「ゆるい職場」への不安を解消するには? 人間関係構築術を石川明さんに聞いてみた

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上司は優しく、同僚とも仲が良く、仕事の負荷もほどよい。それでいて、有給休暇は取りやすく、福利厚生も手厚い。

……など、数多くの好条件に恵まれた職場で今、なぜか20代がやめる、という一見矛盾するような傾向が観測されているそう。

彼らはなぜ、恵まれた環境を自ら手放すのでしょうか。

そこには、終身雇用の慣習が崩れて将来のキャリアパスが不安定になる中で、好条件でも焦りや不安を募らせるインサイト(隠れた欲求)があるといいます。

では、そんな「ゆるい職場」で今まさに焦りや不安を感じながら働く若手は、いったいどう立ち回ればよいのでしょうか。

そこで今回は、「ゆるい職場」ならではの働き方や人間関係の作り方を深掘りします。ご登場いただくのは『Deep Skill ディープ・スキル 人と組織を巧みに動かす 深くてさりげない「21の技術」』の著者である石川明さん。人間心理や組織力学への深い洞察から導き出される人の動かし方は「ゆるい職場」を生き抜くうえで、どう役立つのでしょうか。

石川明さんプロフィール
石川明さん。株式会社インキュベータ代表取締役。1988年にリクルートに入社。新規事業提案制度「Ring」の事務局長を務め、新規事業を生み続けられる組織・制度づくりと1,000件以上の新規事業の起案に携わる。2000年には創業メンバーの一人として、総合情報サイト「All About」社の起業に参加。2010年、企業における社内起業をサポートすることに特化したコンサルタントとして独立。大手企業を中心に、新規事業の創出、新規事業を生み出す社内の仕組みづくりに携わる。著書に『Deep Skill ディープ・スキル 人と組織を巧みに動かす 深くてさりげない「21の技術」』(ダイヤモンド社)、『はじめての社内起業』(ユーキャン学び出版)など。(写真:榊智朗)

「ゆるさ」の不安の原因は“待ちの姿勢”にある?

──今回のテーマは「ゆるい職場を“したたかに”生き抜くためのディープ・スキル」です。新規事業の推進など、どう考えても「ゆるくない仕事」に携わることの多い石川さんは、20代が感じる職場の「ゆるさ」についてどう思われますか?

石川明さん(以下、石川):いわゆる「ゆるい職場」にいる人たちが、いったい何を不安に思っているのか、当人も自分自身の気持ちをちゃんと言語化できてないような気がするんですが、いかがですか?

もしかしたら、全然「ゆるくない職場」の可能性もありますしね。

──え、どういうことですか?

石川:例えば、仕事は与えられるものではなく、つかみ取りにいくものだ、というカルチャーの会社であればどうでしょう。

あなたが与えられた仕事を「ゆるいな〜」と思いながら漫然とこなしている一方で、能動的に動いている同僚は活躍の機会をどんどんつかみ取っているかもしれません。そして、その同僚は職場を「ゆるくない」と感じている。

加えて、上司には、「(あなたは)積極的にチャレンジしてくれることを期待していたけど全然ダメだな」なんて思われているかも。

それで、気が付いたらポジションや待遇で同僚と如実に差がついていたり……。

──それは恐ろしいですね。

石川:もちろん、職場が本当にゆるい可能性もありますが、誰にも何も言われないからと自己判断で「勝手にゆるく働いているだけ」かもしれませんよね。だから、自分にはどんな働き方が期待され、仕事の成果は誰がどんな風に評価をしているのか、自身が置かれている状況や評価の仕組みをまずは正しく把握することが大事だと思います。

──そのうえで、誰からも指摘や指導をされることがない、仕事の量も少ない職場だとしたら、経験やスキルを積み上げていくにはどうすればいいと思いますか?

石川:自分をロールプレイングゲームの主人公だと捉えてみるのはどうでしょう。

自分の気持ちや判断次第で動き方は変えられると捉え直すと、仕事や職場に対する向き合い方が変わってくるのではないでしょうか。受け身の姿勢でいるのはもったいないです。

ロールプレイングゲームの主人公なら、アイテムを買うのか、人に話を聞くのか、敵と戦うのか……。道中にはいろんなキャラが出てくるけど、戦わざるを得ない人とは戦うし、スルーしても許されそうな人なら穏便に済ませるし、いい人を見つけたら仲間にして一緒に旅をする。すべてのことは、主体的に決めなきゃならない。

同じように会社での学びも、先輩に何かを聞きにいったり、新しい仕事や挑戦の機会がないか探し回ったりして得られるものと考えてみると、いろいろ可能性が広がりますよね。

──確かに……。

石川:もう一つ、先ほど言ったことと関係してきますが、活躍の機会がそもそもないのか、活躍の機会を自分から放棄しているのかの見極めも慎重にしていきたいところです。

例えば、営業として仕事する中で、「こんな販促ツールがあったら売りやすいのに」と考えたとしますよね。それを社内提案して賛同してもらえる可能性が十分あるなら、「自分の役目(仕事)ではないから」と勝手に壁をつくるのはもったいないように思います。特に、ある程度の裁量権がある社会人数年目ならなおさら。

──会社に期待して待ちの姿勢になってしまうのが「ゆるさ」の原因かもしれないと……!

石川:昔は多くの市場が成長していたので、社員の力が追いつかなくて、やらざるを得ないことが目の前にたくさんありました。やっと1,000万円の売り上げを達成したと思ったら、翌月2,000万円の売り上げ目標が課せられて「やるしかない!」 みたいな。

だけど、今は市場が成熟してきて、チャレンジングな仕事に挑戦できる機会が減っています。それも「ゆるい職場」を作り出している一つの要因かもしれません。

でも、だからこそチャンスだと思うんです。

──チャンスとは?

石川:だって昔なら「やって当然」と言われたようなことも、「言われなくてもやる」だけで評価されるって、めっちゃラッキーじゃないですか!

僕が以前勤めていたリクルートの旧・社訓には、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という言葉があるんですけど、まさにそれで、こんな時代だからこそ、自発性を持って動いていくことで、頭一つ抜きん出ることができるはずです。

上司とは「利用」するもの。「こうあるべき」という固定概念を捨てる大事さ

──職場の「ゆるさ」を不安がる前に自ら機会をつくることが大事、という話でしたが、そのためには社内で良好な人間関係をつくるのが欠かせないと思います。そもそも、上司が部下の仕事にあまり干渉しないような「ゆるい職場」では、どう上司と付き合っていけばよいでしょうか?

石川:まずは上司のことを「その役職の人」というだけでなく、一人の「人」として見るようにしてみてはどうでしょう。

会議や打ち合わせ、もしくはメールなどでコミュニケーションをとることはあっても、なかなかそれだけで相手がどんな「人」かは十分に分かりません。シンプルに上司との会話は増やした方が良いと思います。そうしなければ、一緒に働いている上司の人となりに対する解像度が粗いままになってしまいます。

──どういうことですか?

石川:「上司とはこうあるべき」という固定概念だけで見てしまってはいけない、ということです。

あなたが「社員」である前に一人の人間であるのと同じように、「上司」も人それぞれで、キャラクター、考え方、役割意識は違う。なるべくその人の本音やスタンスを理解した上で接していけば、自ずから関係性も変わってきます。

それこそゲームと同じで、いい人だと思っていたら意外に裏切るとか、モブキャラだと思っていたら重要な役目を果たすとか、表面上では分からないことばかりです。

上司の行動や言動の意味が分からなくても、当人に深く聞いてみれば、意外とその意図が分かることもあるんじゃないでしょうか。

──なるほど……。

石川:もちろん、「上司なんだから」「先輩なんだから」こっちから言わなくても察して自分にアドバイスしてほしいし助けてほしい、という「してほしいモード」はすごく理解できますよ。

でも、ゲームで言えば、他のキャラに助けてもらうためには、ミッションをクリアしたり、アイテムを差し出さないといけなかったりするじゃないですか。

だから視点を変えて、「この人が自分の力になってくれるようにするには、何をどう働きかければいいだろう?」って“したたか”に考えた方がいいと思いますね。

例えば、ものすごく上昇志向で出世欲の強い上司がいるとする。だったら「この人が会社から評価されるように動けば、きっと自分のことをサポートしてくれる」とか。逆に定年までのんびりと過ごしたい上司だったら「自由に動くけど、上司には絶対に迷惑はかけない」とか。そこに誰に対してでも通用するマニュアルはないので、相手の気持ちを考えながら動いていくのが大切です。

──先輩や上司を深く理解し、こちらから働きかけてうまく使っていくと。

石川:はい。オンラインのコミュニケーションは確かに便利ですが、できるだけ「リアルでも」接することをすすめます。

周りの人に聞くと、僕はFacebookの投稿だけ見るとめっちゃ「リア充(実社会で生活が充実している人を指す語)」なんですって。いつもおいしいものを食べて、やりがいのある仕事で成果を出して、みんなと喜び合っている、みたいな。

でも、食べる時間がなければインスタントラーメンの日もあるし、仕事で毎回成果が出るわけでもないし、家族とけんかしている日だってある。そういう話をすると「えっ、石川さんでもそうなんですか」って言われるけど、当たり前じゃないですか(笑)。

オンライン上では「上司」としての役割的な側面ばかりが見えがちです。でも、リアルで話をしていればそういう話は自然と出るんですよね。まずそういう小さな「理解」から広げていくことをおすすめします。

会社を「利用」して、キャリアの“ピラミッド”を大きくしよう

──「ゆるい職場」にいると、「社外で通用しなくなるかも」と不安に感じる人がいるようです。そんな人は、自分で自分を鍛える過程がある程度必要になってくると思うのですが、自ら高い目標を達成する経験を積むために必要な考え方はありますか?

石川:二つあると思っていて。一つは「やっても、やらなくても給料は一緒」なんだけど、あえて「やる」ことですかね。

──給料が一緒なら「やらない」を選択してしまいそうです……。

石川:そうかもしれませんね(笑)。でも僕は、若いころの仕事こそが「ピラミッドの土台の広さ」を決めると思うんです。

社会人としてのキャリアの初期に土台をキュッと小さく造ってしてしまうと、いくらきれいに整地して上にピラミッドを建てていったところで、将来的に大して大きくはならないんです。

将来、上に何を乗っけるかまだ分からない若いうちは、いろいろと幅広い経験をして土台を広げておくことが有効だと思います。

──大きなピラミッドの頂きを目指すには広い土台が必要というわけですね。

石川:もう一つは目先の「コスパ」や「タイパ」を意識し過ぎないことかな。それらを追求しようとすると、どうしても効率よく綺麗に土台を整地したくなる。けど、それだと小さくしかまとまらないし、それが先々の成長につながっていなかったら意味がないじゃないですか?

──仕事に関係なさそうな無駄を省くのは裏目になる?

石川:うまくいくか分からないことに時間を割いてみたり、相手の信用を得るために我慢強く対話を重ねたり。非効率的なことに取り組むのも経験の幅を広げておくためには必要だと思うんですよ。

僕は以前に、PTAの役員をやっていたことがあるんですけど、これって僕のビジネスには直接関係しないのに、時間と労力はすごくかかって、ビジネスキャリアの視点で考えると超タイパ悪いですよね。だけど、普段の仕事では知り合わない人と会議や会話を繰り返す中で、すごく人間理解が深まったんです。

結局、誰も将来まで見越して正しくタイパ・コスパを計算できないんだから、今はそれで良かったとしても、未来では分からないんですよ。

──なるほど。その二つを意識して、ゆるい職場を“したたか”に利用する、と。

石川:そう。会社は「自分を成長させるための機会がノーリスクで取れる」場所ですから。

例えば、会社でいきなり未経験の仕事に携わることになったとします。慣れないうちはいいパフォーマンスが出せないし、「これが何に役に立つんだろう」と思うかもしれません。

それでも会社は同じ給料をくれますよね。そして、2〜3年後にはスキルが間違いなく上がっているはず。

これがもし、独立していたら未経験の仕事なんてできません。自分が得意なことを請け負ってお客様から対価をいただいていますが、自分に経験のないことを「興味はあってやってみたいのでやらせてください!」……なんて言っても、やらせてもらえないじゃないですか?

これでは僕の経験値を上げることはできません。

──確かに、素人の人に頼むのは怖いかも……。

石川:仮にトライするとしても、僕は時間もお金も注ぎ込む必要があって、対価はもらえないわけじゃないですか。

これが会社員の立場だったら、何かあっても会社が後ろ盾になってくれるし、給料までもらえる。何ならスキル習得の研修費用も出してもらえるかもしれない。

そして、会社にはさまざまな領域のプロフェッショナルがいて、彼らに相談に乗ってもらえる機会もある。このポジションを利用しない手はないんですよ。

確かにトライすると仕事は増えるかもしれないけど、同じ給料でスキルと経験を身に付けられると考えたら、すごくラッキーだと思いますけどね。

ぶっちゃけ、新規事業を推進するノウハウなんて、ビジネススクールで勉強しようと思ったら、何百万円もかかりますから!(笑)

同僚には、応援される「いい人」であれ

──最後に、同僚との関係性についてもお聞きしたいです。近年は若手社員だけでプロジェクトを遂行させ、上司・部下の縦のつながりではなく、同僚同士の横のつながりで成長を促す企業も多いようです。そういった環境で同僚とはどんな関係を構築すればいいでしょうか?

石川:(同僚には)支援者をつくる気持ちで接するのをすすめています。

そもそも、同僚や同期といった仲間は何かチャレンジをしようとしたときに心の支えになってくれる存在ですよね。

加えて、組織の中で何か始めようと思ったら、いろんな人の協力が必要になります。営業部門、製造部門……会社のいろんな部署にいて、自分の中にはない意見を言って、視野を広げてくれる。

いかに巻き込んで応援をしてもらえるようになるかが大事です。

──同僚に「支援者」になってもらうために、どのようなことを心掛ければいいでしょう?

石川:うーん、本当にいろんなスキルが必要だと思うけど……やっぱり一番は、とにかく「いい人である」ことですかね。

仕事のできる人や成果を上げている人はもちろんすごいし、それだけでついてきてくれる人は多いけど、一番仲間が多いのって「いい人」なんですよ。どんなに成果をあげていても、「アイツ、自分のことしか考えてないんだよな」っていうタイプの人には誰も近寄らない。

でも、たとえ要領が悪くても、「真面目で誠実でいいヤツだよな」って人には、応援してくれる人がたくさん集まる。正しいことをやるだけでなく、「優しくていい人」がみんな好きなんですよ。

──成果を上げていても、性格に難がある人っていますもんね。

石川:それに、悪い評判ってすぐに広まるんですよね。

成果を出していることはもちろん素晴らしいし、お祝いもするけれど、いざ何か腹を割って一緒にやろうとなったときには考えますよ。相手の気持ちを無視するような人とは誰だって一緒に仕事をやりたくないもの。

焦りや不安を抱きがちな「ゆるい職場」だからこそ、相談相手になってくれたり、視野を広げてくれたりする仲間は多い方がいい。だから「性格のいい人間であれ」というのは忘れないでほしいですね。

石川明さん(写真:榊智朗)
Deep Skill ディープ・スキル 人と組織を巧みに動かす 深くてさりげない「21の技術」』(ダイヤモンド社)

取材・文:いしかわゆき

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