仕事は「言葉選び」が9割。安達裕哉が「話す前」に考えていること

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「その言葉、意味を理解したうえで使ってる?」

あなたがもしクライアントと接する機会の多いビジネスパーソンなら、言葉選びや表現に細心の注意を払うよう、上司に注意された経験は少なくないと思います。

しかし実際には、「そんな重箱の隅をつつくような……」と反発したり、上司の意図に内心あまりピンときていなかったり、ということもあるのではないでしょうか。

業界のトップランナーはどう言葉に向き合っているのだろう……。そんな素朴な疑問をぶつけたのが、企業のコンサルティングやメディア運営など「言葉」にまつわるビジネスを手がける、安達裕哉さんです。

安達さんが話し方の極意を記した『頭のいい人が話す前に考えていること』は2023年に発売され、すでに30万部を突破するベストセラーとなっています。

今回、「話すプロ」とも言える安達さんに「ビジネスシーンにおいて“間違いのない”言葉選び」をテーマに取材を敢行。しかし、インタビューを進める中で、結果的に「話す前」の大事さを思い知らされました。一体、どんな極意が語られたのでしょうか。

安達裕哉さんプロフィール
安達裕哉さん。ティネクト株式会社代表取締役。1975年生まれ。筑波大学大学院環境科学研究科修了後、デロイト トーマツ コンサルティング(現アビームコンサルティング)に入社。品質マネジメント、人事などの分野でコンサルティングに従事し、その後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサルティング部門の立ち上げに参画。大阪支社長、東京支社長を歴任したのちに独立。現在はティネクト株式会社の経営者として、コンサルティングなどを行う。また、個人ブログとして始めた「Books&Apps」は累計1億2,000万PVを誇る、知る人ぞ知るビジネスメディアに。2023年4月に『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)を出版。Twitter:@Books_Apps

「話す」より「話し過ぎない」ことを意識できているか?

──コンサルタントとして、さまざまな企業の教育研修や会議のファシリテーション(議論の進行)に携わってきた安達さんですが、ご経歴を伺う限り、まさに「話すプロ」ですよね。著書の中では、学生時代は口下手なタイプだったとも書かれていましたが……。

安達裕哉さん(以下、安達):実は、コミュニケーションにおいて話し方や話す内容よりも大切なことはたくさんあるんですよ。

ただ、私自身はもともとは本当に口下手で、人前で話すとしどろもどろになってしまうタイプでした。学生時代の論文発表の場などは嫌で嫌で仕方なくて。

そのスタンスが明確に変わったのは、会社に入って環境品質部門に配属された直後のことでした。当時の上司に、「大切なのは話し方じゃなく話し過ぎないことだ」という考えを叩き込まれたんです。

──話し過ぎないことが重要、というと?

安達:緊張してしどろもどろになってしまうのは、「うまく話そう」と考え過ぎてしまうからなんです。話すのがうまい人たちの話し方を近くで見ていると、自分も軽妙に話さなくてはいけないと焦ってしまう。けれど、ビジネスシーンで大切なのは相手を混乱させないために要点を短い言葉で伝えることだ、話し過ぎる必要は一切ないと上司に言われ、なるほどと思いました。

上司はその言葉どおり、本当に必要最低限しか話さない人でした。仕事に同行させてもらうと、クライアントが何か考えている時、なかなか言葉が出てこなくてもひたすら待つんです。相手の考えをこちらの言葉で遮る必要はまったくないし、クライアントと対峙した時は、相手が8割話しているくらいでちょうどいい、とよく言っていました。実際に私もそう意識するようになってから、人前で話すことがあまり苦ではなくなりましたね。

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──話し過ぎる必要はない、というのは納得です。ただもちろん、ずっと黙っていればいいわけではありませんよね。会話の8割は相手が話しているとしたら、残りの2割で何を言えばいいかがポイントになってきそうです。

安達:おっしゃる通り、その2割が重要です。ただ、相手に求められない限り、自分の意見は必要以上に言わなくても構いません。ビジネスを前進させるうえで大切なのは自分の意見をいかに言うかではなく、相手の急所を突くような質問をどうやってするかなんです。

急所を突く質問をするためには、相手が話した内容を正確に理解する必要があります。伝えたいこと、悩んでいることを汲み取るために、聞くことに時間を精いっぱい使う。話を聞いている間にメモを取りつつ話の構造を理解しなくてはならないので、自分があれこれと話す暇はなくなるんです。

私自身、クライアントの話を聞いてから質問を投げかけるまでは、いつも少し間が空きます。

──なるほど。急所を突く質問というのは、例えばどのような問いかけ方になるのでしょうか?

安達:相手の言葉をそのまま鵜呑みにせず、背景にある情報や言葉の定義の確認をするのがポイントですね。

例えば、ある企業の社長が「役員のマネジメントが下手なせいで部下がすぐに辞めてしまう」と相談してこられたとします。その話を聞いてまず考えるべきは、部下が辞めてしまう原因は本当に役員のマネジメントにあるのか、という点です。

もちろん実際に役員のマネジメントが下手な可能性もありますが、社長と役員の仲が悪いとか、部下の立場が強いので声が上がってきやすいとか……社長がそういう言い方をした理由はいろいろ考えられますよね。ですから、まずは「役員の方と部下の方、どちらからそういった話が上がってきたんですか?」と確認を入れます。

それから、クライアントが「品質が低下している」といった言葉を使われた場合は、「御社において『品質』というのはどのように定義されていますか?」「実際にどのように低下しているんですか?」と細かく確認しますね。当人が意識していなくとも話に思い込みが混じっていることは多いので、認識の齟齬が生まれないようにする必要があるんです。

議論の前に「言葉」を定義できているか?

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──話し方についてお伺いしようと思ったら、いつの間にか「聞き方」に話が及んでいました……。面白い。今、例に挙げてくださった「品質」のように、業界や企業によって定義が異なる言葉は確かにありそうですね。

安達:「品質」は特にそうですね。一般的には品物の質に対して使う言葉ですが、私がいた品質マネジメント(製品やサービスの品質を向上させるため適切に管理・監督すること)の領域では、「品質」というと仕事の質のことを指すんです。初めからそういった定義を確認したうえで対話しないと、「安達さん、今はうちの商品の品質の話をしているのに、どうして部署間のコミュニケーションの話が出てくるんですか?」と話に大きなズレが生じてしまう。

似ているようでまったく違う意味を持つ言葉もたくさんあります。例えば「方針」と「目標」。私がいた部署では、「方針」は大まかな方向性を示すスローガン的なもので、「目標」は定量的に達成判定が可能でなければならないという定義があったんです。

相手の使う言葉に敏感になって、流さずに一つひとつ確認していくことが重要です。

──クライアントとの間で言葉の定義がズレていたり、あるいは意味は同じでも表現が揺れていると感じた時は、どのようにそれを確認・指摘するとよいでしょうか?

安達:確認の仕方には3つあります。

1つ目は、「念のためにお聞きしたいのですが」といった柔らかい表現を使いつつ、「この◯◯という言葉は御社ではどういう意味で使われていますか?」と直接確認すること。

2つ目は、相手の言葉の裏をとるために、文書やマニュアルなどの有無を確認すること。「念のため、今お話しいただいた内容について書かれているマニュアルなどがあればお見せいただけますか?」といった聞き方をすることが多いですね。クライアントが言ったことがどこにも書かれていない場合は、現場の方などに直接こっそりと聞くこともあります。

経営層と現場の社員の方の間で使われている言葉の意味がまったく違う、ということも少なくありません。例えば「管理」という言葉は狭義ではコントロールという意味ですが、広義ではマネジメントという意味がある。上司から「管理して」と言われた時には「成果を上げるためにPDCAを回してほしい」という意味を含んでいる可能性すらあるんです。

3つ目は、実物を実際に見に行くこと。特殊な言葉遣いが多い業界の場合は特に、「御社における◯◯を実際に見せていただくことはできますか?」と確認しています。

例えば、専門用語を使う機会の多い貿易業界には「インボイス(貨物の送り状)」という、輸出する時の重要な書類があるんです。最近「インボイス制度」が話題ですけど、それとは別物ですね。これは会社によって様式が異なっていて、一般的な様式からカスタマイズして項目が増えていることもある。オフィスで実物を見せてもらって、言葉の使い方などですれ違いが起こらないようにしていましたね。

──さまざまな業界の方を相手にコンサルタントをされていると、知らない言葉に出合う機会も多いのではないかと思います。安達さんはまったく新しい言葉に出合った時、どのように対応していますか?

安達:クライアントとお話ししていて初めて聞く言葉がある、という状態にできるだけならないように、新しい業界の方とお仕事をすることになった場合はまず、社内のほかのコンサルタントが過去に担当した、同じ業種のクライアントに関する資料にすべて目を通すようにしていました。そのうえで分からない言葉があれば、実際に担当したコンサルタントや上司に必ず聞いていました。

──まずは蓄積された知見にアクセスする、と。

安達:そうですね。ただもちろん、最新の情報をインプットする必要もあるので、その業界に関連する書籍を10冊から20冊は書店で買って読むようにもしていました。できる限り相手が日常的に使っている表現や言葉遣いで会話する、というのはコミュニケーションにおける鉄則だと思うので。

──なるほど。ただ、例えば研修や勉強会などの場合は、さまざまな業界の方が参加されることもあるのではないかと思います。そういった場では、どのような言葉遣いを心掛けていますか?

安達:不特定多数の方が参加される場では、やはり言葉をしっかりと定義することが鍵になってきます。

例えば、私がかつて担当していたロジカルシンキングにまつわる研修では、参加者同士で「ロジカルシンキングとは何か」をディスカッションしていただくところから毎回始めていました。それぞれの定義をお聞きしたうえで、皆さんの意見をできるだけ反映した大きな定義を決め、今回はこの定義で話を進めていきます、という流れをつくる。

研修に限らず、さまざまな業界の方が集まる場においては、議題となる言葉の定義に関する合意形成をしたうえで話を進めていくことが大切だと思います。

「意味がよく分からない言葉」を使っていないか?

──言葉選びを洗練させるために、安達さんが日常的に心掛けていることや習慣づけていることはありますか?

安達:シンプルですが、やはり辞書は高頻度で引くようにしています。私はアプリを使っているのですが、『日本国語大辞典』(小学館)と『広辞苑』(岩波書店)は必携ですね。言葉の意味が分からない時はもちろん、そもそもこの言葉はどういった成り立ちなんだろう、と気になったらすぐに調べるようにしています。

言葉の成り立ちや辞書的な定義というのは一見ビジネスに関係がないように思えるかもしれませんが、かつてよく社内のコンサルタント同士で実施していた勉強会でも、辞書の携帯は必須でした。

「クライアントの目標は何か」「どうして経営方針が必要なのか」といった正解のない問題について議論しますよね。そういう時、みんなで合意するにはある種の権威が必要になってくるんです。

例えばハーバード・ビジネス・レビュー(米国の経営学誌)の定義を引用したり、業界の規格を調べたりといったこともしますが、辞書を引くこともその一つです。辞書は、正解のない世界で正解を追求しようとする時には欠かせないものだと思います。「辞書の定義に従っていれば間違いないだろう」と、合意形成を進めやすい。そうしないと、どんな言葉やキャッチフレーズを使うかだけで何時間も議論することになってしまいます。

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──著書では、言語化能力を高めるために「ヤバい」「エモい」といった安易な表現を使わないようにしている、と書かれていました。ほかにも、安達さんが日常的に使わないように意識している言葉はありますか?

安達:皆さんも「バリュー」という言葉をしばしば使うと思うのですが、実は私は使わないようにしています。日本語の「価値」のほうが分かりやすいし使いやすいと思うので。もしかすると、企業によっては「価値」という日本語ではカバーできないようなニュアンスを「バリュー」に求め、言葉を再定義しているのかもしれませんが、私自身は「バリュー」という言葉を使う必然性を今のところ感じていません。

──普通に使われている言葉であっても、自分が使う必然性がなければ使わないということですね。

安達:そうですね。「どういう意味ですか?」と突っ込まれた時に答えられない言葉は使わないようにしています。特に文章を書く際は、一度使った言葉が後々まで残るので気を付けています。プライベートにおいてはビジネスシーンほどは気にしていませんが、それでも自分で意味が説明できない言葉は友人やパートナーに対しても不用意に使わない、というのは心掛けていますね。

──今回はビジネスシーンにおける話し方や言葉選びについて伺ってきましたが、こうしたスキルは練習すればするだけ身に付いていくものなのでしょうか?

安達:はい、それは明確に「イエス」と言えます。私はこれまでさまざまな後輩や部下を見てきましたが、スキルが身に付かない人はいなかったと断言してもいいくらい、誰でも身に付くものです。

ただもちろん、日頃から話し方を意識し、練習を重ねない限りは難しい。コミュニケーションは相手の反応を見て反省し、少しずつ調整していくことの繰り返しなので、クライアントの前ではなく、先輩や同僚との間など、リスクがあまりない場から試してみるのがいいですね。

今回紹介したスキルはビジネスシーンにおいて有用ですが、話すよりも聞くことを重視する、齟齬が生まれないように言葉の定義を確認する、といった丁寧なコミュニケーションは、友人や家族など身近な人に対しても効果を発揮すると思います。

頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)

取材・文:生湯葉シホ
写真:関口佳代

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