「なるほど」って目上の人に使うと失礼ですか? 国語辞典の編纂者・飯間浩明さんに“本当のところ”を聞いてみた​​

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「なるほど」は目上の人に使っちゃダメだよーー。こんな指摘を上司や先輩に受けたことのある方も少なくないでしょう。

昨今は、言葉遣いに関するビジネス書やWebサイトでも、しばしば同様の意見に出会います。SNSなどには、特に目上の人と話すとき、どんな相づちを使えばいいのか判断に困ってしまう、といったビジネスパーソンの声も数多く寄せられています。

そもそも「なるほど」ってそんなに「失礼」な表現なのでしょうか。「なるほど」に代わる便利な相づちってあるのでしょうか。そんな素朴な疑問を、今回は国語辞典の編纂者で言葉のプロである飯間浩明さんにぶつけてみました。

インタビューで語られたのは、「なるほど」の語源から、言葉や表現一般に対する飯間さんのスタンスまで、実に幅広いトピックです。この記事を読んで、日々の言葉遣いを振り返るきっかけにしてみてはいかがでしょうか。

飯間浩明さんプロフィール画像
飯間浩明(いいま・ひろあき)さん。1967年、香川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。同大学院博士課程単位取得。『三省堂国語辞典』編集委員。新聞・雑誌・書籍・インターネット・街の中など、あらゆる所から現代語の用例を採集する日々を送る。著書に『辞書を編む』(光文社)、『辞書に載る言葉はどこから探してくるのか? ワードハンティングの現場から』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『不採用語辞典』『辞書編纂者の、日本語を使いこなす技術』(いずれもPHP研究所)など。

「なるほど」にもともと失礼な要素はなかった

──そもそも「なるほど」という言葉はどこから来たのでしょうか。

飯間浩明さん(以下、飯間):語源について、ということですね。「なるほど」は江戸時代にはもう使われていました。本来は「うまく実現する(=成る)程度に」ということで、「できるかぎり」に近い意味でした。

「うまく実現する程度に」というところから、やがて「確かに間違いなく」という意味が生まれました。さらには、「たしかにそうですね」と深く納得したことを表す、現代の相づちの用法につながったわけです。語源的には「なるほど」に失礼な要素はありません

近代以降の使い方を見ても、「なるほど」が特別に相手に失礼だとは言えません。例えば、夏目漱石の『吾輩は猫である』では、地位のある人物に対し、目下の人物が「なるほど、よいお思いつきで――なるほど」と、しきりに賛意を表す場面があります。

夏目漱石『吾輩は猫である』

もう一つ文豪の例を出すなら、芥川龍之介はどうでしょう。『俊寛』という小説の中で、目上の俊寛僧都(そうず)の発言に対して、目下の有王(ありおう)が「なるほど、そう伺ってみれば……」と、へりくだった口調の中で「なるほど」を使っています。

芥川龍之介『俊寛』

私自身も「なるほど」にこだわりはありませんが、あるアナウンサーの方に伺うと、研修では「なるほど」の使用について注意するように言われるそうです。放送の言葉というのは特殊で、いろいろな地域や年齢、立場の視聴者を想定しなければならないため、一般人の言語生活よりも縛りがきつくなるのはやむをえません。

ただ、そのアナウンサーの方も、私との会話では「なるほど」と相づちを打って、ご自分で苦笑されていました。その「なるほど」の言い方には、私の話をしっかり聞いてくださっているニュアンスがこもっていて、率直にうれしかったですね。

実は、少し前まで、アナウンサーも「なるほど」を放送で普通に使っていたんです。1990年にベテランのアナウンサーが書いた本には、インタビューで相手の話に深く納得する場面があって、「私としては『なるほど』の連発です」という表現が出てきます。

現在でも、おそらく意図的に「なるほど」を多用しているアナウンサーがいます。相手の話に引き込まれ、共感している雰囲気がよく出ています。聞いていて悪い感じはしません。

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「なるほど失礼説」はこうして生まれた

──とはいえ、現在はマナーの本などで「『なるほど』は目上に使わない」という説明を見かけますね。ここでは便宜的に「なるほど失礼説」と呼びますが、これはどこから出てきたのでしょうか。

飯間:私自身がそのような主張を特に多く目にするようになったのは、わりあい近年のことです。21世紀、とりわけ2010年代も後半に入ってからですね。以前から一般的だった主張ではありません。

言葉に関する2005年のある本に、この「なるほど失礼説」が出てきます。そこでは専門家の助言が紹介されていますが、「本当に同意したり、感心したりしたわけでもないのに、『なるほど、なるほど』と乱発するのは失礼」と、あくまで程度問題だという結論になっています。

さらにさかのぼると、国語辞典では1970年代から「なるほど」の使い方に言及するものがあります。『新明解国語辞典』の初版(1972年)には「目上の人に対しては言わない」とあって、後の版にも引き継がれています。ただ、ほかの国語辞典はこの説明に追随することがなかったので、これは『新明解』の独自見解ということになります。少なくとも、多数意見ではなかったということです。

私が編集に携わる『三省堂国語辞典』の第8版(2022年)では「なるほど」について「目上には失礼との意見があるが」と紹介したうえで、「昔から、目上・目下の区別なく使う」と説明しています。あるテレビの情報番組では、「後輩の『なるほど』が気になるかどうか」について視聴者アンケートを取っていましたが、意見は真っ二つに分かれていました。やや「気にならない」が多かったですね。社会的に「こうだ」という合意があるとは言えない状況です。

飯間浩明さんインタビューカット

では、『新明解』を含めて、なぜ「目上に使わない」という主張が現れたのか、不思議ですよね。ヒントの一つは、上に紹介した「本当に同意したり、感心したりしたわけでもないのに、『なるほど、なるほど』と乱発する」という使い方です。

「なるほど」は、深く納得した場合に使うのですから、相手が言葉を尽くして、難しい内容を分かりやすく説明してくれたような場合にふさわしい相づちです。そうでない場合に「なるほど」を使うと、違和感が出ることはあるでしょう。

例えば、上司が「私も君たちの頃は……」と自慢話を披露したのに対し、「なるほど」とだけ返したらどうでしょうか。「そこは『すごいですね』だろう、私は軽く見られてるのかな?」と、上司は不愉快に思うかもしれません。たしかに、こういう場合は、納得を示す「なるほど」より、お世辞でもいいから敬服や感服を示す言葉を使ったほうが喜ばれます。

こんなふうに、納得や同意とは関係ないところで「なるほど」と言われた人が、「『なるほど』を目上に使うのは不適切だ」、さらには「失礼だ」と感じた、ということはあるかもしれません。適材適所でない使い方が多かったために、「なるほど」自体が失礼と見なされたのではないか、というのが私の見立てです。

特に敬語に関する言葉では、こういうことはよくあるんです。それまで何の支障もなく使われていた言葉が、いつの間にか、誰が言い出すともなく失礼と見なされる。専門家は「敬意漸減(ぜんげん)の法則」などと呼んでいます。漸減、つまり少しずつ敬意がすり減ってくるわけですね。

分かりやすい例が「貴様」です。『三省堂国語辞典』では「貴様」について「江戸時代初期は尊敬語で、松尾芭蕉にあてて年の近い門人が書いた手紙にも出てくる」と説明しています。漢字から見ても「貴いあなた様」ということですね。特に失礼な要素はありません。

ところが、時代を経るに従って、まあ簡単に言えば、表現に手あかがついてくるんですね。「貴様」は目上に使いにくくなり、同輩や目下に使うようになります。

戦前の軍歌「同期の桜」には「貴様と俺」という表現が出てきます。軍の同期の間柄で使った呼び方です。ところが、戦後何十年も経った現在では、「貴様」はすっかり罵倒語になりました。

言葉というのは長い間に価値が下落することがあります。それは、ある意味では運命とも言えます。ただ、言葉の価値が下落していく過程では、その言葉を嫌う人がいる一方で、その言葉を心をこめて使っている人もいます。そういう人の気持ちをあっさり否定したくないと私は考えます。

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「なるほどですね」は敬意を維持するためのアイデアだった

──「なるほど」が必ずしも失礼とは言えないということは分かりました。ただ、「失礼」と感じる人がいる以上、ビジネスの場で使いにくいのではないでしょうか。

飯間:いろいろな言葉を「これは失礼かも」と抑制していくと、最後には言葉が出てこなくなる恐れもあります。そこは注意が必要です。それでも、面白いことに、世の中の人々はいろいろと切り抜ける方法を編み出しています。

21世紀に入った頃から、「なるほどですね」という相づちがよく聞かれるようになりました。私は最初、「なるほど」という副詞と「です」という助動詞の組み合わせをずいぶん奇妙だなと思った記憶があります。ただ、この言い方にも使われる理由があります。

先ほど、「『なるほど』は目上に使わない」という説が特に21世紀に入って広まったと言いました。「なるほどですね」が広まったのもちょうど同じ時期です。そう考えると、気づくことがあるでしょう。

つまり、こういうことです。「なるほど」だけではぶっきらぼうだと感じた人々が、丁寧なニュアンスを添えるために「ですね」をつけたのです。「なるほどですね」という言い方は、敬意を維持するための、一つのアイデアだったと言えます。ただ、そのアイデアにもかかわらず、評判がもう一歩なのは残念なことです。私はもう慣れてしまいましたし、慣れた人は徐々に増えているかもしれませんが。

「なるほどですね」以外に使える相づちを人々が探した結果、「そうなんですね」という表現も広まってきました。テレビ番組でも、司会者がゲストの話に対して「そうなんですね」と言っているのを聞きます。これも「なるほど」の言い換え語として使っているのだろう、と推測しています。

相づちとしての「そうなんですね」は、そんなに古い言い方ではありません。『三省堂国語辞典』第8版では「1990年代に例があり、21世紀に広まった」と年代を示しています。大まかに見れば、「なるほど失礼説」の広まりとほぼ同時期に「そうなんですね」が広まってきたと言えます。

「そうなんですね」の意味について、『三省堂国語辞典』は「おどろき・共感などを、ていねいに、当たりさわりがないように示す、あいづちのことば」と説明しています。失礼を避けるための相づちなので、どうしても当たり障りがないように、というニュアンスが出るんですね。この辞書では、例文として「『試験に2回落ちました』『そうなんですね』」というのを示しています。たしかに「なるほど」よりも当たり障りがない感じです。

飯間浩明さんインタビューカット

私の感覚としては、自分が一生懸命説明した内容に対して「そうなんですね」と返されると、ちょっともの足りない気がします。「あなたの考えとしてはそうなんですね」と一歩引いているように感じられるんです。それよりは「なるほど、すごく納得しました」と言ってほしいな、というのが個人的な好みです。

それぞれの相づちについて、愛用者もいれば、使用を好まない人、さらには拒否反応を示す人もいます。誰に対しても使える万能の相づちがあればいいですね。

でも、残念ながら、それは「ない」としか言えません。言葉というものは相手との関係で決まってくるものです。当然ながら、AさんにもBさんにもそれぞれ個性があって、好みも考え方も違います。Aさんに通用した表現も、Bさんには通用しないかもしれません。大多数の人に使って差し支えない言葉といえば、コンビニやファミレスなどで使われるマニュアル化された表現ぐらいのものでしょう。それすら気にくわない、という人だっていますね。

マナーに関する文章では、いろいろな相づちが提案されています。「おっしゃるとおりですね」「一理ありますね」「本当ですか」などなど。いずれも、うまくフィットする場面もあれば、フィットしない場面もあります。

例えば、上司と乗っていた電車に遅れが出て、「これならバスのほうが早かったね」と言われたときは、「おっしゃるとおりですね」と答えればいいでしょう。でも、上司が時事問題について解説してくれたとき、「おっしゃるとおりですね」と言うと、「あなたが解説してくれなくても、それぐらい知ってますよ」というニュアンスが出るかもしれません。すべて、場合によるのです。

もっとも、「万能の相づちはないですよ」と言っても、それでも何か答えがほしいという人がいるかもしれません。いわゆる「無理ゲー」ですが、私自身ならどうするか、あえて考えてみます。

まず、相手が言葉遣いに細かそうな上司なら、意味のある相づちは諦めて、「ホォーッ」とか「ハァーッ」とか、言葉にならない言葉ですませておくという方法があります。言葉遣いに細かい人は、このように周囲の人を萎縮させ、率直な発言をできなくさせるものです。でも、それはその人のまいた種なので、しかたがないでしょう。

一方、言葉遣いに関してフレキシブルな上司で、その人自身も仕事相手に「なるほど」をよく使っているならば、萎縮する必要はありません。その上司の言うことに納得したときは「なるほど、すごく納得しました」「なるほど、考えてもみませんでした」と言えばいいでしょう。上司は喜ぶはずです。

相手が特に言い方にこだわらず、「見れる」「食べれる」のような「ら抜きことば」も屈託なく使う人であれば、怖くはありませんね。相手を尊重する気持ちは常に持ちつつ、率直に受け答えをすればいいのです。

要するに、相手がどういう人かをよく観察し、その人に合った言葉遣いを選ぶということです。相手に合わせた接し方をするのはコミュニケーションの基本です。

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言葉遣いに迷ったら「自分がこれまでに使ってきた言葉」を振り返る

──最後に、一般的にビジネスシーンで言葉を選ぶとき、どのようなことに注意すればいいのか、ポイントを教えてください。

飯間:国語辞典を作るという仕事柄、「この言葉は使っていいのか、悪いのか」ということについてはよく質問を受けます。私の基本的な考え方は、「どんな場合にも絶対に正しいと言える言葉はないし、絶対に誤っている言葉もない」ということです。「これは正しい言葉だろうか」ではなく、「この状況で、この相手に対して、この言葉はふさわしいかどうか」と、自分で判断することが大切です。判断材料としては、目の前の相手がどんな人、どんな性格かということや、その言葉を自分自身が好きか嫌いか、周囲の人々はその言葉をどう使っているか、などが考えられます。

「ネットなどで『間違っている』という指摘が少しでもある言葉は使いたくない」という人もいます。その気持ちもよく分かります。ただ、少しでも批判される言葉は使わないようにすると、使える言葉はどんどん少なくなっていきます。書店の「日本語コーナー」に行くと分かりますが、「間違っている」「恥ずかしい」などと指摘される言葉は膨大な数に上ります。そのすべてを使わないというのは不可能です。

迷ったときは、自分がこれまでに使ってきた言葉で、一番丁寧で自然だと思われる言葉を選んでみましょう相手を丁寧に扱おうとする気持ちは、その表現にきっと反映されるはずです。

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言葉遣いには唯一の正解がない、ということも心に留めておくべきです。言葉というものは、誰かが厳密に設計して作ったものではありません。そのため、曖昧な部分が至るところに含まれます。言葉の意味や用法の説明が国語辞典ごとに異なっていることもしばしばです。あるマナーの本で「この言葉はこう使いましょう」と書いてあっても、別のマナーの本では説明が異なっていることもあります。自分がたまたま目にしたマナー本の説だけに従うのはナンセンスです。

最終的に、自分の言葉を決めるのは、ほかの誰でもない自分自身です。その言葉に関するいろいろな意見や説明を踏まえたうえで、最後は自分自身がその言葉をいいと思えるかどうか、自分の責任において判断するのです。

「なるほど」に関しては、もちろん、私のこの説明も大いに参考にしてほしいのですが、周囲のいろいろな人の意見も聞いてみることをお勧めします。自分の属するグループの人たちが、一つの言葉についてどういう意識を持っているか、それを知ることは、言葉を選ぶうえでとても役に立つはずです。

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取材・文:生湯葉シホ、MEETS CAREER編集部
撮影:小野奈那子

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