「ちゃんと」「しっかり」をビジネスで使っちゃダメですか? 副詞の使いこなし方を専門家に聞いた

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「伝えることは具体的に」。これがビジネスコミュニケーションの鉄則です。

ところが、日々の仕事では、それは真逆の「抽象的」で「不明瞭」なやりとりが、そこかしこで展開されます。

上司から「『きちんと』やって」と指示されたり、「『ほとんど』できています」と報告して叱られたり。きっと皆さんも経験があることでしょう。

そして、こんな“言葉遣いで認識の齟齬が生まれる場面”に必ずと言っていいほど登場するのが「きちんと」「ほとんど」などの副詞です。

伝えることを曖昧(あいまい)にしてしまう副詞。でも、使わないわけにはいかない……。そんな状況があるなかで、私たちは副詞とどう付き合っていけばいいのでしょうか?

今回は『コミュ力は「副詞」で決まる』(光文社新書、2023年)を執筆された、日本語研究者の石黒圭さんとともに、ビジネスコミュニケーションと副詞の関係性を深掘りしました。

副詞を使いこなすとコミュニケーションのあり方すら変わる──。まさに、副詞に対するイメージをガラッと塗り替えてくれるようなインタビューになりました。

石黒圭さんプロフィールカット
石黒圭さん。1969年大阪府生まれ。神奈川県出身。一橋大学国際教育センター教授を経て、現在、国立国語研究所教授(共同利用推進センター長)、一橋大学大学院連携教授。専門は日本語学(文章論・談話分析)、日本語教育学(読解研究・作文研究)。

「ピンとこない」副詞を解剖する

──正直、「副詞」と聞いてもどのような言葉なのかピンとこないところもあるのですが、そもそも「副詞」は文章の中でどのような働きをするのでしょうか?

石黒圭さん(以下、石黒):副詞の働きに触れる前に、やや説明的にはなるのですが、まずは副詞の種類について説明させてください。

──副詞に「種類」があるのでしょうか?

石黒:そもそも副詞には「属性副詞」「陳述副詞」という2つの系統があり、「属性副詞」は「情態副詞」「程度副詞」に、「陳述副詞」は「予告副詞」「検討副詞」に、大まかに分類できます。

──2つの系統から分かれた「情態副詞」「程度副詞」「予告副詞」「検討副詞」の4種類があるのですね。それぞれどういった特徴があるのでしょうか?

石黒:「情態副詞」は、動詞とセットで使われ、その動詞の情態を詳しく説明する副詞です。「ゆっくり話してください」「はっきり発音してください」の「ゆっくり」や「はっきり」がこれに当たります。また、「つるつる」「ザーザー」といったオノマトペもここに含まれます。

「程度副詞」は形容詞としばしばセットで使われ、量的な尺度を示す副詞です。「とても大きい」「かなり少ない」の「とても」や「かなり」がこれに当たります。「めっちゃ」や「けっこう」といった表現も程度副詞ですね。

「予告副詞」は、文末にくる“言いたいこと”を予告する副詞です。「ぜんぜん」には否定の「ない」、「たぶん」「おそらく」には推定の「だろう」のように、決まった形式の述語と対応して使われます。また、「幸運にも」「残念ながら」のように、文全体の内容と呼応するものもあります。

「検討副詞」はその名の通り、話す前に頭の中で検討したことを伝える副詞です。「たしかに」や「やっぱり」などが代表的ですが、私はここに、「正直」や「ぶっちゃけ」といった話し手の姿勢が現れる副詞も含めています。

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副詞の分類表(石黒圭『コミュ力は「副詞」で決まる』光文社新書)

──それぞれの副詞の特徴がよく分かりました。そんな副詞はビジネスシーンにおいて、どのように使われることが多いのでしょうか?

石黒:情態副詞は誰かに口頭で指示をする場面のような、主に話し言葉の領域で活躍します。例えば、プレゼンの資料や文書を作成してもらう時に、「知識の乏しい人でも『しっかり』理解できるように、必要な情報を『きちんと』調べてから書いてください」と指示したりしますよね。このように情態副詞には、指示の内容に勢いをつけたり、具体化したりする効果があります。

一方、報告書やメールなど、主に書き言葉の領域で活躍するのが陳述副詞です。ビジネスシーンの文書はスピード感を持って処理されますから、前から順番に読んでもある程度早い段階で伝えたいことが分かることが求められます。ここで「おそらく」や「残念ながら」といった予告副詞が活用できるわけです。

それから、予告副詞の中でも相手に対する配慮を示す「評価の副詞」は、ビジネスメールで大活躍しています。例えば「『わざわざ』お越しくださいまして、『誠に』ありがとうございます」と書けば、相手の労をねぎらう意図が伝わりますよね。また、伝えづらいことを伝えなければならない場面でも「『さぞ』お疲れのことと存じますが、『ぜひ』あなたにお願いしたいんです」「『せっかく』お越しいただいたのですが、『あいにく』私の準備が足りなくて」などと、相手を思いやりつつ自分の意図を伝えられる。若いビジネスパーソンがこういった表現を自然に使いこなせると、上司やクライアントにも「配慮ができる人だ」「一緒に仕事したい」と感じてもらいやすいのではないかと思います。

石黒圭さんインタビューカット

「要するに」「結論から言うと」の落とし穴

──副詞のイメージが明確になってきたところで、使い方に関してもより深掘りしたいのですが、石黒さんは著書で、副詞の使い方には話し手の主観や姿勢が表れることがある、と書かれています。それを踏まえて、ビジネスシーンで副詞を使う際に注意すべきポイントはありますか?

石黒:副詞には、伝えたいことを曖昧にする性質があります。例えば、「75%の人が賛成しています」を「ほとんどの人が賛成しています」と言うと、聞き手によって解釈が分かれてしまいます。ですから、事実を簡潔かつ正確に報告する必要がある場合は、できるだけ副詞を使わないことも一つの方法でしょう。

一方で、副詞を省いて話すと、聞き手によっては「もう少し丁寧に言ってくれてもいいのに」と思われてしまうかもしれません。そもそも日本語全体として、長い言葉は丁寧でまどろっこしく、短い言葉は正確でそっけないんです。そして、丁寧さと正確さの双方を満たすのはなかなか難しい。なので、副詞はTPOや話し手の個性に応じて、何を使うか決めるのがよいと思います。

──具体的に、どのような基準で使う副詞を選んでいけばよいのでしょうか?

石黒:ぞんざいに言葉を扱い過ぎるとハラスメントの温床にもなりかねません。ただ、自分が日頃働いている会社の、関係性のできている人に対しては、比較的短くそっけない言葉遣いをしても問題ないケースが多いのではないかと思います。一方で、まだ関係性ができていない社外の人に対してそっけない言葉遣いをすると、相手を怒らせてしまう可能性もありますよね。副詞を多用すると丁寧かつ冗長な表現になりやすいので、そういったリスクも考えたうえでバランスのよい言葉を選べばよいのではないでしょうか。

──丁寧さを意識し過ぎるあまり、上司から「簡潔に報告して」「結論から言って」と注意されたというエピソードもよく聞きます。例えば、「要するに」「結論から言うと」といった副詞を使う際の注意点はあるのでしょうか?

石黒:「要するに」「結論から言うと」「いずれにしても」といった表現は文章の重要なポイントをかいつまんで伝える効果がありますが、こうした「まとめ言葉」を使う前提として、それまでに伝えたいことに向かって着実に論理を積み重ねていくプロセスが必要です。なので、そのプロセスを飛ばして「要するに」「いずれにしても」とだけ言っても、苦し紛れで強引な印象を相手に与えてしまいかねません。もちろん、その言葉自体が悪いのではなく、何を説明すべきか決まっていない時や説明前の準備が不足している時ほど、こういった表現が意図せず使われがちです。

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──ただ、プレゼンテーションの場では、あえて「結論から言うと」と話し始めて、聞き手の注意を引くこともありますよね。あまりに多用するのも考えものですが……。

石黒:そうですね。話し言葉は必ずしも論理的ではなく、相手の気持ちに訴えかける要素も大きいので、そういった使い方が効果を発揮する場合もあるでしょう。ただおっしゃる通り、相手にあざとい、わざとらしいと思われる場合もあるんですよね。最近は「変な話」と話し始める人も多いのですが、よくよく聞いてみると中身は普通の話だったりする(笑)。つまり、副詞の次にくる言葉や文章が文脈的にその副詞ときちんと対応しているかどうかが大事なんです。

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私は、言葉というものを信頼性の象徴だと捉えています。自分が使った副詞に対して責任を持つ人の言葉は信じられます。その意味で副詞は、正しい文脈や状況で使えていれば効果が倍増する一方、使えていなければ効果が半減してしまうこともある言葉だと言えます。

──なるほど。著書の中では他にも、効果的に使えば相手に好印象を与えられる副詞として、「鋭意」「極力」「真摯に」といった漢語を挙げておられます。確かに、こうした表現は丁寧な印象がありますが、使いどころが難しいようにも思います。

石黒:使いどころが難しい、というのはおっしゃる通りで、漢語の副詞は普段あまり使わないことこそが重要なポイントなんです。例えば「極力」にしても、日常的には和語を用いた「なるべく」や「できるだけ」で、より丁寧にすると「できる限り」「可能な限り」といった表現になりますよね。「極力」のような漢語は、日常会話ではなかなか出てきません。だからこそ、決意表明の時など、ここぞというシチュエーションで使うと相手によい印象を与えられます。日頃から類語辞典などで言葉の意味を調べておいて、自分が気持ちを改めて伝えたいと感じた時にだけ使うのがよいと思います。

「口癖」にその人の本心が見え隠れする

──副詞は無意識のうちに、口癖のように出てしまうことがありますよね。私は相手に感謝を伝える時に「本当に」「すごく」をすごくよく使ってしまうのですが、薄っぺらく聞こえていないかと不安になります。

石黒:同じ言葉を連呼すること自体は、必ずしも悪いことではないと思いますよ。例えば、試合後のインタビューで感極まったスポーツ選手が「本当に、本当にうれしいです」と「本当に」を重ねて使っているのを聞いても、私たちはそれを薄っぺらいとは思わないですよね。ただたしかに、そこまで気持ちが乗っていないのに特定の副詞を連呼すると、わざとらしく聞こえてしまう瞬間があるのかもしれませんね。

でも、難しいのは、意識すればするほどかえってその副詞が出てきてしまうことです。今、「すごく」を「すごくよく使ってしまう」とおっしゃったのもきっとわざとではないですよね。

──本当ですね、無意識に「すごく」と言っていました。

石黒:考えている内容を意識するあまりそれに紐づく副詞が止まらなくなる、というのはよくあることです。

ただ、口癖となっている副詞に関しては自分の本心が見え隠れしている場合もあるので、注意が必要かもしれません。私は「例えば」とか「つまり」、「要するに」を多用するので、いかにも先生らしい話し方だと家族にいつも怒られるんです(笑)。要点をかいつまんで分かりやすく伝えたいと思うあまり、知らず知らずのうちにそういった言葉遣いになっているんですね。

石黒圭さんインタビューカット

話し言葉の難しさは、直接目にできないうえに、聞いたそばから消えていってしまうところです。ですから、これから就職・転職活動をする人やプレゼンテーションをする予定がある人は、緊張した時にどんな話し方をしているのかを把握しておいたほうがいいかもしれませんね。自分の話し方なんて恥ずかしくて客観視したくない人も多いとは思うのですが、そこはぐっとこらえて、会話を録音して聞き返したり、周囲にフィードバックをもらったりすると、自分の口癖が把握できて、言葉のバリエーションも少しずつ増やしていけると思います。

──緊張して「とにかく間を埋めなくては」と考えている時ほど、頭では分かっていても必要以上に副詞を連発してしまう気もします……。

石黒:たしかにそういう時こそ副詞は増えがちですね。間を埋めるために話し過ぎてしまう癖のある人は、言葉がうまく出てこない時は思い切って沈黙したり、ゆっくり話したりすることを心がけると、それだけで相手への伝わり方が違います。車の速度を落とせば安全運転につながるように、話すスピードを落とすと使う副詞も吟味しやすくなります

そもそも、話す内容があまり固まっていない時は、あえて沈黙を作って相手に話してもらい、相手の話につなげる形で自分の話を組み立てるのがいいのかもしれませんね。その意味で私は、沈黙を支配できる人こそが本当の意味での「話し上手」だと思います。

言葉に対する「感度」を上げるために必要なこと

──石黒さんの著書には、「今日は『簡単に』冷やし中華でいいよ」と口にして料理を担当するパートナーを怒らせてしまった人のエピソードがありました。このように、軽率な副詞の使い方で意図せず相手を傷つけてしまうことは誰しもあるのではないかと思いますが、それを防ぐためにはどうすればよいのでしょうか?

石黒:これは非常に難しい問題だと思います。「簡単に冷やし中華でいい」という表現が料理の手間を軽んじているように聞こえるのは頭で分かっていても、何気ない会話の中で、同じような言葉を口走ってしまう可能性は誰しもありますよね。もちろん、最低限気をつけるべきこととして、年齢や外見、学歴といったデリケートなテーマに気軽に触れないのは大切ですが、それを意識していても相手を傷つけてしまうケースはあります。

ですから、自分が何かを言った時や他人が会話する様子を見ている時、もし誰かの表情が曇る瞬間があればそれを覚えておいて言葉に対する感度を上げていくのも大事だと思います。相手の反応というフィードバックを意識的に受け取るということですね。

そして、自分の言いたいことを言うだけでなく、相手が言われたくないことを言わないのも、当然ながらコミュニケーションの大事なポイントです。

──お話を伺っていて、副詞を効果的に使うことと同じくらい、使わない言葉を意識することも大切なのだと分かりました。そのうえで、相手の反応に対する感度を上げていくことも重要なのですね。

石黒:そうですね。「これさえ使えば相手に好印象を与えられる」という万能な副詞があればよいのですが、残念ながらそれはありません。配慮のある言葉は、気持ちの問題を多少処理することはできても、本当にセンシティブな内容を相手に伝えなくてはいけない時にはさして役に立たないものです。

コミュニケーションは分かり合えない者同士がしていることですから、お互いどこまで相手に歩み寄れるかが重要ですし、そこで丁寧な言葉が役に立つこともある、程度に考えておいたほうがよいと思います。言葉を完璧に扱うのはそもそも無理ですよね。私自身、言葉は無力だと感じることのほうが多いです。

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ただ、究極的には分かり合えない者同士のコミュニケーションだからこそ、相手の気持ちを知ろうと努めることが大事だと思うのです。そのときに副詞という品詞は、相手の心理を読む手がかりとして必ず役に立ちます。曖昧さやまどろっこしさはありつつも、相手がどんな意図でこの言葉を発したのかまで理解できるのは、やはり副詞の持つ魅力と言えそうです。

取材・文:生湯葉シホ
写真:関口佳代
編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職

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