小説家/新川帆立 | 雲をつかむ夢と捉えず具体的な策を考える

第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる

小説家/新川帆立

弁護士などを経て2021年に小説家デビューを果たし、その後も相次いで作品を書き続けている新川帆立さん。「小説家として生き残るにはデビュー後の3年間が大事だと思って頑張った」という。
多くの作品を手掛け、書くジャンルも広げてきたが、3年目に入った今、自身にとって新たなステージが始まったと語る。
そんな新川さんならではの仕事観を伺った。

Profile

しんかわ・ほたて/1991年米国生まれ、宮崎県育ち。東京大学法学部卒業後、弁護士として勤務。『元彼の遺言状』(『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞作)で2021年にデビュー。最新刊『縁切り上等! 離婚弁護士 松岡紬の事件ファイル』(新潮社)が発売中。

2021年のデビュー作『元彼の遺言状』がベストセラーとなり、翌年出版した『競争の番人』と共に立て続けにドラマ化され、話題を呼んだ新川さん。最新作は『縁切り上等! 離婚弁護士 松岡紬の事件ファイル』だ。

離婚専門の弁護士が、次々に舞い込んでくる「縁切り」にまつわるさまざまな相談を解決していく痛快リーガル小説。「同性婚など新たな社会課題が出てきている中、そもそも結婚って何だろうという問いを離婚という視点から考えて書いた小説です。離婚は非日常でありながらもすごく身近な修羅場。ですが決して暗い話にはなっていないので、一つのエンタメとして楽しんでいただけたらうれしいです」

16歳の頃から小説家を志していたが、進学先は法学部で、卒業後は法律事務所に就職。そこには新川さんならではの理由があった。

「目標に対して、具体的に何をすればいいのか策を考える性格なんです。小説家になることも雲をつかむような夢だとは思っていませんでした。新人賞を取るのが一番のルートだと考え、1年間の全新人賞の応募者数とデビューした人数を調べて計算したら、約5%の確率だと分かった。ということは1年に1作書いて20年間応募し続ければ小説家になれる。でも、その20年間の生活を支えるための安定収入が必要です。経済的な理由で小説家を諦めなくてもいいように、国家資格の専門職に就いておこうと方針を立てたわけです」

小説家/新川帆立

しかし誤算が生じる。法律事務所は想像以上に忙しく、仕事以外のことをする余裕がまったくなかった。「法律の勉強は大好きだったのですが、細かな事務作業が苦手。実務があまり好きではないことに気づかされました。でもせっかく入ったのだから頑張ってみようと気持ちをごまかし、お金をためるためと思って働き続けていたのですが、1年半で体を壊してしまいました」

それが27歳の時。健康には自信があっただけに突然の体調不良は不測の事態だったが、いったん立ち止まって今後の人生を考え直す良いきっかけになったという。「このまま死んだら絶対に後悔する。あんなにも小説家になりたいと言っていたのに、努力をせずに1行も書いてこなかった自分を強く反省し、本腰を入れて小説家を目指すことにしました」

法律事務所を退所し、ほぼ同時に小説講座に通い始める。新たな職場も、執筆時間が確保できる一般企業の法務部へ。「その後も転職したので法律事務所を入れると計3回職場を変えています。より執筆に最適な環境を求めての転職です」

理由のある一手を打つため納得いくまで考える

小説家/新川帆立

29歳の時、宝島社主催の第19回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞を受賞。翌年、小説家デビューを果たすことになるが、新川さんは受賞作の刊行前に勤めていた会社を退社した。「担当編集者からは『まだ辞めちゃだめ』と言われましたが、デビュー直後の数年が作家のキャリアの中で一番重要なので、その期間にほかのことをしている余裕はないと思い、退職を決めました」

デビュー以降、刊行ペースは格段に速かった。「デビュー作が注目されても時間がたつと必ず忘れられるので、なるべく早く2作目を出す必要がありました。それに、私は執筆経験がまだ浅いので、多くの作品を手掛けることで自分の腕を上げたいという思いもありました」

そして書くジャンルも、作品を発表する度に広げている。デビュー作のイメージで新川さんと言えばリーガルもの、ミステリーものと思われがちだが、元々SFやファンタジーが好きで23年初めにはリーガルSFの短編を発表している。

「23年6月に出した最新刊の『縁切り上等! 離婚弁護士 松岡紬の事件ファイル』もリーガルものですが、少し恋愛要素を入れました。それによって次は恋愛小説も書かせてもらえたりしますから。色々なジャンルを書きたいと思っても、遠くの目標にいきなりジャンプすることはできません。私はその時持っている自分の武器で、一歩ずつ進んできました」

ただ、小説家3年目になる23年の今、これまでとは違った感覚が芽生えてきたという。「自分の中の読者が『うるさく』なってきて、こんな文章ではダメだとか、もうちょっとこうしたほうがいいとかと言って、作品に対する課題が自分で見えてくるようになりました。これは大きな前進だと思うんです。こうした課題をクリアしていけばもっとうまくなれる、という手応えを感じます。そのためにはそろそろ一作品ごとにじっくり書きたいなと考えています」

もちろん、これまでのように多くの人たちに楽しんでもらえるエンタメ小説を出したいが、「物語として面白い」の先に何かが迫ってくるような作品を目指している。

実は新川さん、プロ雀士(じゃんし)という経歴も持つ。その麻雀(マージャン)の場で学んだことの一つ「理由のある一手を打つ」について教えてくれた。「私は物事を選択したり判断したりする時、なぜそうするのか、選択理由を明確に人に説明できるぐらいまで考えてから決めるようにしています。多少理不尽なことが起きても、一つひとつの決断に明確な理由があれば結果に振り回されなくなります」

ヒーローへの3つの質問

小説家/新川帆立

Q 現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?

小さい頃から東京にいて文化的なものに触れて育っていたら、絶対美術系へ進んでいたと思うんです。ただ、美大に入ってもガチガチの現代芸術には抵抗感を覚え、最終的には漫画家になっていたと思います。

Q 人生に影響を与えた本は何ですか?

ロバート・ルイス・スティーヴンソンの冒険小説『宝島』。人生で初めて買った本です。幼少期を宮崎県で過ごしたのですが、刺激があまりなかったのでこの小説に描かれているワクワクドキドキの冒険物語が大好きでした。好きすぎて本に登場する宝島の地図をたくさん描いていました。今でも描けますよ。

Q あなたの「勝負●●」は何ですか?

腕時計です。作家デビューまでに見つけて、ちょうどデビュー作『元彼の遺言状』の発売日に受け取って腕につけた思い出があります。デビューと同時に身につけた時計なので愛着があり、現在も仕事をしている時はずっとつけています。

Information

小説『縁切り上等! 離婚弁護士 松岡紬の事件ファイル』が発売中!

『元彼の遺言状』シリーズの著者・新川帆立さんの最新刊『縁切り上等! 離婚弁護士 松岡紬の事件ファイル』(新潮社/1,760円〈税込み〉)が2023年6月に発売された。縁切り寺の住職の娘で、離婚弁護士として活躍する松岡紬(まつおか・つむぎ)が「縁切り」に関するさまざまな相談事を次々に解決していく物語。厚生労働省の発表(令和4年度「離婚に関する統計」)によると、今の日本では結婚したおよそ3組に1組が離婚しているという。物語を通じて、悪縁を絶ち良縁を呼び込もうと奮闘する人たちと、さまざまな縁の在り方や家族の在り方が描かれる。「離婚という、思わぬ形で降ってくるとても身近な修羅場をテーマにしていますが、決して暗い話ではありません! 同じ時代を生きている人たちが読んで元気になってくれたり、明日も頑張っていこうと思ってくれたりするようなエンターテインメント作品になっていると思います」と新川さん。

転載元:https://tenshoku.mynavi.jp/knowhow/heroes_file/273/