存を区別するのはかなり難しいんです。
だからこそ、趣味や家庭など、仕事以外の世界を意識的に持つことが大切です。例えば、Googleが実践していた「20%ルール」のように、上司から与えられた仕事を80%の時間でこなして、残りの20%を個人的なプロジェクトに使う、といったこともアリでしょう。
別の世界を持つことで、休むことに正当な理由が生まれたり、仕事がうまくいかなくても自分を全否定せずにいられたり、必要以上に思いつめたりせずに済みます。
──ある種「逃げ場」のようなものを作るということですね。
久保:そうですね。「自分には仕事以外にも重要なことがあるんだ」と思えれば、別の選択肢が見えてくるかもしれません。
昨今は、あらゆる職業で人と接することが仕事の大きな割合を占めるようになってきていて、感情の表出や抑制をコントロールする「感情労働」を求められる場面も増えています。クレーマーに対して誠実に対応する、といった場面を想像してもらえると分かりやすいでしょう。その意味でも、感情を必要以上に表出、抑制しなくても済む時間を持つことは、ストレス解消のために大変重要です。
また、仕事以外の世界を持つと必然的に忙しくなるので、時間にメリハリがつけられるようになるというメリットもあります。実は仕事のなかには客観的に見ると「どうでもいい」ようなことも存在するのですが、仕事が100%の状態だとすべてが重要なことに思えてしまう。
そんななかで、仕事以外にやることを増やすとタスクを整理する必要も出てくるので、ストレス解消につながるだけでなく、仕事を効率的にこなせるようにもなっていくんです。
自分で「やれること」「やれないこと」の線引き、していますか?
──そのほかに、仕事のなかでできる対策などはありますか?
久保:「自分ができる限度」を知っておくことです。つまり、自分の持てる責任の範囲をしっかり理解しておくことですね。
私が知っている、とある看護師長さんのお話です。その方がいたのは白血病の病棟で、小さな子どもを含めて、亡くなられる方が多い環境でした。
そのなかでは、どんなに仕事を全うしていたとしても、「もっとやってあげられることがあったんじゃないか」「自分は取り返しがつかないことをしてしまったんじゃないか」と自責の念に駆られる看護師さんもいたそうです。
そんな時に看護師長さんは、担当の看護師さんに必ず、「いい看護ができていたよ」「よくやったよ」という言葉をかけるようにしていたそうです。もちろん退院できることが最善ではあるけれど、医療にも限界があるのですべてを自分で背負い込んでも仕方がない。
だから、不幸にも患者さんが亡くなってしまった場合でも、最後まで寄り添ってケアができていたのなら、それは自分にとって達成感を得ていいんだ、と。
このエピソードから言えるのは、自分の仕事に対して「やれること」「やれないこと」を線引きしておくのはメンタルケア上も重要だということです。いくつかのポイントでルール化して、これを超えたら対応しない、というような“一線”を設けておくのがいいでしょうね。
───ちなみに、バーンアウト後にそのまま退職・転職を選ぶ人も少なくはないと思いますが、これについてはどうお考えですか?
久保:自分に向かないと感じる仕事は辞めてもいいかもしれません。苦手なことから逃げるのもひとつの手だと思います。
でも、バーンアウト状態のまま辞めることにメリットはあまりないと思いますね。むしろ、それまで積み上げてきたものを失うことは、その人のキャリアにもマイナスだと思います。
そもそも、バーンアウトは必ずしも悲劇的結末をたどるわけではありません。失恋を機にパートナーに対する自分の態度を改めたり、スマートな付き合い方を学んだりするように、バーンアウトをきっかけに、仕事に対する適切な距離感をつかみ、以前よりも前向きに仕事と向き合えるようになる人もいます。その意味で、バーンアウトは「何か大切なものを学べる状態」とも言えます。
だから、できるだけ仕事を手放さなくても済むように、一旦立ち止まって仕事との向き合い方を考えてみるのが良いのではないか、と思います。
ワークライフバランスを見直し、「やれること」「やれないこと」の線引きをして、自分にとって最適な仕事との向き合い方を見つけていく。そうすることでバーンアウトを乗り越え、結果的に質の高い仕事が続けられるはずです。
取材・文:いしかわゆき
編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職