“食えない仕事”には価値がないの? お金の悩みと向き合い続けた井上拓美さんの「好きなこととお金」のバランス

「Capital Art Collective MIKKE」の井上拓美さん

「Capital Art Collective MIKKE」で「お金の学校 toi」をはじめ、さまざまなプロジェクトのプロデュースに携わる井上拓美さん



働くうえで、「給料(お金)」のことは多少なりとも気になるもの。そのため「好きなことを仕事にしたいけれど、十分な収入が見込めずキャリアチェンジに踏み出せない」という悩みは、多くの方が抱えた経験があるのではないでしょうか。

今回は、「お金の学校 toi」を運営し人それぞれのお金の悩みに日々向き合ってきた井上拓美さんに、「やりたいこと」と「お金」との折り合いの付け方について、ご自身の経験を交えて話していただきました。

PROFILE

井上拓美。「Capital

井上拓美
飲食店やIT企業の経営を経て「Capital Art Collective MIKKE」を創業。「お金の学校 toi」を運営し、人それぞれのお金の悩みに日々向き合ってきた。クリエイター向けの無料のコワーキングスペース「ChatBase」、朝のウェブマガジン「KOMOREBI」、HOTDOGSHOP「SPELL’s」など、数多くのプロジェクトのプロデュースに携わる。
Twitter:@takuminouemikke

「お金」が「やりたいこと」の選択肢を狭めがちだと気づいた

――井上さんが運営している「お金の学校 toi *1」では、参加者それぞれの「お金」にまつわる悩みについて、毎回ユニークなゲストを迎えてざっくばらんに話しながら解決のヒントを探っていますよね。この取り組みは、どのような背景で生まれたものなのでしょうか。

お金の学校 toi

お金の学校 toi

「好き」と「お金」は
最初からつながっているのだろうか?
その2つは、いつ、どうやって
つながっていくのだろう?
あの人が辿った道から、
今の自分に必要な
お金との向き合い方を一緒に考えよう。
ここは、答えのないお金の学校。
(「お金の学校 toi」ウェブサイトより引用)


僕が無料のコワーキングスペース(後述)の運営を始めた頃から、お金に関するインタビューを受けたり、お金にまつわる悩みを相談されたりする機会が増えました。いろんな人の悩みを聞いて「お金とどう付き合うか」を考えることが増えた結果、その延長で「お金の学校 toi」が生まれたという感じです。

僕は普段から「やりたいことがあるけれどどうしたらいいか分からない人」の話を聞くことが多いんです。会ったことのない人から突然TwitterでDM(ダイレクトメッセージ)が来て、そのまま相談に乗ることもあります。

それぞれに多様な理由や背景がありますが、「本当は〜〜をしたいけどしっかり稼げるか分からない」「住みたい街があるけどそこで仕事が見つかるか分からない」など、「この先どうしていこうかな」の選択肢を狭める理由はお金に関する悩みに起因することが多かったんですよね。

――具体的に、どのようなアドバイスをするのでしょうか。

その人の性格や生活環境、お金の優先度、どれくらいのお金が必要かなどによって異なりますが……例えば、会社員で「好きなことを仕事にしたいけれど、“やりたいこと”を最優先で考えるとお給料が低くなるのが怖い」という理由で転職や独立に踏み出せない方がいたとします。自分が満足できるお金を稼げないことが辛いと感じるなら、好きなことと仕事を直接結び付けなくてもいいと僕は思うんです。

もちろん、仕事にまったくやりがいを感じないことが辛いのであれば無理する必要はないですが、「“嫌ではない”レベルでやれる」「楽しくはないがそこそこ満足はしている」のであれば、収入源として今の仕事を続けるのも一つだと思います。

仕事の時間が定時で一日8時間、睡眠が8時間だとしたら、残りの8時間は好きなことに充てられます。土日も足すと、好きなことをやれる時間って週に72時間もあって、案外多いんです。空いた時間をフルで使えば、会社員として働いている時間よりも実は長くなりますよね。

――たしかに、安定した収入は、“好きなこと”に打ち込むうえでの安心感にもなりそうです。

「やっぱり今の会社で働き続けるのはしんどい」という場合は、固定費を抑える提案をすることもあります。僕の地元は札幌なんですが、東京と比べたら生活コストは半分くらいで済みます。場所にとらわれない仕事であれば、住む場所を変えるのも手かなと思います。

「好き」をお金にするのは、本来とても時間がかかるもの

――井上さんはMIKKEを作った時、最初は仕事も少なく大変だったようですが、例えば、生活を安定させるために気乗りしない仕事を受けるなど、お金を稼ぐことを優先させる方法もあったのかなと思います。そうしなかったのはどうしてですか?

これはMIKKEを始めた理由でもあるんですが、僕は「社会にとってすでに“価値”だと認識されているものを作る前提に立たないと、食えない」という状況が本当に辛かったんです。その前にITの会社を経営していたこと、MIKKEを一緒に創業した仲間がエンジニアだったこともあり、ITやWebの知識を生かしてウェブサイトの受託制作などを収益の柱にする道もありました。でも僕自身は、「世の中にとってすでに価値のあること」に自分を合わせていくことでしかお金を稼げないという状況そのものにずっと違和感があって。

――「世の中にとってすでに価値のあること」とは、つまり「お金に換えることができるもの」ということでしょうか。

そうですね。経済学者のマルクスは、「資本主義社会の『富』は『商品』として現れる」と言っています。人を幸せにしたり豊かにしたりするものはすべて「富」であるものの、資本主義の社会では、お金に換算できる「商品」という形をとらなければ、「富」を価値として認識しづらい構造になってしまっています。

現代社会、特に都市で生きていくには少なくともお金が必要で。お金を稼ぐには「商品」を生み出さなければなりませんよね。でも、僕なりの解釈ですが、人それぞれがお金に換算できない「富」を持っていると思っているんです。

好きなことを仕事にするというのは、自分自身の持つ「富」に気づき、社会にも認めてもらうこと。それはきちんと時間をかけたほうがいいことだと思うんです。自分がいいと思うものは、時間をかけて形にし共有していくことで、少しずつ他人や社会が理解していけるものです。だから「好きなことを仕事にしたい」人に本当に必要なのは、「お金を気にせずに“好き”を掘り下げるための十分な時間」だと僕は思います。

――なるほど。そういった点からも、先ほどあったように好きなこととは別の場所で安定した収入を得ておくというのは手段の一つかもしれませんね。

残業が少ないなど、無理をしすぎず働ける環境であることが前提にはなると思いますが、もちろんそれも一つの方法です。また僕自身「お金を気にせずに“好き”を掘り下げるための時間」が欲しかったので、2018年に「ChatBase(チャットベース)」というクリエイター向けの無料のコワーキングスペースを作りました。

「ChatBase」はホテルの1階にあるスペースで、MIKKEがホテルのレセプションを代行することで、僕らは家賃をほとんどかけずに自分たちが作りたい空間を作ることができました。その場所を使ってお金を稼ぐ必要もなく、訪れる人も無料でスペースを利用できます。大まかにはそういった仕組みです。物々交換で集まった食べ物や、シャワー、仮眠室もあります。

このスペースを作った結果、僕自身も生き長らえる時間を延ばすことができました。そして、「社会にとってすでに“価値”だと認識されているもの」を作らずとも、心から「一緒にやりたい」と思える人と、自分が本当におもしろいと思うことだけを少しずつやれるようになってきたんです。

自分が持っている「好き」や「やりたい」には価値がある

――「お金を気にせずにやりたいことに打ち込める」というのは理想的である一方、人間関係や能力に恵まれた人だからこそできることという印象もあります。そのため、お金よりやりたいことを重視したいけれど、どうしても将来に不安がある、という方も多いと思います。その不安とはどう向き合っていけば良いでしょうか。

僕より若い方と話すなかで考えたことですが、まずは感覚でもいいので「いいな」と思える人に会って、その人が大切にしているものや「大切だ」と気づいたきっかけを聞いたり、自分の言語化できない不安を素直にぶつけてみたりすることを勧めます。

また「どれくらいお金が欲しいか=どう生きたいか」ということなので、自分が「この人の生き方いいな」と感じる人に「お金はどれくらい稼ぐ/貯金するのがいいか」を聞いてみると、参考にしたり実践したりしやすいのかなと思います。そういう大人と出会うために、まずは気になる人をSNSでフォローする、などから始めてもいいかもしれません。僕もSNSで連絡をくれた人と会ったり、それをきっかけにほかの誰かを紹介したりすることもあります。

――ちなみに井上さんご自身は、将来の貯蓄についてはどのように考えているのでしょうか。

個人のお金は、うーん……適当なんですよね(笑)家族がいて東京に家を借りていて、という状況なので、やっぱりどうしてもお金がかかって、将来設計がきちんとできているとは言い難いのが正直なところです。ただ、会社や家族のためにお金を稼ぐことも必要ですが、これまで話してきたように、僕は今「価値」とされていないものと長いスパンで向き合っていくことを第一に考えたいんです。

将来への不安の感じ方にはおそらく個人差があるので、「そういう考え方もあるんだな」程度に受け取ってもらえたらと思います。

――まずは自分の中での「やりたいこと」と「お金」のベストバランスを探すことが大切なのかなと感じました。

お金は、都市で生きるうえでは今のところ必要不可欠ですし、「商品」を生むことでお金を稼ぐのにやりがいを感じるのであれば、そのまま続けたらいいと思います。ただ僕が言いたいのは、「商品」にならなくても、自分が持っている「好き」や「やりたい」には価値があるということです。

「お金を稼がなきゃ」と思えば思うほど、「現時点で誰かにとって価値があるもの」を前提に考えなければいけなくなり、自分の純粋な感度が社会の尺度に埋もれていくことも多い気がします。その苦しさを知っているからこそ、僕は「商品」にならないものの価値をゆっくり育てられるような環境や仕組みをこれからも作っていきたいと思っています。

(MEETS CAREER編集部)

写真提供:神岡真拓

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