「なりたい自分」がない人はどんな仕事人生を歩めばいいですか? けんすうさんに聞いてみた

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いつの間にか、年が明けてしまいました。今年こそ「やりたいこと」を見つけて、取り組みたい……とは思いつつ、やりたいことを見つけるのはそう簡単なことではないことを、私たちは悟り始めている気がします。

そんななか、「やりたいこと」ではなく「なりたい自分」を思い浮かべましょう、という「物語思考」を提案するのがけんすうさん。「物語思考」とは、「なりたい自分」を定め、自分のキャラクター設定をチューニングしていくことで行動を促す手法です。

この手法は、自分のキャリアイメージを鮮明にする手がかりになりそうです。一方で、この「なりたい自分」がうまく定まらず、果たして本当にこれが「なりたい自分」なのか……? と自問自答してしまうこともあるのではないでしょうか。

そこで今回は、けんすうさんに「なりたい自分」の解像度を上げて、自分だけの物語を作っていく方法を聞いてみました。

けんすうさんプロフィール画像
けんすう(古川健介)。アル株式会社代表取締役。学生時代からインターネットサービスに携わり、2006年リクルートに入社。新規事業担当を経て、2009年に株式会社nanapiを創業。2014年にKDDIグループにジョインし、Supership株式会社取締役に就任。2018年から現職。会員制ビジネスメディア「アル開発室」において、ほぼ毎日記事を投稿中。

聞き手:いしかわゆき

※取材はリモートで実施しました

若手の「自分を大事にし過ぎる」問題

いしかわゆきさん若手ビジネスパーソンのなかには、「やりたいことがない……」と悩んでいる人も少なくありません。けんすうさんはそれについてどう思いますか?

けんすうさんたぶん、みんな自分を大事にし過ぎているんだと思います。自分の人生だから無駄にしたくないと思っている。だから、何か一貫した「やりたいこと」を求めているんじゃないかな。

それでいくと、僕はそんなに自分を大事にしていないというか、自分に興味がないというか……。やりたいこともそんなになくて

いしかわゆきさん何だか意外……。

けんすうさんnoteにも書いたのですが、僕はこの年になって「Webサービスを企画したり作ったりすることに向いてない」と悟ったんです。20年もやってきて言うもんじゃないけど(笑)。

いしかわゆきさんえっ!? けんすうさんは明確に「その世界の人」だと思っていたのですが。

けんすうさんだって、僕はこれまでWebサービスを70個も80個も作ってきたのに、どれ一つとして認知されていないじゃないですか。かたや、ひろゆきさんはどうですか。「2ちゃんねる」や「ニコニコ動画」みたいなメガヒットを飛ばしています。

いしかわゆきさんたしかにそんな印象はありますが……。

けんすうさんもし自分のやりたいことが「Webサービスを企画したり作ったりすること」だったら、ここで絶望していたかもしれません。でも、僕はそうじゃなかった。

いしかわゆきさん個人的に、けんすうさんは「好き」をモチベーションにイキイキと働いているようにも見えます。

けんすうさん正直、「好きなこと」と「やりたいこと」は全然別ものだと思っていて。

「食べるのが好きなので、食に関わる仕事をしたいです」という人はいるけど、なかには何かを食べたときの「おいしい」という感覚が好きなだけの人もいると思うんですよね。仕事にすると、つまらない作業をこなしたり、逃げ出したい場面に出くわしたりして、「あれ、自分は食べることを仕事にしたかったはずでは……?」と脳がバグを起こしてしまう。

いしかわゆきさん「好き」だと思っている感覚が、そのまま仕事で味わえるわけじゃないというか。

けんすうさんはい。だから、あまり「好き」を「やりたいこと」に結びつけないほうがいいと思いますね。

いしかわゆきさんでは、けんすうさんは仕事に向き合ったり、キャリアを作ったりするモチベーションをどう高めているのでしょう?

けんすうさん「なりたい自分」を設定し、そこから逆算するように自分のやることを考えてきた感覚はありますね。

けんすうさんの「なりたい自分」は「働かず人生をラクに生きる人」?

いしかわゆきさんつまり、「なりたい自分」がけんすうさんのキャリアを形作ってきたと。では、けんすうさんの「なりたい自分」って一体何なのですか?

けんすうさん細かいイメージは年齢などで変わってきたのですが、一貫しているものは「人生をラクに生きる人」でしょうか。

いしかわゆきさん意識低い……!

けんすうさん学生の頃は、卒業後は会社員になるんだと思っていましたし、「会社員になって給料をもらう人」を目指していました。

でも、ひろゆきさんをはじめ、あまり働かずに楽しく生きている大人たちと出会って。彼らが「毎日会社に行くの嫌じゃない?」「働かずにお金を稼げたほうが良くない?」と言っているのを聞いて衝撃を受けたんです。

いしかわゆきさんまわりの人たちに影響を受けて、「なりたい自分」が変わっていったんですね。

けんすうさんはい。それに「プログラムを生み出すことで、人が働かなくて良くなる」という考え方も、非常にインターネット的でいいなと思いました。

いしかわゆきさん実際に、「なりたい自分」が生まれたことで、けんすうさんの行動はどのように変わったのですか?

けんすうさん人生をラクに生きるには、ストレスを限りなく減らしていく、つまり取れる選択肢を広げていくことが重要です。だから、「どうしたら他人に“有望な人”だと思ってもらえるか(+活躍のチャンスを広げられるか)」を意識するようになりましたね。

例えば、大学には将来有望な人が本当にたくさんいたけれど、その人たちと勝負をしたところで勝算はない。だから、彼らがまだ詳しくなさそうな領域に注目したり。

それから、同級生とつるむのをやめて、アルバイトも辞めて、「なりたい自分」に近い人=ダメな大人たちとあえて関わるようにしたり。普通の大学生として生きていたら、結局普通に資格を取ったり就職をしたりして、順当な道を進んでしまいそうな気がして。

いしかわゆきさんそうはいっても、「なりたい自分」に近い人と実際の自分では、経験値もスキルも大きなギャップがあったのではないかと思います。そのギャップをどう埋めたのですか?

けんすうさん大前提として、「あまり働かずに楽しく生きている大人」って能力値が高いのですが、自分はそうじゃなかったので、実力で判断されないための道をすごく考えましたね。

いしかわゆきさんある種のハッタリ力のような……?

けんすうさんそうですね。いきなり起業しても注目されないので、一旦会社に入って経験値を積もうとしたのですが、入る会社はリクルートじゃなくちゃいけないと思っていました。これが例えば銀行だと、起業するとしても「金融」のイメージが先行してしまうじゃないですか。それに、リクルートは優秀な人が集まっているイメージがある。

実力がない僕を“評価”してもらうためには、学生のうちからチャレンジをしたり、チャレンジしそうな企業に入って、将来有望なイメージを獲得する必要があると考えていました。

そうすると、周囲から期待されて仕事も経験値もお金も自然と手に入り、本当に実力もついていくんです。

人生をラクに生きるサイクル

このサイクルをいかに回すかが、人生をラクに生きるコツだと気付いたんです。なので、できるだけ自分を将来有望に見せられるようなアクションをして、得られる経験値を最大化させていましたね。

いしかわゆきさんまるで「ラクするために抜け道を探すキャラクター」の成り上がりストーリーを聞いているような印象を受けます。

けんすうさんそうですね。こういうヤツならこの場面でこんなことするだろうな、みたいなことは意識していました。

そして、そのキャラクターが困らないよう、かつて話題になったビジネス書『自立人間のすすめ』(著・脇田保、マネジメント社、1978年)で提唱されていた「キャリアのVSOP理論」に沿って、その時々でやることを決めていました。

キャリアのVSOP理論
「キャリアのVSOP理論」を図式化したもの。けんすうさんの著書『物語思考』(幻冬社、2023年)より引用

20代のうちはとにかく経験値を積んで、30代は専門分野で戦って、40代は専門性ではなく「自分の名前」で仕事をしていく……といった感じで。「インターネットの人」としてコミュニティやメディアの運営を手がけて専門性を磨いたのもその一環です。

困ったら「なりたい自分」の「日常の1シーン」を思い浮かべる

いしかわゆきさんとはいえ、若手ビジネスパーソンのなかには、まだ「なりたい自分」がわからないという人もいるかと思います。「なりたい自分」の解像度を上げるにはどうしたらいいでしょう?

けんすうさん日常の1シーン」で自分が将来どんなことをしていたいかを思い描くことから始めてみては?

例えば、「英語を勉強して将来アメリカで働きたい」だと漠然としているので、「1年後に、外国の人を紹介されたときに、コミュニケーションが取りたい」ぐらいまで落としてあげる。

・NISAについて聞かれたとき、ドヤ顔で答えられるようになりたい
・仕事帰りにお金を気にせずタクシーに乗りたい
・カッコよくプレゼンをして褒められたい

それくらいのレベル感で、欲望のまま思い浮かべてみてください。

いしかわゆきさん仕事で実現したいことに限らず、生活レベルや自身の「キャライメージ」みたいなものでもいいんですね!

けんすうさん「なりたい自分」が思いつかなければ、「なりたくない自分」でもいいと思います。ちなみに僕の「なりたくない自分」は「やりたくない仕事をやる以外に選択肢がない状態」でした。仕事をサボりたいとき、お金を払ってでもサボれる選択肢があるかどうか。

いしかわゆきさん(笑)。不思議と「なりたい自分」の輪郭がハッキリしてきたような気がします。

けんすうさんそこから実際の行動に移すには、「なりたい自分」「なりたくない自分」をノートに書き出していくことも有効です。書くことで5割は叶う、とも言えるくらいで、GMOの熊谷(正寿)さんの著書『一冊の手帳で夢は必ずかなう』(かんき出版、2004年)にもありますが、なりたい姿を手帳に書くことで夢を叶えた人はたくさんいます。

いしかわゆきさん「書き出す」というのがポイントなんですか?

けんすうさんスマホのメモ帳にメモするだけでもいいので、とにかく書き出すことが重要です。人間は情報空間で生きているので、情報空間で「なりたい自分」を設定すると、日々の行動を自然と変えていくんですよ。キャラクターが勝手に動き出すようなイメージですね。

いしかわゆきさんなるほど……。とはいえ、いざ行動に移すとき、行動しているときに「本当にこの“なりたい自分”に従っていいのかな?」と悩むことも少なくないのでは?

けんすうさんそれは「安心したい」という欲望があまりに強過ぎるからだと思います。

いしかわゆきさんでも、一度「こうなりたい」と決めたら一貫性を持って何かに向き合いたい、というスタンスもアリだと思うのですが?

けんすうさん僕もそうでしたが、「なりたい自分」というのは、一つだけにまとまるものではありません。一つ決まったからといって、安心できるわけではないと知っておいてほしいですね。

スティーブ・ジョブズは「毎日同じ服を着る」と決めて実行していましたが、一見ラクなように思えて、僕のまわりで実行している人はいません。「本当にこれを一生着ていくんだっけ?」と悩んじゃうから。

いしかわゆきさんでは、「なりたい自分」を変化させていくのを前提として、今どんな「なりたい自分」に定めていくか、を決めるヒントはありますか?

けんすうさん「生き残り形式」はどうですか?

いしかわゆきさんと、言うと……?

けんすうさん例えば、僕は最近食器を洗う時、食洗器対応かどうかを考えるのが面倒臭くなって、とりあえず全部食洗機に入れて、生き残ったやつだけを使うようにしているんです。

そうやって、「なりたい自分」もいろいろやっていくうちにいなくなるものと、生き残るものが出てくるはずです。

面白いことに、その中には何度いなくなっても復帰してくるのもあって。僕は英語ができるようになりたいと思いつつ何度も挫折しているのですが、何度も「なりたい」欲が復活してくるんですよ。だから、「これは心の底から英語ができる人になりたいんだろうな」と思って英語の勉強を始めました。

生き残った「なりたい自分」だけを目指して、やることをやっていけばいいんじゃないかな。

最初から確実な道はない。やったことを「伏線」に変えていけばいい

いしかわゆきさん「なりたい自分」に少しでも近づくためには何をすればいいんですか?

けんすうさんスモールステップから始めるといいですよ。環境をいきなり変えるのが難しいなら、SNSでフォローする人を「なりたい自分」がフォローしてそうな人や、今と全く異なるコミュニティの人たちに変えてみるとか。

いしかわゆきさんたしかに、リアルの環境を変えなくても、バーチャルでいいんですよね。

けんすうさん環境というのは、つまり人間関係なので、今までやり取りをしてきた人たちのほとんどが昔の友だちなら、そこと連絡を取るのを辞めて、新しい人と繋がるだけでも変わると思います。

英語を勉強したいなら、スマホの言語設定を英語にしたり、英語のYouTubeや番組を観たり、「なりたい自分」がやっていそうなことをしてみる。

小さなことでいいんです。高いハードルを設定するよりも、あまり負担にならないことをやっているほうが、結局長続きするので(笑)。これはパーソナルトレーナーにも言われたことなのですが、やる気があって毎日30分歩いたり、週3回もジムに通ったりする人は運動が続かないけれど、ジムに嫌々来て、嫌々運動して、ちょっと運動したらもうやめる、みたいな人の方が結果的に運動習慣ができるそうです。

いしかわゆきさんリアルですね……。ちなみに、けんすうさんが「なりたい自分」になるためにやっていたスモールステップはありますか?

けんすうさん試す量を増やすことですね。僕は体力がないので、そもそも長い時間努力ができません。だから、いろいろ試すしかなかった。

自分が何もできない前提で、たとえ失敗しても、往生際悪く何回もいろんなパターンで試す。そうすると、いずれ何かの方法がヒットしてできるようになるんです。

……というのも実は僕、リクルートの入社試験に5回も落ちてて

いしかわゆきさん!?

けんすうさんリクルートって、やっぱり“リクルートっぽい人”を取るので、5回落ちている時点で、おそらくリクルートっぽくないことは明白だと思うんですけど、たまたまインターネットに強い人を採用しようという動きがあって、6回目で受かりました。

当然だけど、「なりたい自分になる」ってそんな簡単なことじゃないと思うんですよ。意外と泥臭いことをやらなくちゃいけないし、地道な努力を重ねないといけないこともある。

いしかわゆきさんたしかに……。

けんすうさんみんな自分のことが大事だから、最短距離で成功する道を探しているけれど、それって「ボールに当たったら即死する」状態で野球をやっているような感じで、絶対にバットを振れないじゃないですか。でも、振らないことには上達も改善もしないから、そこでどんどん追い詰められちゃう。

いしかわゆきさん「これだ!」と決めたものが違ったら、今までの時間が無駄に感じられてしまう、というのもありそうですね。

けんすうさんそうなんですよね。でも、先ほど言ったように、何か一つ決めたからと言って安心できるわけじゃないから、自分を過信せずにとにかく試す量を増やしていくしかないと思います。

結局、「無駄かもしれないもの」を活かすも殺すも自分次第だと思うんですよね。それすらも「伏線」に変えていくというか。

いしかわゆきさん伏線。いい言葉ですね。

けんすうさん最近こっそりPodcastをやってるんですけど、何にも繋がらなさそうに見えて、「ラジオをやってみたい」という人がいたときに、解像度高く教えることができたり……というのが突然起きたりするので、目に見える成果にすぐつながらなくても焦らず、その時を待てばいいんじゃないかな。

歴史をおもしろく読み解くラジオ番組「COTEN RADIO」を運営する深井龍之介さんが言っていたんですけど、2500年前の中国では帽子の色によって階級が決まっていて、それを巡って殺し合うこともあったそうです。でも、現代人からすれば「すげーくだらないことで争ってるな」と思うじゃないですか。

だから今、キャリアとかお金とかフォロワー数みたいなことにこだわってるけど、時代は変わっていくと思うから、自分の人生ももうちょっとラフに捉えてもいいと思いますよ。

そのためにも、「なりたい自分」というキャラクターを俯瞰して、「この子にはもっと冒険させてみようかな」「チャレンジさせてみようかな」とか。そうやって楽しみながら自分というキャラクターの物語を紡いでいってほしいですね。

編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職

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