「傾聴力」とは? 「聞き上手」な人の特徴と鍛える方法

傾聴している女性

経済産業省が「社会人基礎力」の要素のひとつとして提言している「傾聴力」。相手への深い理解や信頼を構築するために役立つ重要なコミュニケーションスキルです。多くのビジネスパーソンが身に付けたいスキルのひとつではあるものの、残念ながら1日、2日で習得するのは極めて困難です。しかし、日々の生活や仕事の中で意識し実践していくことで業種や職種を問わず、多くの人が身に付けられるスキルでもあります。今回はそんな傾聴力の意義やビジネスシーンで活用するためのコツ、具体的な練習方法などをご紹介します。

<INDEX>
・傾聴力とは?今さら聞けない基本のキ
・傾聴力を鍛えると、ビジネスシーンでどう役立つの?
・「傾聴力」を鍛えるために必要な4つの「コツ」
・傾聴する時に「やってはいけないこと」
・傾聴する時に気を付けたい4つのハードルとは?
・傾聴力を鍛えるために必要な心構えとは?
・傾聴力を鍛えるために今からできることは?
・まとめ

傾聴力とは?今さら聞けない基本のキ

「傾聴(けいちょう)」とは、そもそもどう言う意味なのでしょうか?

文字通りに捉えれば、「(耳を)傾けて聴くこと」。辞書的には「熱心に聞くこと」のように定義されていることが多いです。

そしてどんなに熱心に聞くとしても、「鳥のさえずりを傾聴する」などとはあまり言わないので、話の内容を理解すべく注意を払って聴くという意もあることが分かります。言葉として話し手の口から出てきた音声情報のみならず、話している時の様子や身振り、表情、ひいてはその人の背景や話しに来たタイミングなど、さまざまな情報に注意を払う必要があります。

「傾聴」という言葉が広がったのは実はかなり古い話で、約70年前にさかのぼります。
アメリカの臨床心理学者カール・ロジャーズが、相談に来た人が主役のカウンセリング法「来談者中心療法」の技法のひとつとして「アクティブリスニング=積極的傾聴」を確立したことがその始まりでした。

現代では、「100%の意識を話し手に向け、言葉やその他で発信されているメッセージを受け取り、適切なフィードバックをまじえながら、相手を理解しようと努める聞き方」というような定義が一般的なようです。

傾聴力を鍛えると、ビジネスシーンでどう役立つの?

この「傾聴力」は、経済産業省が「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」として提言している「社会人基礎力」の要素にも含まれています。また、厚生労働省なども事業者や部下を持つ方に対して社員の話を積極的に聴くことを推奨しており、AIにとって代わられないスキルの習得が必要になるこれからの時代には、さらに重要性が増す力のひとつともいえます。

対人関係スキルとしての「傾聴力」

退職の主な理由のひとつに「職場の人間関係」があることからも分かるように、対人スキルは仕事をする上でとても重要です。「聞き上手」であることは、「話し上手」であることよりも円滑なコミュニケーションの上で欠かせません。「職場で何を求められているのか」を理解することは新人はもちろん、マネジメントをするうえではさらに大切なスキルで、上司と部下の1対1の面談や何気ない仕事の悩み相談などでも必要といえるでしょう。

ビジネススキルとしての「傾聴力」

相手のニーズをより深く把握することができれば、ビジネスチャンスが増える可能性があります。クライアントのニーズでも、どんなものを求めているのか、どんな背景からそれが求められているのか、逆に表面化していないけれど潜在的にあるニーズは何かなど、聞き上手であればより多くの情報をキャッチして、他と差をつけることができます。

また、聞き上手な上司の元では部下も意見を言いやすくなり、職場やアイディアの活性化が期待できます。

問題解決スキルとしての「傾聴力」

職場でトラブルが起きた場合、傾聴ができれば問題やその解決法に早く辿り着くことができるでしょう。問題の本質はどこにあるのか?関係者の本音は?解決すべきこと、できること、できないことは何か?どこまでが行為的な問題で、どこからが関係者の感情的なもつれなのか?などを見極めやすくなります。

自分の心身を守るための「傾聴力」

「傾聴」をスキルとして身に付けると「傾聴するモードの自分」が確立されます。それは素の自分のままネガティブな話を聴くよりも疲弊せず、自分の心身の健康を守ってくれます。

「傾聴力」を鍛えるために必要な4つの「コツ」

「積極的(アクティブ)に聴く」ためには、聞き手も積極的な「役割」を果たす必要があります。
具体的な積極的傾聴のコツとしては、「うなずき」「あいづち」「くり返し」「言い換え」の4つのアクションがあげられます。

「うなずき」「あいづち」は普段の会話の中でも自然にしているでしょう。「うんうん」「ふむふむ」「なるほど」「それからどうしたの」「そうだったの……どう思う?」、もう少し突っ込むなら「それ、いつからそんなに大変だったの?」など、話し手が話を続けやすくするために返す簡単なリアクションです。話し手としてはどうしても「きちんと聞いてもらえているか」と不安になるもの。そこで、目に見える形でリアクションと共感を示し、相手に安心感を与えることが重要になるのです。

「くり返し」は少し特殊な会話技法で、相手が言ったことを何の調理もせずにそのまま繰り返すことです。たとえばオフィスでの会話なら、「昨日、必死に準備したプレゼンがクライアントにすごくウケたの!」「必死に準備したプレゼンがクライアントにすごくウケたんだ!」という感じです。

「言い換え」はもう一歩先に進んで、自分なりの理解があっているかどうかを確かめるためにするフィードバックです。上記の例なら、「手の込んだ資料を作ったり、練習もしたの?すごくがんばったんだね。評価されてうれしかったんじゃない?」と返すのが「言い換え」。ちょっと大げさなくらい相手の気持ちを汲み取って、でも決めつけず、「こんな感じだったのかな?」というニュアンスを持たせて返します。

「そうなのよ!あれが通ればもうこっちのもんだから!」と返ってくれば、話し手は「分かってもらえた」と感じていることが分かり、共感に成功していると言えます。「いやー、うれしかったというよりとにかく終わってほっとしたよ!」などと返ってくれば、「そうか、すごくプレッシャーだったんだね。終わって安心したね」と相手が本当に言いたかったであろうことを打ち返すことができます。この「本当に言いたかったことを分かってもらえた感」が「傾聴」の第一の目的です。

「話を聴いてもらえてよかった」と感じるかは、この「分かってもらえた感」があるかないかで決まります。

傾聴する時に「やってはいけないこと」

このように「聞き手にも積極的な役割がある」のが傾聴ですが、聞き手の仕事ではないのについやってしまい、逆効果になることがあります。それは「解決策を与えようとすること」。

話は少し戻りますが、先述のカール・ロジャーズの「来談者中心療法」の大前提として、「クライアントの質問に対する答えはセラピストではなくクライアントの中にある」というものがあります。

例えば、友人や同僚が大変な現状について一生懸命話してきたとしたら、なんとなく「こうしてみたら?」とアドバイスしてあげたくなるのが人情ではないでしょうか。でも話し手が分かってほしいのは「大変な気持ち」であって、「解決策を導き出してほしい」わけではないことがあります。

会話をしている女性

傾聴する時に気を付けたい4つのハードルとは?

傾聴スキルが試される例として分かりやすいのが、話し手が感情的になっている時です。上司との話し合いから帰ってきた同僚が、
「私が仕事を全部やってるのに、感謝の言葉もなくミスの指摘だけでやってられない!」

と、ご立腹だったとしましょう。その場合、事実はどうあれ、ここで同僚が発信しているのは、とにかく腹立たしくて悲しくて、やるせない気持ちです。

傾聴する場合は、手を止めて本人に向き合い、肯きながら聴いたのち、「たくさん仕事したのに、それだけのミスで指摘されたの? それは嫌になるね」と、本人の訴えている感情を忠実に言語化してフィードバックし、そこに共感を添えます。事実関係はこの際、とりあえず脇に置いておきます。

しかし現実の会話はなかなかこうはいきません。なぜなら、話を聴いている側にはタイミングや職場の状況、価値観の違いなどさまざまな「ハードル(阻害要因)」があるからです。だからこそ、これだけは気を付けたいというものが以下4点です。

【1】片手間の対応をしない

忙しいタイミングだと、話を聞くことだけに時間を割くのは難しいもの。しかし、PCから顔もあげずに、または作業を止めずに片手間で聞く態度では、相手は話を聞いてもらえているとは感じないでしょう。とりあえず手を止めて体全体を相手に向けるだけで、「真剣に聞いてくれている」感が生まれます。これだけで、「傾聴」の半分は達成です。

【2】教育的/課題解決的視点を入れない

「その人の力になりたい」という思いから、「そういう時は○○しないと」と「課題解決」に向けたアドバイスをしてしまうこともよくあります。もちろん最終的にはこのような「解決のためのやりとり」が必要な場合もありますが、その前段階である「相手の心を開かせる」ことが重要な傾聴の場面では不要です。

【3】主観を入れない

これまでの同僚の仕事ぶりなどを思い返し、「少しのミスだとしても、前後の態度に問題があったんじゃないの?」というように主観で決めつけると、話し手の心理的安全性(人々が自由に意見やアイデアを提案し、失敗やリスクを恐れることなく他者とコミュニケーションをすることができる状態)を奪ってしまいます。

【4】自分の不満をぶつけない

このケースの場合、「日頃の自分の職務態度を棚にあげて文句ばかり言って」と苛立つかもしれないし、悪く言われている相手が仲のいい上司だから釈然としないということもあるでしょう。相手の主張と自分の考えが相容れない場合、聞いているうちに不満が溜まり、傾聴すべきところを逆に責め立てたくなったり、感情をぶつけたくなったりしがちです。しかし、傾聴のシーンではその場で相手に不満をぶつけるべきではありません。
傾聴する時に気を付けたいこと

ハードルがあるのは「自然なこと」。まずは自覚するだけでOK

このように傾聴を阻害するハードルがさまざまあるなかで、いつでも最後まで傾聴しきるのは誰であっても難しいことです。自分の立場や相手が話していることの現実との齟齬が気になることもあります。クライアントのニーズを傾聴している時にも常に予算や時間的条件、その他さまざまな制約が頭の中をよぎり、そしてそこから戸惑いや苛立ち、申し訳なさといった感情、「こういう結論に導きたい」という思惑による誘導が生まれることもあるでしょう。まずは、そういった状況になった時に「傾聴できているか、できていないか」ということを自覚することが大切です。

傾聴力を鍛えるために必要な心構えとは?

先述のロジャーズが、心構えのための条件としてあげたのが以下の4点です。

【1】話し手への「共感的理解」

傾聴する聞き手の役割は話し手の気持ちに寄り添い、正しいか間違っているかの判断はいったん置いておき、話し手のかけているメガネを一緒にかけて、そのメガネから話し手の見ている世界を見て、話し手の訴えを理解することです。その人のレンズ(フィルター)=どんな価値観や立場、思いから世界を見ているかは、おそらく自分とは全く違います。

【2】話し手への「無条件の肯定的関心」

相手がどんな人であるか、訴えの内容が事実に沿っているか、自分にとってどんな価値があるかといった判断は置いておき、話し手の言いたいことは何であるか、ポジティブな興味を向ける態度です。

【3】話し手の「実現傾向」への信頼

人に相談している時点で、その人は改善に向けた行動を起こしています。例えば同僚が仕事上の問題を話しているならば、話すこと自体が心と頭を整理し、解決策を導くことに貢献しています。

「傾聴」の段階では解決策をすぐに出す必要はありません。その人がその話をし、あなたが熱心に聞いていること自体に意味があります。

【4】聞き手の「自己一致」

これは4つの中で一番ややこしいポイントですが、ざっくり言うと「聞き手が自分の感情を明け透けに自覚して、自分で扱えていること」を指します。

例えば、上司と部下の1対1の面談で「今の仕事の状況が辛い」と相談してきた部下がいたとします。昔の自分の状況と照らし合わせて「それくらいで辛くてどうする、私が●●さんと同じ立場だったころは……」と返したくなる人もいるかもしれませんが、それを口にしてしまったら傾聴はその時点で終了です。

傾聴が上手くいくケースでは、聞き手が、その背景にある個人的な感情や自分の経験などを切り離し、自分が部下を育てる立場であることを自覚し傾聴することです。

もし感情的になり、傾聴が出来ていないと気づいた場合は、会話の最後などの言いやすいタイミングで「今ちょっと厳しいことを言ったけど、それは自分も若いころに苦労したからだと思う。はじめはみんな大変だから」などと自己開示して、一緒に考える糸口を探すことができます。

スキルアップ

傾聴力を鍛えるために今からできることは?

さて、この「傾聴力」の鍛え方ですが、厚労省が発信している研修内容などからも分かるように王道の方法は「ロールプレイ」です。

多くの場合、「話し手」と「聞き手」と「観察者」の3つの役割が必要です。トピックと時間(多くの場合、長くても30分)を決めて、話し手にはなるべく自由に、長く話してもらいます。観察者はやり取りを観察し、会話終了後に聞き手の態度がどうだったか、どんな時に発話が促進されたか、逆にどんな時にやりとりが行き詰ったか、その他聞き手の態度で気になった点などをフィードバックし、その後自由に話合いをします。

聞き手役の人はそこで、話を聴きながら自分の中にわいてきた感情などを話すこともできます。もちろんここで「そんな感情をもっちゃダメだよ」といった判断は禁物です。

撮影が可能であれば、動画を録画して見返してみてもいいでしょう。自分では無自覚だった「聞き方のクセ」が、見つかるはずです。

そこまでしっかり準備して練習しなくても、日常の中で練習することはできます。

例えば、仲の良い同僚が話しに来た時に「今、この人と傾聴の練習をする」自分のなかで決め、解決策や自分の意見は言わず「聞き役」に徹する方法など。

会話が終わった後、可能であれば相手にフィードバックを求めてもいいし、自分で振り返ってもいいでしょう。
ポイントは相手の反応のみならず、率直に自分が感じたことに対しても正しいか間違っているかの判断をしないようにすること。「このポイントで無性に聞きたくない気分になったのだけれど、どうしてだろう?」「この人は自分にとってすごく話しやすいのだけれど、なぜだろう?」などと考えてみると、自分の「聞き方のクセ」の背景が分かるかもしれません。

まとめ

いかがでしょうか。「傾聴力」は有用かつビジネスパーソンにとって必要なスキルで、身に付けられると職場の人間関係や問題解決を円滑にすることができます。場合によっては些細なトラブルや面倒なことから自分を守るスキルにもなります。ちょっとした日々の会話から意識し練習を繰り返すことで、誰でも聞き上手への道は開くことができるでしょう。

とはいえ、仕事中にずっと傾聴することを意識し続けたり、毎日練習することは、ただ聞き流したり、自分の言いたいことを返して気楽な会話をするよりも疲れます。

「傾聴」をたくさんした日や、その練習をした日は、「休肝日」ならぬ「休耳日」にすることも忘れずに、自分のペースで「傾聴力」を身に付けていきましょう。

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)
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