プロフィール
湊三次郎(みなと・さんじろう)1990年生まれ。銭湯活動家。銭湯好きが高じ、学生時代に銭湯サークルを立ち上げ、全国数百軒ほどの銭湯をめぐる。大学卒業後に一般企業に就職するも、当時営業を終了しようとしていた「サウナの梅湯」(京都府)の経営を引き継ぐ。現在では6軒の銭湯の経営を受託し、1軒の銭湯のコンサルタントを行う。銭湯界の若き旗手の1人。
若くして銭湯の経営を始めたきっかけは?
まず銭湯が好きになったのは大学生の時です。京都の大学に進学してみると、近所にたくさんの銭湯がありました。散歩がてらに銭湯をめぐっていたところ、だんだんと銭湯が好きになってきました。大学で銭湯サークルを立ち上げて、全国数百軒ほどの銭湯を回りましたね。「数百軒」というと驚かれるのですが、興味のある銭湯に行っていたら自然とそのくらいの数になってたという感じです。
大学卒業後は、アパレルの仕事に就いたものの、自分には合わず退職してしまいます。ちょうどそのタイミングで、かつてバイトをしていた「サウナの梅湯」が営業をやめようとしているという話を聞いたんです。そこで梅湯の経営をすることを申し出ました。
思い切った行動に聞こえるかもしれませんね。でも、銭湯って日本からどんどんなくなっていっているんです。銭湯好きは「なんとかしなくちゃいけない」と嘆いているのですが、どうしようもない。そんな状況に自分が一石を投じてみたかった。とにかく全力でやってみようと思ったんです。
それに、この時は銭湯を経営することに自信がありました。ただし、根拠の全くない自信です(笑)。……もっとも、経営を始めてすぐに、その自信は打ち砕かれるのですが。
銭湯経営を続けていくなかで、大変だったことをどうやって乗り越えてきましたか?
そもそも、サウナの梅湯は営業をやめようとしていた銭湯です。当時は、設備も体制も集客も課題だらけ。それに、そもそも銭湯って儲かるような仕事じゃないです。中に入ってみて「……なるほど、こういうことか」と思いましたね。
課題は分かったのですが、日々のルーチンワークに時間を潰され、なかなか手を付けられられません。銭湯の仕事というと風呂掃除や、接客などを想像しますよね。でも実際には僕も想定していなかった煩雑な仕事が大量にあります。
当時はスタッフを雇う余裕はなかったので、ずっと一人で働いていました。仕事が終わったら、銭湯のロビーで寝る、朝起きたらそのまま仕事をする、みたいな働き方を1年くらい続けていたんです。もう、いつ辞めようかと思っていました。僕はオーナーではなく、経営を受託しているだけですから、辞めるという選択肢は常にありました。
そんな時に、ずっと故障していた設備の修理ができました。これは本当に手を焼いていて、いくつもの業者に相談して、ようやくうまくいったんです。それにより毎日1時間ほど業務時間が短縮されました。僕の気持ちも楽になって、朝風呂のサービスを始めることができました。集客が増えて売上が増えたので、スタッフを雇えるようになりました。
仕事をしていて、状態が一気に良くなるということはないですね。淡々と行っていた改善策がだんだんと実ってきたんです。今ではちゃんと利益が出るようになっています。
銭湯マニアである湊さんの銭湯の楽しみ方を教えてください
銭湯そのものだけではなく、銭湯のある「街」を楽しむのはどうでしょうか。知らない街に行ってみて、銭湯を目標に1時間くらいの散歩をしてみる。
銭湯って人が生活する場にあることが多いですから、周辺の街並みも面白いですよね。そこに住んでいる人の生活がなんとなく分かると思います。
僕は銭湯をめぐるとき、「お風呂そのもの」にはそこまで重きを置いていません。銭湯周辺のことが好きなんです。そもそも銭湯は、スーパー銭湯や温泉と違って、お風呂自体にそこまでバリエーションはありませんしね。
銭湯めぐりをしているときも15分くらいでお風呂から出てしまうこともあります。「せっかくの銭湯だから長く入らなくちゃ」とは思いませんね。
喫茶店でコーヒーを飲むくらいの気分で、サッと入って、パッと出る。そしてまたフラっと散歩を続ける。そんな使い方が好きです。
日々の疲労に悩む二十代におすすめの銭湯を教えてください
疲れているのだったら、家から最寄りの銭湯を検索して、そこに行ってみてほしいです。気軽に行けるのが銭湯の良いところですから。ただ、その一方で「家の近所で過ごすことでは癒やされない疲れ」というのもあると思うんです。そんなときは県外の銭湯に行ってみるのはどうでしょうか。遠くに出るとしたら、以下のようなおすすめの銭湯があります。
大宮湯(広島県尾道市)
まずは尾道という街で癒やされます。港町で、昭和レトロな雰囲気があって、とても落ち着いた空気の中で、銭湯も楽しんでほしいです。大宮湯さんは古くからある銭湯で、建物にもかなりの年季が入っています。非日常を感じさせるところがあり、気分転換になると思います。
一乃湯(三重県伊賀市)
一乃湯さんは建物が立派です。国の登録有形文化財になっているんです。銭湯としてのサービスも素晴らしく、オーガニックのシャンプーやボディーソープを用意したり、地元の牛乳屋さんとコラボしてジェラートを作ったり、手製のパンフレットを作ったりもしています。今ではこうしたサービスはよく見かけますが、一乃湯さんは以前から行っていました。僕も銭湯を運営する際に参考にさせていただいています。
富士の湯(長野県松本市)
富士の湯さんは老舗の銭湯ですが、今年(2021年)の秋から四代目の阿部憲瑞(のりみつ)さんが本格的に経営に携わることになりました。阿部さんは二十代(2021年現在)と若くて、とても気さくな人柄なんです。しかも元バンドマン。仕事で疲れた二十代の人も、彼に会ったらきっと元気になるんじゃないでしょうか。
十條湯(東京都北区)
喫茶店が併設されている珍しい銭湯です。銭湯に入って、湯上がりに手作りのケーキを食べて、コーヒーを飲んだら、ホッとするんじゃないでしょうか。サウナにも力を入れています。まず、サウナ料金が200円と都内にしては安い。また毎週水曜日はヴィヒタというフィンランドのサウナには欠かせない白樺の木を束ねた物を用意しています。香りが良くてスッキリしますよ。
実は僕がコンサルをしていて、しかも弟が働いている銭湯です。ちょっと宣伝ぽく聞こえるかもしれませんが、純粋に疲れている人におすすめです。
玉川の湯(栃木県栃木市)
1889年創業の歴史ある銭湯で、建物もだいぶ貫禄がありますね。でもここの最大の特徴は2階がスケボーができるパークになっていること。こんな銭湯は聞いたことがないです。スケーターの人はぜひ訪れてほしいですね。そうでない人でも、首都圏で仕事をしている人には小旅行くらいの距離感になります。家から離れて気分を変えるという意味では、ちょうどいいんじゃないでしょうか。
湊さんの中で一番印象に残っている銭湯はどれですか
岡山県の清心温泉という銭湯です。当時、四十代の方が経営をしていたのですが、その方は普通のサラリーマンでもありました。会社が休みで、自分に余裕があるときだけ開けるというスタイルです。月に数回しか開きません。でもその分、清心温泉が開店すると、なんだかイベントのような雰囲気になるんです。常連さんがお店の前で焼き鳥を焼き始めたりして。毎日開く銭湯ではこの盛り上がりはないですよね。清心温泉で銭湯が作り出すコミュニティを深く実感して、今でも心に残っています。
この清心温泉ですが、2017年に焼失してしまいました。しかし、常連さんたちの協力によりクラウドファンディングを行い、別の場所に再建を行ったようです。そんなところからもコミュニティの強さを感じています。
仕事の告知・宣伝があればどうぞ!
2021年の4月に、2軒の銭湯の経営を新しく引き継いで、オープンしました。人からは「拡大しすぎじゃないの」なんて言われるくらいですが、自分としてはお金が続く限り銭湯を引き継いでいきたいんです。最初の動機は、日本から銭湯が消えていくのを「なんとかしなくちゃいけない」と思ったところから始まっています。僕が銭湯を経営しているのは、損得ではないんですよ。ただ、残していきたいんです。