番頭・イラストレーター塩谷歩波の今を楽しむための決断【私のはじめの一歩】

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自分らしい生き方をしている気になるあの人の「はじめの一歩」について、本音で答えてもらう企画「私のはじめの一歩」。今回は、高円寺にある銭湯・小杉湯の番頭兼イラストレーターの塩谷歩波さんにインタビュー。鬱々とした日々を救ってくれた「銭湯」に関わる仕事を選ぶまでの葛藤や、今の生き方や考え方に影響を与えた出来事などについて伺いました。

プロフィール

1990年生まれ。高円寺の銭湯・小杉湯の番頭兼イラストレーター。早稲田大学大学院(建築専攻)を修了後、有名設計事務所に勤めるも、体調を崩す。休職中に通い始めた銭湯に救われ、銭湯のイラスト「銭湯図解」をSNS上で発表。これが評判を呼び、小杉湯に声をかけられ番頭兼イラストレーターとして働くようになる。NHKドキュメンタリー「人生デザイン U-29」「情熱大陸」など数多くのメディアに取り上げられる。2019年に書籍『銭湯図解』を中央公論新社より刊行。好きな水風呂の温度は16度。

現在のお仕事を始めたきっかけを教えてください

大学院卒業後、建築家を志して都内の設計事務所で働き始めましたが、1年半ほどして体調を崩し休職を余儀なくされました。3カ月の休職期間中、自宅で鬱々と過ごしていた私を、大学の先輩が銭湯に連れ出してくれたんです。久々に訪れる銭湯は、心地よいのびやかな空間が広がっていました。また年配の方との「今日、寒いわね」という他愛もない会話に心底癒やされ、銭湯にハマるように。
やがてさまざまな銭湯を訪れるなかで「銭湯の魅力を届けたい」と思ってSNSにアップしたイラストが反響を呼び、その絵を見た銭湯(高円寺・小杉湯)の3代目から声をかけられて転職し、今に至ります。

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今の生き方や考え方に影響した、ターニングポイントを教えてください

体調を崩したタイミングです。それまで、いつか建築家になるためにと毎日頑張っていたのですが、難しくなってしまって。一時的な体調不良なら復帰もできますが、休職をとったにもかかわらずまったく回復しなかったので、建築業界に復帰すること自体が難しいと感じたのです。悩みながら過ごすなかで、自分にとって何が幸せなのかを毎日考えました。夢のために、精一杯頑張る。それが人生の美徳とすら思っていたのに、体調を崩したことで頑張り続けても報われないこともあるんだな、ということを実感しました。

そんなときに出会ったのが銭湯です。銭湯に行って、お風呂に入って、心地よくなる。非常にシンプルですが、今この瞬間が心地よいと思えることが、未来への切符がなくなった自分にとって救いでした。銭湯に通いはじめ、銭湯に居場所を見いだすようになって、「今」という時間の大切さを感じるようになりました。それまではずっと先の未来のために今を無視して生きてきました。体調を崩して銭湯に出会ってからは「今」を何よりも大切にする、そんな価値観で生きるようになっています。

設計事務所から番頭兼イラストレーターという新しい挑戦をされていますが、当時を振り返り悩んでいたこと、実践された「はじめの一歩」を教えてください

3代目に小杉湯への転職を誘われたとき、とても悩みました。大学時代は建築家を目指して建築デザインに励んでいたので、銭湯に転職するとそれまで築いてきたキャリアがすべて無駄になると思ったからです。ですが、銭湯の仕事はとても魅力的に感じましたし、純粋にワクワクしました。

それでも、自分が今まで頑張ってきたものを投げ打つ覚悟はすぐには持てずにいました。最後まで自分で決断することができず、それなら友人に決めてもらおうと思い立ち、友人10人に相談して一人でも反対したら建築の道をこのまま進もうと決意しました。ですが、答えは全員「転職したほうがいい」でした。

「塩谷は絵を描くのが好きなんだから、目の前に開いている道に進んだほうがいい」「建築の道はいつでも戻れるんだから、絵を好きな気持ちを大切にしたほうがいいよ」

大学時代、設計の課題では常に絵を描いてプレゼンをしていて、友人たちはその姿をよく知ってくれていました。友人たちの答えに「実は私は絵を描くことが何より好きだったんだ」とハッと気づかされたのです。

そうして私は、銭湯に転職する道を選びました。銭湯に就職すれば必ずしも安定するという訳ではありません。それでも、「自分が本当に好きだ」と思える場所で勝負できるのなら、失敗しても後悔はしないと自分の中ではっきりした答えが出ていました。

2つ選択肢が目の前に広がっているときに「どちらのほうが成功するのか」が判断のポイントになるかもしれません。でも、大切なことは後悔しないことだと思います。失敗したとしても、後悔しない選択なら失敗は挽回できますが、自信のない選択をした場合、成功したとしてもこっちのほうがもっと成功したのでは、という歯がゆい思いはついて回ります。「自分が後悔しないと言い切れる選択をすること」。これが前に一歩進むうえで必要なことだったのではと感じています。

なかなか一歩目を踏み出せなかったが、最近はじめてチャレンジできたこと、やってよかったことはなんでしょうか?

小杉湯専属のイラストレーターでしたが、今年の初めから「アトリエエンヤ」という屋号で、小杉湯以外の絵のお仕事をお引き受けするようになりました。お客さまがいて、ゆっくりお話を伺い、どんな絵がいいのかを決める、そんな作業は初めてだったので最初はドギマギの連続。ですが、最近になって一人のお客さまに向き合い、時間をかけてその人が喜んでくれる絵を描くということがとても楽しく感じています。設計事務所でも、お客さんとお話をしながら建物について考える時間がとても楽しかったですし、そのときのスキルが繋がっているなと実感しました。初めてのことで最初はおっかなびっくりでしたが、やはり考えるより先に実践することが重要と思っています。