PDCAサイクルの「正しい回し方」をあなたは知らない。気鋭の統計家が語った“大きな勘違い”

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「PDCA回してかないとね」「それはPDCAでいこう」

ビジネスシーンで頻繁に使われる、この「PDCA」という言葉。Plan/計画、 Do/実行、 Check/評価、 Action/改善という4つのステップを踏んで事業のあり方を改善するフレームワークですが、果たして本当にPDCAの回し方を正しく理解し、実践できているでしょうか?

そもそもPDCAを正しく回すために何が必要で、何が欠けると正しく回せないのか?

そんな疑問をもとに今回お声がけしたのは、SNSや著作を通じてPDCAの考え方を紹介されてきた統計家、西内啓さんです。

「PDCAとは質の高い目標を立てるための考え方」だと語る西内さんに、知っているようで知らない、PDCAの正しい回し方を伺います。

西内啓さんプロフィールカット西内啓さん。東京大学を卒業後、東京大学助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長、ハーバード大学ダナ・ファーバー癌研究所客員研究員を経て、分析サービスを提供する株式会社データビークルを創業。現在は同社役員を退任し、統計家としてさまざまなデータサイエンス系プロジェクトを支援している。元Jリーグ アドバイザー(2015〜2022)。内閣府EBPMアドバイザリーボードメンバー(2020〜)。著書に『統計学が最強の学問である』など。

「PDCA」を使うのは日本人だけ?

──そもそも、「PDCA」という概念はどのような経緯で生まれたのでしょうか。日本でしか聞かない、という噂もよく耳にするのですが……。

西内啓さん(以下、西内):例えば、アメリカ人にPDCAと言ってもピンとこないことは多いかもしれませんね。アメリカにも似たような概念がないわけではありませんが、PDCAという表現はしないことが多いです。

──ということは、PDCAは日本で生まれたわけですか?

西内:実はそうとも言い切れなくて。私も以前気になって年長の統計学者に聞いてみたことがあるのですが、実はこの人のこの本が最初、といった初出がハッキリしないそうなんですね。ただ、間違いないのはいわゆる「統計的品質管理(統計を使って製品の品質を管理していく手法のこと)」という世界の中で生まれた概念だということです。

この世界の第一人者と言われる、エドワーズ・デミングというアメリカの統計学者が第二次世界大戦後、GHQの要請で日本にやってきて全国の統計調査に携わるのですが、その後彼が日科技連(一般財団法人「日本科学技術連盟」のこと。経営管理や品質管理技術の普及につとめてきた)で統計的品質管理の教育も行い始めるのですが、そのコミュニティの中でPDCAという考え方が生まれたようです。

──アメリカで生まれた概念をもとに日本人が作り上げる、というルーツが面白いですね。逆に、なぜこれほどまでにPDCAは日本のビジネスシーンに広まったのでしょうか。

西内:理由は2つあると考えています。1つは、PDCAが「Plan(計画)」から始まっていることです。いきなり「Do(実行)」するのではなく、まず仮説や見通しを立てる。これがリスクを嫌う日本人の文化にマッチしたのではないでしょうか。

2つ目に、日本の基幹産業の一つである製造業と好相性だったことも見逃せません。製造業とは品質や工程、納期などで生じる「誤差」との戦いです。なぜなら、部品一つひとつの誤差は結果として完成品の品質、サービスの差につながってくるからです。PDCAという概念がないと、品質の管理がかなり無計画なものになってしまうのではないでしょうか。だからこそ、PDCAのプロセスがうまくはまったのではないかと思います。

──できるだけ高品質な製品を効率的に作るという考え方が、ちょうどアメリカ的な「大量生産・大量消費」に向かっていた時代にマッチしていたこともありそうですね。しかし、そうなるとPDCAはむしろアメリカでこそ定着しそうにも思えます。なぜアメリカではPDCAがあまり使われないのでしょうか。

西内:デミングのその後に関して書かれた書籍によると、アメリカと日本の「マネジメント文化」の違いが原因の一つにあったようです。というのも、アメリカの企業は基本的にトップダウンでマネジメントしますから、現場の人間が品質・工程管理のプロセスや方法について考える機会はそう多くありません。そうしたマネジメントフローを考えるのは、もっぱらマネージャーの役割です。これはアメリカという国が日本よりも教育格差の大きな国であることにも起因しているのかもしれませんが、「管理する人と作業する人は別の立場」という認識になっているそうなんです。

一方の日本は、アメリカに比べるとそうした格差の少ない国です。この特性は製造業の現場にも反映されていて、現場が強く、マネジメント層と現場の人間のリテラシー格差も少なく、品質や工程を現場主導で管理しようとします。計画を立てて実行し、検証して改善につなげるというPDCAのサイクルは現場でこそ生きる考え方ですから、そうした現場主義の日本の製造業にフィットしました。この現場主義こそが、トヨタ自動車の「カイゼン(作業効率化や安全性の向上を目指す現場主導の活動)」などの動きにつながり、世界で「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称されるほどの経済成長を牽引していくわけです。

アメリカに出自を持つ概念を、トヨタのような日本企業が進化発展させて国際競争力にした、という流れは面白いですよね。

西内啓さんインタビューカット

数字なきPDCAはただの「試行錯誤」

──さて、ここからは具体的なPDCAサイクルの回し方について伺いたいのですが、そもそもPDCAに欠かせない要素とは何なのでしょうか。

西内:データと数値です。PDCAは統計的品質管理の世界から生まれた概念であるにもかかわらず、データや数値を前提にせず使われているケースも少なくありません。それはPDCAではなく「試行錯誤」です

──耳が痛い……。「試行錯誤」で終わらせないためにも、各段階でどのようなことを意識すればいいのですか?

西内:「Plan(計画)」の段階で重要なのは、立てた計画の中で必ず数値、それも客観的に計測可能かつ3つの条件(以下)を満たす数値目標を定めることです。

  • 中長期的な利益につながるか(確実性)
  • ズルがしにくいか(堅牢性)
  • 同じ値でも「望ましさ」に違いがあるような状況はないか(公平性)

例えば、ざっくり「儲かるといいよね」ではなく、「〜月末までに粗利を何円上げる」とする。

──客観的に計測可能というのはなんとなく分かりますが、他の3つはあまりピンとこないですね。

西内:要するにその数値が実質的な改善につながるのか、という判断軸です。

例えば、「前期よりも商談件数を増やす」「前期よりも売上を増やす」という目標を立てたとします。

そうすると、極端な話、仲の良い友人に頼んで、「商談だけ付き合ってもらった件数をカウントする」というズルができてしまいます。また営業側に値引きの権限が大き過ぎるような状況では「利益を考えると大赤字の値段で売った金額を集計する」みたいな“抜け穴”ができたりもするわけですね。この状態では目標を達成しているかのように見えても事業には何のメリットもありません

もちろん、速報値的な短期の目標として商談件数や売上を追っていくのはいいのかもしれませんが、その数字の改善が最終的に組織の利益へどうつながるのか(事業のあり方をどう改善するのか)という視点がなければ、PDCAで検証と改善のサイクルを回す意味がありません。

数値を定めることと客観的に計測可能な状態にすることは似ているようで違うんです。

PDCAグラフィック

──なるほど。客観性や透明性が大事なわけですね。

西内:そうですね。私は内閣府のEBPM(Evidence Based Policy Makingの略。科学的根拠に基づく政策決定)アドバイザリーボードとして、各省庁の関係者と政策のPDCAをどう回すか議論することも多いのですが、ここでも「客観的に計測可能な目標を決める」という大前提は案外見落とされがちです。優秀な人たちが集まっても、油断するとすぐにふわっとした目標が生まれてしまうんですね。例えば、「何かしらの流れを食い止める」とか。「食い止める」とは具体的にどういうことなのか。マイナスがゼロになればいいのか、マイナスをプラスにしないといけないのか、それともマイナスの度合いが減ればいいのか。何をすれば「食い止めた」ことになるのかを定義しないと、ゴールポストを動かしまくれるわけで、プランニングの意味がありません。

例えば、スポーツの試合で審判が「このラインを越えているかどうかは“総合的に”判断します」なんて言い出したら、選手は困りますよね?(笑)

西内啓さんインタビューカット

──なんだか身に覚えがあるという人も多そうです……。しかしなぜ油断するとすぐ目標が曖昧になるのでしょうか。

西内:一番の理由は「誰も責任を取りたがらない」という日本の組織にありがちな空気感でしょう。目標をふんわりさせておけば、達成できなくてもごまかせると考えてしまうのかもしれません。目標には届かなかったけれど、現場はいい空気で仕事ができたよね、とか。気持ちは分からなくもないですが、そもそもPDCAは責任を取る取らない、みたいな論点とは別レイヤーの話です。

事業成長の道筋を探るための、データに基づく検証と改善のプロセスですから、たとえ目標が達成できなくても、なぜ達成できなかったのかを検証し、筋の良い目標や次の打ち手を考えなければなりません。そうした本質を無視して目標を曖昧にしたら、いつまでたっても事業は成長しないし、改善点も見えてこないままです。

──とはいえ、上司が精神論や抽象的な目標を振りかざすパターンもよく聞きます。

西内:だからこそ、上司との間で「なぜPDCAを回す必要があるのか」についての共通見解をすり合わせておくことが大事でしょうね。

それに、しっかり数字やデータを元にプランニングすると、より質の高い目標が立てられるようになり、勘に頼ることもなくなります。

──では「Do(実行)」以降で重要なポイントは何でしょうか。

西内:まずはスピーディーにPlanからDoへ移行することです。完璧な計画を立ててから実行へ移そうとする人も多いのですが、最初に立てた計画が100%成功することは少ないように思います。だからこそDoの後に「Check(評価)」があるわけです。100点満点の計画を立てることに時間を割くのではなく、まずは実行することが大切です。

また、Checkの段階で一喜一憂するのもやめましょう。繰り返しになりますが、PDCAの目的は「うまくいった・いかない」をジャッジすることではなく、なぜうまくいったのか、あるいはうまくいかなかったのか、その要因をデータから分析し改善につなげることです。

例えば、自社商品を販売するプランを立てて目標の販売量に達しなかった場合、買ってくれた人と買ってくれなかった人は何が違ったのか、売れた店舗と売れなかった店舗では何が違うのかを確認するのがCheckです。

その結果、商品の強みと弱みが見つかったら、それを「Action(改善)」につなげます。私は今まで数多くのデータからアクションの事例を見てきましたが、Actionに関しては「変える」「狙う」「解決する」の3パターンにおおむね集約されていました。

例えば、こういう店舗ではよく売れてるらしい、ということが分かれば、店舗側と一緒になってその特徴を満たすように、売れやすい売り場づくりに「変えて」いこう、という施策が改善案になるかもしれません。あるいはメーカー側のアクションとして、売り場づくりに口を挟めない場合はすでにその特徴を満たすような店舗を「狙って」積極的に営業をかけていくと、同じだけの営業活動に対してより大きな売上を見込めるようになるかもしれません。逆に言うと、こういう店舗では売れにくい、という問題を「解決する」ような新しいアイデアがあれば、今まで取れていなかった市場にアプローチできるようになるかもしれません。

PDCAグラフィック

PDCAがフィットする仕事、しない仕事

──こうしたPDCAのサイクルを正しく回せるようになると、ビジネスパーソンのキャリアの面でどのようなメリットがあるのでしょうか。

西内:事業成長のために組織を率いるマネージャーにとって、PDCAのサイクルを正しく回すスキルは必須でしょう。上から課された数値目標を追うだけだと、組織への貢献度が低く、メンバーの信頼もなかなか勝ち取れません。

もちろん、メンバーであっても、自分でプランニングして進捗管理してくれたらマネージャーの負担も減らせるでしょうし、自らのスキルアップにもつながると思います。

──そもそも、PDCAのフレームワークはあらゆる職種、業種で活用できるのでしょうか。

西内:フィットする仕事とフィットしない仕事があるでしょうね。同じ商材を扱い、似たようなプロセスで、似たようなポジションの人にアプローチする営業の仕事にはフィットする一方で、企画書の作成やチームのコミュニケーション活性化といった仕事は、案件によって条件が多様で、人と人の相性も絡んでくるのでフィットしないかもしれません。

──PDCAがフィットする仕事を見極めるポイントはありますか?

西内:同じような条件のもと、同じようなプロセスを何十回、何百回と繰り返す仕事はフィットすると言えます。それだけ繰り返すということは仕事内容のばらつきが少なく、データも比較しやすいからです。

意外なところだと、人材採用における社員定着率の改善なんかにもPDCAが使えると思います。何十人、何百人を採用しているなら、それは「同じ業務を繰り返している」わけですから。定着した人と定着しなかった人の違いを分析して仮説を立て、それをもとに採用計画を立てて実行し、結果を確認する……といったサイクルですね。つい人が今足りているか、足りていないかばかりを意識しがちですが、そもそもすぐに辞めない人を採用したほうが採用コストも減りそうですしね。

──PDCAがフィットしないような仕事でもPDCAを活用するための方法はあるのでしょうか。

西内:作成手順のような条件・前提をあえてそろえてみると、フィットするかもしれませんね。あとは、仕事の中で定型化できる部分を探して、そこを目標に据えてみるのも有効です。

例えば、企画職なら「企画書の作成時間を減らす」といった、作業効率化につながる目標のほうが検証・改善のプロセスに乗せやすいでしょう。

自分の仕事を細かくブレイクダウンして、定型化できる部分がないか、同じことをやっているところはないか確認してみると、改善のタネが転がっているかもしれません。

PDCAグラフィック

PDCAサイクルを正しく回すために必要な「課題を見つけてくれてありがとう」の精神

──近年はビジネスシーンで「OODA(Observe/観察・Orient/状況判断・Decide/意思決定・Act/実行」や「PPDAC(Problem/問題・Plan/計画・Data/データ収集・Analysis/分析・Conclusion/結論」といった概念も提唱されていますが、PDCAとの違いはどこにあるのでしょうか。

西内:正直言うと、そういった表現は、いずれも「言葉遊び」の枠を出ていないように思います。例えば、P(計画)の段階で全くObserve(観察)しないことはないですよね? 同じようにData(データ収集)やAnalysis(分析)もPDCAのサイクルを回すうえで欠かせません。結局のところ、データをもとに検証と改善のサイクルを回すという点では、どれも同じなのです。

西内啓さんインタビューカット

──自分のニーズに合った言葉を採用すればよさそうですね。

西内:そうですね。それに、PDCAのうちどこから始めてもいいんです。必ずPlanから始めなければいけないわけではありません。これまでにやってきたことのCheckから始めたっていい。そうなると何かしらの問題が見つかるわけですから、自然とPPDACになりますよね。そう考えると、だいたいのサイクルはPDCAの範疇に収まると言えます。

──ありがとうございます。最後に、PDCAのサイクルを正しく回せる組織とは、どのような組織か教えてください。

西内:計画通りにいかなかったことを、むしろ「伸び代」と捉えられる組織です。ここまで読んでくださった方なら理解いただけると思いますが、それを責めるような組織だと、PDCAは正しく回りません。

生徒が問題に答えられなかった時、先生は「なんでそんなことも分からないんだ」と怒ってはいけません。だって、最初から答えが分かっていたら先生はいらないわけですから。会社も同じで、「なんで計画通りにいかないんだ」と現場を責めるのはおかしな話で、そこはむしろ「課題を見つけてくれてありがとう」と言うべきでしょう。

だからこそ上司やマネージャーは「うまくいった」「うまくいかなかった」をジャッジする審判ではなく、課題の解決法を部下と一緒に考える監督であり続けることが重要だと思います。

取材・文:山田井ユウキ
写真:関口佳代
編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職

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