作家/三浦しをん | 就活が全滅でも、そこに道を開くものがあった

第一線で活躍するヒーローたちの「仕事」「挑戦」への思いをつづる

作家/三浦しをん

2000年に小説『格闘する者に○』で作家デビューした三浦しをんさん。以降、『まほろ駅前多田便利軒』『舟を編む』など数々の小説、そしてエッセーを出し続けている。
人を引きつけてやまないユーモアあふれる作品は一体どうやって誕生しているのだろうか。三浦さんの作家としての歩みと共に話を伺った。

Profile

みうら・しをん/1976年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、12年『舟を編む』で本屋大賞受賞。『風が強く吹いている』など多くの小説が映画やドラマ、アニメ化されている。最新刊『墨のゆらめき』(新潮社)が発売中。

独特の視点と情緒豊かでユーモアあふれる作品が多くの読者を魅了している直木賞作家の三浦さん。最新作の『墨のゆらめき』は、きちょうめんなホテル従業員と大雑把で自由奔放な書家というまったく異なる性格の男性2人が出会い、ふとしたきっかけで手紙の代筆業を始めるというストーリー。三浦さんらしいクスッと笑えてホロリと泣ける人間ドラマだ。

実はこの小説はオーディオブック「Amazonオーディブル」のために書き下ろしたもの。2022年11月に配信され、すぐに反響を呼んで瞬く間にオーディブルランキング1位となった。

「目で読むのではなく、耳で聴く読書を前提に小説を書いたのは初めてでした。一人の語り手による朗読だから一人称のほうが読者は没入しやすいかなとか、同音異義語は使わないようにしようとか、普段は気にしないことに注力しました。実に新鮮で刺激的でした。こういうオーディオブックがもっと普及したら、小説を読まない人たちが『聴く読書だったら楽しめそう』と新しい読者になってくれるかも。そんな小説の新たな可能性を感じました」

同作品は23年5月末に書籍化されたが、こちらも好評で多くの読者に支持されている。

作家/三浦しをん

幼い頃から本や漫画が大好きだったこともあり、編集者を志したという三浦さん。就職活動では出版社を何十社も受けたそうだ。しかし全滅。そんな就活終盤の頃、ある出版社を受けた。入社試験は「10年後の私」というお題の作文。「どうせ受からないだろう」と思いながら、編集者の冒険活劇のような文章を書いた。案の定、その出版社は不合格。だが、作文を読んだ編集者から「僕は会社を辞めて出版エージェントをやろうと思っている。何か書いてみないか」と声が掛かる。

「最初は正直、言っている意味がよく分からなかった(笑)。それで卒業後は古本屋さんでアルバイトをして、その傍らでエッセーを週1本書いていました。そうしてしばらくたった頃、『そろそろ小説を』とまた熱心に勧められたんです。何を書いていいのか分からなかったのですが、就活の体験を題材にしてみたらどうかと。それなら書けるかもしれないと思い、バイトをしながら約3カ月掛けて完成させたのが小説『格闘する者に○』です」

これが三浦さんのデビュー作となる。編集者からは「初めてにしてはよく書けている」と言われた。しかし三浦さん自身は納得していなかった。「私が理想とする小説とはおよそかけ離れていて、人が書いた作品と自分のものとの差にがくぜんとしました」。図らずも、作家人生はそこから始まった。

今の仕事には工夫のしがいがある

作家/三浦しをん

00年に作家デビューした三浦さん。でも、どうすれば自分の思いを十全に小説に込められるのか、分からなかったという。それが、02年に発表した『秘密の花園』で変化したと語る。「自分が書きたいことや、ずっと引っ掛かっているようなものが地下水の水脈みたいに私の心の奥底に流れていて、まさにそれを掘り当てたというか、ああ、私はここを追求していきたいんだなというのが見えた気がしたんです」

それまでは、どうしたら原稿用紙500枚もの小説が書けるのかという不安があったが、この作品以降は一切なくなった。「自分の中には確かに書きたいものがあると分かり、霧が晴れたようなすがすがしさがありました」

小説を書く作業は孤独で苦しく、つらいと思うことも多い。「でも、水脈を遠巻きに色々な角度から観察し、次はどんなアプローチでいこうかと工夫のしがいがたくさんあるんです。そこが面白いからこそ書くという仕事を続けているのだと思います」

最新刊『墨のゆらめき』はホテル従業員と書家が主人公だが、そんなふうに三浦さんの作品にはさまざまな職業人や、道を極めたプロが登場する。「多くの人たちが単に仕事イコール会社勤めと捉えていて、それ以外の職業に目が向いていない気がします。でも実は色んな仕事があって、それぞれの暮らしがある。私はまだ知らない職業を知りたいし、一体どんな人たちがどのような心持ちでその仕事に向き合っているのかも知りたい。だから仕事をテーマにしたものが多くなってしまうのかもしれません」

特に一代では完結しない仕事に興味があり、好きだと語る。「例えば私が書いた『仏果を得ず』では人形浄瑠璃文楽の太夫さんや三味線さん。昔から代々続く伝統芸能で自分の生涯をかけて芸を追求するわけですが、完成形がどこにあるかは分からず次の世代が引き継いでいきます。『舟を編む』に登場する辞書編纂(へんさん)の仕事も、一冊出したら完成ではなく改訂作業が果てしなく続く。『愛なき世界』の植物の研究もそうで、大勢の研究者が積み重ねてきたものから疑問が生まれ、そこからまた新たな研究が始まる。そういう世代交代を繰り返しながら延々と続く仕事にキュンとくるんです」

そんなさまざまな職業を見つめてきた三浦さんが今思うのは、すごくつらいと感じながらも、安定した仕事だからと自分の心をごまかしながらやり続けるのはやめたほうがいいということ。「たとえ自分が求めるような結果が出せなくても、楽しんで好きな仕事をしている人が増えていけば、社会全体ももう少し息がしやすくなるような気がします」

ヒーローへの3つの質問

作家/三浦しをん

Q 現在の仕事についていなければ、どんな仕事についていたでしょうか?

たぶん古本屋さんです。昔アルバイトをしていました。まず雰囲気が好きなんですね。見たことのないすでに流通していない本がたくさんあって、しかもそれを探している方もいらっしゃるんです。「ああ、これが読みたかったんだ」と言って探していた本を手に取り、喜んでいる笑顔を見るとたまらなくうれしかった。追求しがいのある奥深い仕事です。

Q 人生に影響を与えた本は何ですか?

丸山健二さんの小説『水の家族』です。中学生の頃に読みました。「小説って色んなことができる、こんなにさまざまな表現ができるすごいものなんだ」と感動したのを鮮明に覚えています。

Q あなたの「勝負●●」は何ですか?

勝負シャワーですね。締め切りが過ぎてもなかなか書けなくて切羽詰まった時はシャワーを浴びるんです。するとあら不思議! スッキリするだけでなく、シャワーを浴びている際に「そうだ、こんな感じはどうだろう?」って思い付くことも多いんです。

Information

著書『墨のゆらめき』の単行本が発売中!

新潮社とAmazonオーディオブック「 Audible (オーディブル)」との共同企画で、2022年11月に配信された三浦しをんさんの書き下ろし小説『墨のゆらめき』。配信直後から多くの反響を呼んだ本書が23年5月末に書籍化された(1,760円〈税込み〉)。都内の老舗ホテルに勤務する続力(つづき・ちから)は、招待状の宛名書きを新たに引き受けた書家の遠田薫を訪ねたところ、遠田の副業である手紙の代筆を手伝う羽目に。それは依頼者に代わって手紙の文面を考え、依頼者の筆跡を模写するというものだった……。三浦さんは「耳で聴く読書を念頭に小説を書いたのは本作が初めてです。オーディオブックでも書籍でも、どちらを手に取っていただいてもOK。ホテル従業員と書家の凸凹コンビの、ちょっとおかしなやりとりを楽しんでいただけるはずです。遠田はどんな書を書いているのかななんて想像してもらうのもいいかと。この小説を通して文字や書というものに興味を持っていただけたら何よりです」と語る。

転載元:https://tenshoku.mynavi.jp/knowhow/heroes_file/271/