新しいビジネスに先陣を切って飛び込んできた開拓者に、ビジネスを生み出す原動力となった課題意識やそれを乗り越えるためのアクションを伺う「ファーストペンギンの思考」。
今回登場いただくのは、AI model株式会社のCTO・中山佑樹さんです。
洋服を買うためにECサイトをのぞいていると、さまざまなアイテムの着用写真を見ることができます。実在のモデルが着用した写真は、アイテム単体の写真だけでは分からないサイズ感や質感をイメージできます。そしてそれが購入の決め手になることも多いのでは。
しかし、実はこうした着用写真を用意するのに必要な「ささげ業務」(撮影・採寸・原稿作成の頭文字をとった、商品撮影に必要となる3つの業務)には膨大な時間とコストがかかっているのです。業務を効率化しながら写真のクオリティをどう担保するか、はアパレル業界にとって大きな課題でした。
そんな課題を解決すべくリリースされたのが、洋服の着せ替えができる「AIのモデル」を作れるサービス「AI model」です。リリースからまもなく、本物の人間のようにリアルなAIモデルの姿はSNSでも大きな話題となりました。
類似のサービスがほとんどないなか、どのように企画・開発は進められてきたのでしょうか。同サービスの技術責任者であるAI model社の中山佑樹さんに、サービスの着想からリリース、現在へ至るまでの試行錯誤や、サービスの今後の展望についてお話を伺いました。
AI技術が生み出すバーチャルモデルの可能性
──まずは「AI model」がどういったサービスか、改めて教えていただけますか。
中山佑樹さん(以下、中山):現実には存在しない完全にオリジナルのモデルをAIで生成し、それを「各企業独自のモデル」という形で提供させていただくto Bのサービスです。
現在の主要な利用シーンは、アパレルブランドのHPやECサイトの商品ページに掲載する商品の着用画像として使ってもらうことです。ただ、AIモデルを生成して提供する以外にも、ECサイト上でAIモデルにトップスやボトムスを試着してもらえるバーチャルフィッティング(仮想試着)のツールを導入したりもしているので、クライアントの課題にフィットする使い方を一緒に考えつつ、PDCAを回していくところまでサポートしています。
──AIモデルが洋服を着用する、というイメージが少しわきづらいのですが、AIモデルはどのように生成されるのでしょうか。
中山:比較的多いパターンは、人体に近い形の特殊なトルソー(店頭でのディスプレイ等に用いる人間の胴体を模したツール)に商品を着せたところを撮影し、その画像からイメージを作り上げていくパターンです。また、用途によっては、実在のモデルさんが商品を着用している画像を加工し、イメージをつくることもあります。
最近は、このような物撮りや人物撮影をせず、商品の3Dデータだけを用いて完全に3DCGのみで制作するパターンもすこしずつ実験しはじめているところです。
──生成できるAIモデルの年齢や性別、人種といった条件はかなり幅広いそうですが、実際にどういったビジュアルにしていくかは、クライアントの要望をヒアリングした上で決めるのですか?
中山:そうですね。基本的には実在のモデルさんを起用する際と同じで、こういう人物をイメージしているという要望や、ブランドのコアターゲットの年齢層などをお聞きしています。どういったAIモデルがいいか迷われている場合は、複数のAIモデルを作ってA/Bテストすることもありますし、クライアントから「もう少しここを変更したほうがよさそう」という要望があれば、その都度こちらからイメージを提案させていただきながらブラッシュアップしています。
複数のAIモデルを生成するという観点で言えば、A/Bテスト的な活用方法以外にも、顧客ごとにAIモデルをパーソナライズするという方向性も模索しています。例えば、この地域に住むこの年代の顧客であればこのモデルを表示させる、というように。まだ実験段階ですが、そういったケースの活用も少しずつ進めています。
アパレル業界の課題「ささげ」を解決する
──オリジナルのAIモデルを生成して企業向けに提供するというサービスは、まったく新しいものだと思います。サービスを設計した背景に、どのような課題があったのでしょうか。
中山:弊社代表の谷口(大季)は、アパレル関係のECサイトの構築・運営や雑誌のアートディレクションなどに長年携わってきた人物ですが、いわゆる「ささげ業務」(撮影・採寸・原稿作成の頭文字をとった、商品撮影に必要となる3つの業務)には非常にさまざまな課題があると感じていたようなんです。
まず、アパレルブランドの商品撮影に実在のモデルを起用する場合、モデルさんは何十着もの商品を朝から晩まで着続けることになります。しかも、あくまで「商品を分かりやすく見せること」が目的の画像なので、モデルさんご自身の雰囲気やライフスタイルを発信したり、スタイリストさんやヘアメイクさんの個性を前面に出したりすることはほとんどありません。そういった、ある種労働集約的な撮影を新商品が出るたびにおこなうので、現場の方に大きな負荷がかかっていました。
さらに、アパレルブランドを扱うクライアントにとっても、本当はECサイト上でモデルを起用したいけれど金銭的・人的コストから断念しているケースも少なくありません。あるいは、モデルを起用して撮影できたとしても、スタッフ数名で週に何回も撮影をしているせいで莫大な手間がかかったり、何度も撮影できないのでリードタイム(商品の発売から写真掲載までにかかる時間)がかかってしまうケースも多く、ここも課題でした。
こういった業界の構造的な課題を、なにか最新の技術で解決できないだろうか、というのが谷口の持っていたファーストアイデアでした。
──そこで中山さんに声がかかった、という形でしょうか。
中山:そうですね。僕はこれまで大手広告制作会社でCM制作などを経験したあと、Webディレクター・プロジェクトマネージャーとして複数社で勤務しました。どちらかというとシステムを扱う技術畑の出身で、業界の外の人間でした。ただ、そんな自分と谷口が仕事がきっかけで出会い、どういったシステムや技術でアパレル業界の課題を解決できそうかと議論を重ねていくうちに、「AIのモデル」というアイディアが出てきたんです。
技術先行ではなく、課題解決ありきで考える
──サービスを開発していく上で、中山さんが特に意識した点やこだわった点はありますか。
中山:いちばん気を付けていたのは、技術先行にならず、あくまで課題解決ありきで開発を進めていくという点です。AIの技術やバーチャルヒューマン(3DCGなどを用いて制作された仮想の人間)業界に関する最新のカンファレンスなどを見ていると、つい「このすごい技術を使ってみたい」みたいな発想になってしまうときもあるんですね。でも、たとえ技術自体はすばらしくても、それがクライアントの課題解決につながるとは限りません。案外使い道のない技術だったりもする。
だからこそ、「どんな技術を使うか」より「何を解決すべきか」という問いを起点にすることだけは絶対にぶらしませんでした。開発を進める過程でなんらかの壁にぶつかっても、「その問題は運用でカバーできるんじゃないか」という選択肢も含めて考えていましたね。
──技術ではなくあくまで課題解決を先行させる、というスタンスは興味深いですね。しかし、先駆者のいないサービスだからこそ、開発の方向性に悩まれることも多かったのではないでしょうか。
中山:たしかに、悩むことは多かったですね。もちろん、タレントとしてバーチャルヒューマンを売り出すサービスや、素材としてバーチャルヒューマンの顔を提供するサービスはありました。ただ、バーチャルヒューマンを用いてなんらかの課題を改善・解決し、継続的な運用にも落とし込んだサービスは、おっしゃるとおり国内にも海外にもまだほとんどないはずなので。
ただ、アパレル関連のクリエイティブのノウハウを持っていた代表の谷口をはじめ、アパレル業界出身のメンバーが数多く集まっていたので、とにかく業界を良くしていきたい、という熱量が大きかったです。だからこそ、AIの技術ありきではなく、「そこって別にAIいらなくない?」という発想も同時に持てましたね。
サービスの内容から、テック企業のように見られることも多いのですが、あくまで私たちの目的は業界やクライアントの課題解決です。だからこそ、技術的な新しさよりも、実際にクライアントが運用に落とし込めるかどうかにこだわりました。
アパレル業界以外からのオリジナルモデルに対する要望も
──実際にサービスをリリースされたのは2022年6月ですよね。リリースしておよそ半年ですが、アパレル業界からの反響はいかがでしたか。
中山:Twitterなどで話題になったこともあり、想定していた以上に好意的な反響をいただきました。「コストの関係で物撮りだけになってしまっていた商品にも着用イメージがつけられそう」とか、「現状の運用スキームをそれほど変えずに撮影の手間とコストを下げられそう」と言っていただけるケースが多く、その点は、クライアントの課題感にしっかり寄り添えていたのかなと嬉しく思っています。
──現状、どういった形で活用が進んでいるのでしょうか?
中山:私たちが当初想定していたように、アパレルのECサイトの商品詳細ページや特集ページにAIモデルを起用していただいているケースがいちばん多いのですが、想像以上に幅広いクライアントから問い合わせをいただきました。洋服以外の商材を扱っている家電メーカーさんや小売店さんなどからもAIモデルを起用したいという声があったのは少し驚きましたね。
──アパレルブランド以外でいうと、どういったニーズがあるのでしょうか?
中山:例えば同じジャンルのメーカーさん同士だと、広告やサイトに起用するモデルが似てしまう場合もあるので、企業のイメージに合った完全にオリジナルのモデルを作れるという点に魅力を感じていただけるケースは多いです。
それから、バーチャルヒューマンをいちど使ってみたかった、という声も思っていた以上にいただきます。現状、まだまだコスト面や運用面の問題で気軽に手を出せるAIのサービスは少ないと思うので、すぐに活用できそうと思っていただけたようです。
そして、実際にAIモデルを納品すると、驚いていただけることが多いですね。もちろん最初にサンプルもお出ししてはいますが、「本当にこのクオリティでできるんだ」と言っていただけるとやっぱりうれしいです。
リアルなモデルの力を信じているからこそ、「共存」は可能
──AI modelのサービスには、アパレル業界の構造的な課題を解決する大きな可能性を感じています。その一方でSNS上などでは、今後AIのモデルが活躍していくことで、人間のモデルの仕事が奪われてしまうのではないかという懸念の声も上がっていたかと思います。
中山:そういった声もたしかにいただきました。ただやはり、私たちのサービスの一番の狙いは、「モデル撮影をしたかったけれど、できなかった方々にAIモデルをお届けする」ことなので、AIモデルがリアルのモデルさんの活用機会を増やしているケースもあると思います。
実際に、我々の考え方に賛同いただいているモデル会社さんと、取り組みを進めているところです。
──AIモデルがリアルのモデルの起用につながる、というのはあまり想像していなかったので意外です。具体的にどのような形でつながるのでしょうか。
中山:例えば、実在のモデルさんにAIモデルの技術を活用いただくと、今後そのモデルさんが何らかの事情で働けない期間にAIモデル化したそのモデルさんを稼働させられます。あるいは、ひとりのモデルさんのデータをさまざまな年代に分けてAIモデル化することで、ECサイト上で20代の顧客には20代の姿を、40代の顧客には40代の姿を表示させるといったサービスも作れそうですよね。
そうなった場合、商品主体の定型的なイメージはAIモデルに任せつつ、モデルさん本人はご自身のコーディネートやライフスタイルを発信するような別角度の活動ができると思います。
──実在のモデルの方の仕事の一部をAIが肩代わりする、というのはSF的にも思えますが、実現すればたしかに、人間の仕事の幅が広がることにもつながりそうですね。
中山:ちょうど会社の公式サイトにも「DO AI MODELS DREAM OF ELECTRIC SHEEP?」(AIモデルは電気羊の夢を見るか?)という、フィリップ・K・ディックのSF小説「Do Androids Dream of Electric Sheep?(アンドロイドは電気羊の夢を見るか?)」をもじった一文を載せているのですが、代表の谷口も僕も大のSF好きで(笑)。今後の可能性にはシンプルにワクワクしているんです。
AI modelは、バーチャルヒューマンやAIが人間の労働の一部を肩代わりしてくれるような、SF的な未来へのひとつの入り口になりうるサービスなのではないかと。将来的には、AIモデルが名前やキャラクターを持ち、VTuberのように活躍していくという可能性もあるかもしれません。
ただ、そのためにはもちろん、サービス提供者が高い倫理観を持つ必要があるとも思います。現在も社内で独自に制定したルールに則ってサービスを運用・提供していますが、私たちが高い倫理感を持ってサービスを提供できれば、AIは人間の労働を代替するすばらしいものになりうると思いますし、そうでなければ、ディストピア的な未来を招いてしまう恐れもある。バーチャルヒューマンというカテゴリ自体を「デザイン」することは、この業界に参入する者としての責任だと思っています。
──倫理観の側面で言えば、昨今のファッション業界では、多様な体型やジェンダー、人種のモデルを積極的に起用する流れが生まれています。AIモデルの場合、そうした多様性はどう担保されていくのでしょうか?
中山:もちろん、人間同様、AIモデルの多様性も担保されるべきです。私たちのサービスでは、「購入者の多様性」を担保することにより、結果的にAIモデルの多様性にもつながっていくのではないか、と考えています。
──どういうことでしょう?
中山:将来的に、AI modelのサービスを用いるとECサイト上でパーソナライズされた自分に近い体型や年齢、人種のモデルを見ながら買い物できるようになっていくと思います。こういった取り組みが広がると、結果的に、購入者の多様性だけでなく、ECサイトのデザインやWeb上の体験もより多様化していくのではないかと考えています。
──なるほど。たしかに自分もネットで服を買うときに「自分と同じ体型の人が着ている画像を見たい……」と思うことがあるので、「多様性を担保する」という説明にも納得感があります。お話をお聞きしていると、AI modelのサービスが広まることで、顧客の“買い物体験”そのものが変化していく可能性も感じますね。
中山:買い物体験を変えていくというテーマには非常にフィットしているサービスだと思っています。
ただ、逆説的にはなりますが、人間にはやっぱり、自分とは違った見た目・属性の人が着ているからこそ洋服が素敵に見える、という側面もあると思うんですよね。ひとつの発展の方向性としてパーソナライズされたモデルというのも出てくる一方で、リアルなモデルさんだからこそアパレルブランドに与えられる価値というのもあります。だから、AIによって人間の購入意識がまるごとひっくり返せるとまでは思っていないです。
──なるほど。だからこそ両者は住み分けしつつ、共存できると。
中山:はい。例えば、ローコストで見栄えのいい大量生産の洋服が登場するのと同時にオートクチュール(顧客の要望に応じて仕立てられる高級服)の価値が上がっていったように、ある程度バランスをとりながら共存していくものだと考えています。
こういう生き方をしている人がこのブランドを着ていて素敵だから自分も着てみたい、と購入者に共感や憧れを感じさせられるのは、やはりリアルなモデルさんだけが持つパワーですし、リアルなモデルさんにしか表現できないものの力も私たちは強く信じています。
AIがこれから先、より一層人間のリアリティを反映する形で発展していったときに、いつかその表現力すら手に入れる可能性がないとは言いきれません。ただ、たとえそれが実現したとしても、そこには人間にしか成し得ない新たな創造的な価値もまた生まれてくるのではないでしょうか。
取材・文:生湯葉シホ
撮影:小野奈那子