こうして私は「謝罪のプロ」になった。コールセンターのOLが仕事のしんどさを克服するまで|榎本まみ

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どんなに好きな仕事でも「つらさ」を感じる瞬間が必ずやってきます。例えば、「苦手な取引先との打ち合わせ」や「上司への進捗報告」のような。

榎本まみさんのキャリアは、そんな「つらい仕事」の連続でした。「人と話すのが苦手」なのに、配属されたのはコールセンター。少しでも「つらさ」を和らげるため、周囲の社員から「仕事との距離の置き方」を学んだといいます。

「つらい仕事」にどういう態度で向き合えばいいんだろう。今の仕事に満足している人でも、榎本さんの知見や経験に学ぶべきところは多いはずです。

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「やりたいことしかやらなくていい仕事」というのは、残念ながらほとんどありません。得てして、思いもよらぬところに「つらさ」が潜んでいます。

人生はくじ引きのようなもの。もしも仕事で「つらさ」を引き当ててしまったらどうすればいいのか。今回は少しだけ、私の経験を参考にお話しさせていただきたいと思います。

「地味」で「つらい」仕事に出会ったら

私は新卒でとある信販会社に入社しました。信販会社とは「分割で物を買う仕組み」を提供する会社で、主な商品はクレジットカードです。お客さまの信用をもとにサービスや商品の代金を立て替えて支払い、後からお客さまにその代金を請求します。

私は就活中、この会社に入ったらカード会員獲得のための勧誘をしたり、カード提携のためいろいろな会社へ営業に行ったりするのかなぁ、などとぼんやり考えていました。

でも入社式で渡されたのは、「債権回収部門 コールセンター配属」と書かれた内示。

「債権回収ってなんだ……?」

疑問しか浮かびませんでした。嫌だ、どうしよう、と考える前に、そんな部署があることすら想像していなかったのです。

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クレジットカードは、20%くらいのお客さまが支払いを延滞します。債権回収部門は、そうした「延滞顧客」に電話や手紙で支払いを促すのが役割です。

延滞顧客はうっかり支払いを忘れた方が大半で、こちらから連絡すると素直に入金していただけます。でも中には、意図的に支払わなかったり、支払いたくてもお金がなかったりするお客さまもいます。そんなお客さまからお金(債権)を回収することを「督促」(トクソク)と呼び、それが私の仕事でした。

仰々しい言葉ですが、仕事の内容ははっきり言って「超地味」です。

お客さまに電話で督促できる時間帯は法律で朝8時から夜21時と決められているため、朝7時半に出社し、8時になったら一斉に電話をスタート、それから夜21時まで延々と電話をかけ続けました。

手元に配られた延滞顧客のリストを見て、上から順番に「ご入金の確認ですが……」「支払いのお知らせで……」と電話をかけていきます。

21時になったら、今度は支払いをお願いする「督促状」の作成業務に移り、これを終電近くまで続けます。

そんなハードワークを続けるうち、徐々に「大変な仕事に就いてしまった……」と思い始めました。入社してからほんの数カ月で仕事を教えてくれる先輩がいなくなり、1年後に同期は半分になっていました。

【対策1】 「細々とした工夫」でつらさを和らげる

一方で辞めたくても辞められない人もいて、その一人が私でした。理由は単純で、上司が怖くて「辞めます」と言い出せなかったのです。コールセンターに配属されておきながら、私は人と話すのが絶望的に苦手でした。上司に話しかけることすらできなかった私は、仕方なく職場に留まりました。

「このままではつぶれてしまう……なんとか仕事ができるようにならないと……」

過酷な環境に置かれた時、人は自分を守るために「生き残る術」を探し出そうとするようです。私にとって「生き残る術」は、仕事を楽にするための細々とした工夫でした。その一つが、読書で先人の知恵をインストールし、仕事を俯瞰してみること。

野口敏さんの『誰とでも15分以上会話がとぎれない!話し方66のルール』(すばる舎)のような会話術の本から、佐藤昌弘さんの『凡人が最強営業マンに変わる魔法のセールストーク』(日本実業出版社)のような営業本、『影響力の武器』(誠信書房)や『人を動かす』(創元社)といったビジネス書の古典に至るまで、幅広く読み漁りました。

そしてもう一つが、周りの社員を観察し、その振る舞いをマネることでした。

【対策2】 「護身術」としてプロに徹する

督促はストレスフルな仕事ですが、そんな環境下でも生き延びている(仕事を続けている)社員はいます。

(この人たちのメンタルの強さはなんなんだ?)

ハードなお客さま対応を重ねながらも、何食わぬ顔で電話をかけ続ける彼らを、私はつぶさに観察しました。

彼らは、たとえ2~3時間謝り続けた後でもケロリとしていて、疲れた様子も見せません。電話応対の時こそ、俳優のように感情豊かな話し振りでお客さまに寄り添うものの、電話を切った瞬間、何事もなかったかのように無表情に戻る。

先に種を明かしてしまえば、彼らはメンタルが強いのではなく、謝ることを「仕事」と定義し、自分を守っていたのです。

「謝るだけでお金がもらえるなんて楽だと思うよ。仕事以外では好きなことをしてるし」

本日何件目かのクレーム対応を終えたある社員に「仕事がつらくないのか」と訊くと、笑顔でそう答えてくれました。彼は仕事以外では専ら趣味のサーフィンに時間を費やしているそうで、年中真っ黒に日焼けしていました。

(そうか、私は謝罪でお給料をもらっているのだな)

それ以来、彼に倣って仕事と自分自身を切り離すようになりました。「ここで謝れば◯◯円給料が出る……」と計算すると、電話口でどんなに嫌味を言われてもストレスを感じなくなります。行動に金銭が発生する人をプロと定義するなら、私はまさしく「謝罪のプロ」でした。

社会人になると「プロ意識を持て」といろいろな人から言われますが、プロ意識を持つことは自分を守るためにも役立つのだと、私は周囲の社員たちから学びました。

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【対策3】 「できないことはできない」と割り切る

サーフィン好きの彼以外も、ストレスフルな職場で生き残っている人たちはみな、「仕事と適度に距離を置く」のがとても上手でした。

例えば、システムの仕様上どうしても対応できない問題に対して、お客さまに「こんなこともできないのか!」と言われると、私はつい申し訳なくなり、自分の能力不足を指摘されたようで、その都度へこんでいました。

ところが生き残っている社員は堂々としています。お客さまにズバっと「それはできません」と言い切る人(自信をもって言い切るとお客さまも「お、おう……」とそれ以上突っ込んでこないことを学びました)、できないと言い切ってから「その代わりこうします」と提案してお客さまの怒りを逸らす人。みなそれぞれの対応方法を持っていました。

仕事をしていると「自分の力ではどうにもできないこと」にしばしばぶち当たります。それに逐一へこむのではなく、「できないことはできない」と割り切ると、へこむよりも先にできることを探すようになります

誰かと仕事をシェアしてお互い苦手な部分をカバーし合う、というのも「できること」の一例でした。私は怒鳴る年上の男性が苦手で、どうしても督促できない時は男性社員に電話を代わってもらっていました(相手の性別によって態度を変えるお客さまは一定数います)。その代わり、男性社員が電話を掛けるとすぐ泣きだしてしまうような女性のお客さまへの応対を代わりに引き受けます。

苦手を克服するのはもちろん素晴らしいけれど、自分の苦手なことが分かっていたら、それをやらずに済む仕組みを作ったり、代替手段を探したりするのも一つの手かもしれません。

苦手なことと距離を置く、これがストレスフルな職場で生き残った人たちに共通する工夫だったのです。

【対策4】 仕事の価値を「社外で」確認する

最初に「希望通りの仕事に就けるかは運次第で、仕事を選べる人は少ない」とお伝えしましたが、選べる、選べないに関わらず、そもそも自分の仕事を好きになれない場合もあるでしょう。

実際、私と一緒にコールセンターへ配属された同期は、それを理由に次々と辞めていきました。

自分の仕事に自信が持てず、また次々辞めていく同期に影響されて、一度だけ転職セミナーに参加したことがあります。それは某大手転職エージェントが主催する大規模なセミナーでした。

でも、参加したはいいものの、基本的に「コミュ障」の私は企業ブースの人だかりに気後れし、会場の隅で行われていた「話し方セミナー」のコーナーに逃げ込みました。すると、あろうことかそのセミナーの講師が隣の人同士自己紹介をするように促してきたのです。私の隣に座っていたのは、いかにも仕事ができそうな雰囲気の男性。

(督促をしてるなんて言ったら、怖がられたり、白い目で見られたりするんだろうなぁ……)

気は進まないながらも、覚悟を決めてしどろもどろに自己紹介すると、彼はさわやかな笑顔を浮かべながらこう言いました。

「へぇ、督促って面白い仕事ですね! そんな仕事をしてる人に初めて会いましたよ!」

彼はきっと優秀な営業マンかなにかで、営業トークとして言ってくれたのでしょう。けれどその時の私には、その言葉が衝撃的に突き刺さりました。

(私の仕事って面白いの……?)

自分の仕事を、初めて誰かに認めてもらえたような気がしたのです。

確かに当時私の周りに督促の仕事をしている人はおらず、この時以来「希少性」という自分の仕事のポジティブな面に意識を向けるようになりました。

(もしかしたら自分はとても貴重な経験をしているのかもしれない、もう少しだけここにいてみよう)

仕事に自信が持てなくなった時、これもやはり仕事と距離を置き、自分の仕事を外から眺めてみるのも一つの方法だと思うのです。

【対策5】 才能じゃなく「スキル」と捉える

すでに何度か書きましたが、私はもともと人と話すのが苦手でした。言葉が上手く出ず、どうしてもしどろもどろになってしまうのです。

でも、コールセンターに放り込まれて1年が経つころには、お客さまと電話で滞りなく話せるようになっていました。

それはそのはずで、私は一日100人近いお客さまと電話をしていました。一日100人、1か月20営業日で2000人、それを1年続ければ、話すお客さまの数は2万人を超えます。否が応にもコミュニケーションスキルは向上するはずです。

そして周りの社員を必死に観察し続けたことも功を奏し、私のコミュニケーションスキルはおそらく、RPGで言うところのレベル1から中ボスを倒せるくらいのレベルにまで上がっていました。クレームもそこそこのレベルまでなら対応できるようになったのです。

具体的には、それまで「申し訳ございません」と謝ってばかりだった相手に「◯◯の理由でできかねます」と言い、説得できるまでになっていました。

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人並みに話せるようになるのを諦めていた人間にとって、滞りなく人と話せること、言い負けていたクレームに対処できるようになったことは、信じられないくらいの喜びでした。

私はそれまでコミュニケーション能力は才能だと思っていました。
けれどコールセンターで働くうちに、それはスキルだと気づいたのです。

スキルを得るには経験値が必要で、私には経験値が圧倒的に不足していました。それはいままで人とのコミュニケーションを「つらい」と避けてきたからです。

おそらく仕事が「つらい」と感じる一因に、経験値の不足があるのだと思います。でも経験値を得るとスキルが身に付き、仕事はだんだん「喜びを感じられるもの」に変わっていくはずです。

いまも「新卒でコールセンターに配属されなかったらどうなっていたか」を考えると恐ろしくなります。きっといまだに人とうまく話せず、自分の仕事に自信が持てず、「仕事はつらいもの」だと思い続けていたのかもしれません。

コールセンターは「仕事と適度な距離を置く」という、「つらい仕事」に向き合う工夫を教えてくれました。そうした工夫を凝らしながら「つらい仕事」に向き合った結果、それまでとはまったく違う景色が見えました。

だから私は今、つらかったあの頃を思い出しながら、ひっそりとコールセンターの仕事に感謝しているのです。

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榎本まみ

新卒で信販会社に入社し、支払延滞顧客への督促を行うコールセンターに配属。クレジットカードの回収部門で300人のオペレータを指示し、年間2000億円の債権を回収した。気弱なOLが海千山千の債務者から借金を回収する様子などを描いた書籍「督促OLシリーズ」(文藝春秋)は累計17万部を突破。