スキルの「共通点」は意外なところから見つかる。元バンドマンが営業を“天職”にするまで|堤貴宏

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<プロフィール>
堤貴宏。株式会社ホットリンクでマーケティング本部インサイドセールス部に所属。高校卒業後、ギタリスト・MIYAVIに弟子入り。その後、 赤坂BLITZや恵比寿リキッドルームでのワンマンライブを成功させたヴィジュアル系バンド「シリアル⇔NUMBER」に在籍するなど、自身もミュージシャンとして活動。当時の曲はカラオケDAMやJOYSOUNDに約50曲収録されている。ミュージシャン引退後はビジネス界へ転身し、「ヴィジュアル系インサイドセールス」として活動。Voicyのパーソナリティーを務め、各種ビジネスイベントに登壇するなどその活動範囲は多岐にわたる。


転職や異動などで未経験の仕事へ携わることになったけど、毛色の異なる過去の経験を生かせるかどうかーー。そんな不安を抱えている人もいるでしょう。業界や業種の壁を超えて活躍する人々に共通する心構えやアクションとは。

ホットリンク社でインサイドセールスとして活躍する堤貴宏さんは、元バンドマン。プロとして32歳まで音楽活動を続け、その後、会社員に転身しました。未知の仕事へ立ち向かう堤さんを救ったのは、意外にもバンドマンとしてのキャリアでした。過去の経験をフルに生かして「音楽活動と仕事の共通点」を見出し、会社員の世界でもオリジナルな立ち位置を築き上げてきたといいます。

当初は生かせないと思っていた異なる領域での経験。それが、どんなきっかけで生かせることに気づいたのか。その経緯は、今までと違うフィールドでサバイブしようとする皆さんに、何かしらのヒントを与えてくれそうです。

高校を卒業してから32歳までの、およそ13年間、ヴィジュアル系バンドでギタリストをしていました。紆余曲折あり、現在はIT企業のインサイドセールスとして働いています。

32歳まで会社員経験なし、「前職」とほぼ無関係の世界にダイブ。

そんな私がここまで会社員として生き延びてこられたのは、意外かもしれませんが、バンド時代の経験を強みにできたからです。

今回はこれまでのキャリアを振り返りながら、異なる経験に「共通点」を見出し、それらを仕事のやり方に生かしていくプロセスをお伝えします。

正直、かなり極端な例ではありますが、異なる領域に挑戦しようとする皆さんに、私の経験を少しでも役立てていただければ幸いです。

32歳、初めての就職

まずは、私が会社員になった経緯をお伝えします。

ちょうどミュージシャンとしてのキャリアが終盤に差し掛かった30歳の頃、ある会社で営業のアルバイトを始めました。その理由は、単純にバンドの人気低迷で生計を立てられなくなったからです。

個人事業主や中小企業にSEO施策を提案し、電話とメールのみでクロージングまで行う営業手法。インセンティブは高く、生活費を稼ぐという意味で「やりがい」はありました。

それほど当時は

「生きていくために、何とかして成果を上げなければ」

という思いでした。

もちろん営業職は未経験。それでも、成果を上げていた社員の行動をつぶさに観察・真似しながら自分の色を付け足すことで、めきめきと成績を上げ、半年経った頃には社内のトッププレイヤーになっていました。

そんな経緯もあり、元バンドマンだった営業部長に「堤はビジネスの世界でも活躍できると思う」という言葉と正社員への推薦をいただき、そのまま就職。

13年間打ち込んできた音楽の世界に後ろ髪を引かれる思いがなかったと言えば嘘になります。が、32歳の頃、私はこうして会社員人生をスタートさせたのです。

堤貴宏さん記事内写真
当時の履歴書写真

「営業」と「音楽活動」のベースにある共通点

前述の通り、私は1社目で順調に成績を上げることができましたが、その理由の一つに、心構えやアクションの面で「営業」と「音楽活動」の共通点を見出したことがあります。

一つめは、どんな状況にあっても「限られた時間の中で」相手の期待を超えなければならない、ということ。

ミュージシャン時代、多い時には月20本のライブをこなすなかで、過密スケジュールが原因での体調不良や、プライベートの問題でステージに立つ気分になれない……などさまざまな状況を経験しました。でも、会場を訪れるファンの方々にメンバー個別の事情は関係ありません。ステージに立つ以上、プロとして最高のパフォーマンスをする。ある時、その気持ちの切り替えが、お客さまに直接訴えかける商談にも通じている、と感じたのです。

二つめは、「やること」「やらないこと」を区分けしながら効率的に準備すること。

商談における提案準備は、ライブのリハーサルとも似ています。機材トラブルや演奏ミスをゼロに近づけるため、リハーサルはライブの本番ギリギリまで行われます。そんななかで欠かせないのが、やることの優先順位付けでした。リハーサルの項目は多岐にわたります。ライブ当日の状況によって準備する項目を臨機応変に取捨選択しなければ、すべてが中途半端なまま本番を迎えてしまう可能性もあります。

そんなリハーサルと商談準備の間に共通点を見出したきっかけは、商談時の失敗でした。緊張で頭が回らず話せない、想定していなかった質問を受けて答えに窮する、ふとした一言でお客さまを怒らせてしまう。さまざまなトラブルに直面したことで、「準備が中途半端になっている」と悟ったのです。そこからは、お客さまによくいただく質問や回答に困ったケースを社内のメンバー全員から収集し、それぞれに対応したトークスクリプトや回答集を作成するなど「何を準備すべきか」を意識するようになりました。

そして、こうした共通点を見つけられるようになってからは、仕事に向き合うモチベーションが「お金を稼ぎたい」から「営業そのものが楽しい」に変化していきました。異なる世界の共通点は、ふとした瞬間に顔を出します。どんな状況にあっても、これまでに培った経験やスキルは「これしかできない」と過少評価するのではなく、「これができる」とポジティブに捉えるのが大切なのかもしれません。

「基礎的なビジネススキル」のなさに悩む日々

正社員として働き始めて数年経った頃、営業職として初めての転職を経験しました。ちょうど仕事内容にもやりがいを感じ、生活も以前より安定してきたタイミングでした。

新しく入ったのはSaaSのプロダクト(商品)を扱うスタートアップ。元プロミュージシャンという肩書きについても、自分たちの音楽を“売っていく”スキルを見込まれ、「凄い人に違いない」と大きな期待を寄せていただきました。

前職の成功体験から、すぐに活躍できると思っていたこの会社で、私は思わぬ挫折を経験します。

前職で見出した「共通点」が新たな環境下で活用できなくなっていたのです。その原因は、共通点以前の根本的なビジネススキルの欠如でした。

お客さまのほとんどが個人事業主だった前職と違い、新しい会社のお客さまの多くは大企業で、中長期的な信頼を築くコミュニケーションが必要でした。そのためにはビジネスマンとしての基礎スキルが必須。前職が電話とメールしか使用しない非対面の営業だった関係で、私はPowerPointやExcelが使えないどころか名刺交換のやり方さえ知らなかったのです。

当時30代半ば。会社員として20代を送っていれば、そろそろ「若手」のポジショニングが通用しなくなる年齢です。

「堤君は期待外れだった。もう底が見えた」

そんな社内の声もチラホラ耳に入ってくるようにもなりました。

全国区の知名度を得てどこへ行っても拍手で迎えられたかつての日々と、今の情けない境遇とを比較しながら、何度もミュージシャンに戻りたいと思いました。

やっぱり、ミュージシャンの経験って、この業界じゃ生かせないのではーー。自己嫌悪に押し潰されそうになりながら、私は逃げるようにその会社を退職しました。

バンド経験が「強み」と見なされた。自分の経験を開示する大切さ

前職の経験ですっかり自信を失いながら転職活動を続けていた頃、現在在籍するホットリンクという会社に出会いました。

自信のなさから、面接では「経験不足」とみなされないよう少しでもビジネスパーソンとしてスキルをアピールしたかったのですが、何故かミュージシャン時代の経験ばかりを質問されました。

当時どのような活動をしていたか、音楽シーンで生き残るためにどのような工夫をしていたか。

私はギターの練習を毎日欠かさなかったことや、競合(バンド)の分析やファンの属性を調査して自分のバンドのポジショニングを考えていたこと、楽曲や衣装、メイク、メンバーのキャラクター設定に至るまで市場のニーズに合わせてチューニングしていたことを話しました。ちなみに、こうしたアクションは人気バンドなら少なからず行っています。

すると、予想外の反応が返ってきました。

「凄いですね……! とても面白いです。ぜひ一緒に働きませんか?」

後になって分かったことですが、ここで話したバンドを売るための考え方は、ホットリンクで求められるマーケティングや営業のスキルと通じていたのです。

もしかすると、自分の経験やスキルを「強み」と捉えてもらえる場所がまだまだあるのかもしれないーー。今度は他人から教えられる形で、私は音楽と営業の「共通点」を見つけたのです。他人の目を通すと、意外な形でこれまでの経験が評価されることもある。私はここで、自分の経験をすすんで開示していくことの大切さを学びました。

こうして私は2018年の4月、ホットリンクに入社したのです。

自分だけにしかない「個性」が「強み」を生かしてくれることも

入社後まず取り組んだのは、基礎的なビジネススキルの修練です。

日経新聞を毎日読む、Webメディアに毎日触れる、専門書籍を月10冊以上読む、SNSで各業界のキーパーソンをフォローし、そして自分自身も発信を続ける。これらをギター練習のように毎日続けました。おかげで、インプット・アウトプットの質とスピードが格段に向上し、「やはりどの世界でもまずは基礎を固めることが重要なのだ」と再認識しました。

入社から数カ月経った時、インサイドセールス専門部署の立ち上げ計画が持ち上がりました。

電話営業の経験があった私に白羽の矢が立ち、立ち上げを担当することに。ツールの選定や導入後の設計、他部署との連携、営業フローの策定を進めました。

当然ながら、そうした試みは順風満帆に進んだわけではありません。インサイドセールス部が安定した成果を出すようになるまで、およそ2年。その間、施策がうまくいかなかったり、他部署とすれ違ったり、さまざまな困難に直面しています。

そんななかでも、周囲を巻き込み、鼓舞することは忘れませんでした。

「何の目的でこれをやっているのか、やった結果どうだったか、次に何をやるか」

バンドの下積み時代に欠かせなかった「振り返り」を、社内のメンバーとも行っていたのです(余談ですが、音楽の世界も活動を始めてすぐに売れるほど簡単ではありませんから、こうした日々の試行錯誤が大事です)。

また、社内にインサイドセールスのノウハウがなかったため、外部のセミナーに出席しては知識を仕入れ、社内に還元していました。そのうち、ある思いがふつふつと沸き上がってきました。

「自分もセミナーに登壇したい」

セミナーで考えを発表し、参加者に何かしらの影響を与えることはライブと通じるのでは……?

そもそも、32歳で未経験の職種に飛び込んだり、新規部署を立ち上げたりという「ゼロイチ」の経験が豊富な自分だからこそ話せる、“リアルな体験談”があるのでは……?

元来持っていた「ロック魂」に火が付いた瞬間でした。

そして、登壇を目指してセミナーに通い続けるうちに、チャンスは訪れました。

あるセミナーでセールスフォース・ドットコム主催のイベント「インサイドセールス分科会」の登壇者が募集されていて、主催者に声をかけたところ、私の登壇が決まったのです。

登壇者がインサイドセールスのノウハウをプレゼンテーションするイベント。私の頭にはハナから「どんなノウハウを伝えようか」という発想しかなかったのですが、会社に登壇することを伝えた時、CEOから驚くべき提案がありました。

「メイクしてギターを弾きながら登壇しよう」

正直、何を言っているのか意味が分かりませんでした。真面目な場に、なぜエンタメの要素が必要なのか。そうためらっていたところ、「本気でバンドをやっていた、という個性を出せば、そこで語ることの説得力も自ずと増すはず」と強く勧められたのです。前章で述べた通り、バンド時代に培ったポジショニングやキャラクター設定のスキルは営業としての「強み」にもなりましたが、個性を出すことでそれらがより説得力を帯びる、と。

皆さんがそう言うなら……と、フルメイクでギターを弾きながらイベントに登壇することを決意。もちろん、覚悟を決めたからには、ライブと同じように念入りな準備をしつつ、「相手の期待を超えるぞ」という心構えで登壇当日を迎えました。

そして当日、プレゼンテーションの内容も含め、私のパフォーマンスで、予想外に会場は大盛況となったのです。この出来事を機に、私は「ヴィジュアル系インサイドセールス」として活動するようになりました。

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「インサイドセールス分科会」本番直前の一枚

異なる領域での経験は自分の個性によって“後押し”されること、そもそも自分の個性が異なる領域で生かせると自分自身が気づいていないこと。

それらを含め、周りのアドバイスを素直に受け止める大切さを強く感じた出来事でした。

これまでの経験がオリジナルなポジションにつながった

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国内最大級のインサイドセールスイベント「Inside Sales Conference 2019 winter」で登壇した時の一枚

私はアルバイト時代、「営業」と「音楽活動」の共通点に気づき、ミュージシャン時代のマインドを仕事に応用しました。でも、それはあくまで自分自身のスキルを高めるという効果に留まっていました。

周りのアドバイスを素直に取り入れたら、今度はこれまでの経験が追い風となって、自分だけのポジションにたどり着きました

生かせないと思っていたミュージシャンの経験は、視点を変えれば異なる世界で生き残るための「大きな武器」だったのです。泥臭くギターを弾き続けた日々も無駄ではなかったのだなと、最近ひしひしと感じています。

もちろん、見せかけの要素だけでは、武器とするのは難しいのかもしれません。しかし、生かすべき経験やスキルを精査し、それらをどう生かすか試行錯誤すれば、きっと武器になるはずです。

ミュージシャンの道を諦めてくすぶっていた時期に、営業という仕事に出会えて、そして営業の仕事をここまで続けてこられて良かったと心底思っています。

たとえ環境が変わっても、周りの意見をうまく取り入れながら自分の個性や強みを生かして、自分に合った勝ち方を見つけてください。

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ヴィジュアル系バンド「シリアル⇔NUMBER」時代の一枚

(MEETS CAREER編集部)

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