「昇格」を拒否しても生き残れるか。人材育成のプロ・田岡英明さんと考えるキャリア設計術

昇格拒否トップ画像

「管理職になりたくない」。昨今、若手ビジネスパーソンの間で、こうした声を聞くことも少なくありません。責任の重さや、プレイングマネージャーとして現場との板挟みに苦労している……そんな上司の姿を見て、昇格をネガティブに感じる人も増えているようです。

マイナビ転職が2024年に行ったアンケート調査(※)によれば、現役管理職の約2割が「管理職を辞めたい」と考えており、心身の健康を損なったと答えた人は約7割にものぼります。もはや昇格は、誰もが望むルートではなくなっているのかもしれません。

消極的な判断と捉えられることもある昇格拒否ですが、そもそも昇格を拒むことはキャリアの停滞を招く「逃げ」なのでしょうか。それとも、変化の激しい時代における賢い「生存戦略」になりうるのでしょうか。人材育成・組織開発の専門家であり、ご自身も大手製薬会社で最年少リーダーを務めた経験を持つ、株式会社働きがい創造研究所の田岡英明さんに伺いました。

監修者

田岡英明さんプロフィール画像

田岡 英明(たおか ひであき)
株式会社働きがい創造研究所 代表取締役社長。青山学院大学経済学部卒業後、1992年に山之内製薬株式会社(現在のアステラス製薬株式会社)入社。1997年、32歳で全国最年少リーダーに登用され、若手・女性・年上など多様な部下のマネジメントに携わる。その後、新人・若手社員を対象とした勉強会「ひよこ倶楽部」も主宰するなど、社内の人材育成・組織開発に情熱を傾けた。2014年、株式会社FeelWorks入社。2017年1月、株式会社FeelWorksのグループ会社、株式会社働きがい創造研究所の取締役社長に就任。2024年9月には心理系大学を卒業し、心理学学士としての活動の幅も広げている。2025年1月から現職。

「管理職を辞めたい人」が増える背景

現役管理職の約2割が「辞めたい」と考え、約5割が「今後昇格したくない」と考えている現状について、田岡さんは以下のように指摘します。

「2014年から組織開発や管理職研修に携わっていますが、たしかにここ数年、管理職の疲れが目に見えて増しているように感じます。

背景にあるのは、おそらく企業を取り巻く環境の変化でしょう。市場のニーズが多様化し、かつての成功法則が通用しない。成果が出にくい時代なのに、上からは高い目標を課される。さらに働き方改革で部下の労務管理も難しくなっている、など。

何でも『管理職レイヤーで対応をお願いします』という傾向が強まり、現場の責任が肥大化しているようにも感じますね。

給与の逆転現象
アンケート調査からは、レイヤーが下がるほど昇格意欲も下がることが確認できた

そうして疲弊する上司の姿を見たら、部下も『あんなふうにはなりたくない』と思うはずです」

一方で個人の内面に目を向けると、「昇格したくない(管理職を辞めたい)」と考える背景に、管理職への昇格自体が目的化している可能性もあると指摘します。

「管理職への昇格をキャリアの通過点と捉えていればいいのですが、昇格自体がゴールになっている人も少なくない印象です。だから『給料は少し上がったけれど、日々の仕事に追われるだけでその先のキャリアが描けない』と感じてしまうのかもしれません。

それに、昇格意欲は個人の資質だけでなく、身を置く業界や企業の規模に影響される可能性もあります。例えば、明確なデータはありませんが、肌感覚として大手企業ほど若手の昇格意欲が高い傾向がありそうです。これは、大手企業の方が『キャリア自律』を促す研修や支援体制が整っているからだと思います。キャリア自律、すなわち自分のキャリアを主体的に決めていくという意識が育てば、管理職も市場価値を高める手段としてポジティブに捉えやすくなりますからね。

だからこそ、今昇格にネガティブな感情を抱いている人でも、環境を変え、適切なアシストがある場所に身を置けば、昇格意欲が湧いてくる可能性は十分にあると言えます」

現在の環境で身の振り方を悩んでいる場合、必ずしも同じ会社に留まる必要はなく、自分の志向に合った評価制度やキャリアパスを持つ企業に転職することも、現実的な選択肢のひとつと言えそうです。

昇格拒否を「生存戦略」にするため必要な視点

そうした前提を踏まえてもなお昇格を拒否することは、正しいキャリアの選択となりうるのでしょうか。田岡さんは「キャリア自律ができているかどうかが分水嶺になる」と語ります。

なりたい姿や極めたい専門性があり、そのために今は管理職を引き受けるべきではないと判断するなら、それは立派な生存戦略でしょう。私もかつて上司からの昇格オファーを拒否したことがあります。やりたい仕事、なりたい将来像が明確にあったからです。結果として、その判断が今の私のキャリアを支えています。

しかし、『なんとなく大変そうだから』という消去法での拒否は、中長期的にキャリアの選択肢を狭めてしまう可能性もあります

だからこそ、自分の適性や目指すキャリアがまだ見えない人は、あえて昇格のオファーに乗る選択肢もあると言います。

「心理学で『ジョハリの窓』というフレームワークがあります。自分が知っている(知らない)自分と他人が知っている(知らない)自分を視覚化した図で紹介されることが多いのですが、この中の『他人は知っているが自分は知らない自分』という領域こそ、キャリア成長のカギとなります。

ジョハリの窓
「ジョハリの窓」を視覚化した図。右上が「他人は知っているが自分は知らない自分」

上司から昇格をオファーされるということは『管理職としての適性』を見込まれている証拠。自分は『向いていない』と思っていても、やってみたら意外な才能が開花することはよくあります。

そもそも管理職になると、手に入る情報の量が増えたり、見える世界が変わったりします。すると、今までと同じ業務にも多様な意義ややりがいをもって向き合える、収入が増えてモチベーションが上がることも考えられます。

自分の可能性を自分で狭めてしまうのはもったいないので、上司の評価を信じてオファーに乗ってみるのも、キャリア上悪くない選択でしょう」

昇格拒否しても「リーダーシップ」は必要不可欠

「管理職にならない=専門性のみを突き詰めるスペシャリスト」というイメージが持たれがちですが、異なった視点も必要だそうです。田岡さんは、スペシャリストとしてキャリアを構築する場合も、高いリーダーシップやコミュニケーション力が求められると言います。

リーダーシップとは役職に応じて発揮されるものではなく、『人を巻き込む力』のことです

どんなに優れた専門性を持っていても、人や物事を動かせなければ、そのスキルの市場価値は上がりません。昇格しないのであれば、なおさら肩書きに頼らず人を動かす力を磨かなければ、キャリアも行き詰まってしまうでしょう。

逆に言うと、管理職にならなくても人材育成には関与できるということです。例えば『なぜ仕事がうまくいったか』『なぜ仕事がうまくいかなかったか』を当人が振り返れるような『良き質問者』になってあげるとか」

さらに、管理職にならない選択をする際のリスクヘッジとして、田岡さんは「社外人脈」の重要性を説きます。

「管理職になると、社外との交渉や会食の機会が増え、社外人脈が広がる場合もあります。しかし、スペシャリストにとどまる場合、意識的に外に出なければ、その視界は狭まってしまいがちです。社外に多様な人脈を持つことは『井の中の蛙』になるのを防ぐ意味もあるのです。

私自身、40代になってようやく社外の人脈作りに力を入れ始めましたが、今でもその時に培ったネットワークに助けられることが多々あります。20代、30代のうちから、社外の勉強会やコミュニティに顔を出し、異なる価値観に触れ続けておくことは、役職を持たないキャリアを歩むうえでの生命線となるはずです

昇格拒否を「正解」にするため必要な、価値観の軸

そんな田岡さんの周囲には、組織で上り詰めなくとも生き生きと働いている人が多いそうです。その象徴的なエピソードとして、2人の知人の話を紹介してくれました。

「例えば、ある企業で『良きナンバー2』におさまっている知人がいます。差し当たり、本田宗一郎における藤沢武夫(本田技研工業 元副社長)のような存在でしょうか。あの人がいるから組織が回ると周囲に言われるほど有能なのですが、決してトップにはなろうとはしません。

ある企業の経営企画室で出世頭だったのに、突如退職してカレー屋さんを開業した知人もいます。なんでも、自分にとって『家族との時間』を持つことが何よりも大切だと、ある時気づいたそうなんです。カレー屋さんとしての彼の戦略は『週3日のランチ営業だけで生計を立て、残りの時間はすべて家族と過ごす』というもの。結果としてお店は繁盛していますし、少なくとも私の目には、非常に納得感のある働き方を選び、幸せそうに映ります。

いずれのエピソードも昇格と直接関係ないのかもしれませんが、キャリアを考える上で『自分は何を大切にしたいのか』という価値観の軸を持つことの大切さを教えてくれます。昇格に絡めるなら、価値観の軸がはっきりしていれば、昇格を断ることも、逆に引き受けることも納得感のある選択になりうると言えるのではないでしょうか。

心理学の世界では、自分の価値観に沿った仕事ができている時、人は最も幸福を感じると言われています。他人と比較して、管理職になれない自分を卑下したり、ならない自分を正当化したりする必要はありません。大切なのは価値観の軸をどこに置くかです」

昇格拒否を上司に納得してもらうための、アサーティブ・コミュニケーション

とはいえ、上司からの昇格オファーを断るのは勇気がいるものです。上司との関係をギクシャクさせずに自分の意思を伝えるにはどうすればよいのでしょうか。

「まずは期待を寄せてくれたことに対して、感謝の言葉を伝えましょう。その上で、客観的な事実を引きながら、自分の意思を添える

例えば、『今、このチームには特定の技術に精通した人間が足りていません(事実)。ですから、私は管理職ではなく、その分野を極めることでチームに最大限貢献したいと考えています(意思)』といったように。

こうした伝え方は『相手の意思を尊重しながら自分の意思を述べる』という意味合いで、アサーティブ・コミュニケーションとも呼ばれ、伝えづらいことを伝えるためのコミュニケーション技術として昨今重視されています。

ポイントは、ただ『やりたくない』と言うのではなく『組織のために自分がどう貢献するのが最適か』という視点で主張することです」

昇格する・しないにかかわらず、定期的な「キャリアのピットイン」を

昇格すべきか、昇格を拒否すべきか。そんなキャリアの迷いを抱えながら働く若手ビジネスパーソンに向けて、田岡さんは「学び続けること」と「自分を見つめ直す時間」の重要性を語ります。

「私はよく『キャリアにはピットインのタイミングが必要だ』とお伝えしています。レース中のF1マシンのように、定期的に立ち止まってタイヤを替え、燃料を補給しなければ、最後まで走り切ることはできません。

日々の仕事に追われて忙しいなかでも、半年に一度、一年に一度でもいいので、今の自分の価値観はどこにあるのか、どんなスキルを磨きたいのかを見つめ直してください。

そして、いかなる状況においても学びを止めないこと。学んだ結果できることが増えれば、セルフイメージも上がります。セルフイメージが上がれば、自分の人生を自分でコントロールしているという感覚も持てるようになるはずです」


田岡さんの話から、管理職になるか、ならないかはあくまで「キャリアの選択肢」の一つとして捉えれば良いということが分かりました。

どちらの道を選んだとしても、自分をアップデートし続けていれば、選択肢を持ちやすい状態でキャリアを築いていくことができます。つまり、昇格拒否を「生存戦略」にできるかどうかは、これからの学びと行動次第なのです。


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【出典】
マイナビ転職『管理職の悩みと実態調査』

取材・編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職


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