会社の中で新しい企画やプロジェクトを提案したものの、「前例がない」「うちでは難しい」などと一蹴されてしまった経験はないでしょうか?
いつの時代も、組織は「過去」に支配されるもの。特に大企業ともなれば先例や慣習などの影響力が強く、何かを大きく変えることはなおさら困難に思えます。難攻不落の組織をどうすれば動かせるのでしょうか。
そのヒントになりそうなのが、三井住友銀行(SMBC)で2016年から始まった「インハウスデザイナー」たちの取り組みです。それまですべてのプロダクトのデザインを外部パートナーに委託していたSMBCが、初めて社員として3名のデザイナーを採用。しかし、当時は社内でデザインの価値が十分に理解されておらず、インハウスデザイナーがフルにパフォーマンスを発揮できる環境ではありませんでした。
そんな厳しい状況下でも、地道にデザインの価値を浸透させ、徐々に社内で信頼を獲得。2019年の三井住友銀行アプリ全面リニューアルを皮切りに、社内のさまざまなプロダクトのUX(顧客体験)を改善するなど、SMBCのDX(デジタルトランスフォーメーション)をデザインの力でリードしています。
彼らはメガバンクという伝統的な組織の中で、いかにしてデザインというカルチャーを浸透させ、大きなプロジェクトを推進していったのでしょうか。SMBCデザインチームの郭春佳さん、金澤洋さん、米本滉貴さんにお話を伺いました。
三井住友銀行のインハウスデザイナーの皆さん。金澤洋さん(左)2016年、三井住友銀行1人目のインハウスデザイナーとして入行。米本滉貴さん(中央)大学卒業後、三井住友銀行に入行。個人営業やシステム開発等の業務を経て、2021年よりデザインチームに参画。郭春佳さん(右)2022年に三井住友銀行に入行。2023年7月に「SMBC DESIGN サイト」のリニューアルプロジェクトを推進。
「得体の知れない存在」が社内の信頼を勝ち得るまで
──三井住友銀行(SMBC)では2016年からインハウスデザイナーの採用を開始しました。2023年現在は12名のチームに成長するなど銀行内での存在感も高まっていると思いますが、2016年に金澤さんが1人目のインハウスデザイナーとして入行した当初、社内のデザインに対する認識はどういったものでしたか?
金澤:正直、デザインの考え方が理解されているとは言えない状況でした。おそらく社員からすると私たちは「得体の知れない存在」であり、そもそもインハウスデザイナーに何をお願いしたらいいのかさえ分からなかったのではないでしょうか。
私とその後に入行した2人のインハウスデザイナーには「SMBCが取り扱うサービスのUXを変えたい」という思いがありました。しかし、UXデザイン(ユーザーのサービス内での体験を設計すること)という言葉すら社内で認識されていない。UXを改善するには表面的なデザインを変えるだけでなく、企画の初期設計段階からデザイナーが加わる必要がありますが、当初は話もあまり聞いてもらえないような状態でした。
──そうした状況を、どう打開していったのでしょうか?
金澤:まずはデザイナーという存在やその役割を理解してもらい、社内の居場所をつくる必要がありました。そのためには何よりもまず、社員からの信頼を獲得しようと。とりあえず、デザインの相談であれば何でも受けるようにして、分かりやすい形で結果を出すことから始めました。
それがたとえ「見た目だけ」の相談だったとしても、オーダーに応えつつ「仕様設計の段階などもう少し上流から私たちにご相談いただければ、こんな提案もできますよ。こんなふうに改善できますよ」といった具合に、付加価値をつけてアウトプットするようにして。また、新しい企画の打ち合わせにも、できるだけ顔を出しました。すると企画担当者も、インハウスデザイナーの役割や価値を徐々に理解してくれるようになるんです。
同時に、私たちデザイナーに一番近い上司を巻き込み、トップダウンのような形でデザイナー本来の役割を社内に浸透させていきました。上司に理解してもらうため、プロジェクトにインハウスデザイナーが入って何がどう変わったかを可視化した資料を準備したり、数字で成果が出せるものについては積極的に資料に盛り込んだり。プロジェクト自体の進め方も、本質的な課題は何かを明示して、デザイナー視点での解決策を伝えようと心がけました。
ほかにも社内でデザイン勉強会を実施したりと、本当にいろんなことをやりましたね。
──こうした地道な啓蒙活動が実を結んで、デザイナーへの理解が進んでいったということでしょうか。
金澤:そうですね。あとは、2019年にリニューアルした「三井住友銀行アプリ」がグッドデザイン賞を受賞したことも、社内でデザインの価値が認められる大きな転機になりました。SMBCがつくったプロダクトの受賞は初めてのことだったので、経営層にも大きなインパクトを与えられたと思います。
そのタイミングでデザインチームの公式noteも開設し、アプリの開発プロセスを社内外に発信しました。これは特に社外から大きな反響があり、それが経営層にも届きました。
──社外からの評価も合わさって、徐々にデザイナーが関わる領域が広がっていったと。
金澤:はい。何か新しい企画が持ち上がった時に「あのデザイナーに聞いてみようか」と、スタートの段階から声をかけてもらうことが増えました。
また、各部署の上長がインハウスデザイナーの存在を認知してくれたことで、プロダクトがリリースされる際の上長承認の段階で「デザイナーには見せたのか?」と確認してくれるようになったのも大きいですね。
──金澤さんの視点で、インハウスデザイナーが社内のプレゼンス(存在感)を上げていく過程を語っていただきましたが、最近入行した郭さんはいかがでしょう。そうはいっても、入行当初は慣れるまで苦労されたのでは?
郭:そうですね。私は受託でデザイン制作を請け負う会社から転職してきたのですが、当初はやはりカルチャーの違いに戸惑うことも多かったですね。まず、プロジェクトの関係者の多さにびっくりしたんです。
でも、仕事をするなかで各担当者と密接にコミュニケーションをとって、それぞれ異なる課題意識に寄り添えるという点は、外部のデザイナーとインハウスデザイナーとの大きな違いであり、強みだと感じました。関係者ごとの“やりたいこと”を理解したうえでデザインに落とし込み、さらにはUXを担保していく──。それがインハウスデザイナーの役割だと認識しています。
金澤:補足すると、銀行が扱うサービスは、口座開設から遺産相続まで、お客さまのライフイベントの最初から最後まで多岐にわたりますが、各プロジェクトの担当者はそれぞれのイベントにピンポイントでしか関わっていません。
でもさまざまなプロジェクトを横断的に携われるインハウスデザイナーの立場で全体を俯瞰すると、「点」が「線」になって、各サービス同士のつながりが見えてくる。お客さまが求めているものが抜け落ちていると気づけることもあるんです。それを可視化してサービスの改善につなげられるのは、インハウスデザイナーの強みだと思います。
自分たちのカルチャーをつくるためのサイトリニューアル
──インハウスデザイナーが活躍した具体的な事例をお伺いしたいのですが、直近で言うと2023年7月に、SMBCのデザインチームを紹介する「SMBC DESIGN サイト」をフルリニューアルしています。リニューアルの経緯を教えてください。
郭:リニューアルの話が出たのは2022年の夏頃です。チーム内で、そろそろDESIGNサイトをリニューアルした方が良いんじゃないかという話になり、プロジェクトの推進役に立候補して進めることになりました。
──なぜリニューアルする必要があったのでしょうか。従来のDESIGNサイトには何かしらの課題があったのですか?
郭:メンバーが一気に増えたことで、チーム共通のカルチャーや行動原理が言語化・発信されていないことが表面化したんです。だから、まずはデザインチームのメンバーが同じ方向を向ける指針を固め、それを新しいDESIGNサイトで打ち出そうと。
DESIGNサイトがリリースされた2018年当時は、どちらかというと社内にデザインチームの存在を認識してもらったり、インハウスデザイナーの役割を理解してもらったりする目的がメインだったんじゃないかと思います。ただ、私が入行した時点ではある程度、社内におけるデザイナーのプレゼンスが高まっていました。もちろん、まだまだ多くの人に知ってもらう必要はあるものの、当時とは少しDESIGNサイトの役割自体が変わってきているのではないかと。
──ただサイトのデザインを新しくするのではなく、チームのカルチャーを構築していくプロジェクトだったと。
郭:そうですね。カルチャーを作るうえではデザインチーム全員が参加するワークショップに始まり、チーム内で何度も細かくコミュニケーションをとりながら固めていきました。こうした過程を経るなかで、一人ひとりのメンバーが改めてインハウスデザイナーの価値や役割を考えたり、大切にしたい視点を共有できたことも、すごく意義があったと思います。
- SMBCデザインチームのカルチャー(「SMBC DESIGN サイト」より)
- Think/本質に向き合いながら、対話を重ね、発想する
- Permeate/考え方や取り組みを発信し、デザインをみんなの当たり前に
- Explore/好奇心を広げ、「良い」を分析し、新たな関係性を探し続ける
- Co-Creation/枠を越えた多様なメンバーで、お互いを尊重し、共創する
──銀行というと、やはりお堅いイメージがありますよね。そんななかで「従来のSMBCのイメージ」と「デザインチームの新しいカルチャー」のバランスを取るために意識された点はありますか?
郭:デザインチームの働き方やデザインへの向き合い方を見ていると、「銀行のこれからをもっと良くしていこう」と考えているメンバーばかりなんです。その姿勢を表現するためにサイトのデザインを工夫しました。
具体的には、全体を通してシンプルで落ち着きのあるデザインでありながら、レイアウト内に、目を引く幾何学のグラフィックをちりばめました。サイトをローディングする際にはそれらの質感を持たせた図形たちが集まり、組み合わさるようになっています。こうした表現に、デザインチームならではの遊び心や自由さ、フランクに伴走する姿勢などが込められています。
──なるほど。良い意味で銀行らしくない、遊び心あふれるデザインですね。デザイン以外にも「銀行らしくない」部分はあるのでしょうか?
郭:細かい点になりますが、サイトのチームメンバーの紹介順を議論しました。
普通は銀行だと、役職順、年次順に左上から配置することが多いんですけど、デザインチームではあえてそこをフラットにして五十音順にしました。少しだけですけど銀行の“普通”にあらがって、変えていく姿勢を伝えていきたかったんです。
デザイナーが力を発揮しやすい環境をつくる“調整役”の存在
──アプリにしろWebサイトにしろ、デザイナーが100%自由にデザインできるわけではなく、会社としてのさまざまな制約があると思います。特に銀行の場合はビジネス領域的に、表現の幅が限られてしまうイメージがあるのですが……。今回のDESIGNサイトのリニューアルでも、そうしたジレンマはありましたか?
郭:そうですね。銀行が特別に厳しいかどうかは分かりませんが、さまざまな「決まり」があることは確かです。例えば、色に関してはSMBCのブランドカラーである「Trad Green」と少しでも数値がずれていたらNGですし、写真も「写り込んではいけないもの」があったりします。また、「ミドすけ」というキャラクターのぬいぐるみと一緒に撮った写真を使う場合は、ミドすけを管轄する部署に許可をとる必要があるなど、一つひとつのアクションに社内確認が発生します。
──その各部署への確認も、郭さんご自身が行ったんですか?
郭:はい。正直、大変でした(笑)。ただ、今回は企画の段階から「突っ込まれそうなポイント」を金澤さんたちが共有してくれていたので、心構えはできていましたね。対応策も考えられていたので、各所への確認作業もスムーズでした。
──チームの中に知見がたまっているからこそできる立ち回りですね。ただ、そういったコミュニケーションも仕事の一つかもしれませんが、デザイナーはデザインだけに集中できた方がいいような気もします。
金澤:その解決策の一つとして、今は各部署の担当者とデザイナーの間の調整役として「デザインプログラムマネージャー」を立てています。例えば、先ほど郭が言ったような部署ごとの「気になりポイント」を事前に取りまとめて私たちに共有してくれたり、時には間に立って交通整理をしてくれたりと、インハウスデザイナーがパフォーマンスを発揮しやすい環境をつくってくれる存在ですね。
また、企画担当者からデザイナーに案件が降りてくる前に「デザイン相談窓口」として内容の確認や期待値のすり合わせをするのも、デザインプログラムマネージャーの仕事です。
──いわば、社内の代理店のようなものでしょうか。
金澤:そんなイメージですね。以前は企画担当者からデザイナーに直接相談がくることもあったのですが、内容によってはインハウスデザイナーではなくパートナー会社のデザイナーに依頼した方がいいケースもありました。デザイナーとあまり仕事をしたことがない担当者の場合、そのあたりの適材適所はなかなか分からないので、デザインプログラムマネージャーのような調整役が必要なんです。
──そうなると、調整役のデザインプログラムマネージャーは会社とデザインチーム、双方の事情に通じている必要がありますよね。
金澤:そうなんです。ですから、そこは会社の協力を得て、銀行のプロパー社員(新卒入社した社員)である米本をアサインしてもらいました。米本は2016年に入行し、全く畑違いのファイナンシャルアドバイザーとして働いていましたが、2021年からデザインチームに加わってくれています。彼が来てくれてから、デザイナーの負担がぐっと減りましたね。
──米本さんはデザイナーとコミュニケーションする際にどのような点を意識していますか。
米本:メンバーに担当部署の「気になりポイント」をインプットするときは、論点を明確にして切り出すようにしています。例えば「◯◯の部署はここを気にするからここだけ相談するといいよ」とか。もちろん、相談される部署も部署のミッションに直接関係のないことや、所管外のため権限がなくて決められないことを相談されても困るので、各部のミッションを深く理解するのも大事ですね。
もう少し踏み込んだ話をすると、「デザイン相談窓口」としてインハウスデザイナーをアサインするときは、デザイナーが伴走していくべき案件かどうか「中期経営計画」も判断材料の一つとしています。というのも、デザインチームがやりたいことだけをやっていてはだめで、最終的には全社的な目標や経営戦略に合流できる取り組みをしておかないと、ビジネスへの貢献度を問われたときに厳しい目を向けられてしまったという外部企業の事例をよく聞くからですね。
デザインの効果って明確に定量化しづらいんですけど、5年先、10年先に「会社のビジネスを通じてデザイナーとして社会に働きかけたい」と考えたときに、自分たちのやりたいことをやっていくためには、デザイナーが関わるプロジェクトはビジネスに貢献する領域にいないといけないと思っているんです。
デザイナーが「やりたい領域」をやるために必要なこと
──SMBCではインハウスデザインチームを強化した上で、今後はどんなチャレンジを考えていますか?
米本:デザインプログラムマネジメントを通じて、デザイナーをより目立つ存在にしたいし、会社の中で重要なポジションに持っていきたいですね。
ただ、先ほどもお伝えしたようにデザイナーの仕事は定量化が難しい。だからこそ、「デザインって大事だよね」と感じてもらうために、冒頭に金澤がお伝えしたようなやり方で、定性的な評価を多く取って社内外にPRするというのは意識的にやっています。
金澤:銀行内では徐々にデザインの重要性が理解されてきて、プロジェクトの上流からデザイナーが加わる機会が増えています。今後は、この動きを銀行だけでなく、SMBCグループ全体に広げていきたいですね。例えば、クレジットカードや証券、ファイナンスなど、グループ各社のさまざまなサービスのUX設計にインハウスデザイナーが関わっていきたいです。
ただ、同じグループとはいえ銀行の外に出れば、会社ごとにプロジェクトの進め方やカルチャーも違います。そこはまた地道に信頼を築いてインハウスデザイナーの価値を理解してもらいつつ、お互いが仕事をしやすい体制をつくっていく必要があるでしょう。
米本:デザインチームがやりたい領域を所管している部署に、自分たちから近づいていく必要もあるでしょうね。
──その際にはデザインを銀行の企業文化に浸透させてきた、これまでの知見が役立つのではないですか?
金澤:そうですね。これまで銀行の中でつくってきた仕組みや型みたいなものは、グループ内の各組織でも大いに役立つと思います。完全に振り出しからスタートするというよりも、4〜5合目あたりから登るようなイメージですね。
ただ、本気でグループ全体に文化としてデザインを浸透させるには、まだまだ足りないところがたくさんある。
そのためにも、引き続きデザイナーの社内プレゼンスを高め、さらにチームを強化し、最終的には「デザインの力で最も選ばれる金融グループを創る」という大きな目標を達成したいですね。
取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
写真:関口佳代