
「言いたいことがあるのに、言えない」「ミスを報告したら怒られそう」。そんな空気が漂う職場に、心当たりがある方も少なくないでしょう。
気まずい職場の空気はなぜ生まれるのか。その背景にあるのが「心理的安全性」という概念です。かつてGoogleのプロジェクト(※)で一躍有名になりましたが、こうした「職場における心の状態」は、企業単位の課題にとどまらず、社会全体で重視されるテーマになっています。
※……Googleの社内研究「プロジェクト・アリストテレス」では、チームが効果的に働くための要因が検討され、なかでも心理的安全性が最も重要な要因の一つに挙げられた。この研究が広く紹介されたをきっかけに、ビジネス界でも心理的安全性が注目を集めるようになった。
経済産業省では、職場のメンタルヘルス対策や従業員の心の健康を「人的資本への投資」と位置づけ、企業による取り組みの支援や指針の整備を進めています(※)。
※『健康経営における「心の健康」投資・実践ガイド~今日から始める人的資本への投資のヒント~』
心の健康に関する取組について (METI/経済産業省)
では、心理的安全性の高い職場とは具体的にどんな状態で、私たちはどうすればその土台をつくれるのでしょうか。
社会心理学の視点から集団の心理と行動を研究する、福岡大学准教授の縄田健悟さんにお話を伺いました。
改めて学びたい、心理的安全性の「定義」
マイナビ転職が正社員女性800名に行った調査(※)では、仕事のモチベーション要因として「昇給・報酬への期待」が上位に挙がっています。

「たしかに、報酬はとても大事です。報酬は金額そのものだけではなく、働きに見合った報酬が得られている感覚が、仕事の満足度に関わっているからです。
一方で、お金さえ多く払えばいいというわけではありません。モチベーション研究の領域で繰り返し指摘されているのは、周りの人間関係ややりがいの重要性です。
この調査でも、年代によって『職場の仲間』『仕事のやりがい』がモチベーション要因に挙がっているのは、それを象徴しているのではないかと思います」
そして、そうした人間関係や働く環境の前提となるものこそが、「心理的安全性」だと言います。
「少し堅い表現で言うと、心理的安全性とは、『対人的なリスクのある行動』をとっても大丈夫だとメンバーが信じている状態のことです。
『対人的なリスクのある行動』とは、例えば以下のようなもの。
- 率直な意見を言う
- 分からないことを質問する
- 相手の間違いを指摘する
- 自分の間違いを認める
- 新しいアイデアを提案する
こうした『相手に嫌われたりバカにされたりするかも……』と心配になってしまうような行動も、『受け入れてもらえる』とメンバーみんなに信じられている状態が、心理的安全性が成立しているということです。
つまり、モチベーションそのものというより、職場でみんなが生き生き働くための"土台"であり、日々の小さなコミュニケーションの積み重ねの中から生まれる"空気"のようなものだと言えるでしょう」
知らず知らずに心理的安全性を壊す「4つの話し方」
空気のように曖昧な存在だからこそ、ほんの些細な一言や行動が心理的安全性を壊すきっかけにもなると言います。
「心理的安全性を阻害する要因として、不安を喚起するコミュニケーションがしばしば指摘されます。具体的には次の4つです。
- 「こんなことも知らないの?」
ーー「無知」だと思われる不安を感じて、質問ができなくなる - 「こんなこともできないの?」
ーー「無能」だと思われる不安を感じて、失敗を隠したり、挑戦を避けたりする - 「忙しいときに言わないで」
ーー「邪魔している」と思われる不安を感じて、意見や提案をためらうようになる - 「それは難癖でしょ」
ーー「批判的」だと思われる不安を感じて、疑問があっても確認できなくなる
ここまで強い言い方でなくても、例えば「知ってると思ってた」とか「これはできるでしょ」のように、つい言ってしまいがちな何気ない一言も要注意です。
それらが飛び交うようになるとコミュニケーションが不自由になり、メンバーの間に表面的な仕事だけこなして、それ以上のことを自発的にやらなくなっていく姿勢が広がってしまいます。
そして、こうした言葉は、言われた本人だけでなく周囲のメンバーにも影響します。『あの人も否定されたなら、自分も発言しない方がいいかもしれない……』という空気が共有されることで、組織全体の発言量が徐々に減っていきます」
そう聞くと、心理的安全性の高いチームとは「仲良しクラブ」のようなものではないか、と考える方も少なくないでしょう。しかし縄田さんは「それは明確に違う」と語ります。
「心理的安全性の高いチームとは、高いレベルの目標が共有されているチームでもあります。そこでは、活発な議論が交わされ、忌憚のない意見が出てくる。その様子は『仲良しクラブ』とは少し違いますよね。
たとえ仲が良く見えるチームだとしても、『成果を上げるために言うべきことは言えている』という要素は欠かせません。
同時に『ノルマ達成のためのスパルタ』とも異なります。上司に言われるがまま、上司の顔色を常に伺うといったような組織風土では、チームで一丸とならなければ達成できない目標へたどり着くのは難しいでしょう。
単に『雰囲気が良い』『仲が良い』というだけでは不十分で、意見をぶつけ合いながらより良い成果を目指せる関係性かどうかが重要ということですね。
『互いに気を遣わなくて良い関係性』ではなく、『率直に意見を言い合っても関係が崩れない関係性』にこそ本質があると考えればよいでしょう」
心理的安全性の高い組織ほど「ミスの報告件数が多い」ワケ
では、心理的安全性の高い環境をつくるために、一人ひとりのメンバーにできることは何でしょうか。
「研究で繰り返し指摘されているキーワードは『支援』です。
助けてあげる、助けてもらう、助けを求める。こうした『助け合いの関係性』が、心理的安全性を高める大きな要因になることが分かっています。
そしてそれを、一対一のクローズドなやり取りではなく、オープンな場で行うことも大切です。助ける、助けられるのやり取りをみんなが見ている状況をつくることですね。
例えば、チャットツールだと、一対一のDMではなく、複数のメンバーが見ているオープンチャンネルでやり取りする、といった手段は有効かと思います。
集団の空気は一対一の関係性ではなく、“一対一のやり取りを他の人が見ている状況”で成り立っています。だからこそ、オープンな場での助け合いは、それを見た周囲にも波及していくのです」
「ミス」や「失敗」の扱い方もまた、心理的安全性を測る試金石になりうると言います。
「心理的安全性の研究者が行った研究では、『優れたチームほどミスの報告件数が多い』ことが示されています。これは実際にミスが多いのではなく、ミスが隠されずに共有されていることを意味します。
たしかにミスや失敗は周りに知られたくないし、上司にだけこっそり伝えたいもの。一方で、ミスは誰が起こしてもおかしくないことだと捉えて『ミスだからこそ』率先して共有できるチームは強いですよね。
メンバーの情報共有・学習によってチームが個人だけでは得られない学びや改善を生み出していくことを『チーム学習』と呼びます。心理的安全性は、このチーム学習の基盤にある概念です。
もちろん、『ミスを許す』ことと『ミスを放置する』ことは全く違います。
心理的安全性の高い職場は、いくらミスしてもOKな職場ではありません。失敗を個人攻撃に帰するのではなく、次に同じことを起こさないためにチームで学ぶというスタンスこそが、心理的安全性のある組織の特徴だと言えます」
助け合いの関係性や情報をオープンにする空気を育むために、一個人としてできることはあるでしょうか。
個人でもすぐに実践できる方法として縄田さんが紹介してくれたのは、「イエス・アンド」というコミュニケーションの手法。
「相手が何か言ってきたとき、たとえ自分の意見と違っても、まずは『イエス』で受け止める。その上で『アンド』という形で自分の意見を加える。
日本語で言えば、『そうですね、それで言うと……』といった表現になるでしょうか。
これは、相手を尊重する姿勢を見せるための伝え方です。
『いや』『でも』から始めるのではなく、まずは相手が意見を出してきた事実自体を肯定的に受け止める。
これで相手も『人格を否定されたわけではないんだ』と思うはずです。ちょっとした言葉遣いの違いではありますが、こうした細部への気配りも心理的安全性を支えるものになります」
「集団の課題」には「集団の力」で臨むべし
「今の職場の心理的安全性が低い」と感じたとき、その環境を変える努力をすべきか、それとも転職という選択を取るべきか。その判断軸もお伺いしました。
「先ほど一個人が実践しやすいコミュニケーションのTIPSをお伝えしましたが、一方で心理的安全性は空気のようなものなので、個人の力だけで変えるのは相当な労力が必要です。
ただ、同じ問題意識を持った仲間が1人、2人いると、だいぶ変わってきます。集団の中にサブグループができると、そこから雪だるま式に仲間が増えていく。集団の課題を解決するには、集団の力で臨むとよい、というスタンスでまずは味方をつけることが大事なのではないでしょうか。
転職活動においても、求人票や面接官個人の話し方・雰囲気だけで心理的安全性の有無を推測するのは、やはり難しいと言えるでしょう。
その前提であえてヒントを挙げるとしたら、 一つの手がかりとして、こんな見極め方が有効かもしれません。面接の場での社員どうしのちょっとしたやり取りの中に、組織の空気が表れることがあります。
例えば、面接官が上司と部下など2人以上いるような場合、その場での関係性が見えます。お互いにオープンで率直に話しているならよいのですが、部下が上司に気を遣いすぎていたり、上司側が先に退出したとき空気がガラッと変わったり。
そんな印象が伝わってきた場合は要注意かもしれません。現時点では「社外」の人間である候補者の前でさえそうなら、普段はもっと物が言いづらい関係性ということも考えられます。
組織の心理的安全性とは、知らず知らずに組織に根づき、にじみ出るものでもあります。だからこそ、常日頃からどんな関係の相手でも、一人の人間として尊重したコミュニケーションをとる。メンバー一人ひとりがそうした意識を持つだけで、組織は変わっていけるはずです」
心理的安全性とは、高い目標に向かって忌憚のない意見を交わし、失敗からチームで学べる状態のこと。そしてそれは、日々の何気ない会話の積み重ねでしかつくれない。縄田さんのお話から浮かび上がったのは、そんなシンプルながら深い鉄則でした。
相手の意見をまずは肯定的に受け止める。積極的に助けを求め、助けの手を差し出す。ミスは隠さず、学びに変える。
いずれも特別なスキルは必要ありません。職場の空気を変えるために、きょうから実践してみてはいかがでしょうか。
「今の職場で変わる余地があるのか」それとも「環境そのものに課題があるのか」。その視点を持つことが、これからの働き方を考える第一歩になるはずです。
【出典】
※マイナビ転職『仕事のモチベは趣味・昇給・推し!?正社員女性の人生の幸福度は平均61.1点』
取材・編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職
「働きやすさ」を生み出すコミュニケーション術



