会社員がExcelスキルを磨き、「日本中のビジネスマン」を救った話|長内孝平



若手社会人のなかには、「自信を持って“人よりできる”と言える自分のスキルってなんだろう?」「仕事の“武器”はどう見つければいいんだろう?」と悩んでいる方も多いのではないでしょうか。あるいは、周りに頼られるスキルは身に付けたけど、それを社内外にどうアピールしていけばいいか分からない、という方もいるかもしれません。

現在、青森県を拠点に配信事業や教育事業を手がける企業、Yousefulの代表取締役である長内(おさない)孝平さんは、Microsoft Excelのスキルを高め、会社員時代に「エクセルYouTuber」として唯一無二の立ち位置を築きあげた経験を持ちます。

会社員が日々仕事で使うExcelというツールが、いつの間にか自分の「武器」になっていたのです。

今回は「自分の武器の見つけ方、育て方、アピールの仕方」をテーマに、若手社会人が「自分だけの仕事の武器」をどう見つけて、どう育てればよいのか、そのヒントを「エクセルYouTuber」として唯一無二の立ち位置を築きあげた長内さんにご解説いただきます。

僕がExcelと出会うまで

長内孝平さんトップ画像

<プロフィール>
長内孝平 1990年青森県生まれ。米ワシントン大学留学、神戸大学卒業後、伊藤忠商事に入社。会計・税務を専門に投資案件のプロジェクトなどに従事し、2018年7月に退職。同年8月にYouseful株式会社を設立。Excel専門チャンネル「おさとエクセル」を運営するとともに、Excelトレーニングプログラム「ExcelPro」を開発・運営する。著書に『できるYouTuber式 Excel 現場の教科書』がある。

はじめまして、長内孝平と言います。僕は2014年、Excelを中心としたソフトウェアの活用法を解説する「おさとエクセル」というYouTubeチャンネルを立ち上げ、それ以来「教育系YouTuber」として活動してきました。

Excel、と聞いて反射的に「苦手だな」と感じる方も多いのではないでしょうか。皆さんもご存知の通り、Excelは書店のビジネス書のコーナーに関連書籍があふれるほど、解説ニーズの高いソフトウェアです。つまりは、「ビジネスマンの悩みのタネ」なんですね。

僕はこれまで、Excelの基本的なテクニックからショートカット術、関数の扱い方に至るまで、これさえ見ればExcelをマスターできる、と自信を持って言い切れるノウハウを動画で発信し続けてきました。

そんな僕が動画を投稿しはじめたのは、学生時代の2014年前後にさかのぼります。インターン先で海外のExcel解説動画に触れて、YouTubeにおける「教育系動画」のジャンルに大きな可能性を感じ、得意分野のExcelにまつわる情報をYouTubeで発信することを思いつきました。

就活を経て入った会社では、Excelのちょっとした相談事を部署内外から引き受けることで、「エクセルYouTuber」として人脈を広げました。

また、社内外を問わず、出会った方々との「ご縁」を大切に、信頼を貯めていくことで、オリジナルなキャリアを作りました。

社会人も2〜3年目になると、同僚や後輩と比べて「自分は抜きん出たものを何も持っていないのではないか」と焦ることもあるでしょう。そんな方に少しでもお役に立てるよう、僕がExcelの解説動画をどのように「自分だけの仕事の武器」にしてきたか、綴ってみたいと思います。

Excel解説本を読むのが苦痛でしょうがなかった

最初から高尚なことを言うようで恐縮ですが、公務員だった親の影響もあり、昔から「人の役に立ちたい」という思いを持っていました。僕にとって人の役に立つための手段、それが結果的にExcelの解説動画となりました。

大学在学中にアメリカ留学をし、現地の企業でインターンをしました。主な業務は買収先の企業と自社の勘定科目のすり合わせ。そのために使うツールはもちろんExcelです。大学でコーポレートファイナンスを専攻していたので、Excelは日常的に使用しているツールでした。……が、もっと仕事の効率をあげたいと思い、改めてExcelの勉強を始めました。

その時強く感じたのが、ソフトウェアの操作方法はテキストのみで学ぶよりも、動画を通じて学ぶほうがはるかに分かりやすい、ということ。当時はExcelの解説本を読むのが苦痛で苦痛で……。英語の勉強もかねて、Excel講座の動画コンテンツを試しに買って見てみたら、理解度がめきめき上がっていくのを感じました。

「日本でもこういう動画を作っている人はいるのかな?」とYouTubeを検索しても、ほとんど見つかりませんでした。2014年といえば、YouTubeにおもしろ動画や違法コンテンツなどもあったような時代。だからこそ、Excel講座のような教育系の動画はニーズがあるに違いない。自分が動画を作れば、いつかきっと、僕と同じように救われる人が現れるはずだ、とその時、直感的に思いました。

帰国後すぐ、アルバイトで稼いだなけなしのお金をすべてはたいて、16万円の一眼レフカメラと10万円ほどの動画編集ソフト「Adobe Premiere Pro」を買い*1、動画を作りはじめました。思えば、これが後々につながるはじめの一歩でした。編集も出演もまったくの未経験だったので、すべて独学です。自分の時間とお金、あらゆるリソースを投下し、当時は動画投稿にすべてをかけていました。

長内孝平さん写真1
インターン時代の1枚

……と言うと、「どうしてそんな分野で、しかも当時まったく盛り上がっていなかった場所で動画投稿をすることに全力投球できたの?」と疑問に思われるかもしれませんね。もちろん、そこには多少の戦略もありました。

「ランチェスター戦略」で考えた、勝利の方程式

学生時代に学んだ経営戦略のひとつに「ランチェスター戦略*2があります。

ランチェスター戦略のコアとなる法則は至ってシンプルです。

戦闘力=武器効率×兵力数

これだけ。『ドラえもん』を事例に考えるなら、兵力数(体力)で劣るのび太は、ドラえもんの秘密道具で武器効率を上げることによって、兵力数(体力)に勝るジャイアンに勝てるわけです。ここから、弱者の生存戦略を導き出すことができます。

グラフィック

話を戻しましょう。ランチェスター戦略を自分なりに分解した時、僕にとっての「武器効率」とは未だ開拓されていない「差別化された分野」に飛び込むことだと考えました。「差別化された分野」とは、YouTubeという人の少ない場所の、誰も手を出していない教育系動画のジャンル。

しかも、Excelは普及率が高いだけでなく、生産性の差分が非常に出やすいソフトウェアですから、コンテンツとしての需要はあるはず。「兵力数」を動画本数とするなら、動画未経験の僕でもナンバーワンになれるジャンルだと感じました。

思えば、インターン時代にExcelを勉強したのも、日本語が通じない環境でパフォーマンスを発揮するにはテクノロジーの分野で存在感を示すことが重要だと感じていたからで、差別化された分野でポジションを取るという意識は自分の中に元々あったのでしょう。

そして、Excelのスキルを武器として認識するうえで、ランチェスター戦略の考え方は大変役立ちました。

差別化された分野は案外身近にあるものです。例えば、会議が必要以上に多く、連絡事項を口頭で伝え合う職場なら、丁寧かつ詳細な議事録を素早く共有することが優位性につながるかもしれません。自分が活躍できる「差別化された分野」が近くに眠っていないか、常に目を凝らして観察しましょう。

ちなみに、チャンネルを立ち上げたばかりの頃のブログを読み返すと、「チャンネル登録者数がやっと200人を越えました……!」みたいなことを嬉々として書いています。全力投球したわりに全然伸びてないじゃん、というご指摘もあるでしょうが、ダメだという感覚はありませんでした。むしろ、少しずつであれ、日々メディアが成長しているのがうれしくて仕方なかった。数少ない視聴者の方からのコメントなどを通じて、その実感は大きくなっていきました。

Excelスキルが、社内人脈を広げてくれた

就活を経て、商社に就職した僕は税務室に配属されました。当時も目の前の仕事をこなしながら、動画投稿は続けていました。正直に言うと、総合商社に入ったことで「リスクのない人生が手に入った」と気持ちがゆるんだ時期もあります。でも、YouTubeというある種の「課外活動」を通して自分のキャリアを充実させている、誰かの役に立ちたいという大きなミッションに着実に近づいているという実感はありました。

一方で、この「課外活動」が自分のアイデンティティになりつつある、というのは社内にいても強く感じるようになっていました。入社当初から、親しい社員の方々にYouTubeをやっていることは公言していました。最初こそ「変わったことしてるね」という反応でしたが、次第に「この関数がよく分からなくて……」「こういう資料を作りたいんですが……」といった問い合わせが社内のあちこちから舞い込むようになりました。そうした依頼に毎回応えていくことで、「長内はExcelの人だよね」というアイデンティティが確立し、社内で頼っていただける存在になったのだと思います。

長内孝平さん写真2
商社マン時代の1枚(画像を一部加工しています)

そう言うと、「便利屋さん的な立ち位置で仕事を押しつけられていたのでは?」と心配される方もいるのですが、幸いにも僕にリスペクトを持って聞いてくれる方ばかりでしたし、難解な質問も飛んできませんでした。だから、たいていは「これを見ていただいて、それでも分からなかったら聞いてください!」と僕が作った動画のURLを共有するだけ。

相談されて迷惑どころか、ちょっとした社内貢献ができているといううれしさはもちろん、部署を問わずさまざまな方とつながれるおいしいスキルを手に入れられた、という思いでした。

その裏では、動画本数を地味に増やしていた甲斐があり、YouTubeチャンネルの注目度もありがたいことに少しずつ上がっていました。チャンネル登録者数は一気に伸びなくても、市場を見極め、良質な動画を投稿し続ければ、「戦闘力」は着実に上がる。その仮説が実証されたようでうれしかったです。実際に、活動をはじめてから2年ほどで取材の依頼などをいただくようになり、「エクセルYouTuber」としての存在感が出てきました。

入社から3年目の2018年には、YouTubeは大きなマーケットになっていました。当時、プライベートで娘が誕生したという大きなライフイベントもあり、これを転機に起業を決意。会社に迷惑をかけないタイミングを選び、同年7月に会社を辞めました。

時々、「商社マンの職を手放すことは怖くなかったですか?」と聞かれます。けれど、「戦闘力」を着々と上げているという実感があったので、その選択に迷いはありませんでした。言うなれば、大きな波が来た時に、サーフボードを持って沖合に出ていた状態だったのだと思います。

「一貫性」によって武器が育つ

ここまでの話を読んで、「なんてストイックなことを言ってるんだろう、大学時代から何年も動画を投稿し続けるなんて無理だ……」と感じる方もいらっしゃると思います。

けれど実際には、僕もチャンネル運営をするうえで、Excel以外のコンテンツ(Google SpreadsheetやVALUなど)の解説動画も作り、「これは中長期的なアセットにならない」と判断してやめる、ということを繰り返してきました。

僕がこうして試行錯誤を重ねながらもExcelの動画を作り続けたように、「一貫性」をもって何かに取り組むことは、キャリアを考えるうえで、ある程度大切です。なぜなら、一貫性は得意分野を説得力のある「武器」へ育てるために必要不可欠な要素であるだけでなく、「この人だったら信頼できるよね」というセルフブランドに直結するからです。でも、何かを続けることは根気が必要です。ブランドが簡単に作り出せたら、誰も苦労はしないわけです。それは会社のブランドでも、個人のブランドでも同じ。

けれど、そこにハードルを感じて諦めるのではなく、抽象度を一段階上げて、「“挑戦するという一貫性”さえ一貫していればいい」と考えてしまうのもひとつの手だと思うんです。同時に、「自分は何を一貫しているのか」というメッセージを一定の抽象度で周りに示していくことが、キャリア戦略上とても重要です。

例えば、僕はいま、Excelの領域から少し輪を広げる挑戦を経て、さまざまなソフトウェアの企業研修やパーソナルトレーニング、就活生のキャリア戦略を考えるYouTubeチャンネルの運営など、広く「ビジネス教育系YouTuber」として活動しています。これは、Excelのスキルという武器を生かしてビジネスと教育というふたつの領域にチャレンジしながら、一貫性を持って良質なコンテンツを発信し続けてきた結果だと捉えています。

失敗しても、回り道をしても、「今度はこれを試してみよう」「少なくとも、この領域ではやりきろう」と挑戦を続けることがその人を貫くキャリア=武器になり、ひいては周りからの信頼につながっていくのだと僕は思います。

「ご縁」を紡げば自分だけのキャリアが見つかる

一貫性を持って挑戦するうえで意識しておきたいことが、人との「ご縁」です。社内社外にかかわらず、飛び込んだ先に、自分のことを認め、自分はここにいてもいいんだと思わせてくれる人はいるでしょうか。得意分野から、つい「なにをしたいか」ばかりに目を向けてしまいがちですが、僕はむしろ「誰と働くか」こそが、自分の行く末を大きく左右する気がしています。

なぜなら、ご縁を大事にすると、いつの間にか信頼の残高が貯まり、思いがけない機会が巡ってくることもあるからです。僕のような青森のしがないベンチャー社長にさえ、時折「まさか」という方から連絡が届いたりしますが、これは社内外を問わず、ご縁を大切に信頼の残高を貯めてきたおかげなのだと感じています。

誤解を恐れずに言うなら、ある種のコミュニティに参加するための手段がご縁だ、とも考えられるわけです。

少々話はズレますが、ここ数年、オンラインの世界への参加者が増えたことで、オンラインでの情報発信リスクが高まっていることにお気づきの方も多いでしょう。稀少な情報や機会が、オープンな場ではなくコミュニティの中に収束していく。リスクヘッジのため、オフラインのつながりをもとにコミュニティが形成される。そんな傾向が強まっています。つまり、一周回ってオフラインの大事さに目が向けられる時代なのです。皆さんも、オフラインの信頼できる人から紹介されたものは、「自分にとって大事なもの」だと感じるのではないでしょうか。

こうした時代にあって自分らしいキャリアを作るうえでは、ご縁をきっかけにオフラインでの信頼の残高を貯めていくことが重要ではないかと感じています。その時に必要となるのが、一貫性を持って何かを続ける過程で形作られたセルフブランドと、スキルのような武器です。武器、一貫性そしてご縁、この3つがそろった時、思いがけないキャリアが目の前に立ち現れるかもしれません。

もちろん、「なにをしたいか」を無視すべきというわけではありません。大事なのは、「大局観」を持ってキャリア戦略を考えること。「化粧品が好きだから化粧品業界で働きたい」なら、「どうして化粧品が好きなんだろう?」「自分は化粧品業界のどんな部分に憧れているんだろう?」と抽象度をひとつ上げてみる。それがきっと、意思決定の際の選択肢を増やしてくれるはずです。


*1:当時、Premiere Proは現在のようなSaaSモデルではなく、買い切りだった。

*2:戦争において「強者」と「弱者」がどのようにすれば戦局を有利に運べるか、戦力差をもとに互いの戦略を導き出す理論。第一次世界大戦での航空戦をきっかけに生まれた。