Minimal・山下貴嗣|経営コンサルをやめて「チョコレート」に情熱を燃やす理由

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新しいビジネスに先陣を切って飛び込んできた開拓者に、ビジネスを生み出す原動力となった課題意識やそれを乗り越えるためのアクションを伺う「ファーストペンギンの思考」。

今回登場いただくのは、チョコレートブランド「Minimal - Bean to Bar Chocolate -(ミニマル)」を展開する株式会社βace代表の山下貴嗣さんです。

これまでチョコレートの製造は、大量生産を行うため、カカオ豆からチョコレートの形に変える一次加工と、それらを製品の形にする二次加工は分業で行われていました。

しかし2010年前後から、アメリカを中心に豆の仕入れから製品になるまでの過程を一貫しておこなう「Bean to Bar」が注目を集め、カカオ本来の風味を楽しめることやお洒落なパッケージから人気を博します。

近年、日本でも市民権を獲得しつつありますが、山下さんが創業した2014年ごろは、まだまだ知名度も高くありませんでした。

Bean to Barで作られるチョコレートの原材料は、基本的にカカオと砂糖のみ。素材の味をダイレクトに感じられる一方で、従来のチョコレートにあるような甘みやなめらかさは控えめです。それでも、Minimalのチョコレートは多くのファンを獲得しています。飲食業界や小売の経験すらなかった山下さんはチョコレートの「常識」にどうアプローチしたのでしょうか。

頓花聖太郎さんプロフィール画像
山下貴嗣。1984年岐阜県生まれ。株式会社βace 代表取締役CEO。大学卒業後、リンクアンドモチベーションに新卒入社。数多くの企業のコンサルティング業務に従事する傍ら、新規事業の立ち上げにも参画。2013年、「Bean to Bar」文化に出会ったことをきっかけに独立。現在は、富ヶ谷や代々木上原に店舗を構える。

チョコレートに見出したプロダクトとしての魅力

──山下さんは経営・人事コンサルタントとして働かれていた29歳のときに、「30歳で会社を辞める」と決められたそうですね。退職後のキャリアの方向性よりも先に「辞める」ことを決めたのは、どうしてだったんですか?

山下貴嗣さん(以下、山下):30代以降の働き盛りの時期は、この国の未来のためになることを自分の生業にしたいと考えていたからです。僕は学生時代から海外に行くのが好きだったのですが、いろいろな国を見てもなお、自分が住みたい国は日本だなと感じていました。ただ、今後は労働人口が減っていくことを鑑みると、日本の経済的・精神的な豊かさを未来に残し続けるためには、量ではなく質で外貨をとっていく方法を考えないといけないと思ったんです。

それに、昔からものづくりにすごく興味がありました。僕自身は何もつくれないけれど、一つのものに心血を注げる方たちの姿勢は美しいと思っていたし、そういった人たちが価値を生み出し続けられる世の中になったらいいな、という思いは漠然と持っていました。だから、この二つの方向性さえマッチしていれば、正直やること自体はなんでも良かったので、先に「辞める」ことを決めてしまいました。

──その後、立ち上げる事業を検討する段階に入ってからは、日本全国に足を運んだそうですね。実際にどんなところを見て回ったんですか?

山下:新潟の燕三条や福井の鯖江、佐賀の嬉野、京都の宇治など、伝統工芸の工房を中心に、ものづくりが盛んな場所にはいろいろ行きましたね。東京のアンテナショップや百貨店などでいいなと思ったプロダクトがあれば、職人さんと名刺交換して実際にそこに行く、ということを繰り返していました。日本のものづくりの中で、世界に誇れるものってなんだろうという観点から事業になりそうなものを探したんです。

当初は器や焼きものなどがいいかなと思っていて、チョコレートはまったくのスコープ外でしたね。

──はじめてチョコレートの可能性を感じたのは、のちに「Minimal」の創業メンバーとなるバリスタ・朝日将人さんのつくられたチョコレートを食べた時だった、と伺っています。

山下:そうなんです。朝日が当時やっていたお店で、自家製のチョコレートを食べさせてもらいました。すると、ダークチョコレートなのにオレンジみたいな味がして、聞けばそれはカカオ本来の素材の味だと言う。絶対に何か入ってると思ったので、「嘘でしょ」とすごくびっくりしまして。なにも余分なものを入れていないのにこれだけ口のなかで果実のような味がするっていうのは、体験としてもすごくおもしろいなと直感的に思いました。

──ただ、チョコレートはコモディティ化(市場が成熟し、商品の差別化が難しくなること)された商品のイメージも強く、改めてプロダクトとして捉えるのはそう簡単ではないと思います。なぜチョコレートをプロダクトにしようと考えたのでしょう?

山下:スペシャルティコーヒー(風味や栽培条件など定められた厳しい基準を満たした高品質のコーヒー*1に啓蒙を受けていたのが大きかったと思います。2010年ごろに、スペシャルティコーヒーに情熱を捧げた人たちのことをまとめた『God in a Cup: The Obsessive Quest for the Perfect Coffee』という本に感銘を受け、本の中で紹介されているロサンゼルスのインテリジェンシアコーヒーを訪ねました。そこで飲んだコーヒーが衝撃的で。

表題の「God in a Cup」は、スペシャルティコーヒーの品評会で、ある審査員がコーヒー界の至宝とも呼ばれる「エスメラルダ・スペシャル」を飲んだときに口にした言葉。これまでにない味わいに「カップの中に神様を見た」と。その言葉にとても感動し、影響を受けました。そして、インテリジェンシアコーヒーでそのときに飲んだコーヒーは、それまでのコーヒーとはまったく別物だった。日本のネルドリップの深煎りコーヒーしか知らなかった自分にとっては、コーヒーの概念が書き換わるぐらいの最高に新しい体験だったんです。

朝日のチョコレートを食べた時に、当時と同じような衝撃を受け、「スペシャルティチョコレート」のようなものができないかなと思いました。しかも、調べてみると、「Bean to Bar」の原料は基本的にカカオと砂糖だけで、これってまるで和食みたいだなと。チョコレートは世界中で愛されている食品だから、外貨の獲得にもつながる。そう思った時に、自分がスペシャルティコーヒーから受けてきた影響と、当時の自分が目指していた方向性がガッチリとハマる感覚があり、やりたいビジネスの方向性が定まりました。

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──そこから起業・お店のオープンにあたっては、クリスマスの時期に間に合うよう、猛スピードで準備したそうですね。

山下:そうなんです。2014年の6月末に退職して、世界中の産地や店舗を回ってBean to Barをやっている人たちに話を聞きに行ったのですが、そこで盛り上がりを肌で体感したのが大きくて。旅立ってから2カ月ぐらいで「この波、急がないともう日本に来るぞ」と気づき、それならファーストウェーブに乗ったほうがいいと思い、もともとは3カ月だった旅の予定を1カ月早めて帰国しました。

この物件(Minimal 富ヶ谷本店)を決めたのが8月で、そこから4カ月で店を立ち上げました。いま思えばめちゃくちゃなスケジュールですよね(笑)。

飲食経験なしの状態から「半年足らず」で創業できた理由

──はじめて起業するにあたり、そのスピード感で動ける人はなかなかいないように思います。しかも、まったくの異業種です。事業を実際にどう回していくかに関しては、やはり前職の経験が生きたのでしょうか?

山下:そう思います。20代の頃は本当にがむしゃらに働いていたのですが、そのときに「三角形の二辺の和はほかの一辺より短い」という言葉を知りました。これは、あるゴールを目指す時に、動き出す前から最短距離でいける方法(三角形で言えば、最短の一辺)ばかり考えるよりも、まず動き出してみて、その結果のフィードバックから臨機応変に道を修正したほう(三角形で言えば、二辺の和)が早いということの喩えなんです。

僕自身、起業にあたっては60点でもいいから最低限のインプットをしたうえで、どんどんその道の詳しい人に会いに行ったり、現場を見に行ったりしました。それに、経験値がプラスされてくると、最初の段階で70点、80点まで到達できるスピードが速くなったりもするので、やったことがないことに挑戦するなら、悶々とするよりも実践したほうが早いと思っているんです。

──確かに、先ほどのお話でも辞めると決めてからは、さまざまな現場に足を運ばれていましたね。

山下:そうなんです。自分の頭で考えるよりも、詳しい人に話を聞いたほうが早い。ただ、その手前で調べられることはしっかりとインプットし、「なにを聞くか」を考えたうえで仮説を立てることも同じくらい大切だと思います。僕も創業前に世界中の産地を巡った時は、使う機材や店づくりの手法について徹底的に調べたうえで、より詳しいことを現地で聞けるよう意識していました。

インターネット上にあらゆる情報が集まる時代になった以上、「なにも分からないので教えてください」というのはもう成り立たないと思うんですよ。しかも、自分なりの仮説を立ててから専門家の話を聞くと、解像度が高い状態で相手の言語を理解できるので、通り一遍の話ではない、より具体的な話を伺えます

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──なるほど。ちなみに創業にあたっては、いかにメンバーを集めるかも重要になってくると思います。朝日さんを含め、山下さんはどのように仲間を集めたのでしょうか。

山下:「Minimal」は朝日と僕、それから大学の同級生ふたりを含めた4人で始めたんですが、偶然にも僕が会社を辞めようとしていた2014年の2月、朝日もそれまでの店を閉じ、チョコレートを本格的にやっていきたいと考えていたところだったんです。僕は当時、留学をしたり海外の大学院に行ってみたりすることも検討していたのですが、それならいっそこのタイミングで起業しようと決意しました。だから、運が良かったのはあるかもしれません。

ただ、創業のタイミングって、自分より優秀な人を集めるのにいちばんいいタイミングなんです。実績がないので、夢と希望だけで人を誘える唯一の時期(笑)。だから自分の友達のなかから、僕よりずっと優秀で、僕の持ってないものを持っている人たちを挙げてみて、彼らにそのまま声をかけたんです。

チョコレートに「第三の選択肢」を作り出す

──Minimalは「チョコレートを新しくする」というコンセプトを掲げ、さまざまな取り組みをされていますよね。どんなところを「新しくする」と考えているのか、あらためて教えていただけますか。

山下:いまはまだ大多数の人にとって、チョコレートといえば「100円で買えるチョコレート菓子」か「高級ショコラ」しか選択肢がないと思うんです。Minimalが目指したいのは、それ以外の「第3の選択肢」として、クラフトチョコレートやスペシャルティチョコレートというものがごくふつうにある状態です。それが「チョコレートが新しくなる」ということだと捉えています。

だから、最初の5年くらいは、意地でも板チョコレート以外売らないと決めていましたね。

──なぜ板チョコレートに注力するのでしょうか?

山下:いちばん「新しさ」を感じてもらいやすいのは、加工を最小限にしている板チョコレートなんです。というのも、加工の過程が長くなると、それだけ素材の味だけではないものが入ってくるので、カカオ豆にこだわる僕たちの独自性が薄れてしまう。だから、最初は板チョコレートが売れなかったらもうやめてもいいぐらいに思ってたんですよ。

──ただ、当時は今よりもっとBean to Barでつくられるチョコレートの認知度が低い状況ですよね。事業を成長させる過程で、何か「壁」を感じた経験はありますか。

山下:たくさんありますが、いちばん大きかったのは「チョコレートはなめらかで甘いもの」という常識の壁だったのではないでしょうか。僕らがつくっている板チョコレートは、なめらかではなくザクザクした食感ですし、従来のものとは風味も価格も違う。最初はそこに違和感を持つお客さんも多かったと思います。

ただ、僕自身は「壁」と捉えるのがあまり好きじゃなくて。「壁」と言うと乗り越えるものだと考えがちじゃないですか。そうじゃなくて、「なめらかで甘いものこそがチョコレートだ」と考えている人に、一つ新しい選択肢を提示できればいいんだ、と思ってやり続けてきました。

──具体的には、ブランドの運営にあたり、どういった点を意識されたのでしょうか。

山下:創業当初から大事にしているのは、プロダクトの先にある、チョコレートの「体験」を売るということです。コロナ禍になってからはECサイトも本格的に手がけるようになりましたが、基本的な考えとしては、店舗をすごく大切にしているんです。

例えば、Minimalのチョコレートは、パッケージに「飴がけナッツのような風味」「ブドウジャムのような風味」とフレーバーが記載されていますが、店舗ではそうしたいろいろなチョコレートを実際に食べ比べていただくことができますし、それがMinimalの世界観を知ってもらうことにもつながります。

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だから、毎月開いているスタッフの勉強会には、アルバイトの方にも参加してもらい、「どんな言葉を使うとお客さんに伝わりやすいか」を共有するようにしていますし、ECサイトや付属のリーフレットの文言にしても、僕がすべて目を通しています。

ためしに食べてみておいしいと感じても、その1回だけで忘れちゃうものってたくさんあるじゃないですか。忘れてしまうものと、「人生をちょっとだけ豊かにするアイテム」と認識してもらえるものの差って、ほんのわずかだと思うんです。そのわずかな差をお客さんに埋めてもらえるような体験を、いかに提供できるかですよね。

──なるほど。最近では板チョコのほかにも、ガトーショコラやチーズケーキなど、幅広いラインナップを展開されています。何かきっかけがあったのでしょうか。

山下:Minimalでは僕がカカオ豆の買い付けから行っているのですが、何年もカカオと向き合っているうちに、素材を加工してもその風味を生かせる方法がすこしずつ分かってきたんですよね。その時に、これならスイーツでもMinimalらしいものがつくれると思えたので、幅を広げていきました。

それと、はじめは「新しい体験を通じてお客さんたちを啓蒙したい」みたいな気持ちが強かったと思うんです。でも、お客さんと接するうちに、もっとシンプルにMinimalのチョコレートを食べた時間を豊かだと感じてもらえれば、それだけで良いのかなとも思うようになって。商品のラインナップを広げるモチベーションが生まれました。

やっぱり、新しい選択肢をつくろうとする時って、どこかに仮想敵を置いて、そっちに対して中指を立てるみたいなことをやりがちじゃないですか。それはそれで若いころは好きだったんですけど(笑)、いまはチョコレートの表現の幅が広がることでお客さんが幸せになればいい、と考えています。

なによりも大切なのは、「おいしい」とか「幸せな気分になる」という感情が先立つことなんですよね。そのうえで、他社商品との“背景の違い”を知ってもらえたらよりうれしい。この順番だけは間違えちゃいけないなと思いながら、今は仕事をしています。

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新しいカルチャーをつくることは、新しい市場をつくること

──「背景の違い」とは具体的には何でしょうか。

山下:これも、「チョコレートを新しくする」ことの一つなのですが、既存の産業構造を少しでも変えたいと考えています。チョコレートの世界は、未だにカカオ豆を栽培する生産者と、チョコレートを販売する買い手の間に搾取構造があります。普段、僕たちが100円でコンビニのチョコレートを食べられるのは、カカオ農家さんの低賃金労働に支えられている部分があるんですよね。

ただ、それぞれの事情を無視して、そのことの良し悪しを議論してもあまり意味がないとも思っていて。実際に、カカオ豆を大量に購入する既存の大手メーカーさんの方が、生産国に与える経済インパクトも大きいわけです。

だからハイブリッドモデルにすることが重要だと考えています。そこで僕たちが取り組んでいるのは、農家の方がいいものをつくれば高い対価が得られるという経済構造を当たり前のことにすること。Minimalは、いわゆる「フェアトレード」と言われる価格の倍以上でカカオを買っているのですが、大事なことは「ボランティアで高く買ってあげる」ことではなく、高品質なカカオは価格も高くなるということをきちんと農家の方に伝えていくことだと思います。それによって徐々に新しい市場ができていく。

僕たちはスペシャルティチョコレートをカルチャーとして根付かせることにより、お客さんや自分たちはもちろん、農家さんも豊かな「三方良し」の状態をつくりあげていきたい。そのためには、中間に位置する僕たちがサボらないことが重要なので、そこは意識的に取り組んでいます。

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──これまで事業を続けてこられて、お客さんの価値観や市場の構造などに変化は感じられていますか。

山下:そう簡単に世の中は変わらないですね。僕のいまの目標は「粘り腰」です(笑)。1分1秒でも長く続けていくことによって、ひとりでも多くの人に新しいチョコレートの価値を知ってもらい、その方の人生になにかいい影響を与えられたらいいなと。

このカルチャーを完全に広められるころには、おそらく僕は死んでいると思うんです。でもそこを見据えていまこの瞬間からどう一歩を踏み出すかを考えることはできる。最初は「俺、5年ぐらいでチョコレートをすげえ格好いいカルチャーにしてるだろうな」ぐらいに思ってたんですけど(笑)、そんな簡単なわけないし、やっぱり先進国の経済は産業構造に埋め込まれてしまっている側面もあるので、変えるのもなかなか難しい。

黒いものを白にしていこうと思ったときに、99.9%の時間はグレーであって、清濁飲み込んでいかないとなにも変わっていかない。

でも、誰かがそれをやり続けないといけないんですよね。少なくとも、産業構造の外側にいた僕たちが1枚1000円とか1500円でチョコレートを売れるブランドをつくったということは一つのターニングポイントじゃないかと思うんです。僕は大げさに言えばチョコレートを通して産業構造への挑戦をしているんだろうと思っているのですが、うちで働いてくれているスタッフはみんな、少なからずその新しさやおもしろさにワクワクしてくれているんじゃないかと思います。

(MEETS CAREER編集部)
取材・文:生湯葉シホ
撮影:小野奈那子

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